第二章 正義の帽子
これは、正義感の強い一人の男の物語。男の名前は守国正義。とても、正義感と責任感が強い男であった。困っている人間には手を差し伸べ、苛めは許さない、優しい男であった。それは幼少期から変わらなかった。
「キミは『もりくにせいぎ』君?」
「いいえ。『もりくにまさよし』と言います!」
彼が人と出会う時は、いつも名前の訂正から挨拶が始まった。ややこしい名前であるが、彼は自分の名前を気に入っていた。『いつも清く正しく、義理堅い男であれ』と言う意味で両親がつけた名前である。彼はその名の通りの生き様を選んだのである。
彼が小学生の時、苛めがおきた。苛めのターゲットになった子は、気の弱い大人しい男の子であった。苛めの理由は「大人しそうだから」「ちょっとからかっただけ」という下らないものだった。正義は、いじめっ子に説教をし、改めるように求めた。しかし、いじめの加害者達は「イイ子ぶってんじゃねぇ」といじめをエスカレートさせてしまった。
彼は悩み、担任の先生に相談した。すると、苛めは沈静化したが、彼は『チクリ魔』と呼ばれ陰口を叩かれるようになってしまった。だが、彼は気にしなかった。自分が正しいことをしたのだから、批判する人間がおかしいと思ったからだ。
中学生になると、正義はリーダーシップを発揮するようになった。クラスでは中心のような人間で、グループワークではチームをまとめ上げ、クラス委員にもなり、率先して学校のためになるように活動した。
だが、またいじめ問題が起こった。隣のクラスである。いじめの原因はよくわからなかった。ただ、言いがかりのようなことだった。ターゲットになったのは、また大人しそうな子だった。前回もそうだが、苛めの加害者はいじめやすい人間を狙うようだ。正義はいじめを辞めるように加害者達と交渉に行った。
「君達! いじめなんて恥ずかしくないのか!」
正義は怒鳴ったが、加害者達は肩をすくめて彼を嘲笑った。
「でたぁ~。つまんない奴」
「ノリ悪いよ~」
「正義厨って奴? ウケル~」
正義は加害者達の態度に苛立ちを隠せなかったが、加害者達は「シケタじゃん」「行こ行こ」等と言って現場を離れていった。正義は被害者の子に近付き、手を差し伸べた。
「立てるかい?」
しかし、彼が差し伸べた手は振り払われた。
「余計なことしないでよ!アイツ等、また苛めてくるよ! 黙って言うことを聞いていたらいいんだよ! もう放っといてくれよ!」
被害者は報復を恐れているようだった。確かに彼の言い分も納得がいく。正義は一刻も早く苛めを解決するために、隣のクラスの担任の先生に直談判した。しかし、先生の回答は、非情なものであった。
「イジメ? そんなのないない。遊んでいるだけじゃないか?」
正義は先生のふざけた態度に怒った。
「何を言っているんです! 現にイジメが起こってます! 殴られているじゃないですか! お金を取られてもいるようです! 早いうちに手を打たないと大変なことになりますよ!」
正義の言葉に面倒くさそうに教師は呟いた。
「イジメはないって。殴られたって大げさな……。ちょっとプロレスごっこでもしてたんじゃないの?お金だって奢ってあげてただけかもよ? 俺の子供の頃なんて友達との殴り合いなんてしょっちゅうだったし……。考えすぎだって」
正義は隣のクラスの担任では埒が明かないと思い、自分のクラスの担任に話をつけに行った。
「先生! 何とかして下さい! このままでは大変なことになりますよ!」
「そうは言ってもな、守国。アイツはこの学校に長くいて絶大な権力を握ってるんだよ。しかも、今は学年主任。次期校長もアイツで間違いないって話だ。どうすることもできないんだよ……」
正義は唖然とした。正しいことをしているにもかかわらず、その意見は通らない。強い権力を持つ者が居座ってしまう。そんな現実が受け入れられなかった。彼は気がついたら、職員室を出ていた。どうすれば、あの担任を動かして、イジメをなくさせられるのか。クラスメイトに相談もしたが、皆厄介事に関わるのは嫌だと言うことで見て見ぬふりをしていた。一体どうすればいいのか……。
「……そうだ! 教育委員会に相談しよう! 一教師なら、教育委員会には逆らえないはず!」
思い立ったら即行動。彼は教育委員会にイジメの事実を密告した。数日後、教育委員会の人が調査に来た。しかし、隣のクラスを覗くと、皆静かなのである。イジメの被害者も加害者も、あのふざけた担任も皆驚くほど静かであった。その光景だけ見れば、優等生のクラスだと錯覚してしまいそうである。
