練習をみる
翌日もふらふらと街中を散策し、ギルドに行ったりした。
依頼を受ける気はあまりないけど、便利屋的なものならしてもいいかなと思ったわけで。
受けますよと言えば付近に知らせてくれるらしいから、困ったら相談しよう。
長期滞在するにあたって、地域住民に覚えてもらうにはそれが一番だ。
いつまでも「お客さん」扱いはされたくない。
となれば、地道に仕事をして、好印象を持ってもらうのがいいだろう。
そういう意味でも、レンの店で働かせてもらえればいいんだけど……
それなりの規模の街だから、手当たり次第に見て回ると、流石に時間がかかりそうなので、いい店なんかは地元のひとの情報がほしいところだし。
……なんてことを考えつつその日は穏やかに過ぎて、いよいよ練習を見る日になった。
先日購入したちょっといい服を着て、ゆっくり家を出る。
約束の時間は結構遅い、練習の最初からではなく、最後あたりだけ見ることになっているからだ。
最初からは流石に時間もかかるし、団員に気づかれてしまうし、というのが一点。
先入観とか、変な気負いをなくすため、今日は団員に紹介もしないつもりらしい。
あとの一点は一昨日言われたのだけど、私に負担がかかるだろうから、と言われた。
たしかに、演奏を楽しむだけなら、色が見えてもなんでもそう困らない。
でも、探査をしてくれと頼まれれば話は別だ。
演奏ではしゃいでしまっては精度に欠けてしまうし、ずっと集中していると疲労が激しい。
普段から見えるとはいえ、きちんと見ようとすると違いはあるわけで。
そういう気配りもしてくれるあたり、レンはやっぱり優しいよなぁ……
つらつら考えながら公園に行き、時間までは併設されている施設を見ることにする。
市民主催の教室やちょっとした展示もあるし、図書館もあったので覗いてみた。
ここは街の図書館とは違い、会報だとか、そういうのをまとめて置いてあるらしい。
市民生活の参考にするにはもってこいの情報だろう。
閉館時間ちょっと前が約束の時間だったので、そのあたりを読んでいればいくらでも時間は潰せた。
大体の時間になったところで、練習場所の建物へ行くと……あ、またいる。
懲りないなぁと思うけれど、ミーハーというのはそういうものなんだろう。
細かい事情を知らない私にはどうこうできる問題でもないので、目につかないよう迂回していく。
はじめてレンに会った場所へ行くと、いくつかの音色が聞こえてきた。
相変わらず、個々の音は美しいけど……本当に問題があるんだろうか?
「……っと、早いな」
そう待たずにレンがやってきた。
冒険者として、約束の時間厳守は当然のことだ。
「表に女性陣、いたよ」
ついでに報告すると、またか、と小さくため息。
いつからか知らないけど、いくら権力者の娘でも、そろそろ対策すべきじゃないだろうか。
案内されるまま、裏口から中へと入ると、そこには細身のひとが立っていた。
「やあ、君がキィカ君かな?」
落ちついた声のそのひとは、細いのに背が高く、銀髪に青い目のエルフ族のようだった。
短めにまとめた髪の毛からひょっこり伸びる耳は、でも少し短いから……ハーフかもしれない。
レンは入れ違いに先に行ってしまう。
「わたしはシーナ、コンマスだが、団長と呼ばれることが多い」
きびきびした口調は、楽団というより軍っぽい。
だからコンマスより団長と呼んでしまうんだろうと納得してしまう。
「はじめまして、キィカです。今日はよろしくお願いします」
頭を下げて挨拶すると、顔を上げてくれとやんわり懇願される。
「むしろこちらから頼んだようなものだからな。よろしく頼む」
団長はこっちだ、と少し先にある扉を開けた。
そこは、練習室が見えるようになっている小部屋だった。
関係者たちが練習を見学するための部屋らしい。
「あちらからは見えない。先に皆に紹介したかったんだが……すまないね」
「いえ、事情はうっすら聞いていますから、大丈夫です」
マジックミラーらしい部分をコン、と叩いて説明してから、軽く頭を下げてくる。
その考え自体は最もなので、気にしていない旨を告げる。
団長は適当な椅子にすわっていていいと言い、隣の部屋へ入っていった。
窓から見える景色は、ちょっとした休憩時間といったところ。
ぽつぽつと団員が帰ってきていて、よく見つからなかったなと思うけど、多分考えてあったんだろう。
お言葉に甘えて腰かけて、ふーっと深呼吸をひとつ。
やること自体はいつもと変わらないけれど、緊張するのはしかたがない。
見た感じ、団員たちの雰囲気は悪くない。関係は良好なんだろう。
仕事だからというだけではない、お喋りに花の咲いているグループもあるし……
「──では、時間的に今日最後の練習だ」
よく通る団長の声で、めいめいにしていた団員がまとまっていく。
指揮者も準備を整えて、仮に音を出して合わせていった。
普通ならそのまま曲がはじまるのだけど、指揮者はその前にレンに視線を送る。
なんだろうと思っていると、レンが手にしていた笛を吹いた。
旋律、ではない、どちらかというと……そう、角笛みたいに、長く一音を響かせる。
すると、お返しのように鈴のような音がどこからともなく聞こえた。
慌てて発生源を探したけれど、私にしては信じられないことに、どこからかわからないままだった。
もっと探したかったけれど、音楽がはじまる気配に意識を切り替える。
今の私がすべきことは、この演奏を聞いて、見ることだ。
指揮者が指揮棒を降ろして──演奏がはじまる。
曲は音楽祭で聞いたことのある、龍に捧げるものだ。
──ああ、やっぱり素晴らしい。
一見透明なようで、その実七色に光る色。
これが、龍の楽隊の演奏の色だ。
勿論、それが一番というわけではない。
極彩色がいいってひともいるだろうし、実際某領地の荘厳な曲は赤をメインにしたそれは派手な色だった。
けれどかれらの演奏には、この色がなにより合うし、私自身にもとても心地いい。
とはいえうっとり聞き惚れるわけにはいかない。
なにより……はじめは些細だったけれど、曲が進むにつれて、徐々に明らかになっていく色の変化。
ものすごいものではない、まとめて見れば遜色のない、美しく調和のとれた演奏だ。
だけどよくよく見れば、基本は透明なはずの色に、異色が混じっている。
それは段々周囲に伝染し、最後のほうにはちょっと気になるくらいまで、混色が進んでしまった。
混色しても美しい演奏になることはある、だけどこれは……違う。
明らかに、バランスの悪いものになってしまっている。
だけど音に問題はない、ミスが多いわけでも、自己主張しているわけでもない、だのに……?
