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初の店番

 汚れてもいい普段着、そろばん、自分用の筆記用具。

 それらを肩掛けバッグにしまいこんで、急いで朝食をすませて外へ出る。

 街はまだ早い時間ということもあり、静けさが勝っている。

 レンは楽団に行かなきゃならないから、その前についておかなくてはいけない。

 ここ数日で夜型を改めたので、早起き自体はさほどつらくない。

 朝はまだ涼しいが、昼になれば少し暑さがきつくなってくるだろう。

 改めて、違う場所にきたんだなぁと思いつつ、レンの店に到着した。

 こんこんとノックをすると、すぐにドアが開く。

 石のような肌と高い背……うん、大分すぐにわかるようになってきた。

「おはよう、今日からよろしくお願いします!」

「ああ……いや、普通に喋っていいぞ」

「一応雇い主だから最初くらい?」

 ぽんぽんとやりとりをしつつ、中へ入れてもらう。

 こういう会話の応酬も気のおけない感じでくすぐったい。

 昨夜のうちに流れは決めておいたけれど、実際どこになにがあるかは、見たほうがはやい。

 掃除用具、お金をしまう場所などなど、一通り聞いておく。

「まあ、そんなに客もこねェから、気楽にしていいぜ」

 それでも、店をまかされたからにはちゃんとしなくてはならない。

 いつもなにかしら動いていたから、のんびりするのも慣れなくて、だから、やる気が出る。

 そんな私に小さく笑いながら、ドアを開けてあっち、と指を指す。

「二件隣に花だらけの家がある、虎がいるから、なにかあったらそこへ行ってくれ」

 大抵のことならなんとかなると思うけど、もし厄介な客がきたら、ということらしい。

 了解、と告げれば、昼休憩になったらアラハキさんとくるから、と言って、レンは練習に出ていった。

「いってらっしゃーい!」

 ぶんぶん手をふって見送ると、一般的な開店時間までは掃除をすることに決めた。

 薬草自体はきちんと管理されているけれど、部屋の隅々まではなかなか手が回らないのだろう。

 保管のために換気も必要だから、ホコリも入ってきてしまう。

 教えてもらった場所から掃除道具をとりだし、……しまった、大きさが手に余る。

 盲点だったなぁ……まあでも、使えないわけじゃないから大丈夫かな。

 ここはヒト以外が結構くるけれど、猫族だとか鼠族だとかは、私たちより背が低いので、必ずしもなにもかもが大きかったり高い場所にあるわけじゃない。

 一番よく見られるだろう棚は、平均的な高さになっている。

 でも、私の背が標準より低いので、踏み台が大活躍することになった。

 在庫などを保管している場所は、多いものは床下だけれど、棚の上にあったりもする。

 そこは踏み台だけでは到底とどこないので、今後、脚立を用意して少しずつ……かなぁ。

 わりと高価なものもあるので、安全な状態でやらないと、駄目にしてしまったら大変だ。

 頭の中で段取りを考えながら、ひとまずドアのプレートを「OPEN」にひっくり返す。

 ……どれくらいお客がくるんだろう? レンはそんなでもない、って言ってたけど……

 客がいない間は好きにしていい、と言われているので、図書館で借りた本を読むことにした。

 龍の伝承だとかそういうのを、折角なのでしっかり調べておきたい。

 読みはじめて少しすると、ドアベルの音が響いた。

「いらっしゃいませ!」

 最初の印象は大事なので、元気よく声をあげると、入ってきたのは白い虎。

「おう、おはよう嬢ちゃん」

 ……ええと多分、先日の白虎だよね。

「先日はどうも、お買い物ですか?」

 クォ、という名前も教えてもらっているけど、レンも虎と呼んでいたから、なんて呼ぼうか悩んだ挙げ句、特に呼称は使わずにすませてしまう。

 私がカウンターから出ると、白虎はいいや、と首をふった。

「朝起きて新聞受けを見たらレンのメモが挟まっててな」

 今日から私が店番をするから、なにかあったらよろしく、そんな内容だったらしい。

 レンってば、過保護すぎるんじゃ……頼まれたほうだって迷惑だろうに。

 恐縮する私に、白虎は豪快に笑ってみせる。

「昼間は多少時間があるからな」

 白虎の職場はバーらしく、しかもオーナーなので、細かなことはまかせていられるらしい。

 だから朝早くは得意じゃないけれど、これくらいの時間になれば動けるわけだ。

