第一章 ポテンシャルカード
――俺には才能がない。頭も運動神経も良くない。会社でも特に目立つポジションにいない。同僚の中にはすぐに出世した奴もいる。大企業に抜擢された奴もいる。俺は彼らがうらやましい。才能なんて生まれつき決まっている。努力にも限界がある。なんで俺はこんな凡人なんだろう。今日も部長に怒られた……。でも仕方がないじゃないか。俺にはテレビで活躍する人のような才能はないのだから……。
この男性、大林健介は自分の才能のなさを嘆いていた。誰だってそんな時があるのだろう。しかし、悲観した彼は自分の人生をどうしようもないものと考えていた。
「……あれ? 道に迷ったかな? いつも通っている道なのに……」
健介はいつの間にか道に迷ってしまっていた。そこはいつもの帰り道にある住宅街ではなかった。所々草木が生えている暗い林道のようだった。周りの木々は枯れてしまっている。
「いつも通っている道で迷うなんて、よっぽど疲れているのかな……」
健介は携帯電話のマップ機能を使おうとしたが、うまく作動しなかった。それどころか、現在位置不明となっている。彼は内心舌打った。文明の利器に頼りすぎた者の末路である。
「参ったな……。明日も早いのに……」
彼は頭を抱えていたが、立ち止まっていても仕方がないので、道を聞くために近場に店がないか探した。彼が歩いていると古びた店が目の前にあった。
「ちょうどいい。あの店で道を聞こう」
彼は安堵し、店の前まで歩いた。看板には『アンティークショップ』と書かれている。店の外装も第一印象は寂れたものだったが、アンティークショップとしてみると、なるほどそれらしく見えた。
「こんな人気のない場所にあって、お客さんとか来るのかな……」
健介は、売り上げの観点から見てしまうのは、自分がサラリーマンであるからなのだと自覚し、苦笑した。彼は古びたドアの取手を掴みドアを開いた。
『リーンリン』と、ドアの開閉と共に鈴が鳴る。ドアの内側に鈴が付けてあったようだ。
店を見渡すと店内は小奇麗な感じで、ドールや服や骨董品が並べられている。よくあるアンティーク店そのものだった。彼が店内を見渡していると、一人の老人が近寄ってきた。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょう」
嗄れ声で注文を聞いてきた。
「いや、すいません。俺は客ではないんです。ちょっと道を聞きたくて……」
「いいえ。貴方はお客さんですよ」
店主がそんな事を言ってくる。男性は意味がわからなかった。しかし、店主は続ける。
「ここに来る人は〝何か〟をお求めで来るのです。貴方も何かを求めている」
「……? うーんそういってもなぁ。俺は骨董品に興味はないし。ただ、最近自分の人生はなんだろうって 思ってしまいましてね。ははは。貴方には関係ありませんよね」
「……何にお悩みでしょう?」
健介の呟きを聞き逃さず、店主はカウンセラーのように優しく聞いてきた。健介も毒気を抜かれたのか、誰かに聞いてほしかったのか、自分の人生を語った。
「俺には才能がなくて、色々苦労してるんですよ。才能があるとすれば、UFOキャッチャーがうまいとかサッカーがうまいとか探し物を見つけるのが上手とか、掃除が綺麗とか、社会では役に立たない才能ばかりです。……ハァ、なんか特別な才能があればなぁ」
健介が一通りい語り終えると、店主は合点がいったようで、彼に聞き返した。
「成程。貴方は才能がほしいのですね?」
「ははは。そうですね。金で買えるなら、買いたいですよ」
店主は「ふーむ。」と言って店主は悩むそぶりを見せ、店奥に引っ込んでしまった。男性はへんな店主だなと思いながらも、愚痴を聞いてもらって気分がすっきりしていた。
少しして、店主がカードを持って帰ってきた。
「こちらの商品が貴方の望みに会うと思います」
そう言って差し出したのは、キャッシュカードのようなものだった。見た目はどこにでもあるキャッシュカードそのものだった。健介は店主が冗談を言っているのだと思い、おどけて見せた。
「いやー、俺、貯金もなくてキャッシュカードなんて使えませんって……」
店主は「いいえ、既にチャージしてありますよ」と言ってカードの裏面を見せた。裏面には5の数字が書かれている。
「5? 普通は万単位じゃないか?店主さんコレ壊れていますよ」
健介は馬鹿にするように言ったが、店主はこれであっていますと、短く答えた。彼は怪訝に思った。そんな彼の心情を察してか、店主はカードについて説明し出した。
「これは才能を買えるカードです。正式にはポテンシャルカードと言います。このカードは才能を5個まで、買えるのです。ほしい才能を言って、続けて「カードを使う」と言えば、その才能が手に入ります」
