第七章 タイムマシン前編‐あらゆる可能性
私の名前は時中光。現在高校一年生。私はたまに思うことがある。人生を自由に選択できたらいいなぁと。別に今の人生に不満がある訳ではない。でも、一度きりの人生で失敗すれば軌道修正が難しいというのはあんまりだと思う。人生はゲームと違って、セーブポイントもなければリセットできない。ただ前に進むしかない。本人が立ち止まっているつもりでも時間だけは無情に過ぎていく。せめて一度だけでもやり直しが出来たらいいなぁと思うのだ。
「はぁ~。人生は選択肢が多すぎるよ。アイドル、作家、OL、専業主婦。なりたい自分が沢山ある……。他にも選択肢があるしなぁ。どんな未来になるんだろう……」
光は漠然と自分の進路を考えていた。就職活動で苦労していた従兄弟が「進路は高校生から真面目に考えろ」と言っていたのも影響しているが、彼女が通う学校の生徒会長の守国正義という人物に憧れたのが一番の理由だっだ。
彼は生徒会長でありながら、学業と部活も両立させていた。そして何より、人のためになることを進んでやっていた。学校では教師、生徒問わず人望がある。もしかすると、先生達より信頼されているかもしれない。光自身も何度か世話になった。彼はもう進む大学もその後の進路も決まっているようだった。光は彼のように自分の進む道を疑わず、真直ぐに進む人間になりたいと思った。故に真面目に進路を考えることにしたのだ。
家族に進路を相談すると、『自分の人生なのだから自分で決めろ』と言われる。友達に相談すると、『まだ高校生なんだから気楽に考えればいいよ』と言われる。光は頭をひねる。
「とりあえず、どんな進路にも対応できるようにしよう」
光はそう結論づけて、文学部に入部し、さらに勉強も頑張った。またアイドルのオーディションも受けていた。ここからどれかに決めなければならない。彼女は頭を悩ませながら日々を過ごしていた。
そんなある日、彼女の人生に転機が訪れた。慣れた地元で道に迷った先に不可思議なアンティークショップにたどり着いたのだ。中には初老の男性店主がいて光を出迎えてくれた。「この店では、お客様に合った商品を提供しています。あなたは何を望みますか?」と店主が尋ねてきた。
「私は、人生を決めかねています。どうすればいいのか……」
光は自分の気持ちを正直に打ち明けた。普通アンティークショップの店主に相談しても良い返事が返ってくるとは思えないが、目の前の男には普通ではない迫力があった。その迫力に押され、光は相談した。
「なるほど、ではこんなものは如何でしょうか?」
店主が光に提示したのは砂時計だった。不思議な力を持った砂時計らしい。店主の話では戻りたい過去を想像して砂時計を傾けるとその時代に意識だけが戻り、過去をやり直せるそうだ。店主に言われ、つい5分前の〟アンティークショップの扉の前にいた時間を考えて砂時計を傾けると、次の瞬間には扉の前にいた。光は驚き、感心し、この店の商品はホンモノだと考えた。再び出迎えてくれた店主はすぐに光が砂時計を使ったと察したようだった。
「いかがでしたでしょうか? お気に召しましたか?」
店主の言葉に光は考えた。何度も過去をやり直せる砂時計。それは確かに光の悩みを解決し得るものだった。色んな人生を生きて、気に食わなければ何度もやり直せばいい。だが光は商品を店主に返した。
「お気に召しませんでしたか?」
「……確かに、人生を何度もやり直せるのは魅力的です。しかし、そう何度もやり直しが出来てしまうなら人生に刺激がなくなってしまいます。一度きりで修正が出来ない人生には不満ですが、何度もやり直しができる人生にも不満です。それにこの砂時計には欠点が二つあります」
「二つの欠点……ですか?」
