第八章 タイムマシン中編‐光を求めて
「ゲホゲホッ! 空気が悪いなぁ。……ここどこ?」
光は空気の悪さに鼻を覆う。辺りを見渡すと、一面が荒野だった。所々目に着く家はボロボロだ。人の気配はまるでない。
「あれ?日本にこんな所あったっけ?」
光は疑問に思いながらボロボロの民家に入った。人を探すためである。
「すみませ~ん。どなたかいらっしゃいませんか~?」
しかし、返事はない。疲れた光は民家の中で休もうと思い床に腰かけると、叫び声をあげた。
「ギャー! ミ、ミイラ!?」
光のすぐそばにミイラがあった。来ている服は朽ちており、ボロボロである。そして、そのミイラは手記を握っていた。光が開いてみると、そこには新聞の切り抜きが貼ってあり、この人物が生前書いたであろうメモがあった。
『救世主に抗う不届き者を抹殺するのが新時代のためである!』という新聞記事に矢印があり、メモが書いてあった。
『いよいよ、この国は崩壊に向かっている。メディアは政府の息がかかっている。外国の様子も分からない。既に数万人が殺されている。もう、あの独裁者に抗う人間はレジスタンスしかいない。』
「これってどういうこと? 他に情報は?」
光はノートをめくる。別の記事とメモに目を通す。
『愚かな国賊&%#¥遂に逝く! 反乱軍の$&%#は救世主の前で死んだ。天罰だろう。』
字が潰れていて人物の名が読めなかった。彼の残したメモを読む他ない。
『嗚呼、神は何と残酷なのだろうか。レジスタンスは、あの独裁者を討つ重大な戦力を失った。あの女傑を失ったことでレジスタンスの士気は低下するだろう。最早希望はない。』
光はこのミイラが生前残した情報を読み漁った。分かったことは独裁者がここ数十年の間に日本に現れ、恐怖政治が始まること。それを阻止するために反乱軍が立ちあがること。しばらく後、反乱軍のリーダーかそれに準ずる立場の人が殺害されること、である。
「でも、この時代は人がいない。人類は滅亡したのか、生きていても少数……。どうしてこんなことになったの!?」
光は答えを求めて男の手記を探る。答えはその最後のページに記されていた。
『この世の最期を見届けた。遠くの方は火の海だった。どうやら核兵器が何発か落とされたようだ。使用したのは独裁者の一派かレジスタンスか……最早知る由もない。私は運よく生き残ったが、食料は底をつきた。……もう何日も食べていない。人類は何人生き残ったのか、生き残った所で食料は存在するのか、……わからない。私の死後、この手記を読んだ人がいたのなら、どうかこの手記を持っていってほしい。私、最上英次が生きた証だから。』
途中の字は歪んでいた。まるでこの人物の心情を表しているようだった。光は男の記をカバンに入れると、タイムマシンの準備をした。
「独裁者の台頭にレジスタンス、その大物の死、核戦争、世界崩壊。どれも日本で起こったとは思えない……。そもそもタイムマシンは数百年後に発明されるんじゃないの!? 文明が滅びてしまってるじゃない! こうなった原因を探ろう!」
光は現地点から50年前、高校生の光が生きる時代から50年後の未来にあたる時間にタイムスリップする。
着いた時代は世紀末だった。街中に軍隊が闊歩し、人々は恐怖に怯えていた。その光景を見ていた時、軍人が光に近付いてきた。
「貴様! 何を見ている! こっちに来い!」
軍人が強引に光の腕を引っ張る。このままでは良くないことが起こることは容易に想像できた。抵抗するが、大人の男、それも軍人の力にはかなわなかった。諦めかけたその時、 急に閃光弾が投げられた。白い光が辺りを包む。慌てる光の腕を誰かが掴み引っ張った。光はその人物に手を引かれて、現場から逃げ出した。
「ハァハァハァ……」
息を整えていると、光の手を引いた人物が話しかけてきた。
「……危なかったな。この時代、若い女の一人歩きは危ない。わからない訳じゃないだろう? ツレとはぐれたか?」
