異世界に行く前に
「なんじゃなんじゃ初心なヤツじゃのお」
現在ポンコツ皇女は最初に来ていた白い服を身にまとっている
「うるせー、全裸でそこら辺ぶらぶらしてんじゃねぇよ皇女だろうが」
「見られる相手もいなかったのだ、許せ愛し子よ」
お互いに本音をぶつけ合った結果皇女は俺が何を思っていたのか察すると急にニヤニヤしながらしきりに顔を覗き込んでくる
「天上の神々が湯浴みを覗きに来くるほどの我が身こうも簡単にを晒したのは初めてだが案外恥ずかしくないものだな」
「そこは恥じららえよ視界に入るこっちが一番困る」
ドヤ顔で腰に手を当ててそんな事を言われても反応しづらい
「さて、前座はこれくらいでいいじゃろう。愛し子よお主の名を聞きたい」
皇女は長い髪をかきあげて仕切り直すとそんな事を聞いてきた
当然、名を名乗ろうとしたが
「俺は………俺の名前………」
名前が出てこない、記憶はある、元の世界でどんな事をしてどんな風に生きていたかも覚えている
しかし名前だけは思い出せない
急に黙り込んだ俺を見て皇女は不思議そうに首を傾げている
「どうした、名を名乗れというておるに」
「名前が………思い出せない」
何? と皇女はいきなり俺の頭を両手でホールドしたかと思うと瞳を覗き込んできた
そんな事をされて5分ほど経っただろうか、皇女の不思議な色の赤い瞳に魅せられていたのだろうか
5分という時間がひどく長く感じた
「お主の世界の人間は皆そうなのかと思ったがどうやら違うらしいな」
「何の事だ?」
「お主の持つ魔力の大きさやその強靭な肉体を見てお主の世界は中々変わった世界だと思ったのじゃが名を使った結果か」
皇女は一人納得したように憐みの目で俺を改めて見つめる
「名を使った?」
「うむ、どうやらそのようだ。名前には大きな力が在るがこんな使い方は危険すぎる」
顔を歪め怒りを露わにしながら皇女は続ける
「名前の持つ力を使ってお主の肉体を作り替えたのじゃ目的は分からぬがお主を呼んだ者は力ある者を望んだらしいな」
「名前を使って体を作り替える……それってどれくらい危険なんだ」
「この上なく。成功率も低い上に失敗すればどうなるか皆目見当がつかぬ、とにかくお主が無事でよかった」
皇女が優しい目で俺を見つめながら頭を撫でてくる
振り払う事が出来なかったのはさっき泣き喚かれたではなく単純に他人をいたわる優しさを感じたからだ
「それでどうするんだよ、この世界からは出られないんだからお前が妄想したこれからはそんなに楽しそうじゃないぞ」
「問題ないぞ、そこな赤い狼が答えじゃ」
皇女に撫でられ続けるのも気恥ずかしいので疑問をぶつけていく
すると皇女は今まで完全に存在を忘れていたあの赤い狼を指さした
狼はその行動にビクリと体を震わせると凍える体に鞭打って全速力で森の中へ消えて行った
「この世界の生き残った生き物は全て門へ通したのじゃがな何故このような生き物が火山にいたのか考えていたのだがお主の話で大方の見当はついた」
完全に無視する方向らしいので会話の腰を折らないようにツッコミもいれない
確かに最初にされた昔話を聞く分にはこの世界に皇女以外の生き物は存在しないはずだった
しかしこの狼は5匹で群れを成していた
「妾が闇の帳を制御していたからその世界への浸食はしなかったがこの隔絶された世界に小さな隙間が出来ていたようじゃ」
まったくもって気が付かなかったがの そう言って皇女は火山を指さした
「そしてお主があそこで目を覚ましたという事は火山のどこかに小さな綻びがあるのじゃろう、その隙間からこれな狼は迷い混んで来たと考えるのが自然じゃ」
「じゃあ、その綻びを通れば元の世界かは分からないが少なくとも他の人間がいる世界へ行けるかもしれないのか」
「そうなのじゃが愛し子よ、お主魔法は使えるか?魔獣と戦えるのか?」
皇女は唐突にそんな事を聞いてきた
魔法だ魔獣だなんて今まで生きてきて一度も見た事すらないのだから使い方も戦い方も知るわけがない
そんな考えが顔に出ていたのか皇女は小さく笑うとズビシと指を突き付けてきた
「妾が直々に鍛えてやろう、そもそもかの世界がどれほどの力がなくては生きていけぬか分からない今、大事な大事な愛し子をそんな死地に向かわせるわけにはいかぬッ!」
「あの一人で盛り上がってるとこ申し訳ないんだが俺努力とか勉強とかそんなに好きじゃないんだけど……闇の帳の使い方だけ教えてくれればいいんで………」
「甘い!甘いぞ愛し子よ!その考えで妾が何度死にかけたか……お主にあのような経験はさせたくない!」
皇女は実感のこもった声で声を上げる
どうやらこの皇女闇の帳の件の他にも色々苦労していた様だ
「冥界の神の反乱を事前に止めたり魔海の支配者の討伐の時も何度己の未熟さを呪ったか……結局努力しなかったがの。妾、天才じゃし」
「おい」
このポンコツ皇女自分は棚に上げて話を進めるつもりの様だ
皇女は咳ばらいを一つ上げて手を差し出してきた
「それでは愛し子よ、かの世界へ行く前に妾が直々にみっちり鍛錬をつけてやろう。嬉しかろう?月をも霞み太陽ですら陰ると言われた絶世の美姫たる妾が手取り足取り全ての基礎から教えてやるのだから」
俺は差し出された手と皇女の満面の笑みをした顔を交互に見る
後半に言っている事はアホの極みだが未知の世界でそう簡単にポックリ逝くわけにはいかない
元の世界で初めて人を殺してから他人と面と向かってこんなに話すことも無かったが
この半神の皇女は俺の事を家族とまで言った
家族なんて言葉を懐かしく思うほどの生活をしてきて
ストーカー退治から人生相談、盗みに人殺し
そんな依頼を受ける生き方しか出来なかった元の世界からやっと解放された
そう思うとこれから異なる生きていく事が楽しみになってきた
普通じゃあり得ない事なのかもしれない
突然、異世界に飛ばされて生活する事をすんなり受け止める俺は異常者なのかもしれない
けれどそんな事は些細なことだ。父親を殺したその日からどこか俺のネジは外れているのだから
皇女の手を取る
柔らかく握り返されたその手の温もりに忘れていた何かが呼び起こされるような気がした
皇女様のキャラが強すぎて主人公空気な気が