店主の答えを聞いた男性は嘘くさい話だと感じ、新手の霊感商法かと身構えた。こういういかにも御利益がありますとされる品の販売は、弱った人間の心につけ込むものだと彼は知っていたからだ。暗中模索し、振り絞って出た言葉は意外にも値段を尋ねるものだった。
「……ちなみにおいくら?」
こう言えば、答えが分かる。怪しい商品は高い値段を請求し、効果があると言葉巧みに勧めてくるのだ。しかし店主の言葉は意外なものだった。
「そうですね。本当は十万円ですが、ここは一万円にしましょう」
健介はこの手の品に十万は出せないが、一万円なら、ためしに買ってみようと思った。普段から安月給の彼からしてみれば、一万円も大金だが、不思議と買ってもいいかと思えてしまった。それは店主の人柄によるものなのか、オカルトにも頼りたいと思ったのか、彼自身、分からなかった。
「よし! これも何かの縁だ! 買おう!」
健介は、結局買うことにした。
店主は「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。口調もそうだが、態度も紳士的な老人だった。
健介はさっさと会計を済まし、店を出た。店が見えなくなるまで歩いた所で、「しまった道を聞き忘れた」と思ったが、歩いていると見慣れた街並みが見えてきたので、ほっと胸をなでおろした。
(にしても、才能を買うカードねぇ。嘘くさいが、騙されたと思って使ってみよう。……何の才能がいいかな? ……そうだ!!)
彼は自分が普段から会社の労働が過酷だったので、業務を遂行する才能がほしいと思った。
「会社業務を遂行する才能がほしい! カードを使う!!」と高らかに宣言した!!
…………辺りは静寂に包まれた。
「アホくさ。やっぱり才能なんて買えるものじゃないか。なんでこんなもん買っちゃったんだろう?お金は高い勉強代だと思って諦めるしかないか。はぁ~、今月もピンチだな~。このガラクタは明日捨てよう」
そう言って帰宅した。カードの残高が5から4に変わっていた。
ところが、健介が次の日出勤すると、みるみる作業が捗るのだ。普段は一時間かけてやる仕事を三十分で、仕事のミスは全くなし。自分のことを叱りつけていたあの部長も驚いている。なんで今日は仕事が捗るのだろうと思って、昨日の出来事を思い出していると、昨日のアンティークショップで買ったカードのことを思い出した。しかし、彼は眼の前で起きている不可思議な現象を受け入れられなかった。
「やはり、気のせいだろう。そんなことはあるはずない」
健介はそう思うことにした。
次の日も次の日も健介は優れた功績を残し、遂には、同僚トップの成績をたたきだした。そこで、あのポテンシャルカードが原因なのかと改めて思いだした。もはや、疑う余地はなかった。ぱっとしなかった自分の人生がここまでバラ色に輝いたのは、あの日、道に迷ってアンティークショップでカードを買ったためだ。彼は疑心を確信に変えるために、またあのキャッシュカードを試してみたいと思った。
健介は女性にもてたことはなかった。学生時代から異性との楽しい思い出はなかった。故に女性とお近づきになりたいと思ったのだった。
「女性にもてる才能がほしい! カードを使う!!」
カードが発行に包まれ、表示が4から3になっていた。
その日から女性とのコミュニケーションが進んだ。普段言わない歯の浮いたセリフも自分の口から自然と出た。彼は女性からもて始めた。これはいよいよおかしい。自分はモテル男ではない。彼女いない歴イコール年齢の男だった。他の男性社員も怪訝な顔をしている。昨日の今日で、彼に対する女性達の態度が違い過ぎるのだ。それは社内にとどまらず、買い物をしている時も、道を歩いている時も同じだった。突然、初対面の女性から熱いまなざしを受けたり、話しかけられたりした。中には、その場で告白してくる人もおり、流石に彼も狼狽した。だが、目の前の減少を見て、結論は出た。
「あのカードは本物だったんだ! これからは才能に苦労することはない!!」
彼はカードの効果を確信した時、自分でも顔が晴れやかになるのを感じた。
次の日彼は人事部から呼び出しをくらった。
「俺が昇進?」
健介は、人事部の言葉が信じられず、驚いた。
「貴方はここしばらく成績がいいので、人事部の決定です。これからは管理職ですね」
彼は喜んだ。しかし、自分には管理職の才能はない。自宅に帰り、健介は考えた。
「やっぱり、こいつのおかげだよな」
カードを見つめながら呟いた。
「よし! 次は管理職の才能が欲しい!! カードを使う!!」