そして演奏が終わったのだが、かれらはみな微動だにしない。
不思議に思いつつ、同じように息を詰めていること数分。
誰からともなく、落胆のため息をつきはじめた。
みんなの表情は一様にうなだれたもので……でも、音が見えないかれらは、そこまでおかしいとは気づけないはずだ。
どういうことだろう……?
「……とりあえず、今日の練習は終了、また明日、よろしく頼む」
嫌な空気を切り裂くような団長の声に、止まっていたみんなが動きだす。
私はとりあえずそのまま椅子に腰かけて待っていた。
今出て行って団員に見つかっては説明が難しいし、一刻もはやくこの状況を説明しなきゃならない。
しばらくすると、先にレンが入ってきた。
「お疲れさん」
ほら、と手渡してくれたのはマグに入った飲み物で……この気配りといったら……
お礼を言って飲むと、てっきりジュースかと思ったら冷たいお茶だった。
これはこれでさっぱりして、とてもおいしい。
薬草を扱っているくらいだから、こういうのにも詳しいのかな、今度お店を聞いてみよう。
「おいしい、ありがとう」
すなおに言うと、そりゃよかった、と返される。
そこへノックが響き、団長が入ってきた。
すわったままでいいと手で制され、近くの席にどかっと腰かける。エルフのわりに、所作は軍っぽいひとだな……
「さて、単刀直入に聞こう、──どうだった?」
青い目がまっすぐ私を見る。だから目線をそらさないまま答えた。
「はじめはそうでもなかったんですが、徐々に乱れていきました、少なくとも……音楽祭で私が聞いた時とはまったく違います」
予測ずみだったのだろう、団長はそうか、とひとつ呟いた。
音楽祭の時は、完璧な色だった。それから一年が経っているから、変化があってもおかしくはないけど……
技術的には問題がなさそうなだけに、不思議でならない。
「発生源は誰か、わかるだろうか?」
団長の続けての問いかけに、う、と詰まってしまう。
多分、そう聞かれるとは思っていたんだけど、探査に集中していたから、顔は全然覚えていない。
「探査に集中してて顔はわかりづらかったんじゃないか? 場所ならどうだ?」
すると、察してくれたレンが助け船を出してくれた。
実際、探査している時は、音と、それが出す色に集中していて、ものの見えかたもちょっと違うから、普段より輪をかけてものが見えづらい。
目線で感謝を伝えてから、発生源を思い出す。
「第二ヴァイオリンの、メインから三人目」
顔も名前もわからないけれど、音から配置はわかる。
それを告げても、二人の表情はとりあえず動かなかった。
「……キィカ君、申しわけないんだが、明日もきてもらえないかな?」
やがての団長の言葉に、大丈夫ですと返答する。
もともと予定なんて、あってないようなものだ。
「明日、きちんとみんなに紹介しようと思うし、そのあとも……少しつきあってもらうかもしれない」
まだ、はっきりとはしないけれど、と曖昧な言葉を心苦しく思っているらしいが、そんなに気にしなくてもいいのに。
「私も気になりますし、お手伝いできることがあるなら、やりますよ」
間違いなく、音を乱した発生源になにかしらの行動をとるんだろう。
説明に私がいたほうがいいのなら、そうするのはやぶさかではない。
団長からの説明だけでは、納得できないかもしれないし……
って、まあ、私が同席していたって、説明はできても、見せられるわけじゃないけど。
とりあえずそういうことでと話はまとまり、その日もレンに送ってもらってしまった。
流石にレンも口数が少なく、あまりこの件にはふれないほうがいいみたいだったので、お茶のことを聞いたりしておいた。
「明日は気楽に見てくれ……と言っても難しいだろうし、色が混じってちゃ楽しめないかもしれねェが」
苦笑いするレンに、そんなことないと言うものの、……信用はないだろうなぁ。
ちょっとだけぎくしゃくしながら宿の前で別れて、ヨギナさんのごはんをいただく。
……音楽祭の時に誰がいたかは、当然覚えていない。
でも、音を見れば、乱したのはだれなのかわかってしまう。
表情筋に力を入れて、察せられるヘマをしないようにしなきゃなぁ……と、ミートボールをぱくつきながら考えるのだった。