「一つは、この砂時計は過去への一方通行しかできないことです。一度目のやり直しが多少不満で、二度目のやり直しをした場合、その結果が一度目より悲惨なものなら一度目に戻りたくなりますが、この砂時計に未来を修正する力はない。だから自分の力で再びその未来までやり直さなければなりません」
「……ふむ」
店主は髭を弄りながら相槌を打つ。
「二つ目の欠点は砂時計故に簡単に時間が撒き戻ってしまう可能性です。この砂時計の発動条件は『戻りたい過去を思い浮かべて砂時計を反転させる』ですが、あまりにも砂時計を使い過ぎた場合、その過去を常に思い浮かべる状態に陥ります。そして意図せず砂時計が反転した場合、過去に戻ってしまいます」
光は淡々と砂時計の欠点を話した。彼女の言葉に店主は目を見開いた。
「なるほど、あなたはあの男とは違うようだ。……随分聡い子のようですね」
「あの男?」
「いえ、なんでもありません。ですが……そうですね……他の商品を紹介しましょう」
そう言って店主は店奥に入って行った。光は手持無沙汰なので店内を見て回った。アンティークショップの名にふさわしい年代の物から現代のものまで幅広く品が並んでいる。その中の不気味な人形と目があったが、気にしない事にした。
「……これは?」
光が店の机の上に置いてあるキャッシュカードのようなものに目をつけた。裏面を見て見ると、『ポテンシャルカード 残高20』と記載されていた。
「なんだろう? これ?」
その時、光の方を叩く感触があった。
振り返ると店主がほほ笑んでいた。人の気配も足音も聞こえなかったが、店主が戻ってきていたようだ。光はカードを机の上に戻した。
「お待たせしました。こちらの商品ならお客様のお気に召すと思うのですが……」
差し出されたのは腕時計だった。近未来的なデザインのもので全体的に四角だった。ケースが四角で時計の右側は竜頭がある。これだけなら普通の腕時計だが、問題はそのまわりだった。時計部分の左側にゲーム等で見るライフゲージのようなものが光っていた。さらに時計の上部分は西暦が横並びで表示されている。その横にはボタンがあり、これで西暦を調節できるようだ。そして時計の下部分には日付が書かれている現在の日付だ。これもその横のボタンで調節できるようだ。
「これは?」
「これはタイムマシンです」
「タイムマシン!?」
店主の言葉に驚きを隠せない光。タイムマシンと言えば、SF作品の定番である、時代を自由に行き来できる代物である。物語で登場するタイムマシンは主人公達が歴史を修正するために使っている。だが、どのタイムマシンも人が乗るくらい大きいものだったはずだ。こんな腕時計サイズの小さなものではない。
「これは……本当にタイムマシンなのですか?」
「はい。今から数百年後に世界中の科学者が協力して発明されるものですね。タイムマシン初号機は人が乗るくらい大きなもので、移動できるのも過去だけ、それも近い過去だけだったのです。しかし、改良が重ねられて未来にも行けるようになり、移動時間も長くなりました。これはそのタイムマシンの最終形態です。身につけている一人にしか使用できませんが、過去にも未来にも移動することが出来ます」
普通ならタイムマシンと言われても信じられないが、先程の砂時計の件があったので光は目の前の腕時計のようなものがタイムマシンだと確信した。店主の話も本当だろう。
「こんなものをどこで手に入れたのですか?」
「……申し訳ありません。商品の仕入れ先はお答えしかねます」
仕入先は秘密のようだ。気になるが諦める他ない。一拍置いて、店主が光にタイムマシンの説明をし出した。
「このタイムマシンは上部で西暦を設定し、下部で日付を設定します。そして時計の右にある竜頭で正確な時間を設定し、左部のボタンを押すことでその時代に行くことが出来ます」
「確かに、それらしい形状ですね……。ではこの左のゲージのようなものは何ですか?」