一通り、調査が終わると、教育委員会の人は帰ってしまった。正義は抗議をしたが、返ってくる答えは「特に問題は見られなかった」であった。しかし、問題は解決していなかった。査察の人間がいなくなってからイジメが再開されたのだ。日に日に暴力もカツアゲも酷くなっていった。イジメ加害者は、正義の方を見て笑っていた。もう一度、教育委員会に連絡しても、「本当にイジメはあったのか?」「キミの勘違いではないのか?」「我々も忙しいんだ」とまともに取り合ってもらえなくなった。
「何でだ! どうしてだ! 誰も彼も助けようとしない。たった一回調査しただけで何が分かるって言うんだ!」
正義は嘆いたが、現状が改善される訳でもなかった。それでも何とかしたいと強く思った。一晩中考えて出た結論は、イジメの決定的な証拠を掴む事であった。
翌日から、彼はイジメの現場をカメラで録画した。写真も撮った。その他に、イジメ被害者のバックの見えない部分にICレコーダーを仕込み、その音声を録音した。ICレコーダーはイジメの現場とされている屋上や空き教室、使われていないトイレや体育館裏にも仕掛けた。さらに、毎日イジメクラスの担任に抗議をし、担任が面倒くさそうに正義をあしらう様子も録音した。
十日程過ぎた後、正義はもう一度教育委員会に連絡を入れた。最初は軽くあしらわれていたが、「決定的な証拠を持っている」と告げると、彼らは近日中に学校に向かうと言った。彼らが査察に来るまでに、正義はイジメの様子を撮影、録画し続けた。
そして迎えた調査の日、予想通りに、イジメクラスは静かだった。調査員は正義に文句を言おうとしたが、正義は「職員室に関係者を集めてください」とだけ告げた。授業が終わると、関係者が職員室に集まった。一番最初に話を切り出したのは、調査員だった。
「この学校にはイジメがあると伺っているが本当かね?」
「そんな事実はありませんよ」
イジメクラスの担任が即答した。続いて、正義を睨みながら、イジメ加害者達も弁明する。
「俺達も潔白ですよ」
「そうっす。遊んでいただけッス。侵害ッス」
「どこかの偽善者が勘違いしただけじゃないっスカね」
加害者達は悪びれずに発言する。調査員は被害者の子に話を振った。
「キミはいじめられているのかい?」
「……い、いいえ……」
被害者の子は怯えながら否定する。
「ほらほら、本人もこう言ってるじゃないっすか?」
「俺達、友達だもんな!」
「そうそう」
加害者達はここぞとばかりに便乗する。しかし、その目は「何か言ったら殺す」と被害者を牽制している目だった。ここで、イジメクラスの担任が話を終わらせようとする。
「うちの学校ではイジメはありませんよ。見ての通りです。そろそろお引き取りを……」
調査官は難しい顔をしながら、正義に尋ねた。
「イジメはないようですが、キミ、証拠を持っていると言っていたが……」
調査員が言い終える前に、正義は被害者のもとに歩いて行き、彼の服をまくった。
「これが証拠です」
彼の体には青あざがいたる所にあった。痛々しい傷跡である。調査員が驚いていると、加害者達がわめき始めた。
「これは、アレっスよ! ほら、……え~と……」
「階段でこけたんですよ!その時に出来たもので……」
「そうそう、俺達はこいつを助けてやったんッスよ! ヤサシー、俺達超ヤサシーッス!」
その時、職員室のスピーカーから音が聞こえてきた。
『お~い、顔は狙うなよ。狙うなら腹だ』
『うッひょ~気持ちいい! お前、サンドバックの才能あるよ!』
『うわ~、カワイソ~』
『とか言ってるお前が一番殴ってるじゃん!』
『っははははははは!』
スピーカーから聞こえてきたのは紛れもなくイジメ加害者達の声だった。調査員も、さっきまで意味もなく騒いでいた三人の声ははっきり覚えていた。
「どういうことかね!」
調査員が怒鳴ると、三人は苦しい言い訳を始めた。
「し、知らないっすよ! よく似た奴の声じゃないっすか……」
「あ~う~……え~と……」
「…………」
もはや言い訳にもなっていない悪あがきをしている三人を無視して、正義は近くのパソコンをいじり始めた。準備が整うと、正義は言った。
「皆さん、これを見てください」
正義の言葉に全員が画面を見ると、動画が再生された。それはどう見てもカツアゲのシーンであった。登場人物は言うまでもなく、言い訳をしている三人とイジメ被害者である。
『おい、テメェ、一万円持ってこいっツッたよな……』
『無理です……』
『テメェふざけてんじゃねーぞ』バシッ!
