帰り道と提案
当たり前のようにレンに送ってもらう帰り道。
もはや問答するのもあきらめてきて、お願いしますと言うようになってしまった。
実際、危ない目に会ったことはないけど……そもそもこのところ、夜はいつもレンと一緒だからなぁ。
甘えてはいけないのだけど、自分の特性のこともあるから、気を抜いて歩けるのはかなりありがたい。
でも、バーダ島は灯りも随所についているから、かなり安心できる。
私の歩幅に合わせてくれるレンに、少し悩んだけど、思い切って話しかけた。
「ねぇ、レンが帰る時、追っかけがいるか確認してるの……アラハキさんは知らないの?」
さっきは団長が頼んだかたちをとっていて、レンが自発的に、という感じには見えないようにしていた。
でも、私が知るかぎりでは、レンは誰かに言われて追っかけを見張っていたようではない。
レンは、あー、と声をあげて、微妙に視線をそらした。
「……俺が勝手にやってるだけだ、気にしそうだからな。……本人には言うなよ?」
頼まれなくても、許可なく教えるつもりはないから、うん、とうなずく。
まあ、事情を知った今となっては、正しい選択だったかもしれないけど……
「俺や他の……いわゆる見た目が恐いと言われる種族だな、それが苦手らしいとはすぐ気づいたからな」
いわく、レンたちはそういう視線に慣れているので、すぐわかるのだそうだ。
バーダ島は差別こそ少ないけれど、身構えるひとはやっぱり結構いるらしい。
けれど困っているのを放ってもおけなくて、こっそり追っかけを確認して、人間に近い種族の団員と協力していたらしい。
そりゃあ、アラハキさんが知ったら色々考えちゃうだろうけど、でも、あんまりにもレンが損じゃないだろうか。
「苦手にされること自体はよくあることだし、いきなり距離を詰めたら逆効果だろ?」
「それは……そうかもだけど……」
でも、納得がいくかというと、答えはノーだ。
私がそう思ったからって、どうなるものでもないけど……モヤモヤする。
うーうー唸っていると、くつくつと上から笑い声がふってきた。
「キィカもお人好しだと思うけどな」
見上げれば、穏やかそうな表情。……段々、顔の変化がわかるようになってきた。
といっても、目の前からいなくなれば、細部は思い出せなくなるんだけど。
レンの言うのは、今のことと、明日からのお昼のことを指しているんだろう。
「下心だらけなのは、レンだってわかってるでしょ?」
隠さなくていいというのは楽だ。だからちょっと拗ねた調子で言うと、そうだな、と肯定される。
「それでも断らないってのは、十分人がいいだろ」
そうかなぁ……アラハキさんや団長のためっていうよりは、レンに対しての評価が低いのが嫌だから、っていう超個人的な理由なんだけど。
だって、私の大好きな音を産みだす存在が、不当な理由で距離をとられてるなんて、そんなのは許せることじゃない。
アラハキさんに悪気がなかったから、じゃあ仲良くなってもらおう! って思うのであって、これでもし、差別発言でもあった日には、喧嘩をふっかけていた気もする。
……なんて、レンには絶対言えないけど。
「それに、みんなで食事をするの自体は楽しみだし、色々なお店も知れるわけでしょ?」
だから私にとっては、さほどの損はない。
せいぜい時間を合わせなきゃいけないってことくらいだ。
それほど好き嫌いはないから、どんな店でも大丈夫だし。
ね、と見上げれば、一瞬とまどったように動きが止まった。
「…………なら、店番の話、本当に頼んでいいか?」
ついで立ち止まったままでの言葉に、街灯の下、一緒に足を止める。
店番の件って……レンの薬屋のことかな。
でも、どうしてその話につながるんだろう。
「毎回こっちまでキィカ一人でくると、連中に見咎められる可能性が上がるだろ?」
たしかに、誰目当てなの? って思われそうだ。
ああいう手合いは話を聞かないから、アラハキさんは眼中にないと伝えても信じなさそうだし、いや、そもそも興味ないとか口を滑らせたら逆ギレされそうだ。
なので、レンとアラハキさんが休み時間になったら一緒に出て行けば、万一彼女たちがいてもどうこうはない。
待ちあわせだと練習によって昼の時間がズレることもあるから、私に負担がかかってしまう。
「それなら、店番して待っててもらうのがちょうどいいだろ、多少は給料も出せるしな」
レンなりに私の懐事情も気にしてくれているらしい。
そうしてもらえれば、こちらは大助かりだけど……逆にそこまでしてもらっていいのかな、とも思うわけで。
勿論、仕事として頼まれたからにはきちんとこなすけれど。
「不定期営業すぎてよく怒られてるからな、午前中だけでも定期的にやってくれると、俺も助かるんだ」
練習のない日は店を開けようとするものの、たまった用事だのをこなしているとそうもいかない。
また、薬草もそのままで売れるわけではなく、加工の必要もある。
それらをしつつ店で売るのは……大変だろうなぁ。
すでにできあがっているものを計って売るだけなら、私にも問題なくできるだろうとのこと。
しかも、昼食のあとは練習を見にいってもいいとのお墨付きだ。
店としては午前だけ営業もどうかと思うけど……そのへんは実際仕事してみての反応次第かな?
