休日の贅沢
次の日も午前中は店番をする気満々で出かけて行き、店を開ける準備をする。
それを見ていたレンは、そうだ、と声をかけてきた。
「明日はどうするんだ?」
というのも、明日明後日は楽団員の休日なのだ。
だから、屋台での買い食いもそのあとということになっている。
「店番してもいいよ? レンも自分の用事とかあるだろうし」
ここのところ、練習以外は自分の時間が持てていないはずだ。
昼は誰かと一緒だし、夕方は私が行くと必ず送ってくれる。
それからだと、あれこれする余裕はないだろう。
「いや、流石にキィカに悪いからな……休んでほしいくらいなんだが」
「そう? 全然気にしてないんだけど」
動いているほうが性に合うし、大変でもないからいいんだけどな。
「キィカのおかげで買いたい客は買えたみたいだからな」
今までは練習が休みの日の一日は店を開け、残りは午前中くらいしか開けていなかったらしい。
それ以外はレンの帰宅後、つまり夜だけで。
つまりまともに稼働しているのは週に一日半……それは買いづらいだろう。
とはいえ本業は楽団員なわけだから、それ以上増やすわけにもいかなかった。
お客は名乗っていくことが多かったので、名前を控えるついでにこっそり特徴も記しておいて、レンに申し送りしておいた。
その結果、常連さんが大体きているとわかったらしい。
使う量などから店にくる期間が読めるそうで、だから、休んでも大丈夫なんだそうだ。
「じゃあレンも休めるってこと? よかった」
役に立てたならなによりだと笑うと、一瞬レンの表情が歪んだ気がした。
変なことを言っただろうかと思ったら、おひとよしめ、と苦笑いされてしまう。
「だって、レンには元気でいてもらわないと!」
完璧なコンディションでなければ、いい演奏はできない。
店番でその一助になれるなら、喜んで、だ。
私の言葉に、今度は爆笑されてしまう。
「……でも、もし休みの日に練習するなら、ちょっとお邪魔したいなーって思うんだけど……」
図々しいと自覚しつつも、みんなで練習する時とは違う色を見たくてねだってしまう。
レンはまだ笑いの余韻を残しながらも、いいぞ、とうなずいてくれた。
「明日の午前は店を開けるつもりだから……昼すぎならいつでもいい」
それじゃレンの用事がすませられないんじゃ、と思ったけど、特にないから大丈夫と返されてしまう。
うーん……甘えていいんだろうか、でも正直早く聞けるならそうしたいし……
そうこうしているうちに時間がすぎていたらしく、明日の午後な、と言い残してレンは出て行ってしまった。
慌てていってらっしゃいと後ろ姿に声をかけて……うやむやのうちに、明日の予定が決まってしまった。
じゃあ、午後は図書館で本を借りて、明日はのんびりしてからお邪魔しよう。
うん、と決めて、今日も開店準備をするのだった。
店を閉めて、屋台に心ひかれつつも、あとのお楽しみとそのへんで食事をすませ、図書館で本を借りる。 まめに通っているのと珍しいからだろう、司書に顔を覚えられたらしく、オススメなどを教えてもらった。
私のほうは誰かまだ覚えていないのだけど……そのへんは今までの処世術でなんとかする。
宿にもどってからはおかみさんの手伝いをしつつ夕食をもらい、翌朝。
久しぶりに予定のない午前だけど、じっとしているのは性に合わない。
朝食をとったあとは、おかみさんと一緒に洗濯をし、掃除も手伝い、ついでに自分の部屋もやっておく。
空き部屋もついでに換気し、軽くほうきがけをしておいた。
こういうのは、一人ではなかなか大変だ、ことにおかみさんはそれなりの年齢だし。
私の背が低いし力もそんなにないので、そういう役には立たないんだけどね……
そのあとは庭を借りて少し真面目に運動を。
今までも勿論していたけど、今日はもう少しちゃんと鍛錬する。
私の攻撃は音を見てするものだから、単純な力とかが必要なわけじゃないけど、それでも基礎体力は必要だし、サボれば衰えもする。
本当は森とかで狩りができれば、肉もとれて一石二鳥なんだけど……今度ギルドで聞いてみよう。
流石に庭先のものを破壊するわけにはいかないので、武器である短剣を投げるのはやめておく。
にしても……暑いから少し動くとかなり汗をかいてしまう。
水魔法が得意なおかみさんのおかげで、洗濯などの水は遠慮なく使えるからありがたい。