『自分の立場弁えろよ!』ドカッ!
『いい加減理解しろよ! 明日までに三万持ってこい!』
『増えてます!』
『いい訳してんじゃねーぞ!』ドカッ!
見るに堪えないカツアゲシーンだった。イジメ加害者は血管が切れそうになるくらい赤くなっている奴と顔面蒼白になっている奴、青い顔で震えている奴と分かれていた。赤白青の三色の顔は可笑しいものだった。
『こんなのデタラメだー!!』
赤い顔の加害者がパソコンの液晶画面に殴りかかり、パソコンは見事に破壊された。証拠のディスクを破壊しない所が馬鹿らしい。彼は直ぐに先生方に取り押さえられた。他の二人も連れて行かれた。調査員は、頭を下げてきた。
「申し訳ない。本当にイジメがあったとは……」
「謝るのは四人目のイジメの加害者を裁いてからにしてください」
正義の言葉に調査員はすぐに反応した。
「まだいるのかね! どうなっているんだ! この学校は!」
被害者の子は首をかしげている。それはそうだろう。彼も意識していなかったはずだ。正義は、手元にあるICレコーダーを再生した。
『先生! 先生のクラスのイジメを止めてください!』
『また言ってるのか、お前は……あれは勘違いだって……』
『貴方も見ていたでしょう。彼らが殴っているのを!』
『あれは、プロレスだって!』
『お金を要求していたじゃないですか!』
『だから、金の貸し借りだろう? 大げさなんだってお前は……』
『何度も同じことが起こってるんですよ!あなたはそれでも教師ですか!』
『いい加減にしろよ! お前はもう少し賢く生きろよ。いいか。俺のクラスはあの気弱な奴一人黙っていれば、うまく回るんだよ。それくらい分かれよ……。あいつ等もストレス溜まってるんだって……捌け口は必要だろう?ああゆう奴は一人はいるんだよ。もういいだろ。しつこいと内申点下げるぞ……』
正義は再生を止めて担任の方を見る。どんな色に顔が変わるか見たかったためだ。担任は白くなっていた。そして調査員の人が赤くなっていた。被害者の子はオドオドしていただけだった。いつの間にか職員室は野次馬で溢れていた。その日はそれで終わった。後日処分を決めるそうだ。証拠のビデオとICレコーダーは調査員が預かることになった。
処分の日、関係者は校長室に集められた。生徒の親達も集められた。
「では、処分を言い渡します。加害者の三人は一週間の奉仕活動。被害者にお金を返すこと。担任は一カ月の謹慎と半年の減給です」
加害者達一向は、胸をなでおろした。被害者は納得していないような顔だった。そこで、正義は爆弾を投下した。
「処分に異議を申し立てます。軽すぎます」
「しかし、彼らはまだ子供。更生の機会を奪うことはできません。加害者達も反省していますし……」
調査員は告げた。
「意味が分かりません。イジメを行っていたのに社会奉仕活動と金の返還だけ。こんなのやったもん勝ちです! イジメを黙認していた担任も処分が軽すぎます!」
「しかし、キミは事件の直接の関係者ではありません。ここは穏便に……」
正義は、大人達の言い分が理解できた。どうやら彼らは身内で内密に処理をしようとしているようだ。散々、事件を放置して発覚すれば揉み消そうとしている。正義は怒りを鎮めながら、彼らに告げた。
「いいでしょう。では、私はこの事件の動画をインターネットの動画サイトに流します。社会が貴方達の行為の重さを判断してくれるでしょう」
「な! キミ! まだ何か持っているのかね!」
「ええ。イジメを行う腐ったゴミ屑に、それを黙認する学年主任、さらには、何度も訴えてきたのに一向に動かず、証拠品でようやく重い腰を挙げた教育委員会には何も期待していません。世間の方に評価してもらいます」
