第九章 タイムマシン後編‐未来の光
「ん、ここは……?」
見渡すと、物語に出てくるような鏡と、沢山の写真がある。どうやら千歳の部屋に寝かされているようだ。
「痛っ!」
腕には包帯が巻いてあった。その痛みが光に銃弾で撃たれたのを思い出させた。タイムマシンを確認すると、時間移動後の翌日の日付になっていた。丸一日寝ていたようだ。
「あれからどうなったんだろう?」
考えていると、部屋に人が入ってきた。千歳、百花、そしてこの時代の光だ。
「あ! 気がついたみたいだな」
「よかった」
「貴方にはお礼を言わなければならないわね。小さな私。体を張って私を守ってくれた」
「あ、どうも……」
各々話しかけてくる三人に応答する光。大人の光が神妙な顔でこれからについて話題を振った。
「私が死んだ後の話、核戦争と文明の崩壊、全部聞いたわ。何としても避けなければならない」
「光ちゃんが死ななかったことで、レジスタンスが暴走する危険は、とりあえずは回避されたわ。後は独裁者をどうするかね……」
千歳の呟きに大人の光が答えた。
「それについてだが、直接奴を暗殺できなくても、帽子さえ無くなれば奴の力は弱まっていくだろう。帽子について知れたのは収穫だった。今後は、第一目的を帽子の破壊もしくは略奪、第二目的を奴の暗殺に絞ろう。百花、何か意見がある?」
「そうですね。帽子が無くなれば、奴の近くの人間は奴に従うことに疑問を持ち始めると思います。それに奴が死んでも帽子が残れば、第二、第三の独裁者が現れる。帽子の破棄が最優先でしょうね」
百花が相槌を打つ。それを聞いて、大人の光が千歳に告げる。
「作戦を立てることにしよう。千歳、ユキを呼んでくれるか?」
「はぁい。ユキちゃん、出番よ」
光に言われて、千歳が部屋にあった鏡に話しかけた。すると、鏡に美しい少女が映った。
「なぁに? 千歳……」
寝ぼけ眼を擦りながらユキと呼ばれた少女が言う。光は鏡の中の少女が語りかけてきたことに驚いた。それを察して千歳が彼女を紹介してくれた。
「この子はユキちゃんって言ってね。この世界の鏡ならどこでも移動してその先にあるものを見聞きできるの。少しの間なら鏡の外にも出られるのよ。この子がいる鏡もアンティークショップで手に入れたモノなの。厳密には買った当初には彼女はいなかったんだけどね。彼女の任務は情報収集。後は物資調達もしてくれるわ」
「ま、鏡の外に出た私はか弱い女の子だし、鏡に出入りできるのは私だけだから不便なんだけどね……」
千歳の説明にユキと言う少女が付け加える。
「もう少し応用できたら楽に正義を暗殺できるのに、使えない奴だ……」
ユキの話を聞いていた百花が悪態をつく。すかさずユキが反論した。
「ちょっと! あなた! ご先祖様に対しての態度ってものがあるでしょう!? あ~昔は可愛かったのに……」
「ご先祖様?」
「あー、え~と、彼女達はややこしい関係でね。まぁ気にしないで……」
「はぁ……。ユキさん、私は時中光っていいます。よろしくお願いします」
「あ、うん。高校生の頃の光ちゃんでしょう? あなたが寝てる間に大体の話は聞いたわ」
光が寝ている間に大体の話が進んでいたようだ。とすると、彼女も、女将軍光を助けたことも未来が崩壊することも、正義の帽子についても知っているだろう。
自己紹介が終わると、大人の光が話を戻した。
「ゴホン、え~、自己紹介は終わったようだね。話を戻すが、これから守国正義の持つ帽子の破壊、及び所有者の抹殺を行わなければならない。それには作戦を立てる必要がある。皆、協力してくれ」
「「「はい!」」
千歳、百花、ユキが返事をする。
「あの……そういうのは、レジスタンスの皆さんも呼んだ方が……」
高校生の光が控えめに挙手をしながら言った。それはそうだ。多くの戦友達に相談もなしに作戦は立てられないだろう。どんな作戦にしてもレジスタンス全員の協力が必要だ。少なくとも幹部達は呼ぶ必要がある。そう思っての発言だった。だが大人の光は首を振った。
