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宇宙戦記  作者: 柳沢紀雪
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 イクシオンは衛生軌道上に浮かぶ都市群の中でもとりわけ奇抜な様相を呈していた。

 一般的な居住都市の殆どが回転する円筒のような構造をしているのに対して、イクシオンはトーラス型の構造物が、あたかもソレノイドのように幾重も重なってたような構造をしている。

 回転する事で生じる遠心力による加速度は、その点の速度の二乗を回転半径で割った値に等しい(a=v^2/r、a:加速度、v:速度、r:回転半径)。

 イクシオンのトーラス型の層は、回転することによって生じる遠心力を擬似的な重力としている。

(層の半径は20kmであるので、その表面で1Gを得るためには、およそ毎時1620kmの速度で回転しているということになる。)

 その都市の中央の層に位置する戦略会議室の近くには、宇宙軍総司令官であるウィリアム・レガートの執務室が設けられており、彼の仕事はここを拠点に展開される。

 今日もその例外ではなく、彼は部屋の中程に据え付けられた机に座り、難しい顔をして書類をにらんでいた。

「やはり、状況は余談を許さんか・・・。」

 彼はPD(ペーパーディスプレーの略、詳しくは付録の2を参考に)の書類を机に置くと、さらに苦い表情を浮かべた。

 その表情を見る限り、その書類には彼にとっては不都合なことが記載されていたのであろうことは明確である。

「失礼します。提督、お茶が入りました。」

 ウィリアムの執務室の一角に備えられた扉から姿を現したのは、きっちりとした軍服に身を包んだ年若い女性だった。

 年若いと言っても、入りたての新人らしい初々しさはなりを潜め、仕事に対して一定の割り切りを持つ落ち着いた物腰を持つ女性のようだ。

 しかし、堅苦しい軍服に身を固めていても、その内からにじみ出る若さは隠しようがなく、見る者が見ればそのギャップから愛らしさを感じ取ったかもしれない。

 ウィリアムは、それを見て少しばかり口に笑みを浮かべると、自分の秘書に対して「ごくろう。」と一言だけ言って、紅茶の入ったカップを受け取った。仕事中であるため、茶請けのクッキーを口にすることはできないが、彼好みに入れられた紅茶を一口飲んだだけで、心に平穏が訪れるようだ。

 ウィリアムは、それに満足したのか、全て飲みきらないうちにカップをおろすと、待ち人の到着を聞いた。

「シャトルの到着の報告は受けています。後、10分ほどで到着すると思われます。」

 彼の秘書はあくまで事務的にそう告げると、彼に一揃えの書類を手渡した。それには、今日美由紀に伝えることになっている任務の詳細が記された書類だった。その文頭に極秘(Top Secret)と記されていることから、その任務がいかに重要なものか、また、彼がその待ち人をいかに信頼しているを伺うことができる。

 彼は簡単に文面と内容を確認すると、その最終頁の一番下の欄に直筆のサイン(モニターペンシルだが、感圧センサーのログから筆跡鑑定も可能)をすると、それを秘書に返した。

「なお、上層部に多する報告書は、先日作成した書類に基づき作成しておきました。既に転送済みですので、何の問題もないと思います。」

 ウィリアムは無言でうなずくと、時間を確認した。時間からして、そろそろ待ち人が到着する頃だ。

「それでは、私は会議室の方へ向かいます。」

 秘書はそういって、敬礼すると執務室から出ようとした。

「本山戦佐には先に私の部屋に来るように言っておいてくれ。他の者は待たせておくように頼む。」

 秘書は一言「了解しました。」とだけ言うと、扉の向こうに消えた。

 ウィリアムは、のみ差しの紅茶を手に取ると、それにゆっくりと飲むことで待つことにした。



 イクシオンの通路を歩く時には、いつも不思議な感覚に襲われる。美由紀は何となく周りを見回した。イクシオンの通路は、半径20kmの巨大な円形をしている。つまり、自分はその円の内壁に沿って歩いている事になり、60kmも歩けば自分は、今立っている場所からちょうど反対側に移動することになる。

 しかし、何も考えずに歩いている分には、この通路はまっすぐ水平に伸びているように感じられるだろう。実際、100m歩いただけではその高低差は25cmにも満たない。これが坂道ならば多少の勾配を感じるかもしれないが、円筒内の遠心力は常に床に対して垂直にかかっているので、高低差を感じる事は皆無である。

 60km先にいる人間が自分とは逆さまに立っているといわれても、何かの冗談のように感じてしまうのだ。

「本山戦佐。」

 突然、聞き知った声が彼女の背後から響いた。

 美由紀は、立ち止まって振り向いた。

 そこには、ウィリアムの秘書の女性が立って敬礼をしていた。

「久しぶりですね。カナン・フォーリア戦尉。」

 年はカナンのほうが2つほど上だが、立場上、彼女よりも三つ上の階級になる美由紀は、カナンに敬礼を返した。

 美由紀が手を下ろした事を確認し、カナンも敬礼を直すと、「レガート提督より伝言があります。」と言って、先ほどウィリアムに言われたことを彼女に伝えた。

 カナンが後ろから来たと言うことは、ウィリアム君に言伝を命じられて部屋を出たところで、自分が会議室に向かう所に出くわしたのだろう。相変わらずウィリアム君は面倒くさがり屋だ。そういうことは事前に伝えておいてくれてもいいだろうに。