カードが光り輝いた。そして、表示が3から2に変わった。
次の日から男性は管理職で手腕をふるった。会社からは非常に褒められ、女性社員にはモテモテで、彼の人生は絶頂期だった。
「部長はすごいですね」
健介の部下が彼を褒めた。
「いや、俺の力じゃないよ。こいつのおかげさ」
健介は、カードを見せてこれまでのいきさつを話した。彼の部下も最初は半信半疑だったが、実際の彼の変わりようを見て納得したようだった。
「へー、すごいっすね。俺にも使わせて下さいよ」
「駄目だ」
「じゃあ、俺にもそのアンティークショップ、紹介して下さいよ」
「分かったよ……」
健介は部下を引き連れて、あの店を探したが、どこにも見当たらなかった。
「あれー、おかしいな。確かこのへんだったはず」
どこを探しても、あのアンティークショップはおろか、枯れた森林も見当たらなかった。遂には見つからず、健介も慌てた。
「部長、俺をからかったんでしょう? 本当は全部部長の実力で、カードは普通のやつなんでしょう?」
痺れを切らした部下がそんなことを言い始めた。
「いや、そうではないんだが、おかしいな……」
彼は部下を連れて、お詫びに晩御飯を奢った。騙された、と機嫌が悪かった部下も高級料理店で好きなだけ飲んで良いといったら、すぐに上機嫌になった。結局、健介は納得できないまま、アンティークショップの件は忘れることにした。
それからもずっと、健介はその会社で勤めていたが、次第に中小企業としての給料の低さにいら立ちを覚え、会社を辞めた。散々ひきとめられたが、辞表を提出した。彼は大企業への就職も考えたが、人に使われることに疑問を感じ、自分で会社を興そうと考えた。今一度カードの残高をみると、2と書かれている。
「よし! 会社経営の才能が欲しい! カードを使う!」
カードが眩く光った。カードの表示が2から1に変わった。彼は資本金から機材まで揃え、準備を整えた時点で会社を興した。
彼が興した会社は見る見るうちに大きくなった。一気に中規模な会社になり、業界でも有名になり始めた。マスコミの取材も頻繁に来るようになった。彼は社長として会社経営を続けた。その結果、業界からは優良企業と評価され、すぐに乗馬することとなった。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。突発的な不景気となり、不況のあおりで倒産の危機になったのだった。
「社長、ここは破産するしかないです。会社を畳んで資産を清算しましょう。いまならまだ傷は浅いです」
優秀な部下が社長となった健介に意見した。だが、成功に成功を重ねた彼は慢心していた。部下の忠告にも耳を貸さず、己の力とカードの力を過大評価したのだ。
「いや、俺には才能と力がある!!」
健介は家に帰ってまた高らかに宣言した。
「会社を立て直す才能が欲しい!カードを使う!」
彼の宣言と共にカードが白く光り、その表示が0になった。
会社は、倒産の危機などなかったように立て直し、そればかりか大企業になった。社員達は喜び、社長の手腕を称賛した。
しかし、会社は第二の危機をむかえる。買収の危機である。一難去ってまた一難。会社の規模や急成長ぶりに危機感を覚えた同じ業界の大企業が結束し、健介の会社を吸収合併しようとしたのだ。
「冗談じゃない!俺は一代で大企業を興した成功者だぞ!こんな所で俺の会社を奪われてたまるか!」
彼は憤り、部下達と会談したが、自社は大企業とはいえ、名声も人脈も向こうに分があると、買収に納得していた。正面からやりあうよりも、合併後に自分達の有利な条件にしようと提案してくるだけだった。
「どいつもこいつも、脳なし共め!」
健介は自分の手腕を信じ、何度も解決策を模索したが、一向に良いアイディアが出てこなかった。苦しんだ彼は、自分の人生を助けてきたカードの存在を思い出した。
だが、カードを使おうにも、残高は0。しかし彼は閃いた。
「カードなのだから、またチャージすればいいんだ。どうやってチャージするかわからないが、幸いおれは大企業の社長だ。金はある。請求されれば、振り込めばいい!」
彼は自分で自分を納得させ、カードを使用することにした。
「買収に対抗できる才能が欲しい! カードを使う!」その宣言をすると、カードが黒く光った。男性は 不思議に思ったが、気にしなかった。
会社は買収の危機を逃れた。それどころか、買収しようとした企業に対抗できるほどの規模になった。
やはり、カードはまだまだ使える。健介はほくそ笑んだ。しかし、支払いの催促はまったくなかった。それをいいことに男性はカードの機能を湯水のように使った。