「いや、彼らにキミの事を説明するのは面倒だ。それにレジスタンスも一枚岩じゃなくてね。指導者の私と同一人物がいる場合、キミにその意思がなくても、担がれて組織が二つに割れる可能性がある。さらに言えば、彼らとの作戦立案はもう何度も行っているから、今はキミのような部外者から新鮮な意見を聞きたい。同じ人物が話し合うことで出てくる意見もあるだろうしな。革命軍の皆には悪いが、ここで作戦を立てて事後報告し、協力してもらうことになる」
流石はレジスタンスのリーダー。その言葉には説得力があった。
「そうですか……。それでどうしますか?」
「最優先で帽子の破壊……となると、どう帽子を奪うかだが……。」
「まずは、情報収集でしょう。ユキちゃん、悪いんだけど今から鏡を使って、情報収集してきてくれない?」
「守国正義のスケジュールと帽子の隠し場所でしょう? もう集めてきたわ」
「……いつの間に?」
「子供光ちゃんが怪我で寝てる時に徹夜でね……。大人光ちゃんから帽子の事は聞いていたし、いらない情報じゃないでしょう?」
「流石。仕事が早いわね、ユキちゃん。あ!だからさっき眠たそうにしてたの……」
千歳は納得した。ユキが提出した情報を見ながら、一同は作戦立案に入る。最初に口を開いたのはやはりレジスタンスリーダーだった。
「目的がはっきりしたから、今回は大胆な作戦に出る。まずは首都近辺の電力を落とす。そのために関東発電所を襲撃する」
「光様、本当に大胆な作戦に出ましたね……。ですが、電力を落とされれば、我々にも影響がありますよ?」
「勿論わかっている。だが今回は全面戦争ではない。隙をついて首相官邸に侵入し、帽子の破棄、守国の抹殺が任務だからな。停電になってパニックになった所を狙う。問題は……奴の城も守りが堅いと言う所だ。侵入できても、私兵が待ち構えているだろう」
大人光の大まかな作戦は、各拠点のレジスタンスに反乱を起こさせ、首都の警備を手薄にする。そこで、隠密部隊に関東の発電所を襲撃させ、これを占領し、電力を遮断する。停電になりパニックになった所で我々小隊が首相官邸に忍び込み、守国正義を襲撃するというものだ。この作戦自体は以前から考案していたものだが、守国の非常戦力がわからなかったこと、『守国正義の前では彼の命令に従ってしまう』という不確かな情報があったために実行に移せなかったのだ。しかし、懸念が残る。正義の周囲の護衛は相当な腕ききだと言うことがユキの情報から分かっているのだが……」
「大丈夫です。もし護衛に出くわした場合、私が足止めします!」
名乗り出たのは千歳だった。彼女も女傑光に並ぶ実力者だった。彼女の申し出を大人光は承諾する。
「千歳になら任せられるな。もしその時が来たら頼む」
「ええ」
「それから、首相官邸までの経路は百花が案内してくれ。任務で実際に足を運んでいるキミはあの辺りの地理は私より詳しいだろう」
「了解しました」
「ユキ、あなたは皆で奇襲をかけた後、それとなく鏡の近くに奴を誘導するから、鏡から抜け出して帽子を奪ってくれ」
「OK、それにしても……重役ね」
「我々で出来るのは大体こんな感じか。……ここまでで何か意見はないかな? 小さな私?」
大人になった光は、短い間にさっそく作戦を立ててしまった。我ながら素晴らしいと言う他ない。流石にレジスタンスの頭になるだけはある。光は未来の自分に返事した。
「え、ええ。素晴らしい内容だと思いますが……それに私の案を加えたいのですが」
「ふむ。聞こう」
光は大人の自分の前で千歳、百花、ユキの前で、自分の案を語った。
光の案を聞いたレジスタンスのメンバーは感心していた。
「なるほど。光らしいな……」
「面白いと思います」
「盲点だったな……」
「うん。アリだと思う!」
四人は高校生の光の案を採用した。その日から来るべき革命の日に備えてレジスタンス内で準備が行われた。作戦の通達、情報収集と情報の共有、各部隊の采配、綿密な作戦立案に模擬演習。皆、熱心に準備を行った。高校生の光は自分の立場は明かせないが、見習い兼、百花の相棒として練習と準備の手伝いをした。そうしている内にレジスタンスの皆と親しくなった。とりわけ、百花とは随分仲良くなった。世が世なら一緒に映画でも見にいっただろう。そうこうしている内に一月が経過し、いよいよ革命を明日へと控えることになった。
