拉致られ編 3/?
その光景を凝視していた少年は少女を眺めながら決断を先延ばしにし続けていた。確かに少女に話すのが生存への一番の近道なのかもしれない。しかしそれは少女が心優しい常識人である事が前提である、それにさっきまで無表情に化け物を切り殺していた少女がそうであるとは思いづらかった。
一応運良く生えていた木に隠れているがここは現世ではない、この距離でも気配で気付かれるかもしれない。そうなれば第一印象は間違えなく最悪、化け物と同じように切り殺されても文句は言えない。木の裏で気配を消し、何も出来ず少年がまごついているとき少女は既に歩き出していた。周りに化け物は居ない、少女も銀色の何かをしまっている、走れば十分に間に合う、話し掛けるなら今。
全身に嫌な冷や汗を感じながら少年はたった一歩すら踏み出せずにいた。異世界への入り口にはあんなに簡単に踏み入れたのに。命にも関わる決断の瞬間なのに学校で緊張したときと同じように感じるのが奇妙で気持ち悪かった。大半が「こんな俺が」で始まる言い訳とも自己嫌悪とも取れない不明瞭な言葉らしきものが閃光の様に脳裏に閃き、消えていく。
剣と魔法の世界などに出られたなら二度と出会う事は無いだろうとたかをくくっていた感情と、こんなにも早く再会する事になるとは。世界変われど人は変わらず。そこまで考えて覚悟を決めた。一歩目を踏みしめる、次いで二歩目。しかし二歩目は地面を遂には踏む事が出来なかった。
地面の代わりに足に引っ掛かり、立ち塞がったのは化け物として見れば小柄な怪しい色合いのキノコであった。少年は一歩目の勢いのまま前にバランスを崩し柔らかな草の上に倒れ込む、幸い草で音が思ったより立たず少女も距離があったのでバレてしまうという間抜けな最期は避けられた。
「いってぇな、このクソッタレぇ!」
さっき迄の葛藤も何もかも忘れ、自分の足に引っ掛かった者にキレる少年。場所が場所だし状況も状況なので容赦は無い。ふと引っ掛かった地点に振り返ると可愛らしい群青色のキノコが居た。