フードを被った人物が光を心配する。顔は見えなかったが、声からして女の子だろう。
「ありがとう。ちょっと、この時代の事は分からなくて……」
「?……まぁいい。このままにしておく訳にはいかないし、私達のアジトに案内する。その前にこれを、たまたま仲間の遺留品回収してたから良かったが……」
そう言ってフード付きコートを差し出した。
「ありがとう。私は時中光。よろしくね」
「!」
フードの少女は一瞬驚いたようだったが、平静を装い自己紹介をした。
「……私は長谷川百花。ここでは長居出来ないし、早く移動しよう」
口早に言うと、百花という少女は光の手を引いた。しばらく町外れの路地裏を歩いていると、強面のチンピラらしき男が門番をしている廃屋に百花は進んだ。
「誰だ?」
「私だ」
百花はフードを取ると、威嚇していた男は警戒を説いた。百花は凛とした顔立ちで褐色肌の少女だった。セミロングの髪の一部だけ長髪でどの部分を三つ編みにした子だった。
「百花か。遺留品回収ご苦労だったな。で、そいつは誰だ?」
「軍の奴らに襲われそうになっていたから助けて連れてきた」
「スパイじゃないだろうな?」
「私が現場にいたのは偶然だ。そんな偶然に頼った演技はしないだろう。それにこの子からは政府の犬の匂いはしない……」
「なるほど、わかった。通っていいぜ。ただし、ヘッドにはお前が話通せよ」
「ああ。こっちだ」
光は百花に案内されて廃屋の人部屋に案内された。その部屋には隠し扉があり、さらにその隠し部屋の床に地下階段が隠されていた。百花は小さい懐中電灯で照らしながら地下へと降りる。下に着くと中は大きなビルの様に広く明るかった。人も多かった。百花の話ではこれで一部らしい。レジスタンスの規模は非常に大きいようだ。百花の帰還を人々は喜んでいるようだった。
「お疲れ様、百花ちゃん」
「お疲れ。その子誰?」
「ああ。その件でもリーダーに話があるのだが、千歳は今?」
「今は緊急会議を開いているよ。軍の奴らの戦力は削いだが、例の件でレジスタンスの士気が下がってるからね。これからの事を話し合ってるんだ」
「そうか、じゃあ、暫く待つとしよう。光、私の部屋に案内する。ついて来い」
どうやら取り込み中だったようだ。とりあえず百花の部屋に案内された。
「おまえは何故あんな所にいたんだ?」
開口一番で百花が訪ねてきた。考えてみれば当たり前の話だ。こんなディストピアで少女があんな所にいたら気になるだろう。
「話すと長くなりますが……私、記憶が飛んでいて……」
光は面倒な説明は省いて記憶喪失を装うことにした。この時代の情報に疎く、情報が欲しいためだ。
「何? 記憶喪失か? ならば、現状を手短に話した方がいいな……」
「お願いします」
百花が丁寧に説明してくれるようである。現状を理解しようと耳を傾けた。
「まず、今は暗黒の時代と言うことはさっきの経験からわかるだろう。……これもある独裁者のせいだ。奴が暴走し、恐怖政治を行っている」
「独裁者が恐怖政治?」
「ああ。気にくわない奴を片っ端から逮捕し、強制労働させている。自分に歯向かう奴らは当然死刑だ。町では軍隊が常に一般人を監視している。不穏分子は軍隊の裁量で裁かれてしまう。しかも、有力情報提供者には金一封がもらえるから、仲間同士の密告が続き、国民の間に不信感が漂っている」
百花の話を聞く限り、本当に暗黒時代と呼ぶにふさわしいようだ。ディストピアと言っていいだろう。 百花は話を続ける。
「それで、奴ら政府に反逆するために我々レジスタンスが組織された。来るべき革命のために仲間と物資を集め、小規模な戦闘は何度も行っている。私の任務は物資の補充と仲間の遺留品を回収することだ。別のメンバーはレジスタンスへの勧誘や要人の暗殺を行っている。私も暗殺を請け負うこともあるがな……」
「暗殺って、さりげに行ったけど、凄い時代ね……」