「それはタイムマシンのエネルギー残量にあたります。タイムマシンを使用すればするほどゲージが減っていきます。今は満タンですが、その表示ランプが無くなれば、タイムマシンは使用できなくなり、ただの腕時計になります。時間旅行の期間が長ければ長いほど大量のエネルギーを消費します」
店主の説明は分かったが、具体的にどのくらい減るのかわからない。光は質問した。
「目安で言うとどのくらいですか?」
「そうですね……。恐竜の時代までタイムマシンを使うなら片道で燃料切れになります。人間が存在している過去なら、紀元前くらいまでは往復できる燃料ですね。まぁ、百年前後で使うなら何度も使用できますよ。ただ連続して使うとエネルギーを消費しますが……。それでも少量ずつですね」
「なるほど、凄い商品ですね……」
感心する光に店主がニッコリと微笑み尋ねた。
「お気に召しましたか?」
「ええ。でも、私お金そんなに持ってなくて……」
学生の光にはタイムマシンを買える大金は持ち合わせていない。だが、このチャンスを逃すのは非常におしい。悩んでいると店主が言った。
「特別にあなたの有り金全てでお売りしますよ」
光は店主の言葉に驚きを隠せない。タイムマシンを有り金で譲ってくれると言うのだ。
「よろしいのですか? 確かにバイト終わりで財布には五万円ありますが、もっと高いのでしょう?」
「ええ。しかし、あなたのような聡い子がどんな風にタイムマシンを扱うのか興味がありますので……あなたの未来に投資する意味も含めてその値段でお売りします」
「あ、ありがとうございます」
光は財布の全財産と引き換えにタイムマシンを買った。
「お買い上げありがとうございます。そのタイムマシンはゲージがなくなると、使えなくなります。充電もできないのでご注意ください」
「わかりました。ありがとうございます。」
光は丁寧にお礼を言うと、店を出た。タイムマシンを見ながら、しばらく歩いていると見知った道に帰ってきた。
「タイムマシンか……ロマンがあるなぁ。コレを使って色んな未来の自分を覗いてみよう。それで一番楽しそうな進路に決めようかな……」
光は興奮を押さえて、家に帰ったのだった。
タイムマシンは普段は腕時計として使えたので周囲に何か言われる心配はなかった。光は早速タイムマシンを使ってみることにした。
「タイムマシンで未来の自分を見ると言ってもなぁ。未来の自分もこのタイムマシンを持っているはずだし……」
将来の自分がタイムマシンを使ってしまったら、そもそもアイドルや作家等の職に就いている可能性が低くなる。そこで光は現在の自分から一つの事だけを見据えて努力することにした。具体的には、なりたい一つの自分に絞り、それ以外の要素を捨てるのだ。例えば、アイドルならオーディションだけを受けて、歌とダンスだけの練習をする。部活も学業はこれまでくらいには頑張らない。バイトもやめる。これでタイムマシンを『未来の自分を実現するために使うだけ』と覚悟し、努力を続けるのだ。意志力の強い彼女ならではの方法だった。
光は一月頑張った。オーディションの結果、アイドルの端くれにはなれた。そして小さな仕事も積極的に受けていった。
「これくらいなら大丈夫でしょう。タイムマシンを使ってみよう」
光はタイムマシンを遣うことにした。カメラと最低限の物だけ小さなバックに入れると、タイムマシンの時間を一年後の未来に設定し、使った。その瞬間体が光に包まれた。
気がついたら、光はアイドルのコンサート会場にいた。車に酔ったような感覚に襲われる。時差ぼけ? なのだろうか。光は、状況を確認するためにライトアップされたステージに目を向けた。そこにはステージの上で華やかな衣装を纏いうたっている自分の姿があった。
「あれが……私?」
鏡で何度も見た顔だったが、同じ自分でも立場が違うとこうも違って見えるのかと驚いた。彼女の歌声は心に響く。今の自分もカラオケが上手い程度だが、あれからここまで成長するのかと思うと、我ながら感慨深い。観客も熱狂的に応援しているようだ。光は何度かカメラで撮影した。
