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いつもが、いつもじゃない時に 

掲載日:2018/12/02

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 は〜い、こーちゃんに質問です!

 朝、僕たちは雨戸やカーテンを開けて、日の光を浴びた方が良いといわれています。それは一体、なぜでしょうか?

 ――体内時計をリセットして、一日を健康な状態で送るため?

 ピンポンピンポーン。正解で〜す。

 僕たちの体内時計は、24時間を正確に刻んでいるわけじゃない、とよく聞くよね。そのズレを正していかないと、臓器を始めとする身体の循環機能に乱れが生じ、体調を崩してしまうと。

 そのためのツールとしては、太陽光が有効。一日の始まりを告げるものとしては、ふさわしいものといえるだろうね。


 もう僕たちの体というのは、太陽を初めとする自然がもたらすエネルギーに、無意識に適応して、糧とすることができている。

 でも、この恵みっていうのは、あることが当たり前なんだろうか? 本当はもっともっとありがたいものなんじゃあないのだろうか?

 僕がそう考えるきっかけになった出来事があるんだけど、聞いてみないかい?


 その日は夏の最中だった。

 僕たちが入っていたサッカー部の先生は、非常に熱心な先生でね。グラウンドさえ確保できれば、炎天下で数時間ぶっつづけの練習をすることがザラにあった。水分補給も、ドリブルしながらしろ、ってくらいの勢いでね。

 幸い、僕はタフネスがあったからいいけど、半分くらいのメンバーは青息吐息な状況だったっけなあ。それでも救急車を呼ぶような事態とかは一度もなかったあたり、先生のしごき具合が絶妙だったのかもしれないけど。


 そうしてくたくたになった練習の後、みんなで道具やグラウンドの整備をするのだけど、この時、先生はたいてい席を外してしまう。溜まっている仕事があるから、職員室に戻ると話していたけれども、どこまで本当かは知らない。

 先生の目がないとなると、ここぞとばかりに年功序列を言い張り、何かと下級生に雑用を押し付けたがる先輩たちが出てくる。僕たちもちょうど2年生になったばかりだったから、「1年生に仕事を覚えさせる」という名目で、後片付けを任せることがあった。

 そんな中、1年生に混じってボール磨きなどを熱心に行う子がいたんだ。


 あらゆるポジションができるけど、総合的に見るとパッとしないということで、ほとんどの試合でベンチウォーマーとなっているその子。

 影ではその技術のつたなさをけなす声もあったけれど、この目立たない仕事に関しては非常に丁寧に取り組んでいて、先生や後輩からの評判がいい。

 僕も最初のうちは遠くから見ているだけだったんだけど、何度か部活とは別の用事で、ッ学校に遅くまで残る羽目になった時、少し不審なことに気がついたんだ。


 すでに整備の終わったグラウンドに、彼の姿が残っている。それも校庭のあちらこちらへ歩き回っては、身をかがめて土をすくい、手に持ったビニール袋へ詰めているんだ。

 別にここは甲子園球場でもあるまいに、と思いながらも彼は自分の手足をなかなか止めない。その回収作業を30分ほどこなした後に、校庭を出ていくんだ。

 一度や二度なら追及はしなかったものの、8月に入ってからはほぼ毎日のように行っている。その頃だと午後6時近くても、まだ照明を必要としない明るさだったことを覚えているよ。

