昼食と愛称
レンが連れて行ってくれたのは、ごくごく普通の食堂だった。
気候がいい土地だから、庭みたいなのが広く、そっちにもたくさんテーブルが並んでいる。
選んだ席は奥のほうの目立ちにくい場所、アラハキさんが見えづらくなるように、レンが前にすわり、私とアラハキさんが奥に行く。
私も手前にと思ったけど、狭くなるからと言われてしまった……いや決してレンは横に太いわけじゃないけど。
レンは肉料理の特盛り、私は日替わり定食、アラハキさんは一番人気、と書いてあるものにした。
「……よくそんなに入るね」
机に載せられた大盛りは、本当にかなりの量で、とても私には食べ切れそうにない。
アラハキさんもなにげにパンなどが増量されていて大盛りだけど、それのさらに増量だ。
「練習すると腹が減るぞ。むしろキィカはそんなもんで足りるのか?」
まじまじと見つめられるけど、べつに少なめにしてもらってるわけでもない。
「キィカさんはごく一般的だと思いますよ」
そこへアラハキさんがフォローを入れてくれる。
だよね、むしろ平均より低い背丈を考えると、よく食べるくらいだろう。
今はあんまり動いてないから、そこまで食べ過ぎないようにしないと、太りそうで恐い。
冒険者として護衛とかしている時は、お腹も空くし食べておかないとよくないから、結構しっかりとってたけど。
喋りながらも、どんどんレンの肉は消えていく、いつもながら清々しい。
「……そうだ、アラハキさんは音楽祭のあとに入団したんですよね、どういうきっかけかとか、聞いてもいいですか?」
男性二人では会話もはじまりそうにないので、気になっていたことを訊ねてみる。
反応が悪ければまた別の話題にするつもりだったけど、あっさりいいですよ、とうなずいてくれた。
アラハキさんは小さいころから音楽に興味があって、たまたま通っていた学校に外部からの講師がいて、師事することになったという。
故郷の風潮が嫌で出て行きたいと思っていたこともあり、本格的に学びたいからと家族を説得し、師匠が主に教えている学校へと入学。
順調に技術を伸ばし、独り立ちしても大丈夫だろうというところまでいった。
相変わらず教えを請いながら、師匠の仕事の手伝いをしたりして、将来を模索していたのだという。
いよいよ今後をどうしようか悩んでいたところ、学校でちょっとしたコンサートが開かれた。
それを聞いて、天啓のように、この楽団に入りたい、と思ったらしい。
「それが龍の楽団?」
「ええ」
といっても、その時演奏していたのは三人ほど。
島の外出身の楽団員たちは、音楽祭のあとに故郷を回って、凱旋公演みたいなのをするらしい。
なにせ僻地で簡単に帰省もできないから、こういう時に……ということらしい。
その演奏に感銘を受け、この楽団に入りたい! と願ったんだそうだ。
ある意味、私の一音惚れと似たようなものだなぁ。
その場で楽団員にどうしたらなれるか聞いてみたところ、島でテストを受けてもらわないとなんとも、との返答。
それなら行きます! と約束し、その場はおしまいになった。
「場所が遠いことも、ぼくにはちょうどよかったんです」
近ければ時々帰らなければならなくなる、でも遠ければ、それを理由にできる。
故郷を疎んでいたアラハキさんには、渡りに船だったんだろう。
どうにか諸々片づけて船に乗ってバーダ島にきて、テストを受けることができた。
龍の楽団の楽団員は、厳密に人数が決まっているわけじゃないらしく、オーナーが許可すればわりと何人でもいいようだ。
演奏を披露した結果、あの綺麗な鈴の音が響き、団長に合格だと言われた。
けれどもいざ入団してみたら、色々な種族がいて驚いてしまい、どうしても集中できない。
演奏にきていたのは人間に近い種族だけだったから気がつかなかったし、団員もわざわざ伝えることだとは考えなかったんだろう。
「入団してしばらくは、定期演奏には加われなくて、聞くだけでした。その演奏は、当たり前ですが三人の時より素晴らしくて……」
凱旋で演奏したのも龍に捧げる曲だったそうで、つまり、島にきてはじめて完璧な演奏を聞いたわけだ。
いずれは一緒に演奏をつくりあげられるのだと思うと興奮したし、嬉しくもあったのだと、熱弁をふるう様子に嘘はなさそうだ。
それだけにアラハキさん自身も、演奏に打ちこめないことが悔しくてしかたないらしい。
しかも悩んでいる折にタイミング悪く、そこそこのお偉いさんの女性からの猛アタック。
「ああいうこと自体は昔からあるんですが……」
「そうなんだ……」
「……すげェな」
音楽の勉強をしている時から、ファンクラブみたいなのがあったらしい、……本当にあるんだ、そういうの。
レンと二人して感心してしまう、知らない世界の話だ。
なので、余計な軋轢を生まないための言葉遣いらしい。
相手によって変えるとややこしいことになるって……うーん。
「……それに、故郷で見た目だけで口汚く罵るのを何度も見ていて、ああはなりたくないと思いましたから」
なるほど、アラハキさんの口調の理由はそんな過去からなのか。
正直、丁寧に接せられるのはくすぐったいんだけど、砕けてくれと頼むのはしばらくやめたほうがいいだろう。
美形は美形で、苦労が絶えないものなんだなぁ。
ともかく、ただでさえ慣れない環境、ずっと差別発言を聞いていた他種族との交流、執拗につきまとう女性たち……
