二度目の昼食
そして翌日、寝坊することなく起床する。
大分体内時計も朝方になってきたので、いい傾向かな。
すぐに支度を整えて、おかみさんのごはんを食べてからレンの家兼店へ。
「おはよう!」
「ああ、おはよう」
元気よく挨拶すると、低い声で答えてくれる。
この家にはレンしか住んでいないので、間違えないのはすごくいい。
「減ってたものは少し補充しといたから」
ストックは高い場所にあるからとらなくていい、と昨日言われたのだ。
私は脚立をリクエストしたんだけど、危ないから駄目、と返されてしまい。
レンの仕事を増やすみたいで微妙だったけど、そもそも俺の仕事だろうと言われればそのとおりで。
在庫管理という意味でも、本人がするほうがいいことだから、引きさがったけど。
いくつか申しあわせをすませると、レンを見送って開店準備。
今日も合間に白虎がきたけれど、基本的にはまったりすぎていった。
図書館で借りた本を読みきってしまったので、新しいのを借りてこないとなぁ。
脳内で予定を決めて、昼を過ぎたところで閉店する。
一昨日のように通りを行けば、今日は早くに終わったらしく、途中で合流した。
アラハキさんの様子はというと、緊張した表情だったけど、思ったよりは冷静そう。
昼時で人通りが結構あるけど、種族が色々だからかな?
兎族とかはわりとかわいいし……
「こんにちは、アラハキさん」
「こんにちは、今日もよろしくおねがいします」
今日の昼食場所はアラハキさんが選ぶ。
どこへ行くのかわくわくしていると、到着したのはこぢんまりした定食屋。
家族経営の小さなお店だけど、流石バーダ島というか、ちゃんと大きめの机と椅子も用意がある。……ひと組分だけだけど。
レンは肉、アラハキさんはメニューの一番上のもの、私は日替わり定食にした。
出てきた料理は、お盆の上におかずが少しと、焼き魚、そして、お米。
肉定食のレンのごはんは大盛りにしたら、大きな丼に山盛りでやってきた。……私の器の何杯分だろ?
「アラハキさんはおコメ派なんですか?」
卵とじの丼を食べている姿もさまになるって、美形は得だなぁと思いつつ。
上手に箸を使っているところからしても、慣れているんだろう。
「ええ、ぼくの故郷は米が主食でしたから」
「味つけも結構違うな」
もりもり食べながらレンが言う。スピードは速いので、気にいってはいるみたいだ。
たしかに、ええと……なんか特殊な調味料がメインだったはず。
好き嫌いはあるかもしれないけど、私はなんでも食べるほうだから、これはこれでおいしい。
「はじめてこの店をみつけた時は嬉しかったです、バーダ島では無理だとあきらめていましたから」
そうだよなぁ……独特な食生活って感じではないけど、もともとの住民の嗜好なんだろう味つけは、故郷が違えばがらっと変わる。
「この島が気に入って永住するやつは、あちこちからきてるからな、探せばわりと郷土料理があるらしいぞ」
「そうなんだ、探してみたいな。私の時はそうしてもいい?」
楽団員になるだけじゃなく、なんのきっかけかここを知り、住みついたひとはそこそこいるらしい。
でなければ、はじめの移民だけでここまでの数にはならないだろうし。
そのひとたちは自分たちの風習とかを大事にしたらしく、だからところどころに趣の違うものが残っているのだとか。
龍は各地の特色を大切にすることを望んだらしく、その考えが残っているってことだろう。
まあ、技術に関してだと、儲けが出ないと潰れてしまうし、後継者問題もあるから、なくなってしまったものもあるんだろうけど……
とりあえず、次の私の時に行く目処が立って安心した。
二人とも、知らない土地の名前が記された店を見たことはあるそうで、じゃあその中から入ったことのない場所にしようということにした。
よくわからない店でも、みんなで入ればまあ……最悪笑い話にできるだろう。
食事のあとは通りを歩いて、変わった店がないか探していく。
途中の屋台通りからはいい匂いがして、食べたはずなのに吸いよせられそうになる。
「うぅん……買い食いってなんでこんなに魅力的なんだろう……」
がまんがまん、と呟きながら歩いていくと、横のレンがくつくつ笑う。