正義に対して「待ってくれ!」「息子には将来が!」「それだけは!」と言う声があがった。正義は彼らに、動画を公開しない代わりに処分内容を改めるように求めた。彼が求めたのは『加害者生徒の転校と、被害者生徒への慰謝料及び借金の返還でそれぞれ百万円を支払うこと、学年主任の教師職追放である。大人達はしぶしぶ条件を飲んだ。全ての条件が満たされた後、証拠品を教育委員会に渡した。こうしてイジメ事件は幕を閉じた。イジメが解決してから「心配していた」「力になりたかった」と言ってくる生徒にはモヤモヤが残ったが、円満に解決はした。このことが切っ掛けで彼は人望を集め、生徒会長にまでなった。正義は残りの中学生活を満喫し、進学校に入学した。
高校でも、正義はリーダーシップを発揮した。部活に生徒会、学業と優秀にこなした。勿論、人助けも欠かさなかった。とりわけ助けたのは時中光という後輩の女の子だった。入学後、道に迷っていた彼女を助け、委員会活動で一緒になる時は先輩として彼女を導いた。彼女は正義に感謝し、『先輩のような立派な人になりたいです』と言ってくれた。高校では問題なく彼は人生を歩んだ。更なる問題は彼が有名大学に進んだ後に起きた。
大学は、一言で言うとおかしな所だった。自分の主張を曲げずにヒステリックに怒りだす講師に、カラフルな髪色の生徒、喫煙禁止なのに影で煙草を吸う生徒、講義中に携帯をいじる受講生等、大学の体は成してはいるものの、疑問が残る人間達であった。正義はそんな中にあっても腐らず精進した。彼は大学でも人望を集めた。
そんなある日、一人の女子大生から相談を受けた。どうやらストーカー被害にあっているらしい。
「別れた元彼がよりを戻せってしつこいの。自分から浮気して振ったくせに、『よりを戻してやる』って……手紙やメールが酷くって……」
「警察には言ったのかい?」
「まだだけど……」
「成程、そうだね。とりあえず警察に相談に行こう。今はストーカー規制法もあるし、相談実績は作っておいた方がいい」
正義は女子大生の話を聞いて警察に行くことにした。彼女の付き添いで行ってみるとその対応は驚くほど酷かった。
「ストーカー? 痴情のもつれじゃないの?」
「別れったっていっても元々付き合ってたんだし、もう少し彼氏君のこと考えてあげてもいいんじゃない? 貴方にも非があるんじゃないかな?」
「でも! 待ち伏せされて、怖いんです! 話し合っても無駄でしたし!」
「いやいや、警察も暇じゃないんだよ。具体的に問題があってからじゃないと動けないの!」
「キミも思わせぶりな態度をとったんじゃないの?」
「もういいです!」
警察は当てにならなかった。男女間の問題を痴話喧嘩だと断じて話を進めている。呆然とする彼女を正義は慰めた。
「大丈夫。私が力になるよ」
「ありがとう。守国君」
「ストーカーからのメールや手紙は保存しておいて。何かの証拠になるから。それと、一人では行動しないようにね」
「うん。わかった……」
その日から女子大生は友達と行動することが多くなった。しかし、下宿先に帰る時にストーカーが待ち伏せして殴りかかってきたのだ。
「おい、いい加減意地はるなよ。俺はお前のこと許すって言ってんだよ……」
「許すって何? あんたが勝手に浮気して別れを切り出したんじゃない! なんで今さら私に執着するの!」
「どうでもいいじゃないか。また付き合えば、全部うまくいくんだ……」
尋常じゃない男の雰囲気に怖気づいてしまったが、その時、一人の男が割って入った。
「大丈夫か!」
「守国君!」
正義は女子大生を守るように木刀を持って身構えた。すると、ストーカーが騒ぎ出した。
「おいお前! 何様のつもりだ! 人の女を奪いやがって!」
ストーカーは敵意をむき出しにして叫んだ。その怒号に怯むことなく、正義は男を諭す。
「君は、自分がふったのに、いつまでも見苦しいぞ! 男なら引き際を弁えろ! 自分を磨いて出直しな!」
「ふざけんな!」