 なので挨拶がてら、顔を見にきてくれたらしい。

 レンの友だちだけあって、面倒見がいいんだろうか、……言うと否定されそうだけど。

「まあ、くるのは常連ばっかだから、問題はないだろうけど、遠慮すんなよ」

 カウンターに寄りかかりながらたのもしい言葉をもらい、ありがとうございますと返す。

 丁寧語は気持ち悪いと言われたので、レンと同じように喋ることにした。

「それより、例の……そろばん、だっけ? 持ってきてるのか?」

 どうやら白虎の目的はそっちだったらしく、そわそわとした様子で、ヒゲがぴこぴこしている。

 念のためにと携帯用と、大きいのも持ってきておいてよかった。

 これ、と二つをとりだすと、しげしげと眺める。

 大きいほうでも、やっぱり白虎の手には小さすぎるようだった。

 ……そもそも、肉球なので指でどうこうはできそうにないから、爪を出してやるほうがよさそうだ。

 私が試しにこんな感じと弾いてみせると、案外器用に爪で同じようにしてみせる。

「知りあいに頼んでつくってもらえばいけそうだな」

 バーという場所柄、杯の注文の計算が結構めんどくさいらしい。

 カクテルとか、そういうのがメインなので、微妙に価格が違うから、何杯かの合計となると厄介らしい。

 なので、そろばんを覚えて、暗算も得意になりたい、ということらしい。

「暇な時に教えてもらえねーか? どうせ客も少ないし」

 ……レンがいたらツッコミそうだけど、まあ、こちらに異論はない。

 そろばんがつくれそうなら、便利なものを広めるのは悪いことじゃないし。

 携帯用があれば困らないので、大きいほうは白虎に貸すことにした。

 あとで知人の工房に持っていってつくってもらうらしい。

 今度機会があったら連れて行ってもらおう、面白そうだし。

 簡単にそろばんの仕組みを説明すると、白虎は店の支度をするからと帰って行った。

 住居兼店なので、なにかあればすぐこい、と言い残して。

 それからあとは、三人ほどお客がきたけれど、いずれも問題なく接客できた。

 みんな、通りかかったらやってたから驚いたと口にしていたけど……

 レンがいなくて、人間の私だけというのにもびっくりしていたものの、言われたとおりに計量して会計をすれば、文句はなく、それどころかたすかると感謝された。

 午前中だけでも、定期的に開いていてくれるほうがいいというのは本当らしい。

 できれば続けてね! と熱心に頼まれたので、悪くない印象だったんじゃないかな。

 酒場とかのバイトは経験してたけど、穏やかな感じのはほとんどはじめてなので、こういうのもいいなぁと思ってしまう。

 レンさえよければ、ここにいる間は働かせてほしいかもしれない。

 色々な種族のお客がくるみたいだし……顔を覚えるのは大変だけど、種族がばらばらなら、多少やりやすいだろう。

 そんな感じで順調に時間は進み、時計は昼を示していた。

 昼休憩になったら二人で店までくるって話だけど……アラハキさんは、この通り、大丈夫なんだろうか。

 通りの入口まで出て行ったほうがいいかもしれない。そこまでなら、入れ違いもないだろうし。

 よし、と決めて、お金を金庫にしまい、戸締まりのチェックをして、預かった鍵でドアを閉める。

 ちゃんと「CLOSE」にするのも忘れない。

 表の木戸もきちんと閉めて、白虎の家の前で声をあげた。

「おお、もう昼か、大丈夫だったか?」

 すぐに出てきた白虎に問題なかったと返答する。

 昼までの営業なのは知っていたらしく、不審げにされることもなかった。

「それじゃ、また明日」

「ああ、気をつけてな」

 挨拶を交わして通りを歩いていると、大通りに当たる手前で二人組が歩いてくるのが見えた。

 鬼の種族と、黒髪に白い肌……うん、レンとアラハキさんだよね。

 小走りに駆け寄ると、レンが片手をあげてくれる。

「アラハキさん、こんにちは!」

 レンには挨拶ずみなので、確認もこめて名前を呼んで頭を下げると、丁寧に返してくれる。

「わざわざ出てきたのか?」

「うん、なんだかそわそわして。あ、戸締まりとかはちゃんとしたよ」

 アラハキさんに気を遣わせるのは嫌なので、本当のことは隠しておく。

 店の鍵を手渡すと、そうか、とうなずかれた。

「じゃあ、まずは俺がよく行く店からな」

 こっちだ、と先導されて、一日目の昼休みがはじまった。

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