 と、美由紀は推察すると、「失礼します。」と言って会議室に向かおうとするカナンに敬礼を返して、今来た道を逆にたどることにした。

 会議室に呼び出されてたという事は、今回呼び出されたのは、私だけではないだろう、この分では先に来た人たちを待たせることになりそうね。

 と、思いながら彼女は3mほど歩いた所にある、ウィリアムの執務室のドアをノックした。

「入りたまえ。」

 ノックに答えたのは、面倒くさそうだが内に何か野望を隠し持っている人間の声だった。

 何も変わらない、彼は士官学校時代からこうだ。彼は、自分の理想を謳うときにもどこか他人めいた話し方をしていた。それは、いかにも興味がなさそうな、自分とは全く関係ない者の事を吹聴するするかのような口調だった。

 美由紀は、その声を聞いてむしろ安心を覚えた。あのとき、自分とともに語り合った理想は、確かに彼との共通の理想として根付いていると確信が持てた。

「どうした。入らないのか。」

 少し思想の海にとらわれていたのか、美由紀は突然現実に戻され、赤面しつつ「失礼します。」といって執務室に足を入れた。

 執務室の中央奥よりにもうけられたデスクには、けだるそうな表情のウィリアムが座っていた。

 美由紀が入るまで喫煙中だったのか、部屋の中にはわずかながらタールのにおいが残っていた。

 空気循環の効率と寿命のために、一般の軍人には喫煙は許されていないが、彼ほどの階級の人間なら特権が許されているらしい。美由紀は煙草を吸わないが、その特権は彼女にも与えられている。

「ひさしぶりだな、美由紀。元気だったか。」

 ウィリアムは、まるで旧知の親友と再会したかのような挨拶をするが、

「お久しぶりです、レガート提督。私の方は問題ありませんでした。」

 美由紀は、あくまで軍人として敬礼を交えた挨拶を投げかけた。

 ウィリアムは、くすぐったそうに笑うと、

「ここには俺とお前しか居ないんだぜ。おまけに監視カメラも盗聴器も特権を生かして外させた。つまり、俺とお前がどんな会話を交わそうが、それをとがめる人間はこの太陽系の何処にもいないってことだ。」

「しかし、そういうわけには・・・。」

「俺にこんな命令をさせないでくれ。いらないところでお前に貸しを作りたくない。終いには、俺と結婚しろと”命令”しなければならなくなるじゃないか。俺は、自分の力でお前の心を奪ってみせると誓ったばかりなんだぜ。」

 美由紀はため息をついた。これ以上の押し問答は不毛だと判断し、彼女は少しの間だけ軍人であることを忘れることにした。

「プロポーズの台詞を普段から使うことに、戦術的意味はないって、いつも言っていると思うけど。」

 そういいつつ、美由紀はそばに備えてあった椅子に腰を下ろした。

「だったらもっと雰囲気のあるところで言えばいいのか。」

「少なくとも、ここで言うよりはずっといいと思うけど。」

「星空の下で言ったときも振り向いてくれなかったじゃないか。」

「雰囲気と答えは別よ。少なくともその雰囲気を楽しめるってこと。」

 二人は一通りの雑談を交わすと、表情を改めた。

 ウィリアムは「さてと。」と言うと、執務机に深く腰掛けた。

 美由紀は部屋の空気が変わったことを察すると、忘れていた軍人である自分を取り戻した。

 ウィリアムがわざわざ美由紀を執務室に呼び出したのは何も雑談をするためでも愛を語らうためでもない。

 なぜ彼が、この部屋に事前に来るように伝えなかったのか、カナンに言伝させ直接伝えるというまどろっこしい方法をとったのか。

 それは、単に今から話すことが誰の耳にも入ってはいけないということであり、彼が信頼する以外の者が、彼と彼女が直接面会していることを知られるわけにはいけないということである。

 ウィリアムは、一瞬とても難しい表情を浮かべると、引き出しにしまっていた書類を取り出し、美由紀に差し出した。

 美由紀は無言でそれを受け取った。その表面を触れると、『Top Secret』の文字が浮かび上がった。

 そこには、何かを入力するための空欄がぽっかりと穴が開いたように映っているだけだった。

 そのほかは、何もない。ページスクロールキー(PGSキー)をおしても何の反応もしない。

「読めないわ。セキュリティーがかかってるみたい。」

 美由紀はこの手の書類には慣れているため、特に不可解にも思わずにそう呟いた。

「今パスワードを教えるわけにはいかない。その意味は理解できるな。」

 美由紀は静かに首を縦に振った。

 理解するまでもない。今教えられないと言うことは、やがて知るべき時が来ると言うことだ。ならば、今はその時を待てばいいだけの話。難しい話ではない。

「よし。話はここまでだ。すぐに会議室へ向かえ。少し時間が過ぎているが、問題ないはずだ。」

 美由紀は、その書類を自分のPDにファイリングすると、一言だけ「失礼します。」と敬礼を交えながら挨拶をすると、その足で部屋から出て行った。

 扉が閉まる音が部屋に響き渡ると、ウィリアムは深いため息をつき、背もたれに大きく寄りかかった。

「やっかい事を押しつけるのは毎度のことだが・・・・、今回ばかりは・・・、罪悪感のほうが大きいな・・・。」

「・・・死ぬなよ・・・美由紀・・・。」

 そう言うと、彼は手元の通信機のスイッチを入れた。


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