神の家
白い騎士もとい聖騎士は持っていたランスを地面に突き刺し聞き覚えの無い呪文を詠唱し始める、トバリは興味津々にその言葉を反芻しており止める様子はない
聖騎士が詠唱を終えると地面に白い魔法陣が現れる、恐らく転移魔法だろう
「ではこのランスの柄をしっかり握っていてください、簡易的な術式なので途中で放すと狭間に落ちますから」
そう告げて聖騎士がランスの柄を握る、ホムラも渋々ながら柄を握ると見慣れた光が全身を包み込む
ほんの少しの浮遊感を感じたと思ったらそこはまたも教会と思われる場所だった
最初の教会よりはだいぶ大きい様だが最奥の壁には相も変わらずトバリの絵画が掛けられている
「聖騎士クイン・ル・ダノワ帰還しました」
部屋に響くような大きな声なのに不思議と不快感を感じない謎の発声術により聖騎士……クインは帰還を知らせる
その声を聞いてか扉の一つが開き中から死人と見まごうほどの顔色の悪い男が現れる
「メルセフ司教コンクレスタの街はやはり手遅れでした、しかし黒騎士の討伐はなんとか成功したので封鎖は解いていいいかと」
「おお、そうですか。流石はカーテナを持つ聖騎士、一級冒険者のパーティーが全滅した相手を屠るとは」
メルセフと呼ばれた男はクインの報告を聞いて大仰にリアクションを取るとクインの後ろに居たホムラへ視線を移す
「してこちらの方は?生き残った人がいたのですか?」
「あ、いえ。黒騎士を討伐されたのは私では無く此方の……そういえば自己紹介をしていませんでしたね」
先ほど大声で名を名乗っていたがそれに気が付いていないらしい
クインはその場から一歩下がり胸の前で十字を切りながらお辞儀をすると、それに倣うようにメルセフもお辞儀をする
「私はアディスティナ教で聖騎士をしている、クイン・ル・ダノワと言います先の一軒改めてお礼を言わせてください」
「私は同じくアディスティナ教で司教の地位をさせてもらっているメルセフだ、して貴方がコンクレスタに現れた黒騎士を討伐したそうですな」
メルセフは次はそっちだと言わんばかりにねめつける様にしてホムラを見つめる
仕方がないのでホムラは二人が話ている間にトバリと決めた身の上を語る
「俺はホムラだ、方々を旅している所でさっきの街に迷い込んでしまって」
『妾は今の名をトバリという、かつては太陽が恥じらい月が霞むほどの美姫と謡われその身を犠牲にして神と人を救ったが……まあ、今はただのトバリでよい』
トバリがその存在を相手が感知できないことをいいことにふざけまくるが自分で虚しくなったのか最後は適当に終わらせた
「どちらの出身で?旅人というが路銀などはどのように?黒騎士を倒したというがどのようにして?」
そしてメルセフは足りない説明を求めてホムラにそんな事を聞いてくる
その質問についても一応決めていたがその答えを告げる前にクインが遮るようにメルセフに声をかけた
「メルセフ司教、彼の事は私にお任せしていただけませんか?聖騎士としてお願いします」
「現役の聖騎士の頼みを断れるのは大司教より上の人間だという事を分かっていてそうおっしゃるのでしょう?……分かりました今回の件は一任します
しかし黒騎士の詳細もこの場所も知られてはならぬ場所、その事は忘れないで下さい」
クインが深々と頭を下げるとメルセフは目頭に手を当ててやれやれとかぶりを振りながら早口で告げると現れた扉から部屋を出ていった
メルセフが部屋を出る音が聞こえてクインはようやく頭を上げる、だんだんこの聖騎士の性格が分かってきたと思っているとクインが次はホムラに頭を下げる
「彼が色々と申し訳ありません、外見や言動で勘違いされやすいのですがメルセフ司教はとてもいい方です。そもそもここはアディスティナ教の総本山パレスでして許可を得ずに貴方を連れてきた私に否があるのです」
「メルセフ司教の事は分かったけど、なんでこんな所に俺を連れてきたんだ?」