明朝、レジスタンスのリーダー光がレジスタンス本部の人間を集めて演説を行った。皆の士気を高めるためだ。日本各地に散らばるレジスタンス達も中継映像で彼女の勇士を見ていた。
「諸君! いよいよ革命の時だ! かの独裁者、守国正義に怯える日々はもう終わりだ。これからは国民一人一人が未来を決めることとなる。そんな未来を私が諸君らに約束する! そのために私に力を貸してほしい。私はレジスタンスのトップに立ちながら今日まで大した成果を得られなかった……。私は弱い人間だ。一人では微弱な光にすぎない。だが! 諸君らが協力してくれれば、未来を変える大きな光となるだろう!」
「「「ワ―――!!!」」」
演説後、レジスタンスは動き出した。革命は本日の夜だ。だが最後の準備は早朝から始まっていた。
予定通り、朝から日本各地で小規模な内乱を起こし、鎮圧部隊を誘導する。その後地方のレジスタンス部隊が移動を繰り返し、夕方ごろから一気に大規模な内戦を起こし始め、疲弊した鎮圧部隊を駆逐する。勢いに乗り、反乱部隊同士が合流し、首都を目指し始めた。
そして、関東のレジスタンス別同隊が発電所を襲撃し、停電を起こした。首都はパニックに陥った。迫りくる反乱軍に突然の停電、パニックにならない方がおかしいだろう。光達小隊がその混乱に乗じて抜け道を使って首相官邸に入り込んだ。
「……予想通りだな、鎮圧部隊に兵力を割きすぎて守りが手薄になってる」
百花が警備の人間を徒手空拳で気絶させながら言った。
「そうでないと困るわ。先を急ぎましょう」
大人光が部隊を先導する。ユキの集めた情報では、敵軍は最後の守衛を残して鎮圧に向かっているようだった。ユキが手に入れた首相官邸の地図(未来では改装されていたようだ。)を元に正義の元へと向かった
「全員止まって!」
大人の光が全員に命令を下した。目の前には守国正義おかかえの護衛隊がいた。
「っち! 簡単に通してくはれないか……」
百花が舌打つ。護衛隊は皆屈強な男たちだった。図らずとも女チームとなった光の小隊には客観的に見て不利な相手だった。だが前に出た人物がいた。
「私に任せてください!」
千歳がそう言うとバッグを地面に置いた。そして、何かを護衛隊に向けて投げた。すると、『バァン!』と派手な音と共に爆発した。
「爆弾!?」
高校生の光は驚いた。温和な千歳が護衛隊を爆殺したためだ。しかし、驚いて立ち止まってはいられない。折角、千歳が切り開いてくれた道だ。大人光が子供光の手を引いて駆けていく。それは未来の自分が道を指し示してくれているようだった。
その場に残った千歳が逃げていった三人を追わないように護衛部隊を阻んだ。
「若い女が、我々の攻撃をどう阻むつもりだ?」
「これでもあなた達の倍以上生きてるんだけどね……。若い命を積むのは悲しいわ。来世で幸せになってね」
「戯言を!」
護衛部隊は千歳に銃弾の雨を降らせた。だが千歳は自分の傷を気にせず特攻していく。
「血迷ったか!? 蜂の巣になるだけだ!」
しかし、千歳は止まらない。護衛部隊の近くに来ると、爆発した。千歳のカバンに入っていた爆弾にも引火し、千歳とその近くにいた護衛部隊は爆風で消し飛んだ。
「自爆テロか! 狂った奴め! しかし、我々を殺し損ねたな! 賊軍どもを追うだけだ!」
「それはどうかしら?」
煙の中から声が聞こえた。それは千歳の声だった。煙が晴れると、ボロ切れを纏った千歳がそこにいた。
「バカな !?何故生きてる!?」
「私はね、不死身なの。だから不死身を利用して自爆特攻が出来る。光ちゃんには戦い方が『心中詐欺』と言われたわ……」
「っく! 化け物め! だがお前は、不死身以外はか弱い女でしかない。お前の爆薬はもうないんだぞ!」
「確かに女は弱いわ。でも男よりは自分達の弱さを知ってる。だからこそ、弱さを克服することが出来るのよ!……ユキちゃん!」
「はいは~い」
千歳の呼びかけで近くの鏡からユキが上半身を出してカバンを千歳に投げ渡した。爆弾、手榴弾、ダイナマイトが千歳の元に補充される。
「これぞ私とユキちゃんの必殺のフォーメーション、無限自爆特攻よ。一応言っとくけど、鏡を砕いても無駄よ。割れた破片からユキちゃんが小型爆弾をばら撒くだけだから。さっきの爆風で壊れた鏡のそばにも散らばってるでしょう?」
千歳が不敵に笑った。
