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アンティークショップ  作者: 微睡 虚
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第四章 遡及砂時計

 人生、後悔することは山ほどある。どんな選択をしても人は後悔する。「あの時、ああしていればよかった」「あの頃に戻りたい」誰しもがそう思うことはあるだろう。どんな人間もそう考えることはあっても、時間とともに現在の自分を受け入れる強さを持っている。しかし、この物語の主人公はそういう強さを持ち合わせていなかった。未来よりも過去にこだわり、前に踏み出せないでいた。全てを過去の自分のせいにし、努力を怠った。


「あーあ、ちゃんと人生、生きてたらなぁ」

 そう呟く男は、林重雄。彼は人生に後悔していた。小中学生の時、遊び呆けて受験勉強はしなかった。その結果中卒になり、あまり良い就職先もなく、フラフラしているうちに気がついたらニートだった。彼の父親はいつも「将来のために勉強しなさい」と言っていた。彼は父親の忠告に耳を貸さなかった。その時は何とも思わなかったが、後悔先に立たずだ。今、重雄は両親と絶縁していた。フラフラする重雄に両親が痺れを切らし、彼を追い出したのだ。重雄は昔の自分を怒鳴ってやりたいと思った。

 しかし、例え今の自分が十年前の自分にアドバイスできたとしても、過去の自分は耳を貸さなかっただろう。

「あの頃に戻れたら……なーんて、気がついたら考えちまう」

 無駄なことと思いつつも、考え込んでしまい、気がついたら見覚えのない場所に立っていた。こんな林道は、この町にはないはずだった。良く見ると、木々も所々枯れてしまっている。不気味な暗さが彼の恐怖心を煽った。現在地がつかめず、しばらく林道に沿って歩いていると、古ぼけたお店が目の前にあった。看板には『アンティークショップ』と書かれていた。

「あれ? こんな辺鄙な場所に店が?取り合えず、入ってみよう」

 重雄は扉の前まで来ると、「リーン」と扉につけられた鈴が鳴った。

「すいませーん。道聞きたいんですけど……」

 中に入ってみると、店内はとても整っていた。古いが美しい物が飾られていた。とても価値のあるモノであることはわかった。

「ふーん。あんまり興味ねえけど、いい品じゃねえのかな?」

 そんな風に店内を見ていると、店の奥からおじいさんが顔を出した。見た所、普通の老人だった。帽子をかぶり、白髪と白く長いひげをもったおじいさんだった。

「何をお探しかな?」

 老人は静かに尋ねた。重雄は冗談まじりに答えた。

「夢かな? あるいは、失った時間ってとこか?」

「成程、過去をやり直して夢を見つけたいと……」

 男性は店主の察しの良さに驚いた。

「でしたら、こちらの品はどうでしょう?」

 そう言って、飾ってあった、砂時計をもちだした。見た目は何の変哲もないどこにでもある砂時計である。重雄も不審に思った。人生をやり成そうと言う話から、なぜ砂時計を持ってきたのか意味が分からなかった。

「砂時計? 店主さん、いまどき使わないよ? 俺の人生をやり直したい話とどう関係があるんだ?」

 自分の疑問を口に出した。店主は彼の疑問に答えた。

「いいえ、ただの砂時計ではありません。時間を戻す砂時計なのです」

「時間を戻す? おいおい、店主さん今日はエイプリルフールじゃないぜ」

 店主の発言に胡散臭さを感じる重雄。最初は馬鹿にされているのかと思っていたが、店主の真剣な眼差しから自分を馬鹿にする意図を感じられなかった。

「まぁまぁ、騙されたと思って……お安くしときますよ」

 正直、このデジタルの時代に砂時計なんてと思ったが、なぜか彼は惹かれて、買ってしまったのだった。店主は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます。では、さっそく試してみてください」

「試す?」

「ええ、戻りたい過去を思い浮かべて、砂時計を逆さにしてください」

 その発言の後、重雄は半信半疑ながら、実際に小学生のころを思い浮かべて、逆さにした。

そうすると、意識が飛ぶ。気がつくと目の前に懐かしい光景が広がっていた。習字の作品が張られた教室。目の前では先生が授業を行っている。重雄は白昼夢でも見ている気分だったが、『キーンコーンカーンコーン』というチャイムの音で現実に引き戻された。ただ、彼のいる現実は小学校の教室のままだった。

 先生が「ここまでにして、給食にしましょう」と言った。彼はボーっとしていると、給食の用意が成されていた。懐かしいメニューだった。騒がしい子供達。彼らは、昨日のテレビがどうだ、新作のゲームがどうだと話している。最初は何が起こったか理解できなかったが、重雄の手に握られた砂時計を見て、あのアンティークショップの店主の話と砂時計のことを思い出した。そして、目の前の光景を見つめることで、起こっている出来事が現実なのだと理解した。給食を食べ終わり、彼は考えていた。

(間違いない、自分の小学生の時の風景そのものだ。どうやら、夢ではなく、本当に時を遡ったようだ)

