忙しき日々編3/?
やっと決着がつけられた、アドレナリンのお陰で痛みを感じないが、きっと後で全身の痛みはピークを迎えるだろう。疲れた、よく考えれば貧弱な俺が良くここまで戦えたものだ。しかも勝てた!。こんな達成感は久しぶりだ。
そのとき不意に咲夜さんの顔を見てみたくなった、どんな表情をしているのだろう、おそらく油断し負けてしまったが故の悔しさに満ちているだろうな。いざ咲夜さんの顔を覗き込んでみる。しかしその顔は悲しみにも悔しさにも歪められていなかった。咲夜さんの顔に浮かんだのは微笑み、世界の穢れを知らぬような屈託の無い笑み。
その笑みに石橋が屈託まみれの間抜け顔で見とれていると、咲夜以外の全てが移ろいを止めた。
「ふぅ、思ったより強いけど、抜けてるわね」
私のものとなった世界で一人呟く、最初っからこうしておけば良かった。この世界に入れば私に敵はいない。それにしてもこいつは私の現世人のイメージを覆してくる、現世人はもっと主体性が無く、困難に関せず。こんなイメージだった。しかしこいつは自分の好きな事が関わっているときは豹変する。見て分かる位の、それはそれは強力なエネルギーに溢れるのだ。少しこいつの生い立ちに興味が湧いた、今度聞いてみようか──。しまった、ついつい考え込んでしまった。この世界を維持するのも長くなると疲れるのだ。早めに本題を済まそう、石橋の首筋にナイフを添え、世界に告げる。
「……そして時は動き出す」
止まっていた石橋が動き出し、首筋のナイフに気付く。
「チェックメイト」
こんなことわざわざ言わなくても良いのだ、良いのだがここまで追い込まれた礼として言っておこう。やがて状況を飲み込んだ石橋が狼狽え、僅かな抵抗を試みる。
「無駄無駄……、降参したら?」
何か言おうとする石橋の首にナイフを食い込ませ黙らせる。
「参りました……」
「よろしい」
負けを認めさせると急に疲れが来た、石橋も呻きながら座り込んでいる。それにしても模擬戦とは思えない程激しかった、こんな斬り合い久しぶりだ。それにしても刀とナイフでは相性が悪いしアイツとは太刀筋が違い対応に困る。一息吐いて佇んでいると敗者の声が耳に届く。
「あのぅ……、これどうしましょう?」
「何?」
目を向けて見ると石橋の腹には刃の半分以上が刺さったナイフが。やり過ぎてしまったようだ。
「ごめん!、抜かないで待ってて!」
指示を出し館内に走る、完全に私の落ち度だ。
「くっそー!、どんな能力か知らんが強すぎだろ、やっぱ能力無いときついなぁ」
咲夜の走り去った後に石橋が大きく呟く。本当におかしい、どんなアニメでも見たこと無い程の大逆転敗北。まぁそもそも能力持ち相手に非能力者が真っ当な戦いを出来る筈が無かった。
「それにしても痛ってぇな、これ」
腹に刺さったナイフを指先でそっと触れてみる、その瞬間全身に痛みと悪寒が響く。これじゃ全く身動きはとれない。そして至るところにある掠り傷等もヒリヒリして痛い、一ヶ所なら大したことないのだがいかんせん全身に有るので非常に痛い。アドレナリンが切れてしまった今、もう何をしても痛い、もう一秒でも早い咲夜さんさんの帰還が待たれる。
石橋が痛みから仏像の如く身動きを止めたとき、その耳に聞き覚えの無い声が届いた。
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