食後の凶報
ホムラは悩んでいた
元の世界での殺しは基本的に相手が一人で無防備になった時を狙っていたからだ
今回はアンデットの巣窟の最奥に居るセシリアを一緒に行動しているカズマ達を出し抜いて殺さなくてはならない
報酬は十分、残るはリスクとリターンを考える事だ
「セシリアとカズマ達の実力を知りたい、報酬に文句は無いが成功しない仕事を受けるつもりは無いんでな」
「セシリアさん自体は戦闘力は皆無です、この前の魔王討伐の時に盲目故にその優れた完治能力で無数の分身の中に潜んでいた魔王を割り出してカズマさんを勝利へ導いたそうです」
そうなると感づかれずに接近して殺すことはできないな
セシリアを殺すには正面からアンデットの群れを突破したうえでやらなくてはいけない
カズマに気づかれずにセシリアを殺すことが難しい事を再認識して眉をしかめる
「次に黒髪長髪の弓使い名はオオギでしたか。彼女は東の果ての国からやって来たそうです、近接戦闘や魔法も人並み以上に使いこなし、弓の腕は更に頭一つ飛びぬけています。矢筒を持っていないのもあの弓はどうやら魔法具の様でして魔力を矢に変換して実質、弾数制限がない様なものです」
エントランスでカズマに襲われた時確かにあの弓使いは短剣を真っ先に取り出した
相当の自信があるのだろう
「ガルッケン荒野で活動していた元盗賊の獣人ガル・トラ。彼女は鼻も利く上に夜目も利く、レンジャー能力も高く隠密も申し分ない。彼女一人いるだけで奇襲がほぼ不可能になるでしょう。そしてホムラさんに最初に杖を向けたエルフ………彼女に関してはクインが話すそうです」
アルマドフから話を振られてクインは頷き一言一言を確かめる様にゆっくりと言葉を吐き出す
「彼女はキルシャード・アルクスス現在はアーガルムの賢者の弟子をしています。弟子たちの中でも飛びぬけた実力者、彼女は金色の瞳を持っている上に魔力量も技術も並外れています。感情的過ぎる点を除けば天才というやつです」
「知り合いなのか」
先のアルマドフの言葉に何気なしに疑問を投げかけた
あれでは言外に聞けと言われているようなものだから
「ええ、私はキルシャの両親を殺しました。彼女自身は物心つく前の事ですから聖騎士の誰かとしか知っていませんが」
「その情報を俺に教えるってことは使ってもいいって事か?」
「………ええ、彼女を精神的に揺さぶれれば一度位ならば魔法を中断させることが出来るでしょう。お使い下さい」
クインは俯き机を見たまま動かなくなってしまった
アルマドフもこの事には反対だったのか心配そうにクインを見つめているがまだ話が終わっていないからか咳ばらいを一つするとホムラに向き直る
「そして勇者ことカズマさんは『雷迅』と呼ばれており雷を操り剣の腕もそこそこ、何よりその速さは特筆すべきです雷を纏った彼には誰にも追いつけないでしょう。噂ですが奥の手もあるようですし」
ここまできてアルマドフは言い淀む
最後は例の黒ずくめの仮面女だ、トバリが警戒しろと言うほどの存在
しかも最近付きまとわれたばかりだ、殺しの依頼関係なしにアイツの情報は欲しい
「どうしたんだよ、最後はあの黒仮面についてだろ」
「彼女に関しては名前も素顔も武器すらも情報がないんです、分かっているのはカズマさんとの出会いだけ。魔王討伐後にカズマさんがシャルマイヤ王国である貴族を捕らえた時で貴族は黒魔術に傾倒しており地下室で人と交わらせた様な魔物が檻に入れてあってその中で鎖に繋がれていたのが彼女だそうです」
「つまり魔物と人の子って事かそんな存在をよく許したな」
あの仮面の下の顔を想像しながらいったいどんな神経をしているんだとカズマの神経を疑う
アルマドフも苦笑いを浮かべながら薄い紅茶の様な飲み物で口を湿らせた
「そもそも魔物と人を掛け合わせても無駄なはずなんですがね。彼女の処分が決まったら魔王討伐の報酬として彼女を要求したそうです、実際報酬も未払いでしたし勇者の監視下ならばと渋々許可が出たんですよ。どの国も勇者に嫌われたくは無いので」
「生まれるはずの無かった存在か、話を聞いただけでやる気がなくなるな」
これで全ての情報が出そろったことになる
セシリア自体は殺すことに苦は無さそうだ、アンデットの群れも黒騎士よりは弱いはず
ではカズマ達は?