ストーカーは殴りかかってきたが、正義は軽くあしらい、木刀で手を叩いた。「ギャー」と叫び声をあげて蹲るストーカー。その様子を見ていた近所の人間が警察に通報したようだ。遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
警察は現場に着くと、蹲る男を被害者、木刀を持つ男を加害者として取り調べを始めた。
「君、何でこんなことをしたの?」
「ストーカーから女性を守るためです」
「いやいや、こんなものを持ち歩いてその言い訳はないよ」
警察は以前相談した時とは違い、自分を危険な犯人と決めつけ、尋問している。その顔は生き生きとしていた。
「貴方が、以前に何か起きてからでないと動けないと言ったので何か起きる前は自分たちで行動しようとしたまでです」
「屁理屈を言うな!」
しばらく馬鹿な警察を適当にあしらっていると、誰かが来たようだ。
「これは、警視殿!!」
他の警察官が敬礼している。正義は上手くいったとほくそ笑んだ。
「君、報告は聞いているよ。なんでも、ストーカー事件を黙殺し、その解決に貢献した人間を犯人扱いしているようだね」
「は?」
ふざけた警察官は、ド肝を抜かれていた。その時、正義はICレコーダーを再生した。
『ストーカー? 痴情のもつれじゃないの?』
『別れったっていっても、元々付き合ってたんだし、もう少し彼氏君のこと考えてあげてもいいんじゃない? 貴方にも非があるんじゃないか?』
『でも! 待ち伏せされて、怖いんです! 話し合っても無駄でしたし!』
『いやいや、警察も暇じゃないんだよ。具体的に問題があってからじゃないと動けないの!』
『キミも思わせぶりな態度をとったんじゃないの?』
『もういいです!』
このICレコーダーは以前のイジメ事件を教訓に仕掛けておいたものだ。この内容と同じものを警視庁に送り、対応を求めたのだ。とそこに、被害女性が駆けつけてきた。
「守国君! 病院で診断書もらってきたよ! 被害届出せるよ!」
「ふふふ。チェックメイトだ」
正義は静かに言った。そして警視も警察官たちに静かに告げる。
「君達の処分はおって報告する。以上だ」
職務怠慢の警察官たちが項垂れた。
こうして、ストーカー事件は幕を閉じた。ストーカー男は何とか示談となり念書を書かされ、大学は退学となった。正義はその後も活躍し、就職活動も円滑に行い、大学を卒業したのだった。
大学を出ると、正義は職場でも活躍することになった。彼は人望を築いていった。そんな彼が、同僚から相談を受けるのは当たり前のことだった。
「守国さん、ご相談が……」
同僚の話を聞いてみると、どうやら、彼の後輩の大山という男が、職場でパワハラを受けて、鬱になりかけているようだった。しかも、彼が働いているのはブラック企業で、サービス残業は当たり前、給料の未払いもあり、休日出勤も多いそうだった。正義は同僚とその後輩の大山の話を聞き、大山に言った。
「大山君、後一週間耐えられるかい?」
「一週間ですか!」
「守国さん! もうコイツは限界なんです!」
同僚とその後輩が各々の反応を見せるが、正義は簡単に彼らに説明をした。
「いいかい?証拠がなければ全てが黙殺されてしまうんだ。今、キミが労基に訴えた所で会社は表面を取り繕うだけだ。そうなっては、キミは嘘つき呼ばわりされ、またひどい扱いを受けることになる。だから今は証拠を集めるんだ。タイムカードや給料明細のコピー、職場の日常の撮影、上司とのやり取りの録音だ。これを最低でも一週間はやってくれ。その後、労基に通報するんだ」
正義の説明に同僚とその後輩は納得したようだった。
それからが早かった。大山は正義の言うとおりに証拠を集め、労基に密告をした。その結果、会社に未払いの分の給料と残業代を支払ってもらい、退職できたのだった。その会社は他の社員からも訴えられ、財産を差し押さえられ、雪崩のように崩れ落ちていった。正義は、他にも友人達からの相談を解決していった。しかし、解決しても、解決しても、問題が新たに起こった。故に彼は、政治家になって国を変えようと考えたのである。