「まぁ大体そんな感じだ。何か質問はあるか?」
「じゃあ二つほど質問します。一つ目は独裁者の名前、二つ目はレジスタンスのリーダーさんについてです」
光は独裁者について気になっていた。平和な日本で二次大戦期のような独裁者が出てきたのだから、その人物の素性について気になるのは当然だった。レジスタンスリ―ダ―については、結局未来で名前が知れなかったため単純に気になっていた。百花が光の疑問に答えてくれた。
「ああ、すまない。言い忘れていた。独裁者の名前は守国正義だ。名前の字面からイケ好かない奴だな。……ってどうかしたのか?」
光は驚いた。ここに来て知っている人物の名前が未来の人間から聞かされたからだ。守国正義と言えば、光の2歳年上の先輩だ。珍しい名前だから同姓同名と言う可能性は低いだろう。しかし、光の知っている守国正義と言う人物は名の通り、正義を愛し、弱者を助ける男だったはずだ。間違っても独裁者になるはずがない。何があったのだろうか。同姓同名? 他人が彼の名を語っている? 光は混乱した。
「どうしたんだ? 何か思い出しそうなのか?」
「いえ、ちょっと気分が悪くて……その人の写真はありますか?」
「ああ。こいつだ」
百花が光に渡した写真にはぎらついた目の60代くらいの男の姿があった。目つきが悪くなっていて老けているが、学校で見た彼の面影があった。
「間違いない。あの人だ。何故こんなことに……」
百花が光の背中をさすった。
「大丈夫か? 何か分かったのか?」
「ええ。少し……」
百花が光に飲み物を振舞い、落ち着かせた。光は暫く気分が悪かったが、どうにか立ち直った。光が落ち着いたのを見ると、百花は光を大広間の方に案内した。
「あの、何かあるのですか?」
「ああ。二つ目の質問に答えようと思ってな。……アレを見ろ」
百花が指差す方を見ると、そこには初老の女性が描かれた絵画があった。その女性には、どこかで見覚えがあった。
「あれがレジスタンスの創始者にして初代リーダー。時中光様だ。お前と同じ名だな。独裁者から国権を奪還すべく立ち上がった偉大な方でな。人格、戦術、リーダーシップ、全てに秀でたレジスタンスの希望だった……。だがつい先日殉職されて、今は彼女の右腕だった人が二代目リーダーとして頑張っている……」
光は驚嘆した。何処かで見たと思っていたらいつも鏡で見ていた自分を老けさせた姿だった。この時代の自分はレジスタンスを組織した指導者だったらしい。殉職と言うのは未来の記事で見たとおりだろう。まさか、あの記事に書かれていた人物が自分の事だったとは思いもしなかった。そして先程聞いた独裁者の正体、守国正義は学校の先輩だった。これは偶然なのだろうか。この時代の両者は同じ学校の出身者同士で殺し合ったことになる。あの先輩が悪逆非道の独裁者に堕ちた理由もわからないが、自分がここまで大きな組織のリーダーになっている事も驚きだった。目の前の現実が受け入れられず、光は過呼吸を起こした。
「おい! しっかりしろ!」
「ハァ……ハァ、ハァ……」
光はあまりの事態に現実を受け入れられず、過呼吸をおこしてその場に崩れてしまう。とそこに、若い女性が通りかかった。
「百花ちゃん、任務お疲れ様。その子はどうしたの?」
「あ、千歳。実は任務中に助けた子で、話をしていたら気分が悪くなってしまったらしく、初代リーダーの話をしたら過呼吸まで起こしてしまって……!」
「私に任せて。介抱します。……!この子は!?」
「千歳、知ってるのか?」
「……ええ。私の部屋でこの子を休ませて、目が覚めたらあなたも一緒に話をします」
「わかった」
光は薄れゆく意識の中、二人の会話を聞いていた。
「……ここは?」
気がつくと、そこはベッドだった。光は暫くボーっとしていたが、自分が過呼吸を起こして倒れた所まで思い出した。
「気がついた? はいこれ」
美しい若い女性がホットミルクを差し出した。
