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中編

 そんなこんなで一ヵ月が過ぎ。

 自分の性癖をきちんと理解し、鞭だけでなく飴の使い方をも覚えたエリーゼには、信者がどんどん増えていた。

 それまで主にエリーゼを慕うのは女子生徒ばかりだったが、今では男子生徒もずいぶん増えた。

 ちらほらと教師や、庭師や掃除婦なんかも見られる。

 老若男女問わず可愛い子羊子猫たちに囲まれて、毎日をすごくすごく楽しくエリーゼは過ごしていた。


 (嫌われ者でほぼボッチだったゲームとは、本当にずいぶん扱いが変わってしまったわ。モブがドMだらけって、どんなバグなんだか……)


 この学園には、貴族の子息たちばかりが通っている。

 将来この国を(にな)う彼らがこうも危ない性癖ばかりで大丈夫なのだろうかと、ふと思った。


(ま、それでもやっぱり、ゲームシナリオは滞りなく通んでいくものなのね)



 ―――エリーゼは現在、王子に糾弾されている真っ最中だったりする。


 場所は大勢の生徒や教師の集まる食堂での昼休み。

 背中にサクラを連れたセルビオ王子が、周囲に良く聞こえるようにつらつらとエリーゼの罪を記載した報告書を読み上げているところだ。

 そこにはサクラだけでなく、たくさんの被害者のことも事細かに書かれていた。

 ほぼ全てが事実であり、エリーゼに釈明の余地はない。


(まぁ、楽しませて貰いましたしねぇ)


 サクラのことは特に虐めた。

 「殿下になれなれしく近づくなんてなんと図々しい娘かしら」とか。

 言葉遣いや仕草を馬鹿にして「やはり田舎の子は教養がなっていないのね」とか。

 家柄や容姿を馬鹿にだってした。

 人として最低だと、我ながら思う。

 

(たぶん、私って言葉責めが好きなのよね。身体的の傷はちょっとあれなのよ)


 身体に傷はつけたことはない。

 けれどサクラにはやはりたくさんの心の傷をつけたと思う。

 相手を傷つける言葉だと知っていて、それを選んでエリーゼは言った。


 だって目の前で顔を赤くして涙目になる姿が見たいからだ。

 サクラの反応はとってもエリーゼ好みで、可愛くて可愛くて仕方が無くて、もっと泣かしたいという欲望には勝てなかった。

 

「―――そういうことだ、エリーゼ」


 涙目でいるサクラを背に立つセルビオが、分厚い報告書の全てを読み上げ、顔を上げた。

 一応まだ婚約者である彼の、鋭い視線がエリーゼを貫く。


「申し開きがあるなら言ってみろ」


 エリーゼは正面に立つセルビオに向かい、姿勢を正してアイスブルー色の瞳を冷ややかに細めてみせた。

 きっととても不機嫌でいるように、彼には写っていることだろう。

 サクラがエリーゼの視線に怯えてびくりと肩を揺らし、気づいたセルビオは慰めるように彼女の肩を抱いている。

 なんて美しい愛。素敵な純恋。

 たぶんこれが普通の恋愛関係なのだろう。

 エリーゼからすればつまらない事この上ないけれど。

 エリーゼはもともと切れ長な目元を更にきつく細めたまま、優雅な動作で、ゆったりと赤い唇を開いた。


「申し開きなど、特にございませんわ」

「何?」

「特にございません。と申しました。先ほど読み上げられた報告は全て事実。私はきっと性格が悪いのでしょうね。どうぞ、ご存分に処罰くださいませ」

「反省の色は無いのか……‼ サクラはこんなに傷ついて、何度も泣いたのに!」

「反省? 一切しておりませんわ? だってその子を虐めるのは、とても楽しかったのですもの。ふふふふっ」

「このっ……! サクラを笑うな!」


 動揺の色のないエリーゼの態度と、大切な人を