「「「畜生ォ――――!!」」」
残された護衛隊達は己の不幸を嘆くしかなかった。
大人光と高校生光、百花が走り続ける。高校生の光がこけそうになった時は百花が支えてくれた。
「何してる! 走るぞ!」
立ち上がる光。同年代とは思えないほど彼女の姿が頼もしく見えた。しばらく走っていると、今度は正義の親衛隊が立ちふさがった。
「っち! ワラワラとゴキブリみたいに出てきやがって!」
「でも! それで正義を守る兵隊は全部みたいよ!」
毒づく百花に対して近くの鏡からユキが叫んだ。先に建物の中の兵隊の数を調べてくれたみたいだった。
「そいつは朗報だな。……小さな私、キミは非戦闘員だ。柱の影に隠れていなさい。こいつらは私と百花で殺る」
そう言うと女傑光は懐から二丁拳銃を取り出した。銃には詳しくはないが見たこともないタイプの銃だった。この時代に作られたものだろうか。だが六十代の女性が銃を構えるその姿は実に絵になった。高校生の光は指示通りに柱の陰に隠れた。
「私、戦力にならないけれど、二人きりで大丈夫かな?」
心配そうに見つめていると、親衛隊が二チームに分かれて二人に襲いかかった。しかし、女傑光に襲いかかったメンバーは悲惨だった。彼らが銃を構えるより早く、光が二丁拳銃で素早くパフォーマンスのように敵を早打ちしていく。四肢を撃たれてその場に崩れる者や、ヘッドショットを決められて冥界に旅立つ者が多かった。しかし、大人の光は鍛えているとはいえ老齢である。体力は長続きしない。しかも彼女が武器として使用している拳銃も銃故に弾切れする。親衛隊も馬鹿ではない。所有者と武器が体力切れした一瞬の隙を逃さず、一気に距離を詰めてきた。コンバットナイフを抜いて襲いかかる。
「接近戦では銃より刃物の方が早い!」
「ええ。そうね。でもそれはこちらも同じよ!」
そう言うと、大人光は腰に差していた日本刀を抜刀した。右腰から左肩まで切り裂かれた親衛隊員は大量出血した。彼が地面に倒れる前に光が体を捻り、彼の体に回し蹴りを叩きこむ。蹴飛ばされた彼の体は、光を銃火器で狙っていた別の親衛隊に当りその人物ごと吹き飛んだ。
「す、すごい!」
流石にレジスタンスのヘッドになるだけはある。これが自分の未来の姿とは思えない程、老齢の彼女は、凛々しく、猛々しく、強かった。
一方の百花の戦いも凄かった。遠くから見ると、百花が走り抜けた後、親衛隊が倒れていっているようにしか見えなかったが、目を凝らしてみると、百花が何かしているのが分かった。
「貴様! 暗器使いか!」
「ハハハ! 今頃気づいても遅いな!」
百花は小型の武器で敵を屠る暗器の使い手だった。暗器使いとは、小銭を銃弾の様にはじく羅漢銭から、手裏剣や隠し武器を使う暗殺者のことだ。百花は中距離の敵は残滓のワイヤーで斬殺し、遠距離の敵は手裏剣で仕留めた。近距離の敵は徒手空拳と服や靴に隠した武器で退けた。リストバンドに隠した毒針で相手を仕留めているのを隠れていた光は何とか目で捉える事が出来た。
「ふ~、終わったわね」
「ハァハァ……光に近づく前に終わらせられましたね」
息を切らす二人の周りは凄惨な殺人現場となっていた。世が世なら凶悪殺人事件としてマスコミに取り沙汰されるだろうが、この時代はディストピア。女子供が武器を手にし、人を殺めなければならない時代である。現代の価値観で考えてはならない。今頃も日本各地で内戦が行われているだろう。
光が二人に感謝しようと、柱の影から出ようとした時、大人の光と百花の前に人影が現れた。革命の目標、守国正義である。
「……まったく、してやられたよ。日本各地で起こる大規模な内乱はただの陽動。手薄になったここを襲撃なんて……。女だけの部隊で本丸に乗り込むとは、偵察部隊が見逃す訳だ。歴史を紐解いても、そんな馬鹿はいないからな……」
「守国! 年貢の納め時だ!」
「もう、あなたを守る私兵はいない。終わりよ!」
「ククク、似たようなセリフを先日聞いたな。その結果どうなった?」
そう言って正義が帽子を被る。光はリロードした拳銃で、百花は残る暗器で正義を狙う。正義はその攻撃をかわして横にずれていった。
(わかっていたわ。あなたが帽子を使うことは! このタイミングを狙っていたの!)
