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人類が宇宙に進出した場合、そこで描かれる戦争とははたしてどのようなものになるだろうか。その疑問から今回の執筆は始まる。現代の宇宙航行技術もめざましい発展を続けており、今考えた未来の技術も後10年も経てば過去の遺産となる可能性も否定できない。火星と地球。最も近い惑星の間に空間を限定して宇宙の戦闘を思い描けばどうなるか・・・はたして・・。
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空調の音が響き、窓の外には暗黒の宇宙が映る。見上げる空は、大気下で見るそれとは、また違った様相を示している。200mmもの分厚いアクリル製の窓に手を触れても、伝わってくるのは宇宙の冷たさではなく、空調によって制御された無機質な感触だけ。
次第に人の波も大きくなってきた。
スペースポートを一望できる展望台に設けられたオープンテラスのカフェには、モーニングコーヒーを楽しむ客でにぎわっているが、その隅の一角には、そういった者達にとっては近寄がたい雰囲気が漂っていた。
宇宙の無重力空間では邪魔になる長い髪を、後ろでまとめている姿はそれほど珍しいことではない、事実、このカフェにいる女性の殆どが彼女と同じようなヘアースタイルをとっている。
しかし、堅苦しい軍服に身を包んだ軍人は、存在するだけで周囲を威圧する雰囲気があるようだ。
多少軍隊に関心がある者なら、彼女の襟と胸の階級章を見れば、彼女が火星統合宇宙軍の戦佐(旧階級で中佐にあたる、詳しくは付録の1を参考に)であることはすぐに分かるだろう。
一般人からは軍人であるためにさけられ、下士官や若手の士官からはその階級章が原因で敬遠される。そして、彼女の経歴を知るものなら、顔を見ただけで避けて通りたくなるのもある意味自然なことだ。
だから、彼女はいつも端の方に席を置いている。
今、スペースポートから船が飛び立っていた。展望台からは出航する全ての船を見ることができる。今、出航して行ったのは方向からしてどこかの衛星軌道都市(火星の衛星軌道上に位置する居住都市。俗には都市と呼ばれる)に向かっていったのだろう。
鷹宰工業株式会社のロゴが入った、とりわけ珍しくもない船を目で追いながら彼女は、立ち上がった。
火星の宇宙船の時間は正確だ。だから、朝はそれを時計代わりにする者も少なくない。
念のため彼女も時計を確認すると、傍らに置いてあったバッグを手にすると、スペースポートに向かっていった。
このスペースポートは中央連絡都市と呼ばれ、全ての都市から出航する連絡船の中継基地になっている。都市から出航した連絡船は必ずこの中央連絡都市に入港し、乗客はいったんこの都市を経由して目的地へとたどり着く。軍人もその例外でなく、軍事都市に足を運ぶためには必ずここを経由することとなる。
しかし、一般に比べて軍人は朝が早い。よっぽどの理由がないかぎり一般人と軍人がこの都市で出会うことはないだろう。
彼女がいま、ここにいるのはそんなよっぽどのことがあったからである。
彼女は、その時のことを思い出しため息をついた。
数日前、彼女には一つの命令が言い渡された。命令自体は、この日に軍の司令所に出頭すること、だけであった。何のための出頭か、その目的も聞かされていないのは少ししゃくに障ったが・・・、
「ウィリアム君がこんな風に呼び出すときには、ろくなことがないのよね・・・。」
普段は使わない宇宙軍本部基地(通称、イクシオン)へのパスをしまいながら、彼女、本山美由紀はまたため息をついた。
彼女の言う、ウィリアムとは、宇宙軍の総司令官、ウィリアム・レガート提督のことだ。美由紀は士官候補時代から彼とは面識があり、友人といってもいい間柄だ。
それ故、彼女は彼から様々なやっかい事を押しつけられることも多々ある。それが極めて不快だと思ったことはないが、大変な名誉だと思ったこともない。
宇宙船に通じる移動廊下には、この時間帯では行き交う軍人は少ない。彼女は、そんな彼らと略式敬礼を交わしつつ停泊中の船に向かって歩いていった。
※
人類が宇宙に進出し、数百年もの年月が経過した。既に、人類は母なる大地を離れ、地球衛生軌道上や月面、火星にその生活空間を移すことに成功している。
火星に移住した人類は、やがて地球から政治的、経済的な独立を望むようになった。そして、地球が火星に対して行った強攻政策を皮切りに、火星は地球に対して宣戦布告を行った。人類初の宇宙戦争が始まった。
後に火星独立戦争(地球では、第一次星間戦争と呼称)とされる戦争は、地球と火星のほぼ中間に位置する宙域、俗にナイチンゲール海域に置いて終戦(これをナイチンゲール海戦と呼ぶ)を迎える。
地球と火星は休戦条約を締結し、事実上、火星は地球からの独立を勝ち取った。
火星独立戦争の最大の戦場となったナイチンゲール海戦は一つの伝説を生み出した。その当時、一個中隊の指揮官であった本山美由紀は、崩壊寸前だった火星軍一個大隊をまとめ直し、結果的にその戦場を勝利へと導いた。
「彼女なくしては火星の独立はあり得なかった。」
それは、その当時の宇宙軍総司令の戦勝宣言の一文だった。