ある会社帰りの日に公園でサッカーをやっている少年たちがいた。ボールがこっちに飛んできたので、蹴り飛ばしてやろうとしたが、からぶった。
「あれ、おかしいな、中学はサッカー部での推薦で高校に入ったのに、なまったかな?」
彼は少し疑問に感じたが、その時は疲れがたまっていたのだろうと納得した。そのときは特に気にしないことにした。
ところが、帰宅してみると、部屋はゴミまみれだった。
「あれ? おかしいな。仕事が忙しくても、ゴミまみれは嫌だから、ちゃんと捨ててたのに。なんでこんなにたまっているんだろうか?」
その翌日、出勤のために家を出ようとすると、あれ?車の鍵がないな。と探してみても見つからない。しょうがないので電車で出勤した。
明らかにおかしかった。今まで普通にできたことができなかったり、おかしいと思うことがあったりしたが、たいして気に留めなかった。
しかし、ある日、社長室にいると社員達がやってきた。
「社長。あなたには会社を辞めてもらいます」
社員一同は社長室の前に来て宣言した。
「――? おいおい。何を言っているんだ、君たちは?」
健介は驚いていたが、やっとのことで反論する。次に、社員の一人が驚愕の一言を口にする。
「貴方には会社経営者の才能がありません」
健介は思はず反論する。
「馬鹿な! 俺には才能がある! ここまで会社を大きくしたじゃないか!?」
「確かに今までは、貴方に才能がありました……が、これを見てください」
そう言って、資料を机の上に置いた。会社の株や経済の資料のようだ。その資料データを見てみると興味深い事実が読み取れた。
「馬鹿な。わが社が赤字だと!? 株も暴落している? どういうことだ!」
「『どういうことだ!』も何も、貴方が会社経営を失敗したんですよ?」
「何だと!?」
「経済は常に変動します。中小企業が大企業になることも、大企業が倒産することもあるし、いきなり恐慌になることもあるのです。なのに、貴方はいくら我々が忠告しようと、『俺には才能があるから大丈夫だ』と言って、取り合わなかった。その結果がこれですよ!株主総会でも貴方の辞職は決まりました。さっさとここから出て行って下さい!!」
健介は叩き出されてしまった。それから彼は職を転々としたが、すぐに辞めてしまった。長らく人を使う立場にいた彼が、今さら人の下につける筈もなかった。下らないプライドが彼を邪魔したのだ。状況を打開しようとしたが、いくらポテンシャルカードを使っても、何も起こらない。ポテンシャルカードで才能を手に入れたはずなのに……。とそこで男性は真実に気がついた。
「カードが使えないどころか、才能がなくなっている!?」
そこで男性はあることを試した。道を歩く女性にナンパしてみたのだ。
「やぁ、キミ可愛いね。今暇かな?よかったら、食事でも……」
「ナンパかよ。あっちいけよ! おっさん!!身の程知らずが!!」
女性に散々罵倒されてしまった。しばらくその場にへたり込んでいたが、起き上がった。
「間違いない!!カードで買った才能がなくなっている!? いや待てよ?」
最近部屋はゴミだらけ、探したものは見つからない、サッカーは球を空振り……途端に彼は恐ろしい仮説に至った。
それを否定するべく、男性はゲームセンターに駆け込んだ。そこでクレーンゲームを見つけ、コインを入れる。アームはぬいぐるみの足を掴んだが、離れてしまった。もう一回コインを入れる。結果は同じだった。挫けず何度もトライする。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……。財布のお金をを使い果たしたが、一つも景品が取れなかった。いよいよ彼は自分の置かれた状況が見えた。絶望的な状況だった。
そう、残高0になったキャッシュカードを構わず使い続けた結果、買った才能ばかりか、彼の元々有していた才能が、使った分だけ差し引かれていたのだ。
翌日、テレビのニュースでは大企業の元社長自殺の文字が並んだ。彼はプライドを捨てて何度も転職したが、全く成果は得られず、すぐに首になっていた。家には複数の消費者金融から、借金の催促が来ていたという。
――とあるアンティークショップで店主が新聞を読んでいた。大企業の元社長自殺の記事を。
「愚かですねぇ。カードの残高は表示されていたのに……。残高0になった時点で破棄していれば、こんなことにはならなかったのですよ。欲におぼれて使い続けて……。でも、おかげで、ポテンシャルカードの残高が増えました」
店主は、ニヤリと笑った。その手にはあの男性が使っていたポテンシャルカードが握られていた。カードの残高は12と表示されていた。
「皆さんもカードでのお支払いにはご注意を……」




