夏の終わりに見た現はいったい何だったのか。~離れ離れになった幼馴染と、十年後に思い出の公園で再会した~
久しぶりの投稿ということで、リハビリがてら短編を書いてみました。
夏ということで、ちょっと切ないものをホラーみたいな感じで。でも、怖いというわけでもないので、ブラウザバックはしないで。
短いものとなっておりますので、楽しんでいただけれたな幸いです。
カナカナ。カナカナ。
終わりの音が聞こえる。今年も夏の終わりがやってくる。喧騒な音から始まった大合唱が、元気な声に変わり、寂しげな響きで締められていく。何も変わっていない。
「あんた、いつまでゲームやってるんだい」
そんな自然の大合唱に紛れて、我が家産ガミガミゼミであるの怒鳴り声が聞こえてくる。風流なんて何もないつまらない音色だ。
「人の話を聞け」
ぶつん、という音を残し、俺が眺めていた画面がブラックアウトする。なんとあり得ないことに、このセミは駆動中のゲームハードの電源を抜くという奇行に走りやがった。
「なんだよ」
「なんだよじゃない!」
苛立ちを覚えながら、その虫のいるほうに顔を向け口を開く。その目には、いまにも爆発しそうな表情が見て取れた。
「今日何日だと思ってるんだい」
「八月三十一日」
俺は素直に答える。
「そうだよ。今日で夏休みも終わりなのに、毎日ごろごろごろごろして。だらしないったらありゃしないよ」
素直に答えたはずなのに、なぜか怒られている俺。
目の前の虫が、何に対して憤りを感じているのかが分からなかった。
「うるさいな。人の勝手だろ」
「なに言ってんだい。夏休みの間一切外に出らずに、墓参りにすら行こうとしない。私はこんな子に育てた覚えはないよ」
「いい子に育てられた記憶もないけどな」
ぱしん。その叱り声に対して皮肉を返すと、頭に衝撃が走った。
稲妻。鎌鼬。そんな言葉で表現できそうな鋭さを孕む一撃。殴られたところを押さえつつ顔を上げると、お玉を持った母がいた。
「なんてもんで殴ってんだよ」
「なんてもんで殴らせんだよ」
もう一回叩こうとする動作を見せてきたので、臨戦態勢に入る。しかし、母は叩く気はなかったようだ。はぁ、とため息を吐いて手を引っ込めた。
俺にその汚いケツを見せつけるかのように、母は身体を反転させる。
「あの公園、今年でなくなるんだってさ」
「……そう」
台所に戻ろうとする母がそんなことを呟く。その声には、なにかしらの哀れみの色が見え隠れしていた。
かち、かち、と掛け時計の秒針の音が響いてくる。静寂が俺の部屋を流れた。
ぼーんぼーん、という音を響かせて時計が鳴る。十六時だ。
「ほらあんた。いっとき外に出ていきなさい」
その音と同時に、母がまた俺の部屋に来る。
その手にはお玉がなく、代わりに樋口一葉が握られていた。五千円札を俺に差しだしてくる。
「なんでだよ」
「バルサンを焚くんだよ」
「なんで今の時期に」
季節は夏だ。バルサンをいつ焚くか知らないけど、普通春なんじゃないのか。
「なに言ってんだい。最も効果があるのは秋なんだよ。なら、いまやるしかないでしょ」
「まだ夏だ」
「今日で夏も終わりだよ。明日から秋だ」
そんな感じで、俺はその手に五千円札を握りしめさせられ家を追い出された。
今年は冷夏。だけど夏だ。
いまだにしぶとく残り続ける熱が迸る太陽を味方につけて、大地を焼いてくる。ついでに俺も焼かれていく。
「あち~」
冷夏というのは嘘だったのか、と思いたくなるほどに全身から汗が出てくる。
雲一つない青空。太陽がかげることも期待できそうにない。
はやく涼しいところに行きたいと思い、近くのコンビニで暇をつぶそうと考えていたら、その通りにある近所の公園が目に入った。
「……」
――あの公園、今年でなくなるんだってさ。
先ほど、母がそう言ってたことを思い出した。じーっとその公園を見つめる。そこには元気に遊ぶ子供と、その親御さんらしき人物が見て取れた。
「あれから十年か」
