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宇宙戦記  作者: 柳沢紀雪
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 美由紀がミーティングルームにはいると、そこには三人の軍人がすでに在室だった。

 十数人入りの広いミーティングルームには、普段は長い机と十数の椅子が備えられているのだが、今は正面のスクリーンの前に三つの椅子が備えられているだけにすぎない。

 その椅子の二つを占めているのは、美由紀も初めて見る顔だった。

「お待ちしておりました、本山戦佐。ずいぶんゆっくりとお話をされておられたのですね。」

 敬礼を交わしあったとたん、皮肉めいた言葉を投げかけたのは、美由紀よりも少しだけ年上に見える男性だった。

 少し茶色のかかった短い髪は彼がまだまだ若々しい感性に恵まれているということがうかがい知れる。

 その胸の階級章によると彼はどうやら戦尉長のようだ。

「あ・・あの・・・、申し訳ありません・・・。その・・・重要な話でしたので・・・。」

 美由紀は萎縮してしまった。

 彼女は今までいわれのない中傷を受けたことは何度もあったが、ここまでとげとげしい言葉を投げかけられたのは殆ど初めてだった。

「秋月戦尉長。今の発言にはかなりの問題があると思うが?」

 それは、ずいぶん訛りのある火星標準語(※付録3)を扱う男性だった。

 年の頃は30代半ばほどだろうか。その落ち着きと威厳は、応に指揮官にふさわしいと言える。

 秋月と呼ばれた男性は、彼を一瞥すると乱暴に舌打ちし、椅子にどっかりと座り込んだ。

「秋月戦尉長の言ったことは気にしないほうがよろしいですよ。」そう言うと彼は右掌を美由紀に差し出し、「お会いできて光栄です。本山戦佐。」握手を求めた。

 美由紀はその柔和な笑みに励まされ、自分も笑顔を浮かべた。二人は軽く握手を交わし、互いに自己紹介を交わした。

 美由紀と握手を交わした男性、サライト(サライト・E・カサラ准戦佐)は秋月の隣に座り、美由紀はそのさらに隣に座った。

 ようやくこれでメンツがそろい、会議が始められることに安心したカナンは、手元の端末を操作し、モニターを立ち上げた。

 会議室正面に設えられた大型モニターは電子音を奏でながらゆっくりと画像を映し出し、それが意味のある映像に切り替わるまで5秒の時間がかかった

 その5秒間の間にカナンは、今回の会議の詳細が書かれたPDを3人に配ると、モニターの前に歩を進めた。

 三人はその資料に目を落とした。

 紙を捲る音は聞こえないが、PDから発せられる光の明滅から誰もがかなりの速度で頁に目を通してると言うことは伺える。

 こういった資料は、本来ならもっと事前に本人達の手元に届けられるはずだ。しかし、今回に限ってなぜか全てのことが直前になって行われている。

 その理由を理解しているのは、おそらく美由紀とカナンだけだろう。この二人は、何の理由もなくウィリアムがこんな手段を使うことはないと言うことを知っている。

「正直言って拍子抜けだな。」

 一足早く資料を読み終えた秋月は、そのPDを備え付けの机に投げはなった。

 サライトはそんな彼に一瞥やるが、特に追求せず、その代わりに口を開いた。

「つまり、次世代型の試作巡洋艦の実戦テストを行うために、アステロイドベルト近傍の宇宙都市、つまりアルフィリオン中継基地に行け・・・ということですか。」

 サライトは、資料に書かれていた内容を正確に把握できているようだ。今回の会議の要点は、全て彼の一言に要約されている。

「お察しの通りです。最近になって宇宙軍が、次世代型の巡洋艦のトライアルを行っていると言うことは既にご存じかと思います。」

 カナンの言うことに二人は肯定を示した。

「何でも、戦闘機を搭載できる巡洋艦を建造するというのが目的だったな。」

 秋月の言うとおり、昨今の軍事情勢(※付録7)から見て、その必要性はずいぶん前から指摘されていたことだった。そして、つい1年半前それの試作計画が正式に議会を通ったのだった。