ステージの光景を目に焼き付けて外の出ることにした。自分の情報を集めるためだ。某電気屋のテレビコーナーで期待の新人アイドルの特集が組まれていた。ちょうど自分が特集されていた。何でも一月前からテレビに出るようになったらしい。隣の客がテレビを見ながら話していた。
「ひかりちゃん、頑張ってるねぇ。オフでも他の人に気を使う優しい子だとか……。」
自分の事を褒められるのはうれしい。横で聞きながら照れていると別の人が自分を指差しながら言った。
「おい! あれ光ちゃんじゃね?」
「え? どこ?」
「あれ? でもちょっと幼くない? 人違いじゃ……」
周囲からそんな声が聞こえてきた。
「やば!」
光は顔を隠しながら逃げ出した。最上階に上り、息を整えた。
「ハァ……ハァハァ……そうだ。この時代の自分は有名人だった……」
この時代の人気アイドルは自分と同じ顔をしているのだ。これからの行動には気をつけていかなければならない。光はパソコンが売られているフロアにきた。売られているパソコンは自由に検索が出来るからだ。光は自分について調べた。分かったことは時中光は清純派アイドルとして売っており、細やかな気遣いが出来る人物だと書かれていた。
光はサングラスと帽子を買ってから町を歩き、自分を調べた。どうやらアイドルとして成功しているようだった。
「これだけ調べたら十分ね。もう少し未来も見てから現代に帰ろうかな……」
光はこの時代の自分の成功を讃えた。そしてタイムマシンをさらに一年先の未来に設定して時間移動した。
着いた先はアイドルの事務所のようだった。先程の経験から自分が近くにいるはずだと探してもいなかった。扉を開けて探してみると、何度か扉を開けると、自分を見つけることが出来た。扉の隙間から覗くと未来の自分の顔は暗かった。誰かと話しているようだ。様子が気になり、聞き耳を立てる。
「光ちゃん、キミがここまでのアイドルになれたのは誰のおかげだと思っているんだい?いい加減素直になってもらわないと……」
「で、でも……」
「早いか遅いかの違いだよ。人気のアイドルはみーんなやってるんだ……」
「私、やっぱり……」
「聞き分けの悪い子だな。大物プロデューサーの俺と一晩過ごすだけでキミは芸能界の花になれるんだ!」
「……!!」
瞬間、男がアイドルの光に襲いかかった。強引に体を触る。驚いた光は咄嗟にカメラでシャッターを切ってしまった。
「や、やめてください!」
「無駄だよ。どうせ俺の物になるんだ。人払いもしている。キミが騒いだところで俺の権力で押しつぶせる。芸能界にいる限り、俺の言いなりになるしかないんだ!」
光は目の前の事態に思考停止し、無言でシャッターを切り続けた。
『パシャ!』とシャッターを切る音が響く。
「誰だ!」
男が光の存在に気付いたようだ。
「く! マスコミか!?」
どうやら目の前の男は、サングラスと帽子と大きなコートで身を包みカメラを持っている自分をマスコミ関係者と勘違いしたようだ。光は相手の勘違いを利用することにした。
「ククク、プロデューサーさんコレ問題ですよ……」
「オレをゆするつもりか! 汚いゴミめ!」
「権力を楯に若いアイドルを喰おうとした畜生のセリフとは思えないですね」
アイドルの光は二人のやり取りをおろおろしながら見つめる。
「な、何が望みだ! 金か?」
「う~ん、望みですか? あなたはどう思います?」
光は未来の自分に問いかけた。
「……わ、私ですか?」
いきなり話題を振られたアイドルは驚くが、素直に自分の望みを訴えた。
「私、アイドル止めたいです。それが望みです」
「なるほど、ではそう言うことなので、光を芸能界から引退させてください。それと彼女に見舞金も払ってくださいよ」
