面談と宿屋
──龍の楽隊、とは、バーダ島の音楽団の名称だ。
数年に一度、音楽の街として名高い地で、領地の楽団を集めた音楽祭が開かれる。
一年と少し前に行われたその祭りで、私ははじめてかれらの演奏を聞くことができた。
そして──感銘を受けたのだ。
「キィカちゃんは音楽鑑賞が趣味って書いてあるもんねぇ」
ちゃんづけに少し怯むものの、はい、とすなおにうなずく。
一ヶ月以上続く祭典では、毎日あちこちのコンサートホールで演奏会が開かれる。
どの楽団も実力派揃いだし、他の領地に負けてなるものかと気合いも入っている。
それに、バーダ島のような、普段はなかなか行けない領地の曲にもふれられるのだから、行くしかないというもので。
そのために私も貯金をして、早い段階で宿をとり、祭典の間中演奏を聞きまくった。
「勿論どの楽団も素晴らしい演奏でした、でも私は『龍の楽隊』の音が一番好きだと感じたんです」
技術という点で言えば、他にも優秀な楽団はいくつもあった。
ジャンルも様々だったから、とても一言でここが一番、とは断言できない。
けれど好みで選ぶなら、文句なしに龍の楽隊だったのだ。
「それで、ここへこようと決めました」
──とはいえ、すぐに行けるものではない。
なにせ貯めておいたお金は、祭典で使い果たしてしまった。
旅費やらなにやらを再び貯める必要が出たわけだけど、その間まったく音楽にふれずにいるなんていうのは、心が死んでしまうので却下。
「じゃあ、冒険者は音楽を聞くための手段ってことかな?」
「そう……ですね」
書類を読みつつ問われ、うなずいた。
各地の音楽を聞ききつつ生計を立てる方法として、それを選んだのは当然だったと思う。
商才があればよかったんだけど、あいにくそこまでではなかったし、私の持っている技能的に、護衛などの任務が合ってもいた。
仕事を受けて街から街へ渡り歩き、合間に演奏を聞き、地道にこつこつ貯金して……今に至る。
「そこまでしてくれるとは、嬉しいなぁ、ありがとう」
にっこりと弾んだ声ととともに感謝されるけれど、好きでやっていることだから、お礼を言われても変な気がする。
私には音楽がなくてはならない存在なんだし。
「でも今回の定期演奏会は終わっちゃったから、少し間があるんだよね……練習を見学できるか聞いてみようか?」
「あ、いえ、とりあえずはお気持ちだけで」
最初からぐいぐい要求するのは流石に申しわけないし、練習を聞くのは……微妙なところもあるし。
「そう? まあそんなに堅苦しい場所じゃないから、勝手に行っても大丈夫だと思うけど」
どうやら、楽団に惚れこんでやってきたひとは団員希望者ばかりだったので、聞きたいだけというのはいなかったようだ。
……そりゃまあ、聞くためだけに遠路はるばるはなかなかないだろう。
私だってよくやるな、という感想になると思う。
「気軽に聞きに行くなんて恐れ多いというか……軽い気持ちじゃ無理なので、こう、心の準備もしないと」
あと身支度も整えたい、せめて冒険者服ではなく、一般市民っぽいの、でもできればもうちょっといいやつにしたい。
そのあたりをまくしたてると、キトウ様は面白そうに笑った。
優雅な所作で顎に手を当ててにっこり微笑む。
「キィカちゃんとは話が合いそうだなぁ、名前も似てるし」
──いや「キ」しか一緒じゃないですけど、とつっこみたかったが、領主相手にそうもいかない。
というか、話が合うってどういう意味だろう……?