「もうちょっと細かい話は……メシを食いながらにするか」
時間とか色々煮詰めたいので、異論はない。
そこで歩みを再開させ、最初にレンと入った店に再び行った。
相変わらずよく食べるレンと、今回は魚料理を中心につついて、店番の内容を話していく。
「でも、初日から私一人にしていいの?」
あらかた決まって、宿への帰り道、自分から言うのもだけどおずおず訊ねる。
ギルド依頼のかたちをとってくれれば、仲介が存在して、なにかあればペナルティがつくから、手数料はかかるけれど安心だ、
だからと提案したのだけど、めんどくせェ、で却下されてしまった。
「完璧な演奏を聞くまで出る気がない人間が、犯罪をするわけねェだろうが」
笑いながら断言されて、信用されているとだけは微妙に表現しきれない感じに返答に詰まる。
いや、そのとおりなんだけど……そうだけど……!
そもそも盗みを働いても、この島から逃げるには船しかない。
船がくる寸前に悪事を働いて、乗って逃亡……という方法しかないけれど、その状態でも鳥などを使えば緊急の知らせはできる。
そこでバレれば、どこへも脱出できないから、どのみち捕まってしまうわけで。
考えれば考えるほど、リスクをかけてまでする価値はないけど……
「冒険者って、信用されないのが当たり前だから、なんかこう……慣れなくて」
思わずぽろりとこぼしてしまう。
私のようにあちこち渡り歩いている冒険者は、特にそうだ。
一カ所にとどまって仕事をしていれば、それなりに信用も築けるし、馴染みの相手もできるだろう。
だけど私にはそれがほとんどない。
唯一長期滞在する音楽の都市では、そもそもお祭りがメインなので仕事はほとんどしないし。
勿論、これまでにこなした仕事の経歴はギルドに登録されている。
だから実績という点では、それなりに信頼のおける相手と認識されるだろう。
けれど、あくまで数値の上だけだ。
「……とりあえず、俺はキィカを信用してる。それだけだ」
しばらくの沈黙ののち、レンはそう呟いた。
それだけで十分で、ありがとうと囁く声はかすれてしまう。
気恥ずかしくて上をむけなくて、でも下を見るのも失礼で、半端に上げた視線が通りを映す。
いつのまにか宿の近くまで到着していてた。
湿った雰囲気を消すように、わざと明るい声を出す。
「じゃ、じゃあまた明日! よろしくね!」
「……ああ、寝坊しねェようにな」
角を曲がるまで見送ろうと思ったら、危ないから早く入れとたしなめられてしまう。
……やっぱり、どう考えてもレンのほうが優しいと思う。
食堂側は閉まっていたので裏から入り、片づけをしていたおかみさんに挨拶して、部屋にもどる。
愛用のそろばんをひっぱりだして、あと、一応使い慣れた筆記用具もそろえておいた。
レンのところにもあるだろうけど、自分のが扱いに慣れているし。
服装は……まあ、普通の格好でいいだろう、エプロンが必要なら買えばいいし。
店番、というのはほとんど経験がないからちょっと緊張するけど……
でも、レンからの信用には応えたいから、頑張らなくちゃ。
万全の体調で挑むためにもと、私は急いで風呂へとむかって、明日に備えることにした。