「諸君らには私の傀儡になってもらおうか!『勅命する!』」
彼が命令を下そうとした時、ちょうど正義の後ろから少女が出てきた。そう、先程の光と百花の攻撃は、彼を鏡の前に誘導するためだったのだ。鏡から出た少女は正義の帽子を奪おうと手を伸ばした。
「!」
「残念だったな! お嬢さん!」
帽子を奪おうとしたユキの腕を正義が掴み彼女を捉えてしまった。
「離して!」
「ふん。最近身の回りを嗅ぎまわる者の気配は感じていたが、鏡を移動できる人間とは驚かされた。私も人のことは言えないが……。前々から反乱軍の情報収集能力が高いとは思っていたが、こんな少女の仕業だったとはな……」
ユキはもがくが、正義に両腕を拘束されてしまっている。鏡を移動できるだけで、ユキは鏡から出ると普通の少女なのだ。百花達は唇を噛んだ。
「さて、形勢逆転だな。最期くらい好きに死なせてやろう。時中光、お前を服従させることはできんが、お前の部下ならできるだろう。その褐色の少女に命じてお前を殺させようか? それとも他の方法にするか?」
「……ふふふふ」
「時中光、何がおかしい? 自分の愚直な作戦か不運な人生を笑っているのか?」
「いいえ。貴方を笑ってるのよ。昔は素敵な人だったのに、老いるとここまで軽率になるのね……」
「何だと!?」
その瞬間、守国正義の背後に高校生の光が立っていた。帽子を奪おうとするが、寸での所で避けられてしまう。だがそれも計算済みだった。光はタイムマシンでさらに数秒未来に飛んで、今一度正義の背後に立った。そして正義の帽子を奪ったのだ。
「っく! 返せ! 小娘!」
正義が帽子を取り戻そうと迫るが、高校生の光は奪った帽子を被り、厳かに言った。
『勅命する! 守国正義! 抵抗は止めてその場に膝まづけ!』
「馬鹿な!この私が小娘ごときにィ!」
正義は洗脳はされなかったが、動くことが出来なくなった。つい先日、大人光がされた状況そのままである。このタイムマシンを使った疑似的瞬間移動による帽子の強奪が、高校生の光が提案した最後の奥の手だった。
大人の光が日本刀で正義を切り裂いた。
致命傷ではあったが、即死にはならなかった。これは自らの過ちを悔いさせるために光が敢えて時間を与えたためだった。その場に仰向けに倒れる守国正義。丁度、布切れを纏った千歳が戦闘を終えて皆に合流した。大人の光が正義に告げる。
「……お前の築きあげた王国も終わりだな」
「……どうやら、そのようだな……」
血反吐を吐きながら、独裁者は自身の最期を悟る。その光景を高校生の光が悲しげに見つめる。
「なぜ、だ? 私から……帽子を奪ったのは、誰だ?」
「そんなことも分からないの? 老いてもうろくしたのかしら? 彼女をよく見なさい」
大人の光に促され、正義が首を傾け、まだ少女の光を見る。
「――! ……まさか、そんなことがあるのか……?」
彼の思い出の中の、自分を『先輩』と慕う少女と目の前の少女が重なった。正義は少女が高校生の光だと気付いた。
「彼女は、タイムマシンを使ってこの未来に来た過去の私だよ。まだ貴方を慕っていた頃の私……」
「…………」
「守国先輩、どうしてこんな蛮行を起こしたのですか? 高校生の頃は真直ぐな人だったじゃないですか! 間違っても独裁者になってディストピアを築くなんて人じゃなかった!」
光が叫ぶ。目の前の男と学校で顔を合わせる人物が同一人物がかけ離れている。光の言葉に正義が答えた。
「確かに昔の私は真直ぐだった。だが生きていると人間の屑に出くわす。今の私が言うのもなんだがね。中学、高校、大学、就職先、政治家になった後……。私の人生の至る所に人間の屑がいた……。彼らと付き合っていく内に、正義感や理想だけではどうにもならないことを悟ったのだ。それから私は人間を管理しようと思い始めた。……後はそこにいる未来の自分にでも聞くといい……」