(この女性は意識を失う寸前に見た人だ。百花ちゃんが千歳って呼んでた……)
「私は、神屋敷千歳。今はこのレジスタンスの二代目リーダーをしているわ。ゆっくり呑んでいてね。今、百花ちゃんを呼んでくるから」
光がミルクを飲んでいる間に千歳が部屋を出ていってしまった。
光がベッドから起き上がって部屋を見て見ると、部屋には綺麗な姿見の鏡があった。また、写真が沢山並んでいる事に気付いた。その中には千歳と言う人が家族と思われる人達と映っているものがあった。その他には沢山の子供達と一緒に映っている写真が多かった。
「……あの女の人、色んな人に好かれていたんだなぁ」
光は少し和んだが、一つの写真を見ると、寝起きの目が一気に覚めた。その写真は先程の千歳と言う女性と今より少し年上の自分が写っていた。
『高校卒業式―時中光ちゃんと』
写真が収められている写真立てにはそう書かれていた。その写真を見つめていると、扉が開いて二人の人が入ってきた。百花と千歳だ。
「お待たせ。あら~、あなた懐かしい写真を見ていたのね。ちょうどいいわ」
「千歳、いい加減説明してもらえるか?」
「ええ。光ちゃん、その写真を百花ちゃんに見せてあげて」
「え?は、はい」
光は千歳に言われて、自分が持っている写真を百花に渡した。百花はその写真を見て驚いた。
「これは! 二人は知り合いだったのか?」
「それはYESでもありNOでもある。少なくとも今の彼女とは初対面よ」
百花は首を傾げた。光の方は彼女の発言の意味を理解した。そこで、千歳が光に質問してきた。
「時中光ちゃん、あなたはタイムマシンで過去から未来に来ているんでしょう?」
「「!」」
別の意味で驚く百花と光に、千歳が説明し出す。
「つまり、私は時中光ちゃんが高校2年生の頃に知りあってね。ずっと友達だったの。その光ちゃんが独裁者の凶行を止めるためにレジスタンスを組織する。私は彼女の手助けをし、組織を大きくしていったわ。今、この時代の光ちゃんは死んでしまったけどね」
「ちょっと待ってください。あなたが私と知り合いなのはわかりましたが、なぜ、歳をとっていないんですか? 昔の写真と変わらない」
「ああそれね。貴女、タイムマシンをアンティークショップで買ったでしょう? 私も貴女と同じで、アンティークショップで不老不死の薬を買ったのよ。だから歳をとらない」
こうも端的に説明されれば納得せざるを得なかった。
「あ、そうなのですか……」
「そういうこと。で、今のあなたは何らかの目的でこの時代にやってきたのでしょう。……百花ちゃんの方は理解できた?」
「え? ということはその人は誉れ高い光様なのか?」
「ええ。まだ若いけどね」
百花は信じられないと言う顔だ。よほど未来の光に心酔しているらしい。それにしても千歳の説明は分かりやすかった。不老不死らしいが、見た目よりも随分年寄りらしい。年長者らしい説明だった。
「それで、あなたは何のためにこの時代に来たの?」
「実は私、進路を決めかねていて、未来の自分を訪ねていたんです。それで思い立って百年後の世界を見に行ったら、文明が滅んでいて、その原因を探ろうと思ってこの時代に来ました」
「百年後に滅んでいる!? それは本当なの?」
「詳しく教えてくれ!」
千歳と百花は驚いているようだった。光は詳しく説明をすることにした。百年後にタイムスリップした時、人の気配がなく、文明が崩壊していたこと。そこで過去の記事を見つけたこと、独裁者かレジスタンスか、どちらかが核兵器を使ったらしいことを述べた。証拠として最上英次の手記を見せた。
「……確かに、過去に起こったことはこの時代と同じね。問題はこの時代の光ちゃんが死んでしまってからの未来ね。まさか、核兵器とは……」