正義は直ぐに行動を起こした。インターネットを使い売名行為をした。さらに、かつて自分が協力した人間達にブログ等で自分を持ち上げてもらい、社会奉仕活動も積極的に行い、万全を期して選挙に出馬したのだ。彼が当選するのは当然だった。事前に有力な政治家に話を通しておき、応援をしてもらったのだ。そして彼の功績もあり、見事に当選したのだ。だが、彼は悩んでいた。
「どういうことだこの国は……?。何で政治家が汚職まみれなんだ? 公務員の小物は追い出すことはできるが、すぐに天下りされてしまう。政治家の不正に権力者たちが関わっている。私はどうすれば……?」
悩みながら歩いていると、正義は道に迷っている事に気がついた。辺りは湿気が多く、木々が枯れている。人気は全くない。濃い霧は恐怖心を煽ってくる。
「どうやら、疲れているらしいな。今まで道に迷ったことはないんだが……」
歩いていると、店が見えてきた。『アンティークショップ』と書かれた看板がある。
「よかった。あの店で道を聞こう」
正義がドアを開けると、『リーンリン』と鈴が鳴った。店内はアンティークショップという肩書にふさわしい骨董品が並んでいた。店内を見ていると奥の扉から老人が出てきた。
「いらっしゃいませ。私はこの店の店主でございます。本日は何をお探しでしょうか?」
「いや、私は客ではないんだ。道に迷ってしまって……」
「ええ。存じています。ここに来るお客様は皆迷って来るのです。そして、私の店で何かを買って、帰っていきます」
正義は、老人が何かを買うように仕向けているのではないかと思ったが、乗ってみることにした。
「何か良い商品はありますかね?」
「お客様の希望によりますね。何か悩みがあるのでしたら、その悩みに対応したものをご用意いたします」
「悩みか……。私は、人間の正しさについて疑問を感じている……不正をする者、不正を黙認するもの、とりあえず場の空気に従う者、そんな人間ばかりだ。何とか改革したいのだが……」
「成程、貴方は人間達を正しい方向に導きたいのですね」
「ああそうだ! 何とかしたい!」
「でしたら、貴方に合う商品がございます」
そう言って、店主はバックヤードから何やら帽子を取り出してきた。その帽子は近代軍の将軍が被るような黒い帽子だった。
「この帽子は『正義の帽子』と言って、被った人間の命令を聞かせる事が出来るものです」
「にわかには信じ難いが、仮に信じるとして、帽子をかぶった人間の言いなりになると言うのでは奴隷ではないか?」
「いいえ。これを使う人間が扱い方を間違わなければ良いことです。道具に罪はありません。その道具を扱う人間に問題があるのです。ナイフは人を殺す凶器になりますが、美味しい料理を作る道具にもなります。扱い方次第なのです」
店主は丁寧に説明した。
「なるほど。確かにあなたの言うとおりだ。その帽子をいただこう。おいくらかな?」
正義は半信半疑であったが、帽子を買うことにした。それは店主の言葉に感銘を受けたのもあったが、店主の雰囲気に呑まれたからでもあった。
「そうですね。本当は5千万円ほどするものですが、あなたを個人的に気に入りました。五百万円でどうですか?」
「うむ……。それでも高いな。なんとかならないか?」
「仕方ありませんね。貴方の未来に投資すると言う意味で更に十分の一、五十万円でどうですか?」
「それなら何とかなりそうだ。買おう」
「お買い上げありがとうございます」
正義は帽子を買い、店を出た。道を尋ねるのを忘れていたが、歩いていると霧が晴れ、見知った道に出た。正義は帽子を手に帰宅した。
正義はさっそく帽子を使って、かつてお金を貸した友人にお金を取り立てることにした。元々、学生時代に数万円貸したものをバックレられただけだったが、この機会に帽子の力を見ようと思ったのだ。