正義は最後の力を絞って己の半生を短く語った。時間が少ないため要点だけしか聞けなかったが、高校生の彼の過去と未来の経験が彼を独裁者へと駆り立てたらしいことがわかった。
「……本来、仏を足蹴にする訳にはいかないが、守国正義、死して役目を果たしてもらうぞ……」
「……ああ、私の負けだ……。好きにするといい……」
それだけ言うと、正義は息絶えた。
「終わったわね」
「……長い戦いだった」
「危なかったわ……」
千歳、百花、ユキがそれぞれの感想を述べる中、二人の光は正義の死体を見て感傷に浸っていた。曲がりなりにも慕っていた人物が死んだのだ。しばらく後、光はレジスタンスの幹部達に守国正義を討った連絡をし、発電所を占拠したメンバーに電力を復旧させるように命令した。一同は守国正義がプロパガンダの放送を行っていた撮影室に来た。これから事実を公にするためだ。一通りの準備が出来てから生放送を開始した。
「長らく独裁者の恐怖におびえていた国民達に告ぐ! 本日、守国正義を抹殺した。独裁政治は終わりだ。ここにある守国正義の死体が証拠である! 政府軍は速やかに武装解除し、レジスタンスに投降せよ! レジスタンスは投降した旧政府軍を捕虜として丁重に扱うように! 戦争は終わりだ! 民主主義が徹底されるまでは暫定的に私とその部下達が政権を担うことになることを理解してほしい! 以上だ!」
守国正義の死体と共に映った光の演説は、日本各地で放送された。国民は歓喜した。その日の内に、ほとんどの旧政府軍は武装解除し、新政府軍となったレジスタンスに投降した。一部残党は正義の死を認めず、あるいは後継者を名乗って抵抗したが、すぐに鎮圧されることになった。旧政府軍のほとんどは正義に恐怖で支配されていたため、特にお咎めはなく一定期間の投獄と取り調べですんだ。しかし、正義の威光を笠に着て好き放題していた人間や戦争犯罪を犯していた人物は死刑を含む重い罰が与えられた。
そして、暫くの間は元レジスタンスの英雄達が政権を担うことになった。レジスタンスリーダー光は、レジスタンス幹部やそれまで正義に投獄されていた人物、身を隠していた人物は元より、旧政府側の賊軍も能力のある人格者は新政府に採用した。そのおかげで旧政府側の人間も大きな抵抗なく新政府を受け入れた。治安は瞬く間に安定していった。
そんな中、高校生の光は元の時代に帰ることになった。かつての戦友たちも、今は新政府の安定のために忙しい立場にあったが、何とか時間を作ることが出来た。例の如く、千歳の部屋に集まった。
「本当に行ってしまうのか? ここに残ってもいいんだぞ?」
今にも泣きそうな顔で百花が言う。そんな彼女にユキが突っ込んだ。
「涙脆いのねぇ、あなたのお爺さんにそっくりよ」
「うるさい!」
「百花ちゃん、彼女は過去の世界の人だから引き止めたら駄目よ……。別れは辛いけれど、笑顔で見送ってあげないと……」
千歳が百花を慰めた。高校生の光は大人の自分に尋ねた。
「あの帽子、燃やしてしまって良かったのですか?」
「ああ、あんなものがあってはいけない。確かに便利な代物だが、アレを使って私が第二の守国正義にならないとも限らないしね……」
「そうですか……」
あの帽子は守国正義の遺体と共に燃やされた。それはこれからの時代を人の力で作っていくという光の意思の現れでもあった。この数カ月、未来の自分を見てきた光は悩んだ。本当にこんな凄い人に、自分はなれるのか不安だったのだ。その不安を見透かした大人の光が言った。
「小さな私、あんまり抱え込みすぎないようにね。私と貴女は同一人物だけど、違う世界を生きている。無理に私を目指さなくていいわ。あなたが違う未来を生きても、この世界はパラレルワールドとして、別の世界線として存在し続けるのだから……」
「はい、何となくそんな気はしていました。ですが、私はどうしても変えたい未来があります」
高校生の光の真直ぐな瞳を見て、大人の光はその考えを見通した。