「だが、現実的にありえなくはない。光様が亡くなってから、レジスタンスの士気が落ちているし、米国の核兵器を裏ルートで手に入れるって話にもなっていたはずだ……。レジスタンスの中にも光様の弔い合戦をしようって輩もいる。このままいくと、レジスタンス側が文明崩壊の引き金を引きかねないぞ……」
「そうね。今はまだ大丈夫だろうけど、打つ手がなくなればそうなってしまうわね。……何とか核戦争を避ける手はないのかしら……」
千歳と百花は神妙な顔つきで悩んでいた。そこで、光が彼女達に質問した。
「……あの、正義さんを説得することはできないのですか?」
光の質問に百花が「何言ってんだこいつ?」と言う顔で返した。この瞬間、百花の光への態度は確定した。高校生の光とレジスタンスの光を別人物として扱うことにしたようだ。
「……このレジスタンスが出来る前は、お花畑平和主義者が説得に言ったよ。全員がヘブンへの片道切符を手にした訳だが……」
どうやら先駆者たちが屍になったらしい。千歳がこの時代の知識が不足する光のために詳しく説明する。
「そもそも、守国正義という人はね、最初は本当に国民のために政治をしていたの。不正を許さずに財政界の大物でも国民を傷つければ牙をむいたわ。国民の味方なんてもてはやされて、この国が抱えるあらゆる問題を解決していった……」
「立派な人じゃないですか」
千歳は首を横に振った。
「ところが、段々雲行きが怪しくなってね。独善的な政治をするようになって、気がついた時には恐怖政治が始まっていた……。彼の恐ろしい所は、巧みな話術と人を動かす力にあるわ。さしたる例が外交よ」
千歳に代わって百花が説明を補足する。
「力のある諸外国は、彼の外交術に乗せられて、自滅したり、他の国に戦争を仕掛けたりしたの。異民族や格差社会等の不穏分子を煽って内部から国を崩壊させられた。だから、国際機関は今機能していないし、大国は崩壊し、運よく生き残っても、かつての力を削がれている。そう言う意味では日本一強状態なんだが、当の日本もこのありさまじゃあな」
直接対話する道は厳しいらしい。だが、戦力も今はあちらの方が上だ。対話も武力も駄目なら、どうすれば彼の暴走を止められるのだろう。どうすれば、絶望的な未来を変えられるのか。とそこで光はあることに気付いた。
「あの、この時代にも私がいたんですよね? 私が持っていたタイムマシンはどうなったのですか?」
そう。この時代の光もタイムマシンを持っていたはずだ。今までの未来では常に自分がそれを持っていたのだから。その質問に千歳が答えた。
「ええ、あの子もタイムマシンを持っていたわ。彼女はその力でレジスタンスの仲間を数多く助けた。そして独裁者が台頭する未来を変えようと、何度も過去に行ったわ」
「どうだったのですか?」
「……駄目だった。過去の守国正義を何度暗殺しようとしても、何らかの〝偶然〟によって阻まれるの。何十回も何百回も失敗した。初めは毒殺しようとしたけど、彼がその飲み物をこぼしてしまった。次に彼を爆殺しようとしたけど、いつもいるはずの時間に彼が来なかった。電車が遅れたみたいでね。他にその時代の人物に暗殺を依頼したこともあるけど、その下手人は別件で殺されてしまって計画は失敗」
「なにそれ……」
「いっそのこと、彼を説得しようと対話を試みたことがあった。未来の自分の蛮行を見せてね。その時は、彼は納得して「こうはならない」と言ったみたいだけど、結局変わらなかった。あの子は、タイムマシンの燃料が切れるまでチャレンジしていた。……でも駄目だった。あの時の光ちゃんの焦燥感は酷かったわ。戦争で仲間が大勢死んだ時もあそこまで悔しそうにはしなかったもの」
「確かに。あの時の光様は酷かったな……」
百花も当時を思い出しているようだ。この時代の光は絶望的な未来を変えるために過去に干渉したらしい。
「光ちゃん、あなたがタイムマシンを使って過去の正義を殺そうとしても、おそらく失敗するわ。彼は歴史の強制力に守られているのだと思う」
「歴史の強制力?」
