冒険者試験 ~助っ人はストーカでした~
三体の内一体のオーガが意を決したようで駆け込んでくる
「ハッ、根性あるやつもいんのかクソが」
ホムラは駆け込んでくるオーガに向かって走り出す
横なぎに振るわれた棍棒を左腕を使って上方へ逸らしさらに加速して懐に潜り込む
オーガも何度もこの手か食らわないと余った左手をホムラへ伸ばす
ホムラは迫る腕に一瞥をくべると踏ん張っているオーガの膝に拳を振りぬく
赤い血飛沫と共に白い骨の欠片が飛び出している様はまるで膝が爆発したかのような勢いだ
「ガア”ア”アァァァァァァァァァッッ!!」
野太く醜い絶叫と共にオーガは崩れ落ち膝をつく
バックステップしてオーガから数メートルの距離を開けたホムラは足を開き踏ん張り大きく拳を振りかぶる
渾身の右ストレートをオーガの顔面に叩き込む
軽快な炸裂音を立ててオーガの頭は脳漿を暗い夜空にぶちまけた
「まず一匹、次はどいッ」
捨て台詞を言い終える事無くホムラはいつの間にか近づいていた二匹のオーガに囲まれ棍棒を振るわれる
一撃は耐えたものの二発、三発と連続で喰らい膝をつく、七発目でついに倒れ込んだ
オーガはその隙を逃すことなくホムラの関節を足で踏みつけ抑え込みひたすら殴り続ける
ホムラは防御魔法のおかげで痛みも実害もないが身動きが取れなくなり完全に封じ込められた形だ
「関節抑え込むなんてどこで覚えてきやがったこのゴリラ共」
知能の低いオーガの予想外の反撃にホムラは悪態をつくしかない
そんな時オーガの足の隙間からナッシュが転がってきたのが見えた
どうやら大見得切った割にはナッシュ達も失敗したらしい
ナッシュは相当強烈なのを貰ったのだろう身動きが取れないようでナッシュ達が戦っていたオーガが近づいても反応していない
ナッシュを踏みつぶそうとオーガが足を上げた、あれではもう助からない
そう思った時ナッシュを踏みつぶそうとしていたオーガが体を九の字に曲げて吹き飛んできた
ホムラを殴るオーガともみくちゃになりながら木に激突し、残った一体は茫然と吹き飛んでいった仲間を見ているだけだ
「ここまできたらストーカーなのかボディーガードなのかわかんねぇな」
ホムラのすぐ近くに立っていたのは黒い外套に身を包み奇怪な仮面をした背は2メートルに届くか否かという巨乳の女、つまりは件のストーカーだった
相変わらずホムラの言葉を聞いているのかわからないがその暗く虚ろな双眸は残りのオーガへ向けられており状況だけ見ればストーキング相手がピンチで助けに入ったといった所か、ご丁寧に一番危険な状態だったナッシュを助けた時点でホムラは警戒心は解いていた
黒仮面はクルンと軽快にその場で一回転をしてオーガに蹴りを叩き込む
回し蹴りにしては大きすぎる衝撃音を発してオーガは先ほど飛んで行った二体のもとへ飛んで行った
「なんにせよ助かった、ありがとな」
「……………ん」
黒仮面が小さく頷く
初めて黒仮面から反応が返っていた事に驚きながらホムラは立ち上がる
すると騒ぎの終息を察したのかトバリが現れる
いきなり現れた事に驚いたのか黒仮面は一歩後ずさった
『ほう、仮面の。お主妾が見えているのかそれもアルマドフやキルシャードと違いハッキリと』
「なんだアルマドフの奴トバリのことちゃんと見えてなかったのか」
『目線が合ったことが無いからの。はっきりとは見えてはおらんじゃろうな』
目先の脅威がなくなった事でホムラはナッシュに近づき様子を見る
腹部を蹴られた様だがオーガに蹴られたにしては内臓の破裂した様子もなく単純に衝撃と痛みで意識を失っているようだ
『ふむ、加護か』
「加護?」
『この世界に神がいかほど残っているかは知らぬが……こやつ神の恩寵を受けたようじゃな。大方仲間のために殿を引き受けたことが気に入られたらしいな』
「加護がありゃゴリラにボコられても気を失う程度で済むのかよ」
鎧と衣服の下に隠れている腹部を確認して痣にもなっていないのを見たホムラはげんなりと敵対した相手が加護を持っていた場合を想像して顔をしかめた
黒仮面は二人の会話を黙して聞いていたが飛んで行ったオーガが身じろぎをするとすぐさま腰をかがめて戦闘態勢に移る
「まずはあのでかブツ共を始末しなきゃ話になんねぇな」