「巡洋艦だけでなく、駆逐艦と、情報戦に特化した駆逐艦もですね。」

 美由紀もそのニュースの事をよく理解していた。

 三人の反応を見て、カナンはうなずき、モニターに画像を投影した。

 大村(だいむら)重工業の丸いロゴがモニター上を二、三転するすと、映像はなにやら箱を敷き詰めたようなものを映し出した。

 一見すればわかりにくいが、軍人である彼らにとって、それは実に見慣れたものだった。

「これが、このたび皆さんに乗船して頂くことになる巡洋艦の全貌です。」

 その巡洋艦はお世辞にもスマートな形をしているとは言い難い容貌をしている。重力下では流体を考慮する意味で飛行物の大抵はスマートな流線型をしている。しかし、無重力空間では抵抗の強い流体は存在しないため、流体を考慮したフォルムをとる必要がなく、むしろステルス性が重要視されるようになる。ステルス性を重視するなら、そのフォルムは箱を敷き詰めたような形になってしまう。

 カナンは説明を続けた(※付録6)。

 ミサイル巡洋艦アークソルジャー。この艦が建造される理由は二つあった。

 昨今の軍備研究者の言葉を借りると、今後軍隊行動として重要視されるべき事は、艦隊の機動性にある。そのため、それまで両惑星政府が躍起になって建造していた大型空母は艦隊の機動性を著しく損なうという批判が相次いで提出されることとなる。

 しかし、大型空母を配備しないとなると艦隊の戦闘機保有数が著しく低下することとなる。

 戦闘機の保有数の低下はそのまま艦隊の戦力の低下へとつながる、その問題を解決する方法として従来戦闘機を搭載していなかった巡洋艦や駆逐艦に搭載させることでその問題を解決した。それが、今回アークソルジャーが建造された大きな理由である。

「人員の選定は?」

 説明が一段落したところで、秋月が質問をした。

 その質問は確かに上級士官として気になる所であろう。美由紀もサライトもカナンに目をやった。

「人員の選定はすでに終了しています。各員への通達は本日付で送信される予定で、3日後には確定する予定です。」

「了解。」

「他に質問は?」

 サライトが手を挙げた。

「どうぞ。」

「なぜ、アルフィリオン中継基地へ行く必要が?トライアルなら本国の宙域で行えばいい。」

「上層部からは極限環境下においても問題なく運用できるかを測りたい、と聞いています。」

「ありきたりの理由だな。そんなもんでアステロイドまで飛ばされるとは、たまったもんじゃねえな。」

 秋月の不穏な言いぐさにサライトは特に口を挟まなかった。

 アルフィリオン中継基地とは、火星と木星の中間にある小惑星帯アステロイドベルトの入り口に存在する中継基地である。この基地はは、火星にとって生存に密着した重要な拠点である。

 火星の資源の大半は、小惑星帯に存在する鉄やアルミ、チタン、クロム、ニッケルなどで賄われている。さらに、軍艦や宇宙船、コロニーの動力となる水素は、そのさらに向こうにある木星のから採取される。

 つまり、小惑星帯、木星へ通じる航路に存在するアルフィリオン中継基地はその資源採掘のために編成された船団(資源輸送船団)が補給の拠点として使用されるため、火星には無くてはならない場所と言うこととなる。

 しかし、火星からアルフィリオン中継基地までには0.3天文単位(およそ4500万km分かり易く言えば、地球を1100周した距離)もの距離が広がっている。通常の軍艦であれば、その途中で1度や2度の補給を行わなければならない距離だが、輸送船団が使用している大型輸送船は元々長距離を航行するために建造された船であるため、そこまで頻繁な補給は必要としない。

 また、軍事的に重要とされる宙域は火星公転軌道円内で在るため、アルフィリオン中継基地に軍艦が頻繁に行き来する状況は考慮に入れられていない。

 つまり、そんな場所に無補給でいくには大量の補給艦を引き連れていく必要があり、また、その分艦隊の進行速度が低下するため乗組員の士気の低下は免れない。

 秋月の言い分もある意味では正論ともいえる。

「他に質問はありますか?・・・では、これでミーティングを終了いたします。」

 カナンはモニターを閉じると、一度敬礼しミーティングルームから出て行った。


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