光の疑問に百花が答えた。
「スポーツの大会でどんな強敵とあたろうが優勝する奴がいる。そういう強い力と運に恵まれているってことだ。要するに、どれだけ過去を改変しようとしても同じ結末に向かってしまうってことだよ」
百花が噛み砕いて説明する。ここで、光は頭にクエスチョンマークが浮かんだ。
「でも歴史の強制力っていうのはおかしいと思う」
光は呟いた。百花がその真意を問う。
「なぜだ?」
「私のタイムマシンは数百年後に外国が協力して発明されるらしいけど、こんな独裁者がいて外国が衰退している未来にタイムマシンが作れるとは思えない。まして、今から50年後には文明が滅びるのなら尚更ありあえないわ」
光が百花達に説明する。店主の話ではタイムマシンが数百年後に世界の科学者が協力して発明されるのだ。こんな時代からタイムマシン発明まで繋がるとは思えない。
「……どういうことだ? 守国の奴が秘密裏に開発してるのか?」
「いいえ。その線は薄いと思う……。彼がタイムマシンを開発する必要性がないもの。そういえば、この時代の光ちゃんも死ぬ前によく言ってたわ。この時代はおかしいって。未来が変な方向に変わってるって……。嗚呼、光ちゃんが生きていれば……」
千歳は嘆いていた。彼女が言う『光』はこの時代の光だろう。そういえば、彼女はどうして死んだのだろうか。
「あの、この時代の私は何が原因で死んだのですか?」
「独裁者を暗殺する絶好のチャンスがあったんだけど、それは彼が意図的につくったチャンスで、罠だったの。タイムマシンの燃料を使い切っていた彼女は爆風に当てられて……死体は見つかってないけど、あの規模から考えて生きてはいないでしょうね」
悲痛な面立ちで語る千歳。彼女にとっての光は友人だったらしいから相当辛いのだろう。百花も自分の無力さを嘆いているようだった。
「そうだったんですか……。あの、それなら私がタイムマシンを使って彼女を助けたらいいのでは……?」
「「!!」」
千歳と百花は盲点だったらしく大層驚いた。
「……そうね。タイムマシンを使えば、あの子の命を助けられるかもしれません」
「光、大丈夫なのか?」
「ええ。私が私を助けるのに理由はいらいないでしょう? それにタイムマシンを私以上に使いこなせる人はいないから」
光は大見えを切った。この二人と話したのは僅かな間だが、彼女達を好きになっていたからだ。未来の自分もそうなのだから必然だろう。未来世界を何とかするためにも未来の自分と話し合う必要がある。光は未来の自分が殺される時間を正確に聞き出し、その3日前にタイムマシンを設定した。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけて。あの子なら事情を話せばわかってくれるから」
「未来を変えてくれ」
光は未来の自分が殺される3日前に時間移動した。ちょうどレジスタンスの会議室で話し合いが行われているようだった。
「光様は一人で行かれたが、大丈夫なのだろうか?」
「大丈夫だろう。タイムマシンが無くてもあの人は強い」
「しかし、三日後の奇襲の予定をずらすなんて」
「三日後は、罠の可能性もあるとご判断されたんだ。奴が浅草寺に現れた時に暗殺するそうだ。銃火器の持ち込みは出来ないが、あの人の事だ。きっとやりとげるだろう」
光は会議室の会話を聞いて驚いた。既に光は正義暗殺に向かったらしい。聞いていた情報と違っていた。
「どうして!? ちゃんと確認したのに! 襲撃前に罠だと伝えて安全に助ける予定だったのに! これが歴史の強制力なの!?」
光は焦った。だが考えている暇はない。急いで浅草寺に向かった。
「もしかしたら、襲撃を早めにしたから彼女は助かって、守国先輩の暗殺に成功するかも……」
そんな希望的観測が頭を掠めたが、すぐにその考えを否定した。
