忙しき日々編8/?
咲夜の目が見開かれ、咳き込む。驚いた拍子に麺が喉に詰まったようだ。見られているのに気付いていなかったのか。今までに無い位の動揺だ。咲夜さん程の人でもここまで慌てる事があるのか、結構以外だ。
「あなたには関係無い事よ、何でこんな事聞くの?」
うーん、困った。只気になったと言えば怒られるだろう、ここは正直に白状するしかない。
「実は僕はイケメンがとても嫌いなんで、咲夜さんがイケメンに困らされているならちょっとでも力になりたいなぁと思いまして」
「はぁ……なんでこいつに……まぁ良いか、ちょっとこれお嬢様には言わないでよ……」
渋々といった様子で咲夜が愚痴り出す。
「あいつが私のフィアンセって言うのは本当よ、でもそれは私が決めた訳じゃない、お嬢様が縁談を組んで下さったのよ」
なるほど、これは随分と面倒な話のようだ。そうとしか言い様が無い。
「正直私は嫌なの、あんな顔と金だけの奴、でも断るときっとお嬢様が悲しむと思うと断れなくて……」
「そうだったんですね……」
咲夜さんが金と顔に惑わされず正しい判断をしている事に少しばかり感動する。現世の女だったらどんな年代でも一瞬で、特別な趣味嗜好の者でない限り、あるいはそんな者でも首ったけになってしまうだろう。奴にはそれだけの顔と人当たりの良さがある、それに具体的な額は分からないが莫大な財産も。
「多分私はそろそろ紅魔館に居られなくなる」
「えっ……!」
初耳だ、お嬢様は少しもそんな素振りを見せてはいなかった。隠さなくとも良い、というか教えておいて欲しい。俺はまだ咲夜さんに教わりたい事が沢山有るというのに。
「恐らくクアロの家に行く事になるわ」
それを聞いた瞬間忘れかけていた奴への憎悪が込み上げる、確かに奴のかっこよさと咲夜さんの美しさであれば釣り合うだろう。でも、俺だって──と思わない訳では無いし、とある芸人が言っていた、イケメン×ブスは居なくとも不細工×美女は有り得ると。第一出会って数日も経って居ないが、俺も咲夜さんが好きなのだ、奴なんかに取られたく無い。もうとにかく許せそうにない。
「お待たせいたしました、抹茶団子で御座います」
話を遮る絶妙なタイミングで団子が来た。そういえば頼んでたな、こんな話ばかりでは疲れてしまう、ちょうど良い糖分補給だ。咲夜さんも話を続ける気が無さそうだし。一口かじってみる、やはりこっちも美味しい。濃いが上品な抹茶の風味が口一杯に広がる、修学旅行のときに食べた京都の抹茶にも負けず劣らずの味だ。一串程度簡単に平らげてしまった、しかし、こういう物は物足りない位がちょうど良い。追加注文は止しておこう。
「じゃあ、行きましょう」
咲夜さんもいつの間にか完食していた。
「あっ、会計は僕が」
女性に払わせるなんて男としてのプライドが許さない。所持金は心もとないがお嬢様に貰った封筒のお陰で余裕で払える、ここら辺でいっちょカッコつけておかねば。意地を張った会計を終わらせ店を出る。今は一時。宴会がある夕方まではだいぶ時間が空いている。だが、どうしようと問う前に咲夜さんはだいぶ先まで歩いて行っている、俺が迷う事じゃ無かったようだ。そうして咲夜の三歩後ろを歩き、周りを見渡すとその辺の店には現世由来の物が多く見受けられた。
「咲夜さん、その辺の品は現世の物ですか?」
「えぇ、あなたみたいな人以外にも現世から幻想入りする物は多いのよ、あっ、あそこは寺小屋よ」
ちょっとした会話の間にもしっかり仕事は行う、流石だ。そうして咲夜の勤勉っぷりを石橋が再確認していると、寺小屋の壁が割れ、チビッ子が飛んで来た。
「うおっ!、危ねぇ!」
それを間一髪抱き抱える。もう少しでひどい事になっていた、それにしても寺小屋ってのは江戸時代に出来た学校の原型だという事を歴史の授業で習ったが、相当荒れているようだな。
「ありがとっ!、このやろーっ!」
石橋の腕の内から幼女が礼と雄叫びを上げ、飛び立って行く。マジかよ、あんな子供でも飛べんのかよと、この世界にまた驚くがそれも長くは続かなかった。辛うじて視界に納めた幼女の背には薄氷で出来ている羽のような物が付いていた。意外と妖精か何かかもしれない。
「何度でも来いやーッ!」
寺小屋の中からはどこかで聞き覚えが有る低音が叫んでいた、どこで聞いたっけな。どこで聞いたのか思い出せない、風穴が空いてしまった壁から覗きこんでみよう。そして声の正体を発見した石橋にはまた、色濃い驚きが広がった。巨大な氷を纏った拳を華麗に避け、力任せにぶん投げているのは───俺の友人じゃないか!。