 日差しが強く、クラスのみんなの服装は身軽だった。外から聞こえる蝉の声から今が夏であることは分かったが、正確にいつなのかわからなかったので、近くにいた男の子に声を掛けた。その男の子はスポーツ万能でよく遊んだ信行君だった。

「おーい、信行、今は何年の何月何日何時?」

「は? お前大丈夫か? 今は……」

 信行君の答えから自分が小学4年の7月だとわかった。自分は二十年以上も時間を遡ったのだった。もうすぐ夏休みである。今は昼休み中だそうだ。しばらく悩んでいたが、誰かの言葉が彼の思考を遮った。

「おーい、ドッジボールしようぜ!!」

 その言葉に、皆一斉に、運動場に飛びだした。この頃は男女の壁などなく、皆、ドッジボールを楽しんだ。「顔面セーフ」「パス」「外野に回せ!」等の声が溢れる。重雄は今の現状を楽しんだ。チャイムが鳴り、午後の授業を受ける。重雄は自分が馬鹿だと思っていたが、一度大人を経験していたので、授業の内容は理解できた。そればかりか、先生に褒められるほどだった。ゲームでは、クリア後の2周目は強くてニューゲームだと言われているが、彼の置かれた状況は、正しく強くてニューゲームの人生だった。

 放課後も皆で遊んだ。「鬼ごっこをする人はこの指とまれ!」と誰かが叫ぶと皆が彼の指に触った。そうして始まった鬼ごっこも楽しい時間だった。帰り道では、駄菓子屋によって、小遣いでお菓子を買った。いっぱい遊んで、家に帰る。

「おかえりなさ~い」

 家に帰ると、母親が出迎えてくれた。懐かしい雰囲気である。台所からは今晩の献立の匂いが漂ってきて彼の胃袋を刺激した。しばらくゲームをしていると、父親が帰ってきた。

「ただいま」

「お帰りなさい」

 何気ない日常会話の全てが懐かしい。父親は着替えると、重雄に「宿題をしなさい。」と厳しい口調で行った。父親はいつも厳しく勉強するように言っていた。昔の自分はうっとうしがったが、一度大人を経験した彼は父親の言葉の意味を正しく受け止めた。

「うん。宿題してくるよ」

「!」

 両親は驚いて顔を見合わせた。それだけ、重雄は勉強嫌いだったからだ。彼自身も良く勉強を嫌っていたことを覚えていた。両親は、息子が良い方向に向かっていると思って喜んでいた。家でアイスを食べながら、宿題をする。懐かしい日常がそこにはあった。晩御飯もテーブルを囲んで家族3人で美味しく食べた。

 次の日も、勉強では一目置かれ、新発売のゲームの攻略方法を友達に教えてクラスの勇者になったり、前に自分が歩んだ人生と違っていた。これも大人として、未来人としての知識や経験の賜物である。しばらくは、そうやって小学生時代を楽しんでいたが、もしかすると、この時点で頑張っていれば、自分の人生が大きく変わるかもしれない。彼は大きな決心をした。

「そうだ、この時からやり直そう!!」

 重雄は、小学生時代に戻った本来の目的を思い出したのだ。このまま遊んでしまえば、遅かれ早かれ、前と同じ結果になる。そうなる前にやり直そうと思ったのだった。


 重雄はその日から必死に勉強し出した。学校の授業も真面目に取り組み、予習復習も欠かさなかった。親に申し出て、塾にも通った。重雄は中学で受験をすることにした。彼の人生ではなかったことだ。高い目標を設定し、勉強に明け暮れた。

 結果は失敗だった。だが、彼は砂時計の力を使い、また受験前に戻ってやり直した。試験問題も分かっていたため、今度は難なく合格した。両親も喜んだ。受験した進学校でも勉強をし、定期テストで低い点数なら、また砂時計の力を使ってやり直した。そうして、進学校でも上位の成績を保ち続けた。友人関係も大人の感性で過ごせたので人気者になることが出来た。彼の中学時代は順風満帆に進んだ。高校生になっても、部活も委員会活動も頑張った。

 受験生になると、必死で勉強することにした。重雄は学校側から推薦をもらえたが、良い所に就職できるように良い大学に進もうと思ったからだ。大学受験では5回ほどやりなおし、日本で二番目に良い大学に進んだ。両親の喜びようは半端なかった。親戚や友人に自慢して回ったほどだ。新歓祭では良いサークルを探し、あまり良くなかった場合は砂時計でやり直した。それで良いサークルを探すと、そこで目いっぱい楽しんだ。

 彼は、失敗した人間関係、出来事も全て過去に戻って修正した。間違えば、やり直せばいいという気持ちから、女性にも積極的になり、彼女もできた。楽しい時間も何度も繰り返した。