『毎回毎回引っ込むのもそれはそれで面倒になってきたのー』
ホムラはため息をつきつつ拳を握り
トバリは苦笑いをしながら消え失せ
黒仮面は疾走をその合図にオーガへと接近する
黒仮面は立ち上り二人の元へ迫るオーガの正面に走り込み掴みかかろうとする剛腕を暖簾をくぐるような気軽さですり抜け顎を蹴り上げる
顎を蹴られたオーガはよろめき鈍重な体は重力に従い膝をつく。絶好のパンチングポジションに入ったオーガの醜悪な顔面に一歩遅れて走りこんできたホムラは全霊で拳を叩き込む
腐ったザクロが弾けた様な光景と共にオーガの顔面をホムラの拳が貫通し一匹目は生命活動を停止した
黒仮面は一匹目の最期を確認する事無く今しがた立ち上がった二匹目に迫っていた
まるで影が伸びるように音もなく接近した黒仮面に二匹目のオーガは気づくことなく眼前に迫る黒い影に頭をつかまれる
黒仮面は身長は高いとはいえオーガはそれ以上の体格をしている
その為つかみ方もオーガの頭で逆立ちをしている様にしか見えない
しかし黒仮面はその場で一回転
足を開き体を全力で捻ることによって発生した遠心力でオーガの頭を360度回転させて息の根を止める
その勢いはホムラのもとで体を捻った時に発生した風が砂埃を上げるほどだった
「映画で見たことあるけどゴリラ頭を捩じるっておかしいだろ」
最期に腕を振ってオーガの脳漿を払っていたホムラの前に体操選手よろしく綺麗に着地し外套の中から布切れを一枚おずおずと差し出す
先ほどまでの鋭い動きとは正反対の躊躇いがちなその雰囲気にホムラはたじろぎながらも布切れを受け取り右腕を拭う
布を受け取ってもらえたのが嬉しかったのか黒仮面のまとう雰囲気が少し軽くなり動けなくなっているオーガそれぞれの頭を捻じ曲げると転がっていたナッシュの元へ駆け寄り抱え上げた
「なんだ? 運んでくれんのか?」
コクリと頷き黒仮面はナッシュをお姫様抱っこしながら肯定の意をホムラに伝える
「んじゃ頼む、とはいってもこれからどうするか」
『試験はまだ続いておるじゃろう、続けるならば目指すは地図の示すゴール地点じゃろうて』
「帰るなら来た道を戻るか……どっちでもいいんだよなぁ」
ホムラからすればアルマドフに進められて半ば暇つぶしに近い感覚で受けた冒険者試験である
本音を言えばこれから先もこの調子で魔物や魔獣が襲ってくるならば帰りたい
「…………帰るか」
『なんじゃつまらんの』
「別に試験落ちても死にゃしねーしな。それに何より俺一人ならまだしもナッシュ抱えては黒いのがいても面倒だろ」
黒仮面は自分が原因でホムラが返る選択をしたと聞くと肩を落とし申し訳なさそうにその場で縮こまる
「いや別にお前の性じゃないからそんな反応すんなよ、むしろ改めて礼を言うためにも一旦帰ったほうがいいし」
『ホムラが悪態をつかないじゃと!? 浮気か! 浮気なのかっ!?』
ホムラの言葉に喜び体を揺らしたかと思えばトバリの言葉により一層縮こまる
そんなやり取りを繰り広げていた夜の森に一筋の光が立ち昇った
「この森いい加減にしろよ冒険者最初の試験にしちゃハードすぎるっちゅーの」
『魔法かわからぬが相当な力が行使されたようじゃな』
トバリは光を見据えながら呟くように説明した
ホムラは黒仮面に指示をして面倒事から離れるように来た道を戻り始めたがある事に気が付く、いや気が付いてしまった
光の上る方向は進む方向とは逆、ちょうど黒焦げになったオーガの後方から立ち上っている
そしてついさっき始末したオーガの死体が転がっている方角が一応帰り道だ
二匹のオーガにリンチされていた時にニッシュが横を抜けていった記憶がないということは……
「……ニッシュたちが逃げてった方向か」
黒仮面の腕に抱かれるナッシュに視線を移し舌打ちを一つ鳴らすと光の上がった方向へ進路を変更する
『一体どうしたのじゃ? お主らしくもない』
「俺もそう思うがここまで来たら行くも帰るも距離一緒だし。なら理由が多いほうを選んだってだけだよ」
『自分が危険に晒されるリスクは考慮しないのか?』
「……うっせ」
トバリの質問に悪態で返して一行は南へ歩を進める
最初に上がった光は消え失せ、代わりに七柱の光が連続で上がり引き返したくなったが