会話と帰り道
「そろばん?」
男性二人の声が見事にハモる、仲良しだな……
「今は持ってきてないけど、計算用の道具で、それをやってると足し算の暗算は速くなるんだ」
現物があればよかったんだけど、あいにく宿屋に置きっ放しだ。
なのでざっくりした説明になったけど、しょうがない。
「簡単なのか?」
興味津々らしい白虎の質問。目がきらきらしている。
「そこそこなら、そんなに難しくないと思いますよ」
べつに才能が必要なものではない、どちらかというと慣れの問題だ。
「オレでもできるか?」
白虎の問いに、うーん、と少し考える。
ちゃんと教われば誰でもできるとは思うんだけど……
「道具が小さいので、大きいのをつくるところからになると思います」
特に珠が小さいから、私が使っているものだと白虎の手では弾けないだろう。
かといって私がつくれるわけでもないから、どこかにお願いすることになる。
そういうのを引き受けてくれるところがあるかは、現地人ではないのでなんともだし。
「なるほど、すぐってのはムリか」
残念そうにしつつ納得した彼は、じゃあ、と続ける。
「レン、お前この嬢ちゃんに店番してもらえよ」
「は? いきなり何言ってやがる」
名案だとばかりに弾む声と、反対に低い響きに、どうしたものかと困ってしまう。
けれど二人はそんなのお構いなしに喋っていく。
「しょっちゅう閉まってると不便なんだよ。この嬢ちゃんなら、計算できるし、オレたちに物怖じしないし、ちょうどいいだろ?」
たしかに、店としてはかなり困る話だ。
レンがそのくらいでいい、と考えているなら、熱心になりようがないし……
楽団員の仕事が第一なら、休みがちになるのも当たり前だけど。
でも、会ったばかりの人間に店を任せるのは、いくらなんでも無茶じゃないかなぁ。
「ま、嬢ちゃんも考えてくれよ、じゃーな!」
白虎は言いたいだけ言うと、荷物をまとめて帰って行った。
「騒がしくしてすまんな」
レンの言葉に、ううん、と首をふる。
「あと、店番の話も本気にしなくていいからな」
「それは大丈夫、いくらなんでもお金の絡むことじゃ、簡単に頼めるものじゃないし」
まだ出会って二日なんだから。いくらかの信頼は得ていると感じているけれど、それと仕事は別問題だ。
白虎の口ぶりからすると、私一人で店番をすることになるようだし、となると、流石にすぐ任せるわけにはいかないだろう。
「……別に、金を持ちだすとか思ってはいねェけど、キィカにも都合があるだろ?」
あれ、それなりに信用されてたのかな?
顔に出ていたのか、小さく笑われた。
「そういう性格だと思ったから、……と言えればよかったが、俺の演奏が聞けなくなるようなことは、しないだろ?」
「……仰るとおりです」
正論に思わず敬語になってしまう。
うん、レンからの信用を失って音までなくしたら、凹むどころじゃない。
犯罪者と罵られるより、間違いなくキツい。
いやまあ、信じてもらえていることはいるのか……なんか方向性がアレだけど……自業自得だけど……
うーん、と首をひねっていると、窓の外を見たレンが椅子から立ちあがった。
「暗くなってきたから、送る」
私の言葉を聞く前に、さっさと薄手のコートを羽織り、鍵を手にしてしまう。
遠慮しようとしたけれど、雰囲気に押されてしまった。
実際、途中で音が見えてからは、道を気にせず走ってきたので、ちょっと危ういのは事実だし……
お言葉に甘えて、送ってもらうことにする。
外へ出れば、あたりはどんどん暗くなっていた。
思ったよりこのあたりは灯りが少ない。
「種族的な問題だな、このあたりは夜目が利くのが多いんで、むしろ灯りが邪魔なんだ」
ああ、なるほど……逆に鳥族が固まっている地域は、街灯を増やしてもらったりと、場所によって臨機応変にしているらしい。
「……ってことは、レンは目がいいの?」