「まだ諦めていないのね。……でも、ただ説得するだけでは駄目よ。それは私が何度もやったから……。あなたは私とは違う選択をしなければならない。どうすれば彼が独裁者にならないのか、それは私にもわからないわ……」
「はい、私は私の選択をします。私は、私の未来の光になります」
「そう、貴女は私とは違う未来の光になるのね……。わかったわ」
それだけで二人は通じ合ったようだ。流石に同一人物なだけはあった。
光はタイムマシンを過去の自分が百年後の未来に飛んだ直後の現代に設定する。そんな中、他の戦友達が別れを告げる。
「光ちゃん、あなたはまだ、昔の私には会ってないと思うけれど、きっと友達になってね。元気でね。辛いことがあったら、過去の私に相談するのよ?」
「うん、ありがとう、千歳さん」
次は千歳の持つ鏡からユキが話す。
「光ちゃん、大変だろうけれど頑張ってね。貴女の事忘れないわ。私にとっての過去、貴女にとっての未来で会いましょうね」
ユキは鏡から手を出し光と握手をした。いよいよ最後は百花である。百花は眼に涙を溜めて必死に泣かないようにしていた。
「……う、言いたいこと全部取られたぁ……」
最早クールビューティーな褐色戦士の面影がないほど泣き崩れてしまった。光は必死に慰める。
「百花ちゃん、私、長生きするから……。今みたいに同い年では会えないけれど、きっと私の未来で会うから……」
「……でもぉ、それじゃあ、私は会えないよぉ……」
光は困ってしまう。確かにこの時代の百花が自分に会うのはこれが最後だろう。百花は初めて出会ってからこの未来世界でずっと一緒にいた。革命の準備をしている時も、一緒に小隊を組んだ時も、革命後も。同じ部屋で夜遅くまで遊んでいたこともある。そうしている間に随分打ち解けてしまったようだ。高校生の光はこれから未来を変えようとしている。そうなると、タイムマシンを使っても会えなくなるだろう。だからこそ、光は悩んだ。
「ほら、百花ちゃん、子供光ちゃんが困ってるじゃない……」
「百花ちゃん、笑顔、笑顔」
「百花は一度懐くと、ベッタリだからなぁ……。あれだけ、光の事を私と同一人物だと認めがらなかったのに……」
「……ぐす、だってぇ……」
「百花ちゃん、コレあげる。私が縫ったクマのぬいぐるみ。可愛いだけじゃなくて柔らかいよ? 夜のお供にどうぞ」
光は暇な時間でクマのぬいぐるみを縫っていたのだった。百花の部屋がぬいぐるみばかりだったのを見て、元々プレゼントするつもりで作っていたのだ。光がさし出したぬいぐるみを黙って受け取った。それを抱きしめると、取り合えず涙は治まったようだった。光は百花を抱きしめる。
「今日までありがとう。百花ちゃんと過ごした時間は忘れないよ。だから、百花ちゃんも忘れないでね」
「……うん」
抱擁を終えると、光は皆にもう一度頭を下げた。
「皆さん、本当にお世話になりました。さようなら」
「またね」「元気でね」「明るい未来を祈ってる」「光、ずっと友達だからねー!」
一瞬の光の後、高校生の光は消えた。
「行ってしまったわね……」
「良い子だったね」
「……うわ――――――ん!!」
「あの子はあの子の未来を作りに行ったんだ。私達も私達のやることを成そう」
大人の光達はそれぞれの持ち場に戻っていった。
光は元の時代に戻ってきた。彼女は一つの未来を作るために行動を起こした。タイムマシンを使って過去と未来に〝彼〟の周りで起こった事件を見ていった。それは人間の負の感情が渦巻いた、悲しい歴史だった。
そして当の人物に接触したのだ。
「守国先輩! 少しいいですか?」
「ああ、キミは入学式の時の……。私に何か?」
「あの、私と、付き合って下さい!」
「は?」