「……そんな甘い話はないわね。千歳さんも歴史の強制力があるかもって言ってた。今は彼女を止めるしかない。……でも浅草寺のどこに隠れてるんだろう?」
光は考えながら目的地まで走った。浅草寺に着くと、自分を探した。現代に比べると、一通りは少ないが、それでも客は多かった。ここから探すのは至難の業だ。
「落ち着け私……。自分ならこういう時にどこに隠れる?」
探している相手はあくまで自分なのだ。光は自分がこの立場ならどこに隠れるか主観的に考えた。
「わたしなら、最も油断させる格好をする。最も弱々しい人間に化ける……」
探してみると、近くのベンチに杖をついたお婆さんがいた。その人は一見すると弱々しい老婆だが、殺し切れていない迫力があった。瞳には強い意志の力を感じ、その辺の人間とはオーラが違った。その姿は女傑と呼ぶにふさわしかった。気配を殺していてこれだけカリスマが溢れ出るのだ。一体どんな経験をすれば、自分があんな姿になるのだろうか。
「間違いない。あの人だ」
光は急いで自分に近づいていく。だがその時に、光の双眸が別の人間の姿をとらえた。軍人のような帽子を被った守国正義だった。
「老けてるけど、やっぱり守国先輩に間違いない! でもこのタイミングって!」
守国正義の周りにお付きの人間はいなかった。完全にお忍びで来ているようだ。それを知っていてレジスタンスのリーダー光は彼の暗殺に来たのだろう。光が急いで老婆に扮した自分を追いかける。だがそれよりも早く、女傑の光は杖をついて正義の元へと歩き出した。
――刹那
正義の胸元が大きく切り裂かれる。辺りには血飛沫が舞った。待ち人は逃げ出し始めた。
「っち! 浅いか!」
悔しそうにつぶやく女傑。どうやら彼女がついていた杖は仕込杖だったらしい。仕込杖を抜刀し、正義を切り裂いようだった。しかし正義が殺気に気付き、後ろに飛んで致命傷を避けていた。
「抜刀が見えなかった。これが本当に私なの!?」
光は二人に近付きながらその光景を見た。
「おやおや、これはこれは、テロリストの時中光。この辺りでは、所持品検査が厳しく拳銃等は持ってこれないが、仕込杖とはぬかったよ……」
苦笑いをしながら後退する正義に光が言い放つ。
「ヘラヘラ笑ってられるのも今のうちよ。今は護衛もいない。今日があなたの命日よ」
「命日? 私は死なんよ。絶対に……」
「いいえ。貴方は死ぬ。死ななければならないのよ。……昔は憧れていたのに、どうして独裁者なんかに!」
未来の自分が刃を向けながら叫ぶ。少し泣いているようだった。憧れた人に刃を向けなければならない苦痛は其の光景を見ていた光には痛いほど分かった。
「どうして? 人間は愚かで利己的な生き物だ。私は自分の半生を通してそれを知った……。だから管理してやらねばならないんだ。一定の管理下に置かれれば、人は勝手なことをしない。正しい行動をする事が出来る!」
正義は断言した。とても重傷を負っている人間とは思えないほど、言葉に力があった。
「そんなの詭弁だわ! やり方が強引すぎる! 自由無き世に人間の尊厳はない!」
「確かに私のやり方は強引かもしれん。だが! 自由を与えれば人は人を傷つける! 平気で他人を蔑む! そうでなくとも、自由の上に胡坐をかいて無気力になる! ならば恐怖心で全ての人間を支配する他ない!」
話は平行線だった。だが、先手を取って武器を持っている光の方が正義よりも有利だった。学生の光は二人の近くまで来たが、出ていくタイミングを失っていた。
「もういいわ。あなたとは色んな時代で何百回も同じ話をしている。もう話し合いで平和的に解決することなんてできない」
「何を言っているんだ? キミと話したのは学生時代と、私が政治家になったときと、キミと袂を分かった時、そして今だけだ。そんなに話をした覚えがないがね……」
「貴方が知る必要はないわ。ボディーガードもいない上に傷を負っているあなたに逃げ場はない。終わりよ」
