見学と団員と
翌日、いつきてもいい、と言われたので、昼食をとってすぐ、練習場所に出かけることにした。
観光はいつでもできるけれど、昨日の件がどうなるのか、気になるし。
練習中なら隣の部屋にお邪魔していればいいし、もっと手前でもその気になれば音はわかるから、邪魔をすることはない……はずだ。
幸いというか、まだ休憩時間だったらしく、楽器の音はほとんどなく、代わりにざわめきがみえた。
……それはそれで、お邪魔しにくいなぁ……ほとんどのひとは顔を知らないわけだし。
どうしたものかと入口付近をうろつくが、あまりここにいると、まだいないけど件の追っかけの子と同じになってしまう。
また中で時間を潰してもいいんだけど、できれば練習は見たいし……と思っていると、大分覚えてきた気配がした。
「──レン!」
知りあいに会えてほっとして、ぱたぱたとそちらへ駆け寄る。
どこかで昼食をとってきたのか、身一つで外から歩いてきていたレンは、よう、と片手をあげた。
「ずいぶん早くきたんだな」
「色々……気になるから。まずかった?」
人目もあるので濁して口にすると、いいや、と首をふる。
そのわりには声のトーンが低いままだけど……なにかあったんだろうか。
レンはじっと私を見つめて、
「調子は大丈夫なのか? 昨日は無理させただろ」
……あ、相変わらず優しい。
なんだか気恥ずかしくなってしまう。
「あれくらいなら無理に入らないから、大丈夫だよ。冒険者時代は徹夜で探査とかあったし」
気遣われることもなくはなかったけど、男も女もないような状況も結構あったから、むしろ居心地が悪い。
……って言うと、ますます気にするだろうから、言わずにおくけど……
けど私の発言はちょっと失敗だったらしく、徹夜……? と呟いた声はやっぱり低かった。
「ここでする気はないから! 大丈夫だから!」
慌てて早口につけたすと、そうか、と一応納得してくれた。
「まあ、とりあえず中へ行くか。団長がもどってるかはわかんねェが」
歩きはじめたレンにくっついて、中へ入る。
団員の彼がいてくれれば安心だけど、道すがらの他の団員が、不思議そうに私たちを見ていた。
……見学者ってあんまりいないのかな?
公開練習とかやってる楽団もあるけど……月一で演奏しているから、見にくる必要もないのかもしれない。
ちょうどいいとレンに何カ所か案内してもらう。前に私が演奏を漏れ聞いた場所は、小さめの練習室が並んでいるところだった。
個別練習とか、用途は色々らしい。
楽譜や書類を置いている場所もあるし、事務室や休憩室も充実している。
今は滅多にないそうだけど、いざとなれば仮眠もとれるようになっているのだとか。
それだけ、龍の楽団は重用されているってことだろう。
興味深く見せてもらっていると、団長が帰ってきた。
「やぁ、キィカ君」
今日も団長はどこかの軍人みたいな格好よさだった。
私服だからっていうのもあるけど、南国なのにきっちりしたシャツだし……
「そろそろ休憩時間も終わるから、一度皆に紹介しよう、いいかな?」
勿論私に異論はないので、うなずいて今度は団長についていく。
一番大きな練習場には、すでに団員がそろっているようだった。
先に行っていたレンの姿も当然ある。
でも、まだまだ雑談中といった感じで、はりつめた雰囲気はない。
そんな中に団長と共に行くと、少しざわめきが静かになった。
「練習の前に少しいいかな、これから時々見学にくるキィカ君だ」
よく通る声で紹介され、ぺこりとお辞儀をする。
いっせいに視線が集中するが、モンスターの大群に囲まれた時に比べれば、緊張はするが恐くはない。
「はじめまして、キィカです。みなさんの演奏が聞きたくて、大陸からきました。時々見学にきますが、邪魔になったら遠慮なく言ってください」
第一印象で失敗するわけにはいかない、なるべく丁寧にを心がけて挨拶する。
「え、大陸から? マジで?」
「めっちゃ遠いじゃん、よくきたね!」
口々にのぼる言葉は概ね一緒で、大分聞き慣れた文言ばかり。
でも、とりあえず好意的な感じでほっとした。
いつでも見にきてね! とお世辞かもしれないけど言われたので、ほどほどに見学にこよう。
「じゃあ、キィカ君は隣の部屋へ。全体練習をはじめるぞ」
出身は、とか、冒険者なんだ、とか、色々質問攻めにあっていると、ぱんぱんと手を叩いて団長がたすけてくれた。
今後、機会があったらレン以外とも喋ってみたいと思うけど、この調子なら声をかけても平気かな。
練習を聞くのが楽しみです、とはじめてを装いつつ、昨日もいた隣の部屋へ移る。
そうして全体練習がはじまったけど、やっぱり色が混じってしまっていた。