 さすがに僕も怪しく思ってね。あえて片づけを手伝い、後輩たちを帰らせた後で彼にあの不可解な行動について、真意を尋ねてみたんだ。

 すると彼は、ちょっとためらったあとに、口を開いた。


「君は、明日も太陽が昇ることを、信じているか?」と。


 聞いた時、「ああ、とうとうこの子も病気を発症したか」と思った。

 太陽は誰もが認める、大きなエネルギーだ。それがどうにかなるというのは、必然、特別な手や存在による干渉があると考えるべきだろう。


 ――大きくて特別な力の存在。それを感じたい年頃だろうしな。


 内心、そう思いながらも、僕は「信じている」と彼の話に合わせて答え、その後に続くであろう「ご高説」を、ゆっくり賜ろうと考えていた。

 ところが彼は「問題は今じゃない。これからなんだ」と、僕を置いて土の回収作業に動き始めてしまう。僕もゆっくりその後に続いて動き始めた。

 時刻はすでに午後6時を回っている。空にはまだ明るさが残っているけれど、下校時間はもう過ぎてしまっていた。

 それでも彼は、先生の目につきづらくするためか、敷地のフェンス沿いに歩きながら、体育館裏にまで足を伸ばしていく。

「これも何かの縁。君にちょっと頼みたいことがある」と、彼は作業を続けながら口を開いた。


「これから先、日が短くなる冬がやってきても、僕たちは変わらずに朝練で早く学校に来るだろう? 去年の活動を振り返った限りだと、さ。

 もしも、僕がその朝練を休んでしまい、なおかつ天気が悪いようだったら、今、拾っている土を、ある場所に埋めて欲しいんだ」


 彼は今まで溜めていた土を、校庭の片隅に、袋に入った状態で隠していた。そして僕に、ある頼みごとをしてきたんだ。


 そして、数ヶ月後の冬。

 3年生の先輩がいなくなったことで、僕たち2年生が部のトップとなり、こなす仕事の量もドカンと増えた。

 インフルエンザにかかって、出席停止を食らってしまう子も出る。そして件のあの子も、学校に出ることができなくなってしまったんだ。


「夏に言った件、よろしくね」


 これから休み続けなきゃいけないという時に、彼はわざわざ電話で僕にお願いをしてきた。さすがにここまで念を押されると、無下にするのは気が引ける。

 天気予報は確認していた。ここしばらく、この辺りはいい天気が続くらしい。


 それから2日後。いつまでもぬくぬくしていたくなる、布団の誘惑に抗いつつ、早めに起き出した。朝練があるためだ。

 午前5時。消化にいいと聞く、おもちとヨーグルトを書き込んでから、家を出るのが僕のパターン。外に出ると、まだ街灯の明かりが残っているほど暗かった。

 グラウンドに一番乗りした僕は、部室のカギをもらいに行く。職員室の戸をノックしたものの返事がなく、鍵もかかっていない。そっと顔をのぞかせると、先生方はひとりもいなかった。誰かしら校門を開けた先生がいるはずなのに、トイレに行っているのかな、と思ったよ。

 機密が満載の職員室に、無断で入るのは少し気が引けたけど、そっと部屋の奥へかけているサッカー部の部室のカギをとって、退室する。


 みんながやってくるまでの間に、ボールなどの練習道具一式を用意しておかないと。そう思って部室のドアの前へ立った僕だけど、どうしたことか、いつもならばさほど抵抗なく開けることのできる鍵が、全然回らないんだ。

 差し込むことはできる。けれども右や左に回すことができない。もちろん部室のドアも開けられない。

 一度鍵を眺めてみたけれど、ちゃんとサッカー部のものであることを示すタグがついている。間違いはないはずなんだ。

 僕は動かない鍵に悪戦苦闘しながらも、時折、すぐ近くにある体育館の時計を見やる。

 5時40分を指していた。

 朝練の開始時間は、午前6時。そろそろみんなが集まってきてもいい時間だ。早く、鍵を開けなくては。

 

 焦る僕だが、相変わらず手ごたえがなく、このままだと鍵を折ってしまいそうな、衝動に駆られるほど。

 ――ボールだって部室の中だ。このままじゃろくな練習ができない。

 何かの拍子で鍵が外れたりしないかと、僕は鍵をさしたまま、どんどんとドアを叩いたりするも効果がない。

 慌てる僕。もう練習を開始する時間じゃないかと、また体育館の時計を見たけれど、そこで初めて気がついた。


 時計が止まっている。あの40分をさしたままなんだ。

 あの苦闘がものの1分足らずで終わったなんて、信じられない。慌てて手近な時計を確認していく僕だけど、いずれも多少の誤差はあれど、進んでいる時計はなかった。

 いや、ただ時計が止まっているだけなら、まだいい。

 すでにサッカー部の何人かは学校へ来ていてもいい時間なのに、一向に姿を見せなかった。それどころか、いつも学校の近くを通る車の音すら聞こえてこないんだ。

 そして、未だに空は夜のような暗さのまま……。


 あの子に言われたことをやらなきゃ、と僕はすぐに感じたよ。

 かつて案内された校庭の隅へ。その間、グラウンドを横切ることになったけど、砂煙どころか、じゃりじゃりと砂を踏みしめる音すら立たなかった。

 百葉箱の根元。ヘタをすると、掃除ついでに捨てられそうな位置に置いてあるビニール袋は、かつて彼が拾ったであろう、グラウンドの土をなみなみとたたえて、そこに鎮座していた。

 それを持って、僕はかつて彼に指示された場所へ向かう。

 プール。夏場は皆の憩いの場として潤いを提供していた施設は、今でも水が存分に張っている。火事があった時の消火用や、プールの塗装を乾燥から守るために。

 扉は開かなかったから、フェンスを無理やり乗り越える。そのままプールサイドまできた僕は、見学用のベンチの下。意識しなくては目に留めることがない、ひび割れの中へ、袋の砂を注ぎ込んだ。


 いくらも入り込まないうちに、「ぶほっ」と大きなゲップのような音がしたかと思うと、ひび割れからわずかに砂が逆に噴き出された。

 思わず身を引いた僕の前で、空に散った砂粒。だけど、それはすぐに飛散して見えなくなってしまう。

 代わりに、空がじょじょに青みを帯び始めてくる。それこそ、まばたきのたびに明るさが変わっていく、という速度で。

 車の音。人の声も湧き出してくる。その気配にほっと安心するのも束の間。はっとプールの時計を見ると、時刻はもう6時の3分前をさしていた。

 あわてて僕は、部室へと向かう。幸いなことに、人はまだ来ていなかった。

 鍵を差し込む。先ほどまでの頑強さがうそのようなあっけなさで、部室は口を開けた。


 もしかすると、この寒さに学校そのものもまだ、ぬくぬくしていたかったのかもしれない。

 だから僕の行いは、それを起こすための手を貸したのだと、今は思っているんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] ふふ、なるほどそういうことだったのですね。 いつもの朝練とはいえ毎朝早く来られて、学校もつい「まだ早いよ」と思ったのでしょうかね(笑) よく「あと、もうちょっと」とごねるように、思わず時間を…
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