この地区に住んでいるってことは、そうだろうけど。
私の質問に、レンはちょっと苦笑した、……大分表情が察せられるようになってきたな。
「まあ、鬼ってのは夜に動くモンらしいからな」
「そうなんだ?」
なにせ見たことのない種族なので、よくわからないけど。
レンが言うなら、そうなんだろう。
大きめの通りに出れば、街灯は平均的な数になる。
流石にここは諸々の問題から、普通に明るくしているんだろう。
「そうだ、店番の件、困っているなら喜んで手伝うよ」
道を歩きながら提案すると、いいのか? と返される。
そりゃあ観光にきている身だけど、長期滞在を予定しているから、なにかしらで稼がないと、そのうち所持金が尽きてしまう。
「きちんとしたいなら、ギルドを通してくれればいいし」
そうすれば、店との契約だけでなく、ギルドが入るので、万一の時にギルドも動く。
勿論、不手際を起こすつもりはないけれど、そのほうがレンにとっては安心だろう。
ギルドが入った状態で私がよろしくないことをしたら、程度にもよるけど、冒険者の情報に記載される。
つまり、信用を失うわけで、流れの者にとってはかなりの不利益だ。
「……めんどくせェし、それはいいが……そうだな、とりあえず、明後日の件が終わってからだな」
たしかに、とりあえず気になっているらしい演奏を見ることが先決か。
体力には自信があるし、体調を崩すこともない、とは思うけど……万全の状態で挑みたいし。
「……レンは優しいなぁ」
しみじみ呟くと、は? と困惑気味の声が降ってきた。
今だって馬車の通るがわを歩いているし、こうして送ってくれるし。
冒険者として結構イロイロあったから、こんなに優しくされると勘違いしそうになるくらいだ。
「普通だろ、これくらい」
「いやいや! これが普通って言うなら、バーダ島は楽園だよ!」
本気で言ったのだけど、またはぁ? と返された。
だって、身長差があるのに、歩幅を合わせてくれてるから、歩くのも大変じゃないし。
流石に歩いている時はそのまま喋っているけれど、それ以外の時はなるべく椅子にすわって、目線を合わせてきてくれる。
おかげで圧迫感なんてちっとも感じないのだから、これが優しいと言わずしてってところだ。
……優しいのも本当だけど、恐がられないようにって気持ちもあるんだろう。でも、それは指摘しなくていいことだ。
「ちなみに明日はいねェから、聞きにきても無駄だからな」
さらりと釘を刺され、はい、とすなおにうなずく。
……散策ついでに覗こうと思ったのはバレバレだったようだ。
こと音楽になると、本当に私の行動はわかりやすいよなぁ、反省。
そんなことを話していると、宿屋の前に到着した。
灯りのついた家を見ると、なんとなくほっとする。
看板には営業中の文字が掲げられていた。
「──ついでに俺も食ってくか」
「じゃあ今日は奢る!」
レンの呟きに、すかさず声を上げた。
「べつに奢られるようなことはしてねェぞ」
そうは言うが、こっちには心当たりがたくさんあるのだ。
音を頼りに飛びこんでいっても怒らず、話を聞いてくれて、練習にも同席させてくれて。
今後の仕事もできそうな感じだし、送ってもくれたし。
恩に着ないほうが嘘だろう、こんなのは。
滔々と語り続けていると、先に観念したのはレンのほうだった。
「わかったわかった。……じゃあ頼む」
ここの食堂は宿屋と併設しているからか、大きい種族と併用できるテーブルになっている。
はじめはなぜかと思ったけど、今ならよくわかるわけで。
でも、ヨギナさんが一人で切り盛りしているようなものだから、数は多くなく、食堂もゆったりしている。
レンも窮屈に感じず食べていけるはずだ。
「ただいま帰りました! ヨギナさん、夕食二人分、ひとつは大盛りで!」
許可を得られた私は、意気揚々と扉を開け、ヨギナさんに声をかけたのだった。