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ミルクティは寒空で飲む

作者: ちょこっと

 時刻は午後6時、夕方といっていい。だけど冬の夕暮れは、もう真っ暗だ。


 人気の無い宵闇の公園に居るのは私だけ。目の前で、スノードームみたいな丸い外灯が点いた。


 それを座ったまま軽く見上げると、腰まで伸ばした私の黒髪がベンチに触れて、サラサラと微かな音がする。


 冷たいベンチに座る私の手には、紅茶花伝のミルクティ。


 私は、紅茶花伝のミルクティが好き。


 美味しく飲めるのは、寒空の下。


 人気の無い公園の待ち合わせとか、最高に美味しく感じられる。


 だから、私は両手で包み込むようにして持った缶を、ゆっくり傾ける。



 甘い、でもしつこくない。丁度良い甘さが、凍えた体をじんわりと温めてくれる。


 ミルクティ、美味しい。


 ほぅっと息を吐き出して、公園の遊具に目を向ける。


 ベンチと少し離れた所に、子どもが喜びそうなカラフルに塗られたジャングルジムがそびえ立っている。


 無人だと、まるで建物の骨格だけが剥き出しになってしまったみたいに見えて、その廃墟感が少し怖い。



 こくん



 また、ミルクティを一口。もう半分は飲んでしまった。


 コートの下は制服だけ、制服のスカートとニーハイだけでは足からどんどん冷えてくる。



 (やっぱり、無理かな)



 暗くなってしまった空を見上げて、「あーぁ」と小さく声を出してみた。


 今夜はクリスマスだから。


 だから、お願いしたの。


 真っ白な封筒に、優しいクリームイエローに緑の縁取りがされた便箋。クリスマスらしく、柊やオーナメントのシールで飾り付けして。クリスマスツリーみたいに見えるかなって想いを込めて、手紙を出した。



 ごくん



 あぁ、もう残り半分を切っちゃったぞ。


 少し熱い位だったミルクティは、ごくごく飲める位にぬるくなっている。


 やっぱり、無理だよね。うん。これで、飲み終わったら帰ろう。


 一人ぼっちの部屋へ。


 そう思って一気に缶を傾けようとした時、夜空を流れ星が滑っていった。


「わぁっ」


 都会育ちで、流れ星なんて生まれて初めて見た私は、思わず声を上げてしまう。ついでに、ベンチへ缶を置いて、ふらっと立ち上がった。

 立ち上がった所で、手が届く訳でもない、遥か遠い流れ星に近付くというものでもない、それでも惹かれて一歩二歩足が出た。


 ふらふらと上を見上げて歩く私は、何かに躓いてバランスを崩した。


「うわっ!」


 こけそうになった私を、大きくて硬い手が支えるように捕まえる。


「おい、高校生にもなって、上見て歩くな。こけるだろ」


 不愛想なその声に、私の目が流れ星のように輝いた。


「お兄ちゃんっ!おかえり!」


 振り向きざまに大きな懐へ飛び込むと、仄かにサンダルウッドか何かウッディ系の香りがした。甘さは無いけれど、どこか暖かくて落ち着く香り。


 私に飛びつかれた当人は、呆れたような困ったような顔して私を引き離す。


「お前な、もう5歳のガキの頃とは違うんだから、お兄ちゃんはねぇだろ」


 キャメルブラウンの柄シャツに、無造作にジャケットを羽織っただけのお兄ちゃんは困ったように右腕を上げる。

 困った時に右の襟足辺りへ手をやる癖、今も変わってない。


「そうだよね、もう、十年以上前だもんね。

 私も、もう高校生だし、お兄ちゃんは立派な大人だもんね」


 幼馴染と言っていいのか、お隣さんだった私達。

 私とお兄ちゃんは8歳違いで年が離れているけれど、幼稚園児の私を小学六年生だったお兄ちゃんが面倒みてくれた。

 家の親は二人とも仕事人間で、お休みの日でも幼稚園に入る頃から一人で留守番が多かったんだ。

 子どもの頃から不愛想なお兄ちゃんだけど、捨て猫みたいに一人ぼっちな私に対しては、なんでか放っておけない感じで優しかったお兄ちゃん。

 人見知りの激しかった私も、そんなお兄ちゃんにだけは良く懐いた。


「手紙、ちゃんと届いたんだね、良かった。国際線なんて初めて送ったから、ドキドキしちゃった」


「お袋にアドレス聞いたんだろ?今時手紙を送ってくるだなんて日本人は古風だって、院の奴らに冷やかされた」


「ふふふ、冷やかされちゃったんだ?もしかして、彼女とか思われたかな?」


 にやける私を見下ろして、頭一つ分は高いお兄ちゃんは呆れた声を落とす。


「お前な、こっちはお前がお漏らししてた頃から世話してんだ、んな色っぽいもんじゃねぇよ」


「もーっ!そそんなの、ホントに幼稚園の頃とかは仕方ないでしょ!それに、お兄ちゃんの前で漏らしたりしてないよ!」


 怒って顔を真っ赤にする私に、お兄ちゃんは口の端だけ微かに上げて笑って見せた。


「ほら、寒いし帰るぞ」


 そう言って、ゴツゴツした手を差し出してくれる。


「うん!」


 あの頃と同じ、私に差し出してくれる手は、やっぱり温かかった。


 ベンチに寄って、缶を持っていく。


 片手にお兄ちゃんの手、もう片手にミルクティの缶。


「お前、ソレ好きだよな」


「そうだよ、だって……」


「ん?」


「ふふ、内緒だよっ。ほら、おばさまが美味しいご馳走作ってくれてるんじゃない?楽しみー!」


「おい、急に引っ張るな」


 私が引っ張ったところでびくともしないのに、声だけ叱ってみせるお兄ちゃん。


 帰ってきてくれた。クリスマスに、会いに帰ってきてくれた!


 クリスマスでもいつも忙しくて中々帰国してはくれなかったけど、今年は思い切って手紙でお願いしてみて良かった!


 夜の公園を背に歩き出す私達。

 家路を急ぐ私達に、通りがかったコンビニからクリスマスソングが聞こえてきた。

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― 新着の感想 ―
[一言] はじめまして。ありま氷炎さんのクリスマス企画に参加させてもらった水渕成分と申します。 私も企画は初参加です。 寒空の下、ゆっくりとミルクティーを飲む少女の願いが切々と伝わってきました。 やは…
[良い点] 飲み物の描写と主人公の心理描写が相まって、深い表現になっているところがとてもよかったです。誰かを待っている、その寂しさや心細さ、期待感、いろんな心を感じ取れました。 [一言] こんにちは。…
[一言] 初めまして江保場狂壱と申します。ありまさんの企画で来ました。  紅茶がとてもおいしそうに感じました。私はあまり紅茶は飲まないのですが、それでも文章でおいしいと思えたのがすごいです。  最…
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