「そ、そんなこと認められる訳ないだろう?」
「いいんですか? ぶっちゃけますよ?」
光がカメラを傾けながら言うと男は黙った。二人は部屋を後にし、喫茶店で食事をしながら話し合うことにしました。
「ありがとうございました。あのう、あなたは誰ですか? なぜ助けてくれたの?」
「そりゃあ、自分が傷つくのは嫌だからね」
そう言って光は腕時計を見せた。
「それは、タイムマシン!? じゃ貴方は……!」
「お察しの通り、あなた自身だよ。今は高校生さ」
光はサングラスを外して素顔を見せた。未来の自分はそれだけで納得したようだった。
「……にしてもアイドルって大変なんだね」
光は不意に呟いた。アイドルだった光はそれに同意した。
「そうね。嫌なことも多かったわ。アイドル同士の蹴落とし合い、新人イビリ、ファンの中傷、さっきみたいに芸能界の枕営業強要とか……」
「ひどいね。枕営業経験あるの?」
「いいえ。私はここまで成功するのに、ほとんど自分の力でやってきたわ。でもどうにもならないことはタイムマシンを使って修正した。その時にさっきとは別で、芸能人の大物に枕営業を強要されそうになったことがあったの。自分ではどうにもならないことは、タイムマシンを使って逃げて書き換えたわ。でも、逃げた先でも別の嫌なことが起こる……」
「そっか……。華やかだけが芸能界じゃないんだね」
光は自分の考えの甘さを未来の自分に否定された。改めて自分を見つめ直す。
「そういえば、あなたは何でここに来たの?」
「わたし、進路を決めかねていて……アイドルになった自分はどんななのかなって……」
「そういえばそうだったわね。アイドルは止めておいた方がいいわ。私も何も知らない時は憧れて絶対なろうと思っていたけど、実際にその立場になると、今まで見えなかった汚い所が見えてくる」
アイドルだった光は悲しそうな顔で言った。光はその言葉を受け止めた。
「自分の言葉は重みが違うね。私は違う未来を選ぶことにするよ。あなたはどうする?」
「私? 嫌なことを修正するためにタイムマシンの燃料を使い切ってしまったから……。でも、自分の未来は自分で作るわ……。ちょうど信頼できる年上の親友もいるし……」
「そっか。お互いに頑張りましょう」
「ええ」
「じゃあ、さっき撮った写真は渡しておくから、あの男に脅されたら脅し返してね」
「うん。色々ありがとう」
二人は握手すると、光が現代にタイムマシンを設定し、笑顔で別れた。
現代に帰ってきた光は、アイドルを止めた。周りからはもったいないと言われたが、光の心は決まっていた。そして、また進路のことで考え始めた。アイドルの自分は成功はしたが、苦労していた。では他の自分はどうだろう。
「そうだ。次はOLの自分を見てみよう。まだ具体的にどこで働くかは決まってないけど、勉強を頑張れば、いい所に行けるかもしれない」
その日から光は勉学に力を入れた。一月くらい頑張り、模試の結果も良くなったので、タイムマシンを使うことにした。大学をストレートで出て就職したと考えて今から十五年後の30歳の自分が生きている年代に設定し、時間移動した。
「慣れないなぁ、頭痛いわ……」
時間酔いを覚ましながら、光は未来の自分を探した。すると、できるキャリアウーマンと呼ぶにふさわしい凛とした女性がいた。その人物が未来の自分だと気付くのにしばらく時間がかかってしまった。
光は未来の自分を尾行し、その仕事ぶりを見て見ると、“出来る女”と言う感じがした。同僚らしき人物に尋ねてみると、成績はトップクラスらしい。どう接触しようかと考えていると、向こうの方から話しかけてきた。
「あなた、過去の私でしょう? こんな時代に何の用かしら?」
「え? どうして気付いたのですか?」
驚き、その根拠を尋ねてみると、答えは簡単だった。