この聖騎士頭を下げまくるなと心の中で思いながら疑問を投げつける
メルセフの話によればここは一般人は立ち入り禁止らしい
「理由は複数ありますが貴方が黒騎士を倒したという事実は湾曲されていいことでは無いのできちんと枢機卿に報告したいと思いまして、ともかく此方へどうぞ」
他人の手柄を横取りするような真似をしたくないという事だろうか
他の理由も尋ねようとするがクインは既にメルセフ司教が出ていった扉とは別の扉に向かって歩き始めていた
なんだかんだ我を通す聖騎士にホムラにもメルセフの気持ちが分かった気がしたのだった
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クインに連れられて長い長い廊下を進むと豪華に装飾を施された扉の前で立ち止まった
歩いている間に先ほど聞き損ねた事を尋ねたが教会の決め事で教会内は部屋の外での会話を禁止していると言われてしまったので会話は無かった
「失礼します枢機卿、聖騎士クイン・ル・ダノワです」
クインが先とは違い少し音量を下げて名乗りを上げると扉に掘られた天使が動き出し中心にあった魔法陣に触れる
すると扉は静かに開き始めた
部屋の中は扉に比べてこじんまりとしていた、机や椅子などは使い古されており必要最低限という言葉がしっくりくる部屋だ
部屋の端にある客をもてなすのに使われていると思われるソファを見ると片方で誰かが毛布にくるまって寝ている
「枢機卿、起きてください。アルマドフ枢機卿!」
クインが毛布に包まれた芋虫を揺すると芋虫が煩わしそうに声を上げた
「コンクレスタの報告書はもう書きました……それともまた聖騎士の遺体が動き出したのですか?もう全部燃やしましょうよ、面倒臭いですし。あの強さの冒険者を雇うのにいくらかかったと思ってるんですか」
「枢機卿! お客様です! 報告です!」
廊下で話すのを禁止しているかわりに部屋での大声はいいらしい
クインが毛布を無理やり剥がすなどという強硬手段に出てやっと芋虫の正体が分かった
毛布を引っぺがされた勢いでソファから落ちたのは薄い金髪の女だった
いたた と腰をさすりながら枢機卿は立ち上がるとホムラと目が合う
薄い金髪の女の瞳はその髪より濃い色の金色だ、しかしその瞳も眠たそうに半分ほど下がっている瞼にほとんど隠れてしまっている
「おや? 珍しい方を連れてきましたね、クイン」
枢機卿と呼ばれていた女はソファにゆったりと腰かけながら向かいのソファに腰掛ける様にホムラを促す
それに従いホムラはソファに座るとクインは枢機卿の横に立ちピクリとも動かない
枢機卿はパンと手を叩いて仕切り直した
「それでは、初めましてアディスティナ教で枢機卿をしていますアルマドフ・ケブルス・ガウロソ・パルダ・クラウディウス・ランダルメ・ドズ・クレセント・ティーバ……以下略です。好きなように呼んでくださいね個人的にはパルダちゃんが嬉しいです」
「じゃあ初めましてアルマドフちゃん、流れ人をしているホムラだ」
『やあやあ我こそは世界を救った救世の美女にして今はこれな愛し子と共に旅を歩んでおるトバリじゃ、頭がたかーい控えおろー』
人目があるせいで構ってもらえずにトバリは懲りずにアホな自己紹介をするがどうせ無視されることを思ってか半ばヤケクソに近い声を上げる
「あらあら、そんなに大きな声を上げなくてもよく聞こえていますよトバリさん。それとホムラさん次にアルマドフちゃんって言ったらボコボコにしますよ?」
さっきの言葉が聞こえていたこと瞬時に理解したトバリは顔を真っ赤にすると奇声を上げながら床でのたうち回り始めた
ホムラはアルマドフが冗談は言うけど冗談が通じないタイプと頭に叩き込む
「なにはともかく二人ともようこそ。アディスティナ教の総本山、神の家へ」
アルマドフは趣味で他宗教で洗礼を受けるので名前の数が半端じゃありません
未開の地で部族が発見されて宗教がある事が分かると仕事ほっぽり出してくレベル