理由と対策
三人の視線が集まったところで、アラハキさんを見る。
アラハキさんは、十人が十人「美形」と評するだろう外見をしている。
エルフとは違うちゃんと男性らしい見た目なんだけど、とても綺麗な顔立ちだ。
加えて白い肌と対照的なまでの漆黒の髪と瞳。
間違いなく、最近外にいる出待ちのお嬢さんたちの目的はアラハキさんだろう。
だとすれば最近のことなのも納得の話だ。
特徴的なその見た目には、心当たりがある。
「アラハキさんが演奏に集中できないのは、その……見た目に、関係ありますか?」
びくり、と、はっきりわかるほどに肩が震えた。──当たりだ。
「見た目?」
団長とレンは不思議そうに言葉を繰り返す。
私もちゃんと知っているわけじゃないんだけど……
「冒険者の間で言われてることがあるんです、白磁と漆黒の美形の依頼は気をつけろ、人間はまだマシだが、それ以外の種族は特に……って」
なにそれ、と思ったものだけど、結構有名な話らしく、しょっちゅう聞かされていた。
私自身はそういうひとに会ったことがないままだったので、都市伝説みたいな感じだったんだけど、アラハキさんの様子からして、噂は本当なのだろう。
彼はしばらく黙っていたが、やがて重たいため息を吐いた、そんな姿もとても様になっている。
「……そうです、ぼくの故郷はとても特殊なところで……自分たちの民族以外を認めていません」
沈痛な面持ちで語ってくれた内容は、予想以上だった。
アラハキさんの故郷は、島ではないけれど山間の僻地で、外とはあまり接触がない。
そのため、住人の見た目はみんなわりと似ていて、それが、白磁の肌に漆黒の髪と目、というわけだ。
僻地とは言え土地は広く、住人もかなりの数がいたので、長い間自治を保つことができた。
ところがそれが、悪いほうへと傾いてしまったのだ。
──つまり、自分たちこそが最も優れており、他はみんな劣っている、という考え。
なまじ、みんな見た目が美しいから、拍車がかかってしまったのだろうという。
……アラハキさんみたいな見た目がいっぱいいるって、すごいところだな。
「しかも……その、伝承では、鬼を退治しその土地を手に入れた、とあって……」
申しわけなさそうに見つめる先にはレンの姿。
「なるほど、だから俺が苦手なわけか」
納得したらしいレンの呟きに、はい、とかすれた声でうなずく。
距離をとられていることには気づいていたらしい。
「ただ……ぼく自身は、村の差別は忌むべきものだと思っています」
はっきり断言してレンを見つめるアラハキさんの顔には、たしかに、差別的なものは見えない。
内向的な場所を飛びだしていることからしても、本気なんだろう。
でも次の瞬間には、再び表情が曇ってしまう。
「ですが……長年そういう場所で育ったために、どうしても身構えてしまうんです。きっとそれが、演奏に出てしまうのでしょう」
どういう場所かは知らないけど、相当なものなんだろう。
生まれた時からそんな環境にいたら、差別しないでいるほうが難しい。
そう考えると、アラハキさんはたいしたものだと思う。
一人でここまできて、楽団員としてやっていこうとしているわけなんだから。
「……事情はわかった。オーナーの入団テストにはパスしているんだ、君を解雇するだとか、そういうつもりは今のところない」
きっぱりと告げられて、アラハキさんとレン、二人ともほっと息をついた。
……そっか、入団にもオーナーは関わっているのか。
だからこそ、演奏がしっくりこないことを気にしているんだろう。
とりあえず原因はわかったから、あとは解決するだけだけど……
要するに、アラハキさんがレンに、……いやレンだけじゃなく、異種族と慣れればいいってことだよね。
「ただ、楽団員として在籍したいのであれば、完璧な演奏になる努力はしてもらいたい」
「はい。それは……そのつもりです」
「──そこで、だ、今後アラハキ君は、練習日の昼食はレンと一緒にとること。いいな?」
団長の言葉に、両側から「え?」という声があがる。
仲良くなるというか、慣れるためには、そばにいるのが一番てっとりばやい。
だから食事を一緒にしろってことなんだろうけど……この二人だけでって、大丈夫なんだろうか。
お互い嫌ってはいないとはいえ、多分、雑談もほとんどしたことないだろうし、って、私が心配するのは余計なお世話かな。
完全に他人事のつもりでいたら、なぜか団長が私を見た。
「とはいえ二人だけでは心配でもある、そこで……申しわけないがキィカ君、一緒にいってくれないか?」
まさかの私をご指名とは。
「君にはあまりメリットがないことだが、できれば協力してほしい」
驚いている間に、頭まで下げられて慌ててしまう。
メリット……は、ある。あの時のような綺麗な色を見たいのだから。
多分、オーナーが了承しなくても、定期演奏会は開かれるのだろう。
だけどそれじゃ、私が聞きたかった音ではない。
「曲を聞くためにきたんですから、完璧な演奏がいいに決まってるので、手伝えるならできるかぎりのことはしますけど……」
正直、私でいいのかなぁ? と思ってしまう。
そりゃ、レンとは知りあいになったけど、それだってここ数日のものだ。