「それは違うな。キミの計算には重要な要素が欠けている。まぁ知る由もなかったのだろうが……。この帽子のことを知っていたら、結果は違っていただろうね」
「帽子?」
『勅令する! 武器を捨てて動くな!』
「な!」
光の体が動かなくなる。そして武器を握る手が緩みかける。
「これは、どういう……?」
「ほう凄いな。本来なら何の疑問もなく黙って私に従うはずだが、抗った人間は初めてだ。意志力の差だな。」
「その帽子、いわくつきか……」
「ほうわかるのか、これはとあるアンティークショップで購入したものだ。周りの人間は帽子を被った人間の命令に従う他なくなる。疑問にも思わない。効果は絶大だが、一度に催眠に掛かる人間は少数だ。数が増えるほど、効果が薄くなる。帽子の使用者と距離が離れすぎても効果が薄くなってしまうが、今は関係のないことだ。この帽子がある限り、いつ奇襲されても問題はないのだよ」
「なるほど、それが奥の手ってわけね。どうりでいつも被ってる筈だわ……」
自分の下調べ不足を呪うレジスタンスリーダー。そんな彼女に対し、正義は無情に銃口を向ける。
「さらばだ。反逆者よ」
『パァーンッ!』と銃声が鳴り響く。だが、倒れたのはレジスタンスリーダーの光でもなければ、独裁者正義でもなかった。
高校生の光が未来の自分を庇って腕を撃たれたのだった。
「っく! 何者だ!……子供!?」
「あ、あなたは!?」
それまで殺し合っていた二人は突然の介入者に驚く。
「……あなたを死なせる訳にはいかない!」
痛みに耐えながら呟く光。服が血で赤く染まっていく。女傑光は幼い少女を支えていた。彼女は、自分を庇った少女の腕にある時計のようなものを見て何かを悟る。
「あなた……もしかして……」
その時、沢山の足音が聞こえてきた。周囲を見ると、政府軍の制服を来た男達が光達を囲んでいた。どうやら光と正義がもめている間に逃げた一般人が通報したようだ。
「……突然の介入者にいささか驚かされたが、大方反乱軍に憧れた子供だろう。そんな女に味方しなければ長生きできたのにな……。最早退路も絶たれた。これで詰みだ。しかし、念には念を入れて……『勅令する!』」
正義が帽子を使い、何かを命令しようとする。しかし、撃たれた光の方が早く動いた。
「だが断る!」
光が腕のタイムマシンに触れると、二人の光が正義の前から消えた。
「バカな、消えた!? ありえない! 奴らを探せ!」
正義は手当てを受けながらも軍人達に命令を下した。しかし、消えた二人を見つけることは出来なかった。
光は重傷を負いながらも、タイムマシンを設定し時間移動したのだ。到着したのはちょうど、千歳と百花と話した後の時間の千歳の部屋だった。『ドサッ!』とその場に倒れこむ光達。幼い光は気を失っているようだ。
「光ちゃん!?」
「光様と光!? どういうことだ!?」
「それよりも! 千歳! 百花! すぐに医療室に運んで! 止血と輸血の準備を!」
光が幼い自分を抱えながら叫んだ。千歳と百花も高校生の光が怪我をしているのを知ると三人ですぐに医療室に運んだ。
光の身柄は集中治療室に運ばれた。その間に大人の光と千歳、百花が話し合っていた。
「どうして、光ちゃんが二人して時間移動できたの? あのタイムマシンは一人にしか使えないはずじゃあ?」
「ええ。普通はそうでしょう。けれど、あのタイムマシンは使用者が身につけている服やバッグはそのまま移動できる。それに私とあの子は同一人物で体を密着させていたから、タイムマシンが一個体として認識したのだと思う」
「確かに筋は通っているな……」
光の分析に百花達は納得する。
「まぁ、私がいなくなったから、ここでは行方不明になってることだと思うけど、傷を負って『身を隠していた』って言えばレジスタンスの皆は分かってくれるでしょう。とりあえず、皆に顔出してくるわ。詳しい話はあの子が起きてからにしましょう」
そう言って3人はレジスタンスの皆の元へ歩いていった。