何度もやり直した結果、彼の人生は順風満帆だった。最後には大企業に就職し、出会った女性と結婚した。マイホームも購入することができた。

 そんな充実したある日、彼の妻が産気づいた。すぐに救急車を呼び、病院に直行した。わりと安産で、分娩室から「オギャー!オギャー!」と赤ん坊の声が聞こえてきた。分娩室から医者が出てきた。

「おめでとうございます。元気な男の子です」

 重雄は喜んだ。妻が無事出産したことも嬉しかったが、自分に子供が出来、子供の父親になることが何よりうれしく、感慨深かったのだ。しばらく赤子と妻が入院していたが、直ぐに家に戻ることが出来た。

 重雄が両親に孫を見せていると、父親が呟いた。

「ここだけの話、お前は小さい頃から遊んでばかりで、勉強嫌いだったから、あまり良い人生を送れないかと思っていた……」

「…………」

 重雄は黙って聞いていた。父親の分析は正しかった。自分は本来、中学校を卒業してから定職に就かず、フラフラしていた。それが砂時計を手にして人生をやり直せたのだ。

「私は、お前が立派になって、嬉しかった……。生きている内に孫にもあえて……」

 父親は涙ながらに言った。母親も目頭を押さえていた。今の自分は十分親孝行できたと思う。今まで生きていて良かったと彼は思ったのだった。

 子供が生まれてからも、重雄は必死に働き、出世いて行った。本当にうまくいっていた。一週目の人生が夢だったと思われるくらいだ。

「俺がここまで来れたのも、この砂時計のおかげだな……」

 重雄は手に持った砂時計を感慨深く見つめた。もう砂時計は使わないと誓って、引出しにしまおうとしたところ、手が滑った。砂時計は床に落ち、ひっくり返った。その瞬間、時が遡及する。

「オギャー! オギャー!」

 赤子の声によって気がついた。重雄は、病院で自分の子供が生まれたその瞬間に戻ってしまったのだ。 前にも経験したことが追行される。この後、医者が「おめでとうございます。元気な男の子です」と言うはずだ。しばらくすると、医者が出てきた。

「おめでとうございます。元気な男の子です」

「……はい、ありがとうございます」

 彼は、はじめ、子供が生まれて嬉しい気持ちでいっぱいだったが、今は何の感慨もわかなかった。既に起こる出来事を繰り返しても感慨がわかないのだった。

「しまった! 間違って遡ってしまった。またやり直さなければならないのか……」

 彼は嘆いたが、ここからまた頑張ろうと思った。だが、今度は妻が遊び心から重雄の机の上にあった砂時計を傾けてしまったのだ。再び巻き戻る時間。今度は何と、高校生に戻っていた。

「そんな! 戻り過ぎだ!これから大学受験も就職活動もやり直さなければならないのか! 妻との出会いもリセットされてしまった!」

 重雄は嘆いていたが、何もしなければ前よりも悪い結果になってしまうので、覚悟を決めて行動した。

「まったく、せっかくやり直して勝ち組になれたのに、今までのキャリアも人との出会いも全て水の泡だ……」

 幸い、彼には経験と言う武器があったため、勉強は苦労しなかったが、周囲の人間の行動が全て同じだと言うのは、気がめいってしまった。それでも彼は頑張り続けた。ある日、彼の友人が重雄の持つ砂時計に興味を持ってしまったのだ。

「重雄、面白い物持ってんな!」

「あ! それは駄目!」

 叫んだ時には遅かった。友人は砂時計を傾けてしまった。その瞬間、時間が遡及する。気がつくと中学校にいた。そこからやり直して、大学で彼女が出来たところまで、やりなおしたが、また、小学校に戻っていた。誰かが、砂時計を傾けたようだ。もう、うんざりだった。絶望感が重雄を襲った。

 今度は厳重に砂時計を保管した。それから、堅実に生きて、彼女と二度目の出会いをし、結婚することになった。子供が生まれた。やはり生まれた子は男の子だった。やっとマイホームを購入するとこまでできた。そんな時、わが子がしまってあった砂時計を遊び道具だと思って傾けてしまったのだ。その瞬間、また時が逆行する。

「どうなってる!? 何度やり直せばいいんだ!?」

 また、巻き戻る。何度繰り返しても、また戻ってしまう。重雄は砂時計を川に捨てた。その瞬間、また巻き戻った。

 男性は時間の虜囚になってしまった。

 彼は何度、同じ時間を繰り返せばいいのだろうか……。


 ――あのアンティークショップで、店主が砂時計を手にしていた。重雄が持っていたあの遡及砂時計である。店主はため息をつきながら言った。

「彼は時間の大切さを忘れてしまっていましたねぇ。失敗してもやり直せば大丈夫なんて……。一度しかない人生だからこそ、人は必死になるのです。時は金なりと言うでしょう。もう、彼は時間の牢獄から抜け出せないでしょうね」

 店主が話していると、あの砂時計の砂が落ち切ろうとしていた。

「おっと、そろそろ、また傾けないと……」

 そう言ってまた、砂時計を傾けたのだった……。


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