取引
クインが一通りの報告をアルマドフに終えるとアルマドフはホムラ達に向き直る
「大筋は理解しました、貴方には何か報酬を渡すべきだと思いますがホムラさん、身分を証明するものを持っていないんですよね? ギルドにも所属していないと」
「ああ、そうなる。やっぱり変か?」
「貴方の様な方は一定数いますので問題ないのですが、そういった方は基本的に後ろめたい過去を持っていますからね………元奴隷や元罪人とか」
アルマドフは見極める様に眠たそうな瞳をホムラに向けるがその言葉に反応したのはホムラではなくクインだった
「枢機卿、私は彼が魔物憑きだったから枢機卿ならばきっと力になれると思ってここに連れてきたのです! 余計な詮索はしないであげて下さい」
「魔物憑きといってもトバリさんの事でしょう、彼女なら問題ないと思いますので別の報酬の方がいいと考えたのです。しかし身分の確かでない人間に教会からは報酬を渡せないのはクインも知ってるはずよ」
クインとアルマドフは会話を続けるがホムラはこの世界の常識を全く持ってない所為で今の自分の状況を飲み込めずにいた
『ところで教会はいかほどの力を持っておる』
今まで恥ずかしさのあまり沈黙を貫いていたトバリが初めて口を開いた
「力といっても色々ありますしねぇ……権力は大きい方ですよ」
アルマドフはトバリが居る場所を目の悪い人間が字を読もうとする時の様に眉間にしわを寄せながら答える
クインはさっきアルマドフに言い負けてからはダンマリだ
『ならばホムラに身分をくれぬか? それが報酬だと助かるんじゃが』
「ああー、いいですねソレ。現金用意するにしても物を動かすと足跡つくんで面倒臭いんですよ
身分だけなら少し書類を弄るだけでいいすし」
そうしてホムラへの報酬が決まりこれで終わりかと席を立とうとするとクインが横にずいっと立ちふさがる
「申し訳ありません、もう少しお待ちください」
「ホムラさん、コンクレスタの黒騎士を討伐したそうですね、ああ黒騎士っていうのはアンデット化した聖騎士を示す隠語です。世間一般では黒騎士という魔物として認知されていますが」
クインが頭を下げたのでソファに戻る、トバリも要領を得ないという顔をしてアルマドフの言葉を待つ
そしてさっきまでのアルマドフから感じたのほほんとした雰囲気が消えた
「黒騎士討伐の報酬は渡しますが貴方は聖騎士のアンデット化、神の家への侵入といった此方の機密を知ってしまったのでタダで返すと私が怒られるんですよね。そこで追加である仕事を請け負ってほしいんです、それを受けていただければこの中に居る事も黒騎士の事も知っていて問題ないので」
「その仕事を受けなかったらどうなるんだ、まさか牢屋行きか?」
ホムラは冗談めかしてそういうがアルマドフはニコリともせずクインはさらに深く頭を下げてもう一度謝罪をした
「死刑になります、本当にすみません。魔物憑きというものは一般的には呪いに近いものでホムラさんもその所為で一人で旅をしてると思い、そういった事が得意な枢機卿に見ていただければと思ったのですが完全に余計なお節介でした」
「クインの長所が裏目に出てしまったようで上司として私も謝罪します、そしてあなた方にとって最善の状況を作るとしたらこれしかないんです」
「牢屋よりひでぇな………俺は別に構わないけどトバリはどうなんだ?」
『それこそホムラの体のホムラの人生じゃここで幕を引くなら付き合うが?』
トバリは悪戯っぽくウィンクをする
ホムラもそれに笑顔を返し、了承の意を込めて頭を下げるクインの肩を持ち上げる
「受けるぞ、その依頼。もともとソレで飯を食ってきたんだこっちでも変わんねぇよ」
ホムラは元の世界の事を思い出しながらそういうがアルマドフ達は別の意味で受け取ったらしくアルマドフは頭を上げた
「寛大な心に感謝を。じゃあ、さっそく依頼内容の説明しなきゃいけませんね」