いきなり踏みこむみたいな気がしてしまうんだけど……
レンやアラハキさんも口々に、巻きこむのはどうかという内容を団長に交代で訴えていた。
そのあたりは団長も考えていたらしく、よどみのない口調が続く。
「流石に毎日は心苦しいから、一日おきくらいでどうだ? キィカ君がこない日は、私と一緒だ」
団長と二人きりかと思ったら、そうではなく、何人かまとめてらしい。
昼休憩は団員と共にとるのが団長の習慣らしい。
決まったメンバーではなく、日ごとにちょっとずつ変更して、楽器のことだけでない話もして、コミュニケーションをとっているのだそうだ。
ただ最近は、例の女性たちがいるので、アラハキさんはそこへも混じらなくなっているのだとか。
そういう意味でもどうにかしようと思っていたところで、渡りに船というわけだ。
いくら団長たちが気にしないからと声をかけても、アラハキさんが頑として譲らなかったらしく……
「私と行く分には問題ないだろう? 人数も増やすつもりだしな」
そんな悩みを、団長はばっさり切り捨てた。
アラハキさんは「そちらは……まあ、構いませんが」と渋々引き下がったが、今度はこっちを見た。
……本当に漆黒の瞳で、吸いこまれそうな気がしてしまう。
「ですが、キィカさんに迷惑がかかるかもしれません」
一緒に昼食と言っても、流石に朝から練習にお邪魔するのは気が咎める。
となると、時間を見計らって待ちあわせすることになるわけで。
その様子を彼女たちが見たら……面白くないだろうなぁ。
私に対して腹を立てる可能性は高いだろう。
「私なら大丈夫ですよ、冒険者ですから」
でも、そのへんのお嬢様なら直接なにかはしてこないだろうし、してきたってたいしたことじゃない。
護衛とかそういうのに攻撃されるとちょっと厄介だけど、そうなれば逆に抗議もしやすい。
おとりという意味では、むしろ適任なんじゃないかな。
「だからなキィカ、そういう考えは……」
いいアイディアなんじゃ? と説明したら、なぜかレンからお小言がふってきた。
それをまあまあ、いなしたのは団長だ。
「そのあたりはこちらでも考えよう。とりあえず……明日の昼からはじめてくれないか? 行く場所などは任せるが、不公平にならないよう、順番にすること」
つまり、一日目がレンの行きたい店だったら、次はアラハキさん、次が私、という感じにするわけだ。
私だけ店に対する情報量が少ないけど、そこは手当たり次第に入ってみるなり、二人に聞いて決めるなりする、という感じにする。
「キィカ君の分の昼食代は私が出そう」
団長は当然のように宣言したので、慌ててお断りした。
一人でいたって食事はしなきゃいけないから、予定外の出費というわけじゃない。
びっくりするような高級店ばかりでは困るけど、二人ともそんな場所には行かないというし。
私としても、おいしい店を知ることができるのだから、得になる。
懇々と説得して、どうにか納得してもらえたけど……団長は真面目すぎるなぁ。
とりあえず決まったし、外も暗くなってきているので、帰ろうかということになる。
「レン、悪いが彼女たちがいるか、見てきてくれないか?」
団長の頼みに、おう、とうなずいてレンが立ちあがる。
やがてもどってきた彼いわく、今日は裏口に陣取っているらしい。
……表と裏に手分けすればいいと思うんだけど、と思ったら、抜けがけしないようにらしい、……なにそれ恐い。
ということでレンは再び裏口を見張りに行き、その間にアラハキさんが表から帰って行った。
「……すまないね、厄介なことを頼んで」
アラハキさんがいなくなってから、やや早口で団長が呟いた。
「食事をしてみて、続けるのが無理そうな時はすぐ言ってくれ。君が我慢をする必要はないから」
「とりあえずレンと食事をした時は楽しかったくらいなので、大丈夫だと思いますけど……」
アラハキさんが加わるけれど、丁寧な物腰のひとだし、差別をしたくないと言っていたから、不愉快になる要素も少なそうだ。
なにより、多少の暴言は冒険者をしていれば慣れてくるものだし。
「君に頼むのはどうかとは思う、だが……我々ではどうしても、レンの味方をしがちだから」
団員として長く、また見た目のために苦労しているレンと、入団したばかりのアラハキさん。
そりゃあ、団員たちだってレン寄りになってしまうだろう。
その点私は、ここにきたばかりという共通点もあるし、彼の民族の特性も知っているから、気負わずにいられるだろう。
定期演奏までぼーっとしているのもと思っていたから、やることがあるのもちょうどいい。……まあ、仕事というより遊びだけど。
「さっきも言ったとおり、演奏のためにきましたから、役に立てるなら喜んで……です」
すべてはあの、美しい色を見るためだ。
下心満載で熱をこめて断言すると、団長は微笑んで「ありがとう」と頭を下げた。
でもすぐに姿勢をもどして、どうしたのかと思えば直後、レンがもどってきて。
ああ、レンに悟られないように急いだんだなと納得したので、私もそれにならうことにした。
「仲良し大作戦」って入れようとしましたがふざけすぎるので我慢しました。