失念と後悔に悩まされた日々。セミの抜け殻になった。あそこにはもう行っていない。近づいてもいない。無意識に避けてるのだろう。
でも、夏が来るたびに思い出す。あの日を。忘れたいくらいの出来事を。もうなくなってしまえと願っていた思い出を。
「行ってみるか」
だが、それが本当になくなる。
それを感じると、無性に虚しくなった。完成しかけていたパズルのピースが、あと一つ足りなかった感覚。俺の中から、何かを構成していたものが唐突になくなる。
それが嫌で、自分が否定される気がした。
そんなことを感じてしまったからだろうか、俺は十年間一切近づこうとしなかったあの場所へ行こうと決めた。
行きかけに通りかかった花屋でお供え物を買い、じりじりと蜃気楼のようなものが湧き上がる道を俺は歩いていく。
ささぁ、ささぁ。
幾分か風が吹いてくる。砂が波のように舞い上がる。
その形は、富岳三十六景の神奈川沖浪裏のようなビックウェーブだった。
グゥーン、と一般車両とは違う、低く重いベースギターのような音を立てながら、それをサーフィンするトラック。
ここまで歩いてくるまでも、工事現場が多くあった。都市化。そんな時代の波の呑まれて、目の前の公園も消えようとしている。
「何年ぶりになるか」
『ふたば公園』と書かれた門をくぐる。
少し歩き、右手に目をやるとブランコがあった。青のパイプと黄色の板に銀の鎖。あのときよりも、少しだけ色が落ちている。
だけど、何も変わってない。
ザクザク、と軽快な音が足を伝って響いてくる。この音も変わらない。大地が奏でる音色は、昔から変わっていない。
ただ、あのときよりも低音に聞こえるくらいか。
「次はあっちに行こうよ」
「うん」
後ろを子供たちが通り過ぎる。科学が発達した今でも、昔と変わらず外で遊ぶ子供たちはいっぱいいる。
こんなところも変わっていない。
だけど。
目の前の木を見上げる。成長もほとんどしておらず、あのころと何も変わっていない。
今も変わらず立ち続ける木の根元に、俺は花束を置いた。
シオンの花。夏の終わりを告げる秋風にゆらゆらと揺れた。
それに思いを込めながら、俺は目を瞑る。
何を思ってここに来たのか、何を考えてここに花を添えるのか、自問自答を始めた。
ふわっ。
もうその日で夏は終わるというのに、それは秋風というにはまだ遠い。
それが僕の頬を撫でて、彼女のワンピースを揺らした。真夏の太陽を強く反射する純白がまぶしい。
「なにしてあそぶ~」
「なにしてあそぼっか~」
いつものようにそんなことを言って、公園の門を急ぎ足でくぐっていく。
今となっては考えられないほどのパワフルさ。それほどに僕は子供だった。
「えへへ」
彼女が屈託のない笑顔を僕に向ける。身体の前で組んだ手には、一つの指輪のようなものが見えた。
琥珀のような橙色をした何か。小さな小粒のシルバーがそれを囲んでいる。澄み切った純粋な色。
彼女のような真っ白に近い手には、そんな感じの指輪はよく似合っていた。
ひまわりに似た意匠を施されたそれを、少女は大切そうに触る。
「またつけてきたの」
「うん、ゆうちゃんからもらったものだからね」
その指輪は、彼女に向けて僕が贈ったもの。
一週間前、近所で夏祭りがあったとき、僕が出店で買ってプレゼントしたのだ。
――なにかほしいものある。
――ほしいもの? うーん、きれいでかわいいものかな。
――きれいでかわいい、か。……あっ、これなんてどう。
――これって、ゆびわ。ほんとにいいの⁉
――うん。ぼくからぷれぜんとだよ。
――ありがとう。ずっとたいせつにするね。
あのときの笑顔は、僕にとって忘れることのできない大切なものになった。
とても大きな、指輪と同じひまわりのように澄んだもの。
「さ、きょうはかくれんぼしようか」
夏祭りのときの事を思い出していると、彼女が遊びの提案をしてくる。
「いいよ、じゃあぼくがおにをやるよ」
上機嫌だった僕は、鬼を買って出ることにした。
