拉致られ編 5/?
「警告したのに……はぁ」
膝から崩れ落ちた少年の、今は開かぬ目の前に立って呟く。毒の胞子で無かっただけ運が良ったかもしれない、それにしても睡眠の胞子とは何とも都合が良い、気絶させる手間や説得する手間を省く事が出来た。やっと見つけた人間だ、何としても確保したい、それに服装からして恐らく現世人の筈だ。兎も角ちょうどぴったりお嬢様のオーダーどうりの男が捕まり、ようやく落ち着ける、しかし何故お嬢様が幻想入りした男を求めていたのか、これだけが解せない。まぁウチのお嬢様の事だ、どう考えても分かりはしないだろう。しかし……
「これはきついわね……」
たとえ化け物を簡単に切り殺せる少女でも少年を担いで行くのは無理がある。
「仕方ない、飛ぶか」
飛ぶのだって疲れないわけではないが徒歩じゃきついし振動で起きられると面倒過ぎる。問題はどうやって運ぶかだ、お姫様抱っこなんて有り得ないが腕だけを持ち、宙吊りの状態になると体に結構な負荷がかかってしまう。お嬢様の品に傷は付けられない、それに高度次第では傷どころか死も有り得る。やっぱり飛ぶのは止めようか、しかし館までの距離や道中で誰かに会う確率が無い訳ではない事を考えるとげんなりする。やっぱり飛ぶ以外に方法は無いようだ、ヤバそうなときは時を止めて急ごう。作戦をまとめ終わると少女は寝息すら発てぬ少年の腕を持ち、低空を滑り出した。
館に帰ってからやれていない仕事をこなせる位の体力を残し館に帰りたいがどうやらそうも言ってられないようだった。こちらは音一つ立てていない筈なのに気配に気付いた妖怪が近寄ってくる。
「それにしても──多過ぎないっ!?」
進む度に着いてくる妖怪が増えていき、その数はもはや三十頭を超える勢いだった。まずい事に足の速い奴や飛べる奴は少年に触れられる距離まで迫っている、もう温存なんて出来ない。
「使いたくないのに……!時符『プライベートスクウェア』!」
そう叫び左手に出現させたカードに魔力を込める。すると妖怪達がピタリと止まる、その隙に少女は少し高度を上げ全力で加速する。少女は時が止まった妖怪達に目もくれず草原から飛び去った。速度が上がるに連れて風圧により少年は徐々に勢いを増しながら靡き初めている。
お願い無事でいて──と願いを右手に込め、更に速度を上げる。手が離れてしまえば少年は地面との抱擁を果たし木っ端微塵となってしまう、速度を落としても良いが正直さっさとこんな面倒くさい事を終わらし、お嬢様の喜ぶ顔が見たかった。