カズマ本人は凄まじく素早らしいのでちょっと足を引っ張っただけでは追いつかれるだろう
奴の剣は受けても問題ないが雷撃は不明、奥の手もある
オオギは遠中近距離で戦えるオールマイティ。その上弾数ほぼ無限の弓矢を使う
はっきり言って一番面倒そうなのはこいつだ
キルシャード、トバリ曰く防御魔法でどうにかなると言っていたがクインの中での評価が高い
アーグラムの賢者がどれほどの凄いのか分からないがオオギと二人で遠距離攻撃をしてくることを考えると絶対に勝てない
ガル・トラ、オオギの次に厄介というより戦うこと以外で考えれば厄介さは上かもしれない
感知能力と言ったが要は喋る警察犬みたいなものだ変な動きをすればすぐに察知されるだろう
獣人の身体能力は分からないが他の面子を考えればコイツも一定の戦力になるだろう
そして黒仮面
結論、よく分からん
ぐぬぬと脳みそを絞って考えるがどの作戦も上手くいきそうにない
トバリは何も言わずに横にいるだけだ
そもそも、単純に戦力が足らないのだ、どれだけ上手く事を運んでも二人は抑え込めずに負ける
「戦力差がありすぎるな、カズマ達が手こずる様なアンデットが出てくることを期待するしかねぇ」
「ええ、ですから出来そうだなと思ったら実行してもらえると助かるんです、クインに一言言ってもらえれば多少はホムラさんの指示通りに部隊を動かすことも出来ますから簡単な分断程度ならば出来るでしょう」
あくまで教会がするのは指揮であって協力でない
出来たらカズマ達にバレずにセシリアを殺す、そんな事は出来ないだろう
殺しというものは入念な準備と綿密な作戦によって行われるべきだからだ
せめてもう一人ぐらい協力者が居れば出来なくもないが………
「ここまで話を聞いて申し訳ないが断る、出来そうだったら殺すって考えの時点で成功するわけがない
むしろカズマ本人に全てぶちまけて協力を仰いだ方が現実的だ」
この事に関してはずっと疑問に思っていたことだ
証拠を持っている上のだからカズマに全て話せばいいだけの話でもある
しかしアルマドフは呆れた風に溜息をつく、だがこの溜息をはホムラに向けた様子ではない
「それも考えたんですけどね、カズマさんに限っては恐らく説得を試みて上手くいかなくてもどうにかなるとか言って行き当たりばったりで行動するのが目に見えるんですよ。彼、偽善者ですし」
「ずいぶんとカズマの事を知ってるな」
「ええ、まあ。少し前まで一緒に動いてましたし」
結構な重大発言をしたにもかかわらずアルマドフは面白くなさそうにお茶を飲む
トバリもこの言葉には反応したようでズイっとアルマドフに近づいた
『それは初耳じゃがまあよい、お主には色々と助けられておるからの一定の信頼を持っておる。しかし妾が個人的に気になった事がある』
「はいはい、なんでしょうトバリさん。あ、別にカズマさんとは寝てませんよ? こんなんでも聖職者ですし」
『偽善者と言ったな、何故だ?』
アルマドフの冗談をサラリと無視してトバリは聞いた
勇者と呼ばれ、セシリアを助ける為に戦おうとしている人間を偽善者と呼ぶ理由が気になるようだ
トバリは時々こんな風になる、人を知りたいという欲求によるものだから悪意はないが気分の良い質問では無いためそう聞いてほしいとトバリに言われるたびにホムラは断ってきた
しかし今回はトバリの声が聞こえるという事もあり止める暇は無かった
「彼は目の前で困っている人は助けます。しかし彼は自分を中心に世界が回っているこ考えているきらいがある………いえ、どちらかと言うと自分の周りしか見ていないでしょうか。後先を考えず何とかなると
手を差し伸べ結果悲劇を招きそれを悲劇の起こらなかった人達と協力して解決する。その上悲劇は全て自分の所為だと嘆く」
アルマドフの瞳が剣呑さを帯び始めた
トバリはその話を興味深そうに聞く
ホムラはカズマと行動していた間よく爆発しなかったなとアルマドフの膨れ上がる感情の大きさに驚嘆していた
「手を差し伸べるのも、問題を解決するのも悲劇を招いたのも彼ですが悲劇の土台になる物を築いたのは紛れもない本人です、その過去すらも勝手に背負ってあたかも自分が悲劇の物語の主人公が如く振る舞う。あれは善意ではなくあくまで己の為に手を差し伸べる悪魔です。いつか取り返しが付かない事をしでかすでしょう」
最後の言葉は何故か同意できた、その事に驚いて記憶をたどり理由を探ると簡単に答えは出てきた
初めてカズマと会った時、最初はキルシャがホムラに杖を向けた、事情も聞かずに。そしてカズマはキルシャを信じてホムラに斬りかかった
トバリの気配を察知したらしいが今考え直してみればキルシャ以上に軽率すぎる行動だ、これも何とか全て上手くいくと考えがあったからなのか
『ふむ、とても興味深い話だった。気を悪くしたならば謝ろう』
「いいんですよ、むしろずっと思っていた事を話せていくらか気持ちが楽になりました。ありがとうございます、トバリさん」
何故か仲良くなった二人に安堵の息をクインがついた時に閉められていた扉が開かれた
それにクインはいち早く気が付き立ち上がる
しかし扉から現れたのはメルセフだ
「枢機卿、問題が起こりました」
「えー、またですか。面倒臭さ過ぎて辞表出したくなってきますね」
「せめて魔王討伐が終わってからにして下さいね」
クインが身内という事に気が付き珍しく軽口を言ったがメルセフはそんな事に付き合っている暇は無い様だ
クインの横を通り抜けアルマドフの前に行ったところでホムラに気が付く
何かを迷い逡巡してアルマドフの耳に小声で話そうと腰をかがめるとアルマドフが手を横に振る
「ここで小声で話してもトバリさんに聞かれるでしょう、構いません話なさい」
「………ソマリ様がアンデットになって街を一つ消したとの報告が」
クインが息を飲むのが分かりアルマドフも半眼が初めて見開いた
「……………………………すみませんホムラさんやっぱり構いますのでこの話忘れてくれませんか?」
黒仮面については考えがまとまりました
それにしても話が進まない………