彼女は隠れるのが好きで、とても得意だった。だから、僕は彼女が喜ぶことをした。
「いいの⁉ じゃあ、あそこの木で十秒数えてね」
「うん」
僕はその木に向かっていった。
振り返ると、彼女がさんさんと輝く太陽のような笑顔でこちらを見ている。
「じゃあ、かいしね」
そう言って、彼女は僕に背を見せて走り出す。
僕も、それを見届けてから背を向け、ゆっくりと数え始めた。
「いーち。にーい……――」
なんとなくだけど、彼女が遠ざかって聞くのが分かった。トタトタとした軽い足音がかなり速いテンポで聞こえてくる。
その音のする方向に目星を付けながら、僕は数えるのを続けた。
「なーな、はーち、きゅーう」
ザザァ。
急に僕の後ろからそんな音が聞こえてきた。
なんだろう、と思いつつも僕は振り向かなかった。数えるのをやめなかった。
ここで振り向いていれば……。
「じゅうっ! も――い――か――い」
なにも返ってこない。
まだ隠れている途中なんだろう。もう一度行ってみる。
「もういいかーい」
だけど、なにも返ってこない。
静寂だけが聞こえてくる。さすがに何かないと不安になってくる。
「もういくよー」
ザハザァ。
今度は返ってきた。でも、木の葉がこすれあうような、踏み鳴らすような音だった。
僕はちらっと後ろを振り返る。
「もういくからねー」
やっぱり何もない。
ファサァ、と夏風に揺れる木々の音だけがその言葉に返事をしてくれる。
僕はそのとき、はじめてこの公園を怖いと思った。
「なんでへんじしないんだろう」
そう口にしたとき、ある事を思い出した。
前にも同じような事をしたとき、こっちから声がしたからと言ってすぐに見つけたことがあった。
たぶん、それを警戒して声を出していないんだと、僕はそう考えるとともに、やる気になった。
「よーし、みつけるぞぉ」
足音から、広場のほうに言ったことは分かっていた。
僕がさっきまで目を伏せていた方にある森にはいないだろう。そう思っていた。
「ここかな。うーんちがう」
シーソーや滑り台。多目的遊具などをくまなく探すが、まったくもって見つからない。彼女は隠れるのがうまかった。
どこにいるのか本当に分からなくなってくる。
森のほうにも探しに行った。森林浴が楽しめそうな遊歩道がある森。
見通しはそこまで悪いわけでもなく、文化的なにかを匂わせる石造りの灯篭。
その周辺もくまなく探すが見つからない。探し始めてから一時間が経とうとしていた。
「もしかしてかえったのかな」
前に一度、彼女は何も言わずに家に帰っていった時がある。そのときもかくれんぼの最中だった。
理由を聞いたら、僕に怒っていてイライラしてたらしい。懲らしめてやろうとしてやったことだった。
「こんなにさがしてもいないんだし、いっかいかえろっかな」
もしかしたら、また何か怒らしてしまったのかもしれない。もしくはただの気まぐれか。
ここまで探しても見つからないのだ。そうに違いない。
「ぼくもうかえるからねー」
やはり返事がない。
隠れているなら、なにかしらの言葉があってもいいはずだ。だけど聞こえてくるのは、相変わらず木々のこすれあう音のみ。
やっぱりいないのだ。そう思って僕は帰路に就いた。
テトテトと歩いて帰る。家が見えてきた。
前のほうには黒に近いシックな感じの家が、後ろのほうには鶴のように白い家が見える。手前が僕、後ろが彼女の家だ。
ぴんぽーん、と僕は彼女の家のインターホンを鳴らす。しかし、返事が返ってこない。
もしかしたら、僕だと気付いて黙っているのかもしれない。そう思って、いったん諦めたふりをした。
ピーポーピーポー。
自分の家に入ろうとすると、サイレンがこちらに近づいてくるのが分かった。
そちらを見てみると、救急車が向かってきている。そのまま僕のところを通り過ぎ、僕が歩いてきた道のほうに走り去っていく。
ちょっとした好奇心に駆られるが、とりあえずやることをやろう。