真面目な話は嫌いらしく面倒な話が済んだとたんにアルマドフは大きなあくびをしながら書斎机から紙束を持ってくる
「聖騎士のアンデット化の原因と思われる場所は分かってるんです。ここから東に位置する霊廟からキモイ量のアンデットやら魔族やらが出てきてまして、黒騎士も一通り人間を殺し終わると霊廟を目指して移動するので間違いないですよ」
「言っておくが俺はお祓いなんてできないからな」
「大丈夫ですよ、それは教会の役目ですから。依頼はその霊廟に居ると思われる魔王の討伐とそこまでの道の確保を他の冒険者などと共にして欲しいのです」
書類に書かれて文字を指さしながらアルマドフが依頼内容を告げる
魔王という単語が出た時点で若干の後悔が頭をよぎるがどちらにせよ断れば死刑だと自分に言い聞かせる
「ああ、ギルドで勝手に読んだ本に載ってたな。アレ本当の話だったのか」
「魔王と勇者の話自は冒険者でなければ詳細は知らなくて当然ですし、一緒に説明しちゃいましょうか」
アルマドフがもう一度書斎机に向かい引き出しから紙束を持ってくる
ここで実はトバリしか字が読めないなんて言ったらどうなるだろうかと考えながら机の上の書類を読んでいるトバリを眺める
「魔王は世界各地で魔物を統べている存在です、高い知能を有しており特殊な力を持っていることが確認されています、勇者と呼ばれるのはその魔王を倒した者に与えられる称号ですね、現在世界に18名確認されていますがあくまで止めを刺した人間がそう呼ばれるので大抵は複数人のパーティーの内の一人です」
それでも魔王の討伐は一苦労ですが とアルマドフは続けるが
ホムラはますますこの依頼が滅茶苦茶な物だったと後悔を強めていく
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ、今回の依頼で集めた冒険者の中にはその勇者もいますし。ホムラさんは黒騎士の相手をして頂ければ十分ですから魔王が出てきたら下がっても構いません魔王の首は他の冒険者が狙うでしょうし」
『そこまで心配せずともきちんと作戦も練っているようだしこの紙に書かれていることが真実とすればお主の耐久力ならば問題ないじゃろう』
要するに依頼を受けて死刑を回避するのが大本の目的でホムラは魔王討伐までしなくていいという事らしい
トバリが書類を読み、アルマドフの説明を聞いて仕事は黒騎士を含めた魔王の手下の相手と理解して初めて張っていた肩から力を抜く
「では、私の方でホムラさんの身分や装備といった入用なものはそろえておくのでゆっくり休んでください、クインに部屋まで案内させますから。もちろん出入り自由になりましたし街の方を見に行ってもいいですよ」
アルマドフがそう締めくくり書類をまとめて部屋から出る
クインに連れられてあてがわれた部屋に案内してもらい取りあえず着る物を持ってくると告げて去って言った
「そういやパクった装備ボロボロだな」
『服を受け取ったら街に行こう。妾、今の人々がどのように生きているか気になって仕方ない!』
黒騎士の戦闘から上半身を出したままだったことに気づきベットの毛布を肩に羽織る
『ああ、こう思うと体が無いのがもどかしい! この世界で人の子達がどんな味の物を食べているのかもわからぬっ』
街の事を想像して勝手に悶え始める
そんなトバリを無視してホムラは異世界の食べの物について考えるが
「そういや俺って闇の帳の世界で食い物食ってないよな、なんで死ななかったんだ?」
『お主の魔力をそのままエネルギーに変換してたんじゃよ、闇の帳はそれしか出来んからな』
いつの間にか餓死をしなくなっている体になっていました
「トバリ式トレーニングをしてからどんどん変な方向に肉体が強化されてる気がする」
ホムラは改めて自身の体への理解を深めねばど固く誓ったのだった