流石にレンに会いに行くのに、思いっきり訓練後な感じはどうかと思うし。
手伝ってくれたからとお昼をつくってもらったので、ご機嫌でレンの家へむかう。
「こんにちはー!」
レンの気配は……裏? 入っていいものだろうか。
しばらく悩んでいると、気づいてくれたのかレンのほうから出てきた。
作業着っぽい感じで、手にはいくつか薬草を持っている。
ふと思ったけど、栽培とかって大丈夫なんだろうか。
「中で待っててくれ」
ドアを開けてもらって中へ行き、最近定位置になっているカウンターの椅子に腰かける。
お店もまだ開けているみたいだから、レンがいない間の店番にもなるだろう。
しばらくすると着替えたレンがもどってきた。
いつも暗い色の服ばかりだなぁ、そういえば。
休みだからか、いつもは気にしないことを考えてしまう。
レンは看板をかけかえたらしく、慣れた様子で演奏の準備をしていく。
私はというと、少し椅子をずらして、準備万端だ。
はじめは練習らしく、通しでなかったりと、ばらばらだけど、それでも綺麗な音にうっとりする。
私がいても気にはならないというのは本当みたいで、淡々と、多分レンの中での練習のローテーションだろうことを続けていく。
練習風景はさほど見たわけじゃないから新鮮だし、レンの音は好きなので、いくらでも聞いていられる。
楽譜をめくる音が合間に入りながら、静かな笛の音が響き渡る。
レン自身の音も、楽団の音と似ているのは、楽器が龍の笛だからだろうか?
もともとの楽器はなんだったのか、聞いていいのかなぁ……
楽団まとめての音が最高だと思ったのは本当だけど、もともとの楽器もみてみたい。
この件が片づいたら、頼んでみても許されるだろうか。
ずっとみていると流石に目が疲れるので、時々切りかえたり目を閉じながら、贅沢すぎる時間を満喫する。
しかも最後には、フルで吹いてくれるおまけつきだ。
終わったところで手が痛くなるくらいの拍手をする、正直それくらいじゃ全然足りない。
ありがとな、と礼を言われたけど、それはこっちの科白だと思う。
レンは豪快に水を飲んだあと、そういえば、と口を開いた。
「しょっちゅう練習を聞きにきてるが、負担になってないか?」
「負担? どうして?」
むしろご褒美なのは知ってるはずだけど……
「色が混じってるんだろ? 見ていて気分が悪くなったりしないのか?」
どうやら心配してくれているらしい。
たしかに、混色して完璧にはなっていないのは事実だ。
だからこそオーナーからの返答もないのだし。
でも、いつも完璧な演奏が聞けるかというと、そんなことはない。
技術を売りにしている某楽団も、たしかに凄かったけれど、個性がぶつかりすぎて色としては最悪だったりもした。
逆に、全体のレベルという意味では劣っても、協調性のある楽団は、色の鈍さはあっても、均一でよかったりする。
完全に一色になるなんてことは、ほとんどないのが実際のところだ。
自然の音だって混じりあうことで色が変わるし、そのほうが綺麗なこともある。
濁っているから駄目だなんて感じていたら、私は外を歩けなくなってしまう。
……ということを説明すると、ほっと息をつく。
「なんせ俺らには見えねェからな、頼んだことで無理させてるんじゃと気になって」
みえているものをそのまま見せられないから、こっちはこっちで伝えづらいこともある。
その点を汲んでもらえるのはありがたい。
「そこまでキツイ時は言うし、見ないようにするから大丈夫」
シャットアウトすることも一応は可能なのだし、音楽にふれられないのも嫌だ。
無茶はしていないと再三言って安心してもらう。
混色って表現がまずかったかな……あんまりいい印象じゃないものね。
実際見てみればわかるんだけど、気にはなるけど、不愉快とまではいかないのだけど、その違いを解説するのは至難の業だ。
その後、レンがアンコールしてくれたので大喜びし、帰るころには日が暮れていた。
「明日も午後はいるから、なんならきてもいいぞ」
「本当? じゃあ……お邪魔しちゃおうかな」
当たり前のように送ってもらう道すがら、魅力的な誘いを受ける。
というか、断れるわけがないよね、それ。
レンの用事はいいのかと思ったけど、午前中にすませておくとのこと。
図々しいのは百も承知なんだけど、断るのも失礼だよねといいわけをして、次の日もレンの音を満喫するのだった。