そりゃあ、演奏だって散らばってしまうのは当然だ。
むしろあの程度の混色ですむあたり、アラハキさんの技術は相当なものなのだろう。
……技術という意味だけなら、べつの楽団にだって入れたんじゃないかな。
「ですから、どうにかしたいとは思っていたんです。キィカさんには悪いですが、感謝しています」
食事が終わったころに頭を下げられて、泡を食ってしまう。
アラハキさんにはまだ私の能力のこととか、なにも喋っていないので、ものすごく心苦しい……
「あの、気にしないでください。私はとにかく最高の演奏が聞きたいっていう、ただの自己中なだけですから!」
この調子で毎回お礼を言われては参ってしまう。
すぐに仲良くはなれなくても、ゆくゆくは、と思っているのだから、なるべく対等でいたい。
まあ、最初から砕けるのは難しいだろうけど、とにかく謝ったり、お礼とかはしなくていいから、と何度もお願いした。
会計の時もレンとアラハキさんで折半しようとするので、全力で止めるハメになった。
そういう時だけは今も結託するのはなんでなんだろう……ちょっと疲れた。
すったもんだのあと、三人並んで練習場へ行く。
いつきてもいいと言われたのもあるし、団長から顔を出してくれと頼まれていたからだ。
多分、初日の感想を知りたいんだろうから、二つ返事で了承した。
隣の部屋なら練習部屋からは直接見えないので、みんなも気にならないそうだから、遠慮なくいられる。
流石に一日で色が綺麗にはならなかったけど、でも、それでも演奏は美しい。
色が見えなければ、十分感動できるものだろう。
完成すれば、きっと音楽祭の時よりも素晴らしいものになる。
その手助けができるなんて、ちょっと悦に入ってしまいそうだ。
まだ、できているとは言いがたいんだし、変な勘違いしないようにしなきゃ。
そうして今日も最後の鈴のような音は鳴らないまま、練習が終わった。
今日のアラハキさんは、他の団員と一緒に帰って行った、みんなも気にはしているんだろう。
大勢の前で告げると孤立してしまうから、そんなことはしてないだろうけど……少しずつ働きかけとか、してるんだろうな。
でなければコンマスをやっていられるはずがない。
しばらくするとノックの音がして、団長が入ってきた。
「早速だが、今日はどうだったかな?」
大分聞き慣れた口調で問われると、まるで依頼を報告している気分になる。
とりあえず問題なかったこと、この調子なら続けられそうだと話せば、ほっと息をついた。
それから、これを、と小さな箱を手渡される。
なんだろうと思いつつ開けると、そこには小さな石が置いてあった。
綺麗に研磨された、赤い石……だけど、結構な魔力を感じる。
「それにむかって呼びかければ、私に繋がるようになっている。一方通行だし、距離もあまりないが……少なくとも、この施設内くらいは問題ない」
「つまり、例の女性対策ですか?」
「ああ、囮のような扱いもしてしまうが……」
「それはこっちも織り込み済みなので、大丈夫ですよ」
絡まれたらこれを使えば、現場を押さえられるわけだ。
今のところはそこまでじゃないけど……場合によっては、少し引っかけてみるのも考えるべきかな。
勿論、こっちが悪役になるような手は打てないし、やる気もないけど。
「装飾品にしてから渡せばよかったんだが、好みもあるのでね、とりあえずそのままにした」
その代わりと、細工師の店を紹介してもらった。
お代は団長が払うので、好きに加工してもらうといい、って……いや、大盤振る舞いすぎじゃ。
魔力をこめた石なんて、それだけでもかなりの高級品だ。
範囲が短いし音をとどけるだけと機能も少ないけど、それでも冒険者にはあったら嬉しいものだ。
流石に加工代まで出してもらうのは……と断ろうとしたのだけど、
「細工師の腕は保証する、君に似合う品を仕上げるだろうから、それを見せてくれれば十分だ」
なんて微笑みを浮かべられてしまっては、いくら顔に興味のない私でも撃沈する。
これが、下心満載だったらうんざりするところだけど、団長の調子はごく自然で、つまり素の発言なんだろう。
天然タラシという言葉がよぎったけど、だからこそ団長なんだろうと納得することにした。
「どのみち石が小さいから、大きなものはつくれないしね、だから気にしなくていい」
たしかに、イヤリングにしてもおかしくないくらいのサイズだ。
うーん、なににしてもらおうかな……細工師と相談して決めよう。
「じゃあ……あんまり高くなりそうだったら、いくらか支払います」
はいそうですか、とはしたくなくて引き下がると、苦笑してわかった、と頷いてくれた。
「それで、起動するための術式はなんですか?」
この手の道具には、使うための手順がある。
そうでなければ、いつでも団長にこちらの物音が聞こえてしまうわけで……
団長の種族からして、エルフ語になるんだろうか。
発音が難しいので、短めの単語だといいなぁと考えていると、みるみる団長の表情が曇っていった。
なんか変なことは口にしてないはずだけど……
「………起動の合い言葉は……」
やたらとどんよりしたトーンと、やや赤面した顔。
一体なにごとかと身構えた私に落ちてきたのは、
「………………しぃちゃん、だ」
大変かわいらしい団長の呼び名だった。
しぃペインターというのがありましてね?