家の中に入り、玄関近くの廊下にある固定電話を手に取る。ダイヤル番号を押した。もちろん隣の電話番号だ。
『お急ぎの方は発信音のあとにお名前とメッセージを――』
だが、誰も電話を取ってくれることはなかった。
僕は、留守番電話のガイダンスが流れ始めると、受話器を置いて電話を切った。
「おかしいな。このじかんならおばさんはいるはずなのに」
そんなことを思っていると、外からまたサイレンの音が聞こえてくる。
ウゥ~ウゥ~、という音が聞こえてきた。窓から覗いてみると、今度はパトカーだった。
何かしらの不安に駆られるが、とりあえず関係ないことだと割り切る。
彼女が家にまだ戻ってないことを確認できたため、いったん公園に戻ることにした。
先ほどの道を戻っていると、さっきまではなかった雑踏が耳に届いてきた。見てみると、先ほどのパトカーがそこの中心にいる。
赤々としたランプが世界を照らしは消えを繰り返す。
僕は好奇心でその雑踏に近づいていく。
「――おん」
聞きなれた声が聞こえたような気がした。
「しおん」
聞き知った名前が呼ばれたような気がした。
「詩音……ッ」
気のせいではなく、確かに聞きなれた声から、聞き知った名前が呼ばれている。
心臓がドキドキする。手が汗ばむ。足取りがおぼつかなくなってくる。視界が酩酊する。
人の林をかき分けるように、前へ前へ進んでいく。
息が上がる。動悸が激しくなる。胃が、肺が、内臓のすべてが、身体を突き抜けそうな感覚に陥る。
身体が反転しそうな感覚にさらされた。
「あ」
林を抜け、人垣の一番前に出ていったとき、あるものを目にする。
周りを囲む警察の人。タンカのようなものを抱えるヘルメットをした白服の人。それに泣きつく先ほどまで電話をかけようとしていた女性の姿。
そして、小さな手。
布からずり出たそれは、壁土のようなものがこべりついていた。
そしてその手には、指輪があった。ひびが入り、血や泥で薄汚れ、激しく汚された、ひまわりがあった。
「あ……」
「入っちゃいけないんだよ、坊や」
警察の人が何かを言ってくるが、頭で理解できなかった。
ボトボト、とそれに近づいていく。近づくことによって鮮明になってくる。
花びらがかけたひまわりが。
赤黒く染まった琥珀が。
黒く薄汚れた手が。
「詩音と、詩音と一緒に遊んでたんじゃないの!」
ガァッ、と肩を掴まれる。
近づいてくる僕にあばさんが気付いてそんな言葉を投げてくる。痛いくらいに肩を掴まれる。
「あなたが、あなたがいなかったから詩音が……ッ」
そのまま地面に押し倒される。目に見えるおばさんの顔は憎悪に染まっていた。
「あなたのせいで詩音が、詩音がッ!」
頭が真っ白になってくる。目の前が真っ暗になっていく。何かに沈んでいく。
僕は顔を闇に埋めることしかできなかった。
ゆっくりと目を開け、顔を上げる。
視界には、先ほどと変わらずあの木がある。でも、想像よりもそれは低く感じた。縮んだのか。
いや、この感覚の理由は自分が一番よく知っていた。僕が――。
俺が成長したんだ。
何も変わらない空間で、唯一変わってしまった。あのときから固定されている世界で、俺だけが変化している。
あのときとなにも変わっていない。あのときと同じ、子供二人と大人一人。
だけど、俺が大人になってしまった世界。その事実は、現実という刃となって向かってくる。
だが、そんな世界もとうとう変わってしまう。崩れてしまう。
この世界での夏は今年で最後だろう。今日で最後。蒸すような暑さが消え、灼くような橙色の太陽も赤黒く染まり始め、秋の訪れを感じさせる風が吹く。
来年も再来年も十年後も、太陽はその色を変え秋風は吹く。だけど、ここはもうない。ここでそれが見れることはない。
だからかもしれない。あれから十年間、一度もここに来たことがない俺が、この地に訪れようと思ったのは。
「俺が指輪なんて送らなければ」
詩音が死ぬ原因を作ったホームレスが供述していた。
とても清楚そうで、金持ちの子供に見えて、なにより高そうな指輪をしていたから、誘拐して指輪を売り飛ばせば金になると思った、と。
ホームレスは詩音に迫り、詩音は指輪を渡すことを拒否した。それでちょっと脅していると、俺が探しに来た。
ホームレスは詩音を抑え、俺が去るのを待ったらしい。詩音は隙をついて逃げ出した。がむしゃらに逃げる中で道路に飛び出して、そして――。
「俺がもっとちゃんと探していれば。俺が返らずにずっと公園に居れば」
世界は変わったかもしれない。
悔めば悔やむほど後悔は増えていき、どれだけ悔やんでも消えることがない。
コールタールのようにドロドロした黒が、俺の心にべったりと残り続ける。
これを燃やし消してくれる太陽はもういない。今まで忘れようとしていた笑顔を思い出してしまう。
こちらをのぞき込んで無邪気に笑う姿は、もう見ることができない。
「くそっ」
ガツンと目の前の木を殴りつける。
この忌々しい樹を殴りつける。
この木に映る、後悔にまみれた僕を殴りつける。
ポタポタ、と拳から赤い涙が垂れていく。鬼灯よりも赤く照り光る雫が落ちていく。水たまりが広がるように花弁に落ち、紫を橙に染めていく。
忘れ草に変えていく。
「もういいかい」
シオンの花が再び揺れる。
偽善の象徴。ただの自分を埋めるためのエゴ。最後に見た彼女の幻想を追うように持ってきてしまった花。
それが哀しそうに揺れる。
「もういいかい」
返ってくるわけのない言葉。
十秒どころか、十年越しに語りかけたその言葉。だが、それを返す人はもういない。
ザワ……、とあのときと同じように、ただただ木々がこすれあう音だけが返ってくる。
それだけが返ってくるはずだった。
「……もういいよ」
世界が薄暗くなる。太陽が陰る。
俺は振り返った。
「もういいよ」
あのときと変わらない姿で、あのときと変わらない笑顔で彼女はそこにいた。
こっちにおいで、というような顔で挑発してくる。
まって、おいてかないで。
向こうに走り去っていこうとする彼女の右手の指には、ひびなんて一つもない、欠けた花弁なんて一つもない、汚れなんて一つもない指輪が確かにはまっていた。
もうおいてかないでよ。
彼女の姿が消える。生け垣の裏に隠れるように曲がっていった。それを追いかける。
俺が曲がったときには、彼女は公園の入り口の前にいた。僕を手招きするように立っている。
もうすぐ、もうすぐだから。
入り口のほうに全力疾走していく。
ぜぇぜぇ、と息が上がった。久しぶりの運動に膝に手をついて、息を荒げてしまう。
それを整え顔を上げると、彼女が道路の向こうに立っていた。
やっとだね。
僕はそこに歩みを進めていく。
あのときに失った時間を取り戻すように、ゆっくりとゆっくりと時計の砂がさらさらと流れるように、そこに足を踏み出していく。
ああ、ようやくだよ。
なにかをこするような高音と、突き抜けるような純音。それを共鳴させようとするベースギターの低音が、見事なコントラストで響いてくる。
僕たちの再開を祝福するかのような音色だ。スポットライトが当たるように、陰っていた世界も明るくなる。
歩みを止めないまま、僕は彼女に手を伸ばす。彼女も僕に手を伸ばし返してくる。その手が重なる瞬間、僕は目を閉じた。
いままでの思いが、頭の中から、胸の底から、体中からあふれてくる。
僕と彼女の身体が赤い糸で結ばれていく。
体が熱くなってくる。身体が宙に浮いているような、憑き物がが落ちたような感覚がした。
そして、いままで溜まりに溜まっていたコールタールを洗い流すかのように、僕はその言葉を口にした。
――しおちゃん、みーつけた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
面白かったでしょうか。もしそうだったら幸いです。
主人公がどうなったのかなどの感想をお待ちしております。
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