でも、初回からぐいぐい質問するのもなかなか難しいし、こういう言いかたってことは、音楽が好き、ってわけじゃないみたいだ。
表情を伺うと、いたずらっぽくウインクされたので、今は秘密なんだろう。
「さて……大事な話なんだけど、旅人と準領民、どっち扱いにする?」
一瞬後、領主の顔にもどったキトウ様の説明いわく、ここに滞在する間は、毎月一定の税を納める必要があるという。
その金額は、領民、準領民、旅人で異なっている。
領民が一番金額的には高いが、各種施設が安い、もしくは無料で使えたり、医師にかかった際の支払いが格安になったりする。
旅人は納める額は安いけれど、領内で就ける仕事に制限がつく……などなど。
「申請して納めるものを納めてくれれば、すぐに変更もできるから、かるーく考えて大丈夫だよ」
そもそもあんまり旅人こないし! と快活に告げられて、笑うべきか悩んでしまう。
この島では定期演奏会があるというのは、調べて知っていた。
というか、祭典の時のパンフレットには、各楽団の解説もあって、そこに書いてあった。
月に一度程度の頻度で演奏会を開くというのは、力を入れている証拠だろう。
だから何度か聞くつもりで、そのためにも貯金に注力した。……だから遅くなったのだけど、ちょうどよく仕事が見つかるとはかぎらないし。
毎月一度なら、最低三ヶ月、できれば半年は滞在したい。
となると、多少高くても福利厚生をとるべきだろう。
「長くいるつもりなので、準国民でお願いします」
自分自身での決意も兼ねて申請すると、わかったーと気楽な返し。
……にしても、領主の仕事はいいんだろうか。
でも最初に領主と面通しをして、太鼓判をもらえば、領民も安心だしこっちも気楽ではある。
ほんわかした印象だけど、領主なのだから、のんきなだけではない、はずだ。
「じゃあ下で説明書もらってね、泊まるところとかも教えてもらえるから」
流石にそこまではやらないらしい、ちょっとほっとする。
そんなこんなで領主との面会は終了した。
……最初に長々喋った相手が領主というのも、得がたい体験だ。
秘書のひとに案内されてむかったのは、いったん外に出て片側にある建物。
案内係のひとが教えてくれたとおり、たくさんの窓口がある大きめの空間が広がっていた。
諸々の相談やらを受けている場所らしく、とりあえず困ったらきてください、とのこと。
管轄外のことでも適切な場所を紹介してくれたり、とにかく話を聞いてくれるようだ。
あまり人口が多くないからこそできることなんだろう。
空いた窓口に行くと、税金やらの説明をざっくりされて、説明書を渡される。
「あとは、宿泊場所ですね」
準国民だと、部屋を借りることもできるし、勿論宿屋に泊まることもできる。
ただ、部屋を借りるとなると流石にここでは紹介しきれないので、不動産屋へ行く必要がある。
とりあえずは宿屋がいいでしょうとの職員の言葉にうなずいて、宿屋が書いてあるページを確認する。
今後部屋を探すかもしれないけど、当分はのんびりしたい。
それに自炊はあまりしないので、食堂つきの宿のほうがありがたいしね。
「あ、そうだ、仕事はどこで探せばいいんですか?」
ここでまとめてとはいかないだろうと聞いてみると、ギルドがあるとのこと。
小さいながらもダンジョンがあるので、それ関連の仕事もあるみたいだけど、私の能力はサポート方面なので、できれば普通に働きたい。
どちらも場所は同じだそうで、落ちついたら訊ねてみることにしよう。
地図も渡された書類に添えてあるというので、至れり尽くせりだ。
旅人が少ないからこそできることなんだろう、このへんは少数なのがたすかる面だなぁ。
大きな街だと、入るだけで時間がかかって大変だったし、領主どころか貴族すらほとんど見る機会はなかった。
例の祭典の時は観光客で人口が二倍以上になったので、ものすごいことになってたし。
その点こちらは、外部からの人間が少ないので、泊まるところも選択肢がない。
滞在期間が長くなる予定なので、月更新できる下宿みたいなところに決めた。
富裕層の泊まる場所もあるそうだけど、流石にそれは資金がもたないし。
紹介状とかいるのかと思ったけど、ギルド証みたいなのを発行してもらったので、それを持っていればいいらしい。
名前と(略称になってた)準国民であることなどが書いてある簡素なものだけど、魔法でカバーされているので書き換えは難しそうだ。
キトウ様が術を込めているらしいから、エルフ魔術じゃ我々には解けないだろう。
丁寧に教えてもらったことにお礼を言ってから、地図につけてもらった印をたどっていく。
道中で見る街の様子は、さっき馬車から見たのと同じで、清潔で快活と好印象だ。
宿の名前は「龍の一休み」……この島には龍の名を冠する建物が多い。
そもそもここは龍の住処で、あとにきたのが我々だったのだから、当然かな。
とはいえそれは相当昔の話なので、今も龍がいるのかなぁ……?