「あなた、私の従姉妹って名乗って家の社員と接触したでしょう? そんなの怪しいわ。それにその左手のタイムマシンが何よりの証」
「なるほど。おみそれしました」
「それで、あなたの目的は?」
光は未来の自分に進路について迷っていて未来の自分を見にきている事を話した。
「合点が言ったわ。確かに私も高校生の頃は進路迷っていた気がする。……でも、あなたはタイムマシンを面白い使い方しているのね」
「そうなの?」
「私もタイムマシンを変な店で買った時に、どう使おうか迷ったけど、結局、勉強を頑張って、自分の力でどうにもできない所で使ったけど……」
「へぇ、例えば?」
光の問いかけにキャリアウーマンは実例を挙げて高校生にも分かりやすいように話し出した。
「まず、勉強は自分の力で頑張ったわ。それで大学や専門学校の選択の時に何度もタイムマシンを使った……。高校以降の進学先で就職できる企業は変わってくるからね。過去の自分を説得して何度か進学先をやり直したわ」
「それって、未来は変わるの?」
「ええ。未来は変わるわ。それと、しばらくその時代で過ごすと、記憶も書き変わっていくの。SF作品で言う所の世界線解釈だっけ? 色々な時間に違う自分がいるっていうもの。タイムマシンを使って過去に干渉すると、違う世界に未来が分岐するというものなんだけど、過去の世界線の記憶の上に現代の世界線の記憶が上書きされていくっていうのかな。まぁ慣れるまでが大変だけどね。何度も進学先をやり直して就職活動したわ」
当時を遠い目で振り返る大人の自分には哀愁が漂っていた。キャリアウーマンの道を選んだ彼女も苦労しているようだ。
「具体的には、どんな人生を生きてきたの?」
「そうね。学校の先生になろうと思ったことがあったわ。教職課程は受けていたから、就職できたけど、 幼稚園に行っても、小中学校に行っても高校に行っても、苦労したわ。子供は好き勝手してるし、モンスターペアレントが多くてね。自分には学校の先生は向いてないと思って、タイムマシンで過去の自分に干渉して一般企業に就職活動を促した」
OLの自分は頭を抱えながら当時の苦労を語る。
「学校の先生はたいへんだったんだ……」
「ええ。よっぽど子供好きじゃないとね。私が運が悪かったのもあるけどね」
「それで、一般企業に就職したらどうだったんですか?」
先を促してみる。大人の光は苦い過去を思い出したのか酷い顔で答えた。
「もう散々だったわ。というか、学校の先生を目指す前に軽い気持ちで一般企業に入ったらブラック企業でサービス残業休日出勤当たり前だった」
「うげぇ……」
「それで一度先生を目指して挫折したんだけど、それから一般企業をもう一度目指してね。内定は何個か出たんだけど、就職に選んだ所はパワハラセクハラのオンパレード、流石に無理だと思った。過去の自分にこの会社にだけは入らないように言ったら、次に自分が就職していた所は部下の手柄を上司が横取りする所だった。見切りをつけて、また過去に干渉した」
「それで、どうだったの?」
「ブラック企業でも、ハラスメント企業でもなかったし、嫌な上司もいなかったけど、激務でね。給料は高いけど体を壊して休職。隣の芝生は青く見えるって本当よね。皆自分の人生しか主観的に見えないから自分が不幸に見えるけど、色々な立場の人は違った苦労をしているのよ。私は時間旅行でそれを学んだ……」
「なるほど。確かにアイドルになった私も苦労してたなぁ……」
「ああ、私以外の未来の自分に会ってきたんだ。まぁ、アイドルも大変でしょうね。私は色々な立場の苦労が分かったからタイムマシンは封印して、今を生きることにしたの。経験は誰にも負けないからね。その日からタイムマシンを使わずに現在の地位まで上りつめた。もう時間干渉はしないわ。これで参考になったかしら?」
光は頷いた。この未来の自分は随分と頭が良いようだ。自分が学んだことを簡潔に説明してくれた。我ながら惚れ惚れする。光は未来の自分にお礼を言って元の時代に帰還した。