気になる時もあれば、そんなでもない時もある。でも……ゼロにはならなくて。
最後の時だけは、昨日と同じようにレンが笛を吹いてから演奏していた。
おしまいの前の合図なんだろうか? そのわりにみんなの暗い表情が気になるんだけど……
練習が終わり、三々五々みんなが帰って行く。
だけど私は、そのまま椅子にすわり続けていた。
さっき団長がひっそり耳打ちしてきたのだ、……いい声に囁かれるとひゃっとなるので、今後は遠慮してほしいけど、それはともかく。
「話があるので、残っていてくれ」って、間違いなく昨日のことだろう。
なのでおとなしく待っていると、団長はレンともう一人に声をかけていた。
「待たせてすまないね」
そしてその二人を連れて入ってきた。
団長は椅子を動かして、私とレン、団長とヴァイオリンの男性とでむかいあう形に着席した。
「さて、キィカ君、此方はアラハキ、わかりやすく説明するなら、第二ヴァイオリンの三人目だ」
……やっぱり。
わざわざ連れてきたからそうじゃないかと思ったけど、つまり彼が、混色を招いた張本人というわけだ。
アラハキさんはわけがわからないといった様子で、視線をうろうろさせている。
「単刀直入に言う。曲が完成しないのは、アラハキ、君の音が溶けこんでいないからだ」
いきなりの宣告だったけど、アラハキさんは見た感じ、ものすごく驚いた様子はなかった。
「キィカ君は音を調査する能力があるそうでね、調べてくれとお願いしたんだ」
昨日、実は私がいたこと、そこで調べた結果がさっきの発言であることを、団長はかいつまんで説明する。
アラハキさんは反論をすることもなく、じっと話を聞いて、それから、ため息をついた。
「返しの音がない、とみなさんが仰っていましたからね……原因がぼくの可能性は高いとは、思っていました」
どうやら彼には心当たりがあるらしい。
レンたちの反応もものすごく驚いたって感じじゃないから……なにかあるんだろうけど。
でも、それより気になってしまって、私は思わず声をあげた。
「あの……ごめんなさい、返しの音って、なんですか?」
なにせ私は楽団員ではないので、かれらの中で通じる言葉もわからない。
私の疑問に答えてくれたのは団長だった。
「ああ、申し訳ない。最後の練習の時に、レンが笛を吹くだろう? ああすることでオーナーに連絡がいって、音が聞こえるようになるんだ」
な、なんだか凄い機能な気がするけど、キトウ様たちエルフがいるから、魔力的には結構色々できちゃうんだろう。
あの時私が追えなかった鈴の音は、レンの笛がとどいた合図だったらしい。
「そして、オーナーが納得すれば、曲の終わりにあの鈴の音がまた聞こえる手はずになっている」
……オーナー、というひとは、表に出てこないってことかな?
まあ、練習のたびに見にくるのは大変だろうから、通信方法があるなら、それが楽か。
口調からして領主ではないようだし……長老的な存在か、音楽にうるさい批評家か。
とにかく、その返しの音がないことには、本当の意味で曲の完成とはいえないんだそうだ。
「そしてぼくは、楽団の新参者です。それまで問題なかったのがここにきて音がもどらないとなれば、ぼくのせいだと考えるのは当然でしょう」
どうやらアラハキさんは、楽団員になりたてらしい。
となると、音楽祭のあとに入団したのかな、それだって一年以上経っているから、新参者とは言えない気もするけど……
「君のせいだと皆が思っているわけじゃない。交代だったのだからね」
団長の言葉のあとに、隣のレンが補足をくれたのだけれど、つまり、一年の間に辞めたひとがいて、そこへちょうど入ったのがアラハキさんだったそうだ。
音楽祭は全員参加ではなく、一番の新人は彼だけど、他にも新団員は存在する。
だから、決して彼だけのせいじゃない、というけど……でも、気にしちゃうだろうなぁ。
むしろ一人で離島の楽団に入って、はっきりわかるものを突きつけられているのに、あの程度の混色ですんでいるのは、凄いくらいだ。
プレッシャーに潰されたって不思議じゃないんじゃないかな。
「だが、君の演奏に問題があるとは思えない。調和もとれている。……原因に思い当たるところは?」
たしかに、アラハキさんの演奏技術はきちんとしていた。
色こそ混じってしまったけれど、音としてはどの音も綺麗だったわけで、技量に問題はなさそうだ。
だからこそみんな、どうしてうまくいかないのか不思議なんだろう。
「原因、ですか……」
問いかけに、彼は表情を暗くして口ごもる。
私はというと、さっきからアラハキさんを見ていて、冒険者仲間の間で囁かれていた噂を思い出していた。
それがもし本当なら……
「……あの、差し出がましいんですけど、いいですか?」