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到着と領主

「おはようございまーす!」

 元気よく甲板に出ると、すっかり顔を覚えた船員のみなさんが口々におはようを返してくれる。

 天気は快晴、波も高くなく、風は追い風、まさに最高の状態だ。

「すっかり船酔いしなくなったなぁ!」

 笑いながら言われて、ちょっと赤面してしまう。

 たしかに最初の数日はひどかった。

 船での長旅ははじめてだったから、ここまで酔うとは思っていなかったし。

 旅に慣れてはいたけど、馬車の揺れとは全然違って、あれは本当に地獄だった……

 客が少ないからといい船室だったのに二日は起きあがれなかったから、一番安い船室だったらと想像するとぞっとする。

「嬢ちゃんのおかげでクラーケンも退治できたし、今日には港につくはずだ」

「あれは本当に助かった、しかしよく見つけたな?」

 彼らの言うクラーケンとは、先日退治したモンスターだ。

 海の底から船に攻撃されると最悪沈没する可能性もある、危険な相手。

 しかも今回倒したのはかなり巨大で、気づかなかったらどうなっていたか、と言っていた。

「たまたま聞こえ……いえ、みえたんですよ」

 幸い私が近づく姿を発見したため、船に配備されている魔法使いによって事なきを得た。

 こういう時のために雷魔法の得意なひとが乗船しているけれど、それも先手を打てなければ意味がない。

 知性は低い相手なので、先に見つけさえすれば、あまり大変ではないそうだけど……

 ついでにクラーケンはめっちゃおいしかった。退治できた祝いだとクラーケン料理がこれでもかとふるまわれたのだ。

 つくづく船酔いが治っていてよかったと思う、炙りクラーケンと酒の相性といったら……

 なんて会話をしつつ、港につくというので荷物をまとめていつでも下船できるようにする。


 昼近くに見えてきた港は、今まで見たものよりは正直小さかった。

 まあ、それも当たり前だろう。

 本土との連絡船が今のように行き来するだけで、あとはすべて漁船だけだから、豪華な港は必要ない。

 ごくまれに客船が寄港するけれど、それは年に一度あるかないか。

 一応海軍も保持しているものの、絶海の孤島であるこの島は、外敵に狙われることもほとんどない。

 けれどこぢんまりとした港は綺麗にされていて、玄関口としてはとてもいい印象を持った。

「じゃあな、嬢ちゃん、楽しんでくれよ!」

「ありがとうございました!」

 船員さんたちにお礼を告げて、タラップを降りる。

「ひ、久しぶりの揺れない地面……! むしろ変!」

 揺れているのが当然だったので、逆に違和感があるくらいだ。

 感触をたしかめるように足踏みをしていると、くすくすと笑い声が聞こえた。

「ここへ降りたかたは皆様そういう反応をします、……ようこそ、バーダ島へ」

 官吏らしき服を着た女性は、両手を組む変わった挨拶をする。

 これがこの島の挨拶なのかな?

「手続きを行いますので、どうぞこちらへ」

 案内されたのは、港のすぐにある建物。

 魚介類の市場や加工場もあるそうだけど、それはちゃんと別になっているらしい。

 この島へくる方法は、基本的に船だけなので、出入りの管理はここで行っているようだ。

 窓からは港が一望できる、だから船が入ってきたところで出迎えてくれたんだろう。

 旅券やらを提出すると、彼女は慣れた手つきでそれらを改め、装備品を確認し、たしかに、とうなずいた。

 ぽん、と旅券にハンコが押されて、これで手続きは完了だ。

「それでは細かな説明を……と言いたいところですが」

 普通はこのあと、職員から色々話を聞くのだけど、どうも様子が違う。

「このまま領主のところへ行って下さい、詳しい話はそちらでします」

 ……領主?