「普通に働くのも大変なんだなぁ。じゃあ結婚して永久就職した自分を探してみようかな」
光は結婚を視野に入れた行動をとるようにした。それから一ヶ月後、タイムマシンを使って十年後の25歳の自分が結婚しているであろう未来に訪れた。
この時代の自分とはすぐに会えた。偶然目の前に買い物から帰った未来の自分がいたからだ。朗らかで母性的な彼女は光の姿を見ると、状況を理解したようだった。彼女は自宅に招待してくれた。光は自分が進路を決めるために未来の自分にインタビューをしていること、そして今までの出来事を話した。
「なるほど、わかりました。つまり、私の人生について語ればよいのですね?」
「はい、お願いします」
物腰が丁寧なため、自分も敬語になる。母性的な光は自分の人生を語り始めた。
「そうですね。私は幸せな結婚生活を得るために自分を磨いて、色んな結婚相手を探しました。大学で付き合った人、合コン、職場結婚、知り合いが持ってきた縁談、お見合い。本当にいろんな人と会いました」
「どんな人に会いました?」
「そうですね。大学で付き合っていた人は婚約した時に浮気していたようで破談にしました。合コンをきっかけで知り合った人は既婚者だったようで、婚姻届も出されていない重婚のような状態だったので、結婚詐欺で訴えました」
淡々と話す彼女からは怒りの感情が見て取れた。その空気が怖いので、光は先を促した。
「ほ、他にはどうだったのですか?」
「職場結婚した人は、DVと借金ばかりの男でした。外面は良かったために周りの理解も得られなかったのが辛かったです。他には姑の言いなりになって私を助けてくれない夫もいましたね。私はタイムマシンを使い、過去に干渉して、結婚をやり直しました。結局、今の旦那とはお見合いで結婚したのですがね。タイムマシンは自分を磨くためと、結婚をやり直すために燃料を使い切りました」
「……そうだったんですか。結婚も楽ではないのですね」
「そうですね。高望みをしすぎてはいけないのです。人生妥協も必要だということです。けれど私は今の人生に満足しています。今の旦那は良い人ですしね。人生に正解はありません。選んだ後で良いモノに変えていくしかない。あなたもベストではなく、ベターな未来を選んでください」
母性的な未来の自分とのお茶会は終わった。光はお礼を言ってタイムマシンで元の時代に戻った。
光は現代に戻ると、これまでの事を振りかえった。アイドルをしていた自分、OLになっていた自分、結婚して専業主婦になっていた自分。どの自分も違った苦労をしていた。きっと、他の未来の自分を見ても結果は同じだろう。
「はぁ~、結局、どんな人生でも苦労がついてまわるんだね。他の人生を選んでいても結果は同じなのか……」
進路についてはおいおい考えるとして、光は今を全力で生きることにした。しかし、彼女には気になることがあった。
「今までタイムマシンで未来の自分ばかりを見てきたけど、時代はどんな風に変わっていくんだろう。これまでの時間旅行ではあんまり今の時代と変わらない気がしたけど」
光は十数年後ではなく、数十年後の未来が気になった。未来がどんな風に変わっているのか、単純に気になったのだ。
「まぁ、進路を決める上で、今後この国がどんな風に変わるのかは見ておいて損はないわね……」
光はタイムマシンを確認する。残量はほとんど減っていない。これならまだ使える。あの店主も百年前後なら何度も時間移動できると言っていた。「よしっ!」と覚悟を決める。
「それじゃあ、百年後を見てみようかな?私はもう死んでるだろうけど。未来ではアンドロイドとかいるのかなぁ……。タイムマシンは開発段階にあるのかな?」
光は未来に夢を膨らませてタイムマシンを五十年後に設定する。そしてボタンを押して時間移動した。