「あ、守国? どしたん?」
「ああ。学生時代に貸した金を返してもらおうと思ってな」
「あれ?何か借りたっけ? 何か証拠ある?」
彼はとぼけた様子だった。元々捨てる前提で貸したが、ここまで露骨な態度をとられると腹が立つ。ここで正義は帽子をかぶった。
『貸した金を返せ』
正義は勅命の様に告げた。すると、目の前の男は財布からお金を出し、正義に渡した。正義の言うことを聞いたのだ。
「いやぁ~、ごめんごめん。返そうとは思っていたんだけれど……」
頭を書きながらそう言う男を前に正義は帽子の効用を目の当たりにしたのだった。この帽子を被った人間に命令された人は、ある種の催眠状態に陥り、『自分の判断で行動した』と錯覚させ、命令を遂行するようだった。
「なるほど。割引で五十万円だったが、その価値はあったということか。だが悪人がこの帽子を使えば大変なことになるな」
正義は帽子の力に戦慄を覚え、自分を戒めた。確かに悪人が使えば、世界はディストピアへと変貌するだろう。この帽子を絶対に他人の手に渡してはならない。そのことは直感したのだった。
しかし、帽子を奪われることがあった。簒奪者は新興宗教の教祖だった。その男は元々オカルトに傾倒していたのもあって、正義の持つ帽子を魔法の帽子と考え、奪ったのだった。他人を命令通りに行動させる物が奪われたので正義は気が気ではなかった。
事実、男は新興宗教を大きくしていった。何人もの信者に貢がせ、愛人を二桁囲い、好き放題に生きていた。だが男の最期は呆気なかった。帽子の力を使い続けた男は、人との会話を忘れてしまったのだ。その結果、自分に従順だと思っていた愛人の一人に刺されて死んだ。正義は秘密裏に帽子を回収できたのだった。
「扱い方によっては、毒にも薬にもなるか……。あの店主の言うとおり、道具は扱う人間によるのだな」
正義は奪われていた帽子を拾いあげた。
正義は帽子を使い続けたが、濫用するのも良くないと感じ、極力帽子の力に頼らないようにした。人との対話を忘れないようにし、なるべく、交渉は自分の言葉で行った。
だが、例外もあった。
「守国さん、困りますよ。私らにも立場がある」
これは既得権益にしがみ付き、財政の立て直しを妨害する輩のセリフだった。
「守国さん、私だって人の親です。息子の不祥事の尻拭いをしたいのです」
この言葉は、凶悪犯罪を犯した息子を庇った警察上層部の意見だ。
「守国さん、正しいことをするのが正義だと思っているのですか?」
というのは不正を隠そうと、正義に政治献金をしようとした輩の意見だった。
「守国さん、それはもう話がついたことです。大人の対応をしてくださいよ」
他人の不正には厳しいのに自分の不正を隠そうとしたマスコミの言葉だった。
このように、既得権益や下らないプライドを優先し言葉の通じない輩が一定数いた。そう言う人間にだけ帽子の力を使うことにしたのだ。
『黙って、言うことを聞け!』
どんなに薄汚い人間も、正義の言葉には従順に従った。
その後も、正義は帽子の力を極力使わずに問題を解決していった。どうしても必要な時だけ帽子を使い、万人の指示を受けて財政界での地位を築いていった。彼の名前は広く知られ、若くして総理となった。
「私は、この国を良くして見せるぞ!」
新たな決意を胸に正義は総理として行動していった。その志と実績から歴代最高の総理との声も聞こえるようになった。正義はこれからも正義に従って生きていくことだろう。
アンティークショップの店内で新聞を読む店主の姿があった。
その新聞の見出しには『国民の味方、守国正義総理、領土問題解決に続き、格差社会是正に成功。』と書かれていた。
「あの若者は活躍しているようですね。今後はもっと多くの活躍をしてくれることでしょう。これからも彼の人生を見届けることにします。今以上にあの帽子も活躍しそうですしねぇ……」
そう言って店主は店奥に入って行った。