 聞き間違えてなければ、いきなり島で一番偉いひとのもとへ行けと言われた気がする。

「ええと……」

「なにせこの島にくるかたは少ないので。変わっていますが、ここではそれが普通なんです」

 彼女も一風変わっていることは自覚しているのだろう、苦笑いを浮かべていた。

 いきなり領主なんて緊張するけれど、郷に入っては郷に従えだ。

 わかりましたとうなずく他に選択肢はない。


 彼女に案内されて、港から出て大通りを歩く。

 外敵の心配がないからか、港からまっすぐ幅の広い道があり、その一番奥が領主の館だという。

 大通りと言ってもそんなに長さはない、なにせ、遠目に一応館が見えるくらいだ。

 それでも歩けばかなりの距離になるからと、馬車で移動する。

 館のすぐ後ろが山になっていることもあり、緩やかな坂道になっているから、歩くと地味にキツイらしい。

 港の近くは市場や店が並び、その先は色々な施設が集まっている。

 一般的な住居は通りの外に広がっているらしい。

 馬車と歩道はきっちり分けられているし、舗装もされている。

 そのへんの街に比べれば、驚くほど整備は行きとどいていて感心してしまう。

 見えるかぎりでは店も綺麗なもので、治安もよさそうだ。

 到着した領主の館は、代々の領主が執務を行う場所兼住居になっているという。

 領主は世襲制ではなく、この屋敷は二代目が建てた歴史的建造物でもあるとのこと。

 けれど高い塀があるわけでもない、ごく普通の立派な建物という印象だ。

 潮風から劣化を防ぐためだという石垣に囲まれてはいるけれど、戦闘にはむかなそうで、これでいいのかと思ってしまう。

 庶務課などは新しく新設されたらしく、左側に感じの似た建物がある。そっちにはたくさんのひとの気配がする。

 案内されるまま正面のお屋敷へ入る。

 二階が領主の私室で、一階が執務室などらしい。劣化の関係で高い建物はないので、二階が最上階だ。

 たまにやってくる特使をもてなしたりもするために、一階には一応ホールもあるという。

 けれどそんな事態は滅多にないので、最近は領民の結婚式に使ったりしているのだとか。

「全然旅行客もこないので、誰かに説明することも少なくて……」

「いえ、楽しいのでもっと聞かせてください」

 すみません、と謝られたが、話を聞くのは面白いので気にならない。

「そうですか? ではもう少しだけ……こちらの模様なんですけど」

 どうやらこういったものが大好きらしく、最初に移住してきた民族がなんだったのかを示す貴重な資料だと教えてくれた。

 移住者が少しずつ、けれど途切れずやってきて形成された島だそうで、色々な文化が混じっているらしい。

 彼女はこの島の生まれだけれど、それらが気になって本土で勉強をして、ここにもどってきたのだとか。


 そんな話を聞きながら案内されたのは、一番立派な扉。

 このの奥が領主の執務室らしい。

 ノックをすれば、思った以上に若々しい声が入室の許可をする。

 ずいぶんと綺麗な声だ、──オペラにむいていそうな。

「失礼します、お連れしました」

「ありがとう、少し休んでから帰ってね」

 官吏から書類を受けとり、穏やかに声をかけるその人物を見て、なるほどだから声が若いのかと納得する。

 透き通るような白い肌に、翡翠みたいな鮮やかな瞳、まっすぐな銀髪。

 おろしたままの長い髪の毛からひょっこり出ている尖った耳──バーダ島領主はエルフ族らしい。

「バーダ島へようこそ。領主のキトウだよ、よろしくね」

 声は若いし口調も砕けているけれど、領主をしているくらいだから、見た目どおりの年齢ではなさそうだ。

 それでもエルフとしては若いほうだと思う。

「ちょっと書類を確認するから、待っていてもらえるかな?」

「はい、勿論です」

 やましいところはないけれど、こういうのはお約束というものだ。

 そこにすわって、と言われて腰かけた椅子はなかなか凝った細工がされている。

 横のドアから出てきた秘書らしきひとがお茶を出してくれたので、お礼を述べてからありがたくいただく。

 ……うん、おいしい。食べ物は調べてないけど、クラーケン料理もおいしかったし、期待できそうだ。

「ええっと……なんて呼べばいいのかな?」

 一通り書類を検分したらしくそう問われ、

「キィカ、でお願いします」

 間髪入れず、というか食い気味に答えた。

 キトウ様は私の言葉にきょとんとする。そういう顔をすると、私より若く見えそうでエルフって恐い。

「もっとかわいい略称がありそうなのに?」

 ぺらりとめくる書類には、勿論私の本名が書かれている。

「そういうのは似合わないですし、そのままだと長すぎるしウザいので」

 親からもらった名前にケチをつけるのは心苦しいのだが、私の名前は長い上にやたらとクドい。

 古代語やらなにやらのいい意味をくっつけた結果らしいけれど、恥ずかしくてとても名乗れない。

 そういうのが似合う……それこそキトウ様みたいな見た目ならよかったけど、あいにく私の見た目は並だ。

 肩を越す程度の髪の毛は赤みがかった茶色でそこまで珍しくないし、赤い目は人間という種族的には変わっているかもしれないけど、いないわけじゃない。

 パーツが整っていればどんな色でも美人になるが、特にそんなこともない。

 太っているわけではないし、壊滅的なブスでもないと思うが──それだけだ。

「そうかなぁ、似合うと思うけど」

 キトウ様は若干ズレている感性なんだろうか。とはいえ口にはしないけど。

 まあいいや、と呟いてから、それにしても、と興味津々のトーンになる。

「どうしてわざわざここへ? ぶっちゃけ超! 僻地なのに」

 領主が言うのかと思うけど、正直私も用事がなければこなかったと思う。

 先に述べたとおり、この島は絶海の孤島で、近くにひとの住む島はない。

 バーダ島は帝国内に数ある領土のひとつだけれど、そんなに大きい島ではないから、有力なわけでもない。

 そもそも本土まで船で二週間近くかかる上に、最寄りの港から王都まで、普通の馬車で行ったらやっぱり二週間以上を要する。

 それくらいへんぴな場所なのだ、ここは。

 その上目立った資源もないし、戦略的に重要な場所でもない。

 名前を知らない国民も多いんじゃないかというくらいだ。

 だけど私にとっては、どうしても訪問したい島だった。

「それは──『龍の楽隊』の演奏を聞くためです!」

 気をつけたつもりだったけど、つい熱の入った言葉になってしまった。

 またも音楽ネタのやや残念な女主人公です。

 よろしくお願いします。

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