「こちらにきてからはしていませんが、楽しいですよね」
アラハキさんも同意してくれて、ですよね、とうなずきあう。
「じゃあ今度の昼は屋台で色々選ぶか?」
「いいの!?」
レンの提案に飛びつくと、勿論、と快諾される。
天気のいい日なら、買いこんで練習場近くの公園で食べればちょっとしたピクニック気分も味わえる。
一人だと食べる量に限度があるけど、三人、しかもよく食べる二人がいるなら、味見し放題だろう。
「キィカさんは旅が長いから、あちこちで召し上がっているものだと思いましたけど」
アラハキさんの疑問はもっともだけど、私にとって最初の問題は音楽なので、観光は二の次だ。
普段はコンサートに合わせて予定を組んで、暇があればギルトの依頼を受けて少しでも路銀を稼ぐ、という方法をとっていたから、あまりのんびりしていなかった。
大抵宿屋ですませたりとか、臨時でパーティーを組んだ時はそのひとたちの行きつけか……とにかく、多分想像以上にそれらには疎い。
ということを説明すると、なるほど、と納得された。
「ここの屋台も色々あるぞ、米もあったと思うし」
「……そう、なんですか。楽しみです」
ちょっとずつだけど、会話をしようという努力が見える。
まだまだぎこちなくて、なんだかむず痒いくらいなんだけど……でも、ここで混ぜっ返すことはしない。
私まで気を遣いすぎるとぎくしゃくするだろうから、ここは全力で楽しませてもらおう。
屋台を眺めてあれがいいのなんだのと喋りながら、練習場までの道を歩く。
今日は練習を見学させてもらうことにして、一緒に中へ入っていくと、団長と鉢合わせた。
「あ、団長、これ、ありがとうございました!」
近づいてさっきつけたブレスレットを見せると、ああ、と柔らかく微笑まれる。
「よく似合ってる、揃いの石もまたプレゼントしたくなるな」
……だから美形がナチュラルにそういうことを言うと口説かれてるみたいになるからやめてほしい。
ちょっと反応に困ってしまうじゃないか、多分、いや絶対他意はないだろうけど。
「あ……ありがとうございます。そんな装飾品をつけるほうじゃないんで、孫にもって感じですけど」
どもりつつ礼を言うと、そうかな? と首をかしげられた。
「私はそう思わないが。女性は皆愛らしいものだよ」
……だから、そういう……! 変な声で呻きそうになって、慌てて止める。
ちょうど他の団員が呼んだので、団長は爽やかに「では」と去って行った。
「……団長っていつもあんなに口説くみたいな感じなの?」
私より詳しいだろう二人に訊ねると、概ね、との返答。
練習となると男女の差なく厳しいらしいけど、プライベートでは徹底的に女子供に甘いらしい。
「代わりに男には素っ気ないけどな」
「べつに、嫌いなわけではないと思いますけどね」
ただひたすら女性が好きなだけだろう、って言うとものすごく誤解を招きそうな表現だけど。
エルフ族だから、種族的に綺麗なものやかわいいものが好きなんだろう。
見た目がああで、中味もそんな格好いいんだと、好きになっちゃう女の子が多いんじゃないかなぁ……
いや、でもエルフだと、普通な我々は気後れするかもしれない、となると遠目に眺める感じ……?
「歌劇団のファンみたいなものなぁ」
「……歌劇団、とは?」
無意識に呟いていたらしく、アラハキさんに言葉を拾われた。
「えーと、女性が男装して歌ったり踊ったりするんです」
なんで知ってるかって、音楽に関わるものだからだ。
ミーハーなものかと侮ったら、かなりしっかりしたもので、なんとか手に入れたチケットで見た舞台はオペラとも違った魅力にあふれていた。
ただ、女性たちの熱量がものすごくて、別の意味で疲れちゃったけど……
最も団長はヴァイオリン奏者だから、歌ったりするほうに行くとは思えない。
弾いている姿はものすごく素敵だし、コンマスとして率いる姿こそがしっくりくる。
それに、団長個人の色は、格好いい姿とは逆に、優しくて綺麗な薄紅色をしている。
レンとアラハキさんのことを心配したりと、奥底はとても優しいのだろう。
午後の練習を見ながら、私は一人でうん、と納得するのだった。
べつに隠していたわけでもないのですが、
団長は女性で領主は男性です。