ドラコニオンの冒険者には会ったことがあるけど、あまり人数も多くないそうで、一人しか知らないくらいだ。
なにせここへ旅をするひとも珍しいから、訪問したことのある冒険者に会えないままだった。
親しくなったらそのへんの話も聞けるだろうか、もしくは図書館に行ってみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら扉をくぐると、中にいたのはおそらく狼族の女性。
ふさふさした毛並みが美しい、……というよりもふもふしてさわりたい。
「こんにちは、はじめまして」
「こんにちは。見ない顔ねぇ……旅人かしら?」
私が挨拶すると、彼女は掃除の手を止めて近づいてきた。
「さっきの船でついたばかりの、キィカと言います。こちらにしばらく厄介になろうと」
自己紹介をしつつ証を手渡すと、カウンターへむかい確認をはじめた。
ついていって目の前の丸椅子に腰かけると、台帳をとりだしていた。
「洞窟にもぐってばかりとはいえ男性の冒険者が滞在しているから、彼らからは離れた部屋がいいわね」
そうして案内されたのは二階の端の部屋だった。
そこそこの広さの室内には、一通りの家具がそろっている。
誰でも使えるようにという配慮だろう、木目調の至って素朴なものだけど、使えるならば問題ない。
「もうおばあちゃんだから、食堂は遅くまで営業していないの、時間に気をつけてね」
下にもどって食堂に案内されると、営業時間の看板があった。
日中も時間帯を区切って食堂を営業しているらしい。
宿泊客なら多少ずれた時間でも対応してくれるそうだけど、あまり迷惑をかけるのもまずいだろう。
表のプレートに書かれた時間をしっかり頭に叩きこんでおいた。
夜も酒場としての営業はさほどしておらず、外むけに食堂を開けているが、閉店時間はかなり早い。
従って、朝食の時間も早いほうだ。
正直私は夜更かし型なので、これを機に少し就寝時間を早めたほうがいいかもしれない。
「普通の洗濯物なら、私がする時間までに出してくれれば一緒に洗ってしまうから」
それはとてもありがたい話だ。
水の魔法を得意とするそうで、洗濯や洗い物は楽々できてしまうらしい。
図々しいかもしれないけど是非! とお願いしておいた。
部屋の鍵を受けとって、今日からしばらくの部屋に荷物を置いていく。
といっても、長年旅暮らしをしているから、特に大きなものがあるわけではない。
切り詰めた生活の末に買った収納袋もあるけれど、小さいものなので家具などは入らないし。
あ、そこそこ住むなら、服は少し買い足さないとなぁ……
コンサートに行くのが趣味なので、ちょっとしたよそいきも持っているけど、逆に普段着がほとんどない。
まあ、明日以降、見物がてら買えばいいか。
下着類はいくつかストックがあるけど、ここの陽気や服装がわからなかったから、特に用意はしていない。
どうせなら民族衣装とまでいかなくても、バーダ島らしい服を着たいし。
この島は大きくはないけれど、この港町以外にも集落はあるという。
楽団があるのはここなので、もう一つのほうに行くかどうかは謎だけど……
とりあえず夕食の時間まで一休みしようと、ベッドに横になる。
思ったより寝心地のいい柔らかさで、すとんと眠りについてしまった