光が出した結論。それは、彼の側にいることだった。どれだけ過去に戻って彼を説得しても駄目なら、常に彼を説得し続ければいい。光が出した結論は簡単なものだった。しかし、その結論に至るまで彼女も悩んだ。憧れた人物であり、優しい人物であり、正義感に溢れた人物であり……未来で数多くの命を奪う人物。未来の友人達が見たら反対するだろう。だが、タイムマシンで彼の歴史を見ている間に、彼に感情移入してしまったのだ。彼は愚直なほど真直ぐな生き方を貫いていた。それ故に、曲った人間達によって歪まされたのだ。周囲の人間の影響で曲ってしまうなら、常に自分が訂正し、彼を支えればいい。憧れは、義務感に変わり、最後には恋心へと変わっていった。
守国正義は、イキナリ告白してきた後輩を最初は拒絶したが、彼女の真直ぐな想いに絆されていった。彼は何でもできたが故に人に頼ることも、甘えることもできなかった。しかし、時中光という後輩は、『守国正義』と言う人物の全てを知っているようだった。まるで自分の全てを見てきたような瞳だった。次第に彼女の抱擁力に抱きこまれていった。嫌なことがあった時も彼女はベストタイミングでフォローしてくれた。そんな彼女に惹かれていったのだ。
数十年後、老夫婦がお茶を飲みながら来客を待っていた。
「もうすぐ、あの子たちが来ますね」
「……ああそうだね。待ち遠しいねぇ」
「正義さん、待っている間に余興話でもしますか?」
「ほう。どんな余興だい?」
「そうですね。例え話です。もし、人に自分の命令を聞かせられる道具があったら、あなたはどうしますか?」
「そうだねぇ。……私は使わないよ。そんな道具に頼っていては人の心が分からなくなる。一番側にいる一番大切な人とは、言葉と温もりで触れ合っていたいから……」
旦那の返事を聞いて老婦人は満足そうにほほ笑んだ。その時、インターホンが鳴った。老夫婦は客人を迎えた。
「千歳、百花ちゃん、ユキちゃん、よく来たわね」
「「「おじゃましまーす」」」
十代に見える若い女性と褐色肌の少女と色白の少女が玄関に入ってきた。本日は賑やかになりそうだ。客人達を快く迎える老婦人の腕にはゲージがなくなったタイムマシンがあった。
――同日同時刻。並行世界で、大人の光は仕事に明け暮れていた。
今日の仕事が終わり、資料をまとめ終わると、百花の部屋に向かった。彼女に用件があったためだ。ドアをノックしたが、返事がない。扉を開けてみると、百花が光にもらったクマのぬいぐるみを抱いて寝ていた。
「……ひかりぃ……むにゃむにゃ……」
「おやおや、あの子の夢を見ているのかしら?」
寝ている彼女を起こすのも悪いので、用件は明日にする事にした。大人の光が付けっ放しの電気を消して部屋を出る。外の空気を吸おうと、夜景が見えるベランダに出ると先客が二人いた。
「光、お疲れー!」
「今仕事終わったの? 新総理は大変ね」
ユキと千歳が光を労う。高校生の光が元の時代に帰ってから、日本は民主主義国家として安定していった。頃合いを見て光は選挙を実施した。自分は出馬しなかった。しかし、新しい指導者を選ぶ選挙では、立候補していないにもかかわらず、光を推す票が多かった。民主主義の観点から国民の意思をくみ、光は総理にならざるを得なかった。
「まぁ、皆が選んでくれたんだ。尽力するさ。……だが年寄りには少々きついな」
ユキと千歳が心配そうに言った。
「光ちゃん! もう若くないんだから無理しちゃだめよ?」
「ユキちゃんの言うとおりよ。もっと自分をいたわってあげて!」
「……少なくとも君達よりは若いのだが……」
客観的に見たら、少女と若い女性とお婆さんだが、若く見える二人の方が随分年上なのだ。光の反論を軽く受け流し、ユキが問いかける。
「そういえば、百花ちゃんは?」
「寝てたよ。あの子に貰ったぬいぐるみを抱きしめて……」
「ふふふ。百花ちゃんはアレで女の子らしいからねぇ……」
「あの子が小学生の頃なんてユキお姉ちゃんって言って、私の袖を離してくれなかったんだから……」
「それ、本人の前では言うなよ? 黒歴史らしいからね……」
夜闇に姦しい女性の声が木霊する。その日も夜は更けていった。