冬の記憶
清涼な空気がこの世を浄化する
景色一面が色褪せて見える一月
睦月とはよく云い現わした旧暦名
親族一同集まり宴を行う睦び月
この世と彼の世が交わる幻冬
昨日は木枯らしが吹いておりました
今日は緩やかな冬の木漏れ日に照らされております
あのブランコがまだ其処にあり
昨日、私はあそこで、あの少年を見ました
いや、再会したと云った方がいいです
もうどれぐらい経つのでしょうか
私は彼を知っています
私がまだ小さな子供で
男の子と一緒に外で遊んでいたあの頃
光一君と出会ったのは
確か私が小学校に上がる前と朧げな記憶があります
少女時代は毎日がキラキラしていました
目の映る全てのものが輝いていました
ある日、私は母に手を繋がれながら
電車に乗って知らない街に来ました
あの時も季節は冬
とても厳しく寒い朝でした
あの頃の母は若く
眩しいほど綺麗な女性でした
改札口を出て更に寂しさが込み上げてきた寂寥感がありました
まだコンビニなど喧騒な景観はなく
只管、閑静な住宅街が続いておりました
広い道路と両脇には立派なお家
殺風景で寒々としており体感温度が蘇ってくる皮膚感覚
私は母に連れられて
そこから船に乗ったのです
港がどう存在していたのかは覚えておらず
只、夜の海を渡っていく小さな船内
丁度、嵐が来ていてずいぶん揺れていました
私は風の音が怖くて泣いており
その時に母から一枚の板チョコを貰いました
とても美味しかった味
私のその時の記憶
とても嫌なことがあったみたいです
全く内容が思い出せず
恰も禁断の箱に固く封をされたみたいです
決して空けてはいけない
とにかく思い出したくない経験だけは確かな様です
ですが、その日の夕食の出来事だけは鮮明に覚えております
焼き魚を食べ乍ら母が突然、涙をぽろぽろ流し始めました
落涙する理由など幼い私には分かりませんでしたが
私まで悲しくなり声を出して泣きました
「ごめんね、あなたはいい子なのに」
この時の記憶は此処で途絶えております
もうひとつの記憶は私が光一君と出会い
一緒に遊んでいたのです
私は彼と野原でかけっこをしていました
風景は黄色い花がいっぱい咲いていて
風も爽やか、全て光に包まれており
とても安心できる場所でした
その時も季節は冬
ですけど風景は厳寒の様相よりも
冬に木漏れ日の中で遊んでいた様でした
私は光一君よりも足が速く
私の後を彼が走っています
「優希は足が速いね、ついていくのにせいいっぱいだよ」
彼は笑いながらこう云いました
そして私は彼の手を繋ぎ一緒に歩きました
大きな川があり鳥の声が聞こえてきます
「大人になったら私、光一君のお嫁さんになる」
私は自分が云ったこのセリフを覚えています
そこでの記憶はここで消えています
これ以外は何も思い出せないのです
昨日、ブランコに座っている光一君を見ました
私の見間違いではありません
あれは確かに光一君でした
彼も私に気が付きました
私の方を見て目を細めて笑顔を返してきました
私は声をかけようとしましたが
何故、その時は身体が動かず声も出ませんでした
漸く身体が自由に動けるようになった時には
既に光一君は其処にいませんでした
私があの時、母と一緒に来た場所は分かりません
後ほど、母に聞いてみたのですが
そういう場所に行った事は無いと云うのです
私は夢を見ていたのでしょうか
そうであるならば、この残る皮膚感覚はなんなのでしょうか
私は確かに母とあの場所に来ました
そして私は光一君と一緒に遊びました
ですが私は今年でもう28歳です
結婚もしています
昨日会った、光一君は子供のままの姿でした
彼はもうこの世の者ではなかったかも知れません
そう考えると疑問がストンを落ちました
私は光一君が座っていたブランコに座り
静かにこぎ始めました
(かけっこ楽しかったよね)
(私の方が速かったよね)
でも
でも、ふと思い出しました
そんな筈はありません
あの頃には
既に私の両脚は無くなっていたのですから、、、、
太陽の照り返しが強い初夏の7月
公園では幼児を連れた若いお母さん達が
ベンチで談笑している
砂場遊びをしていた幼児が突然指さして声を上げた
「ねぇね、さびしそう」
そこには不自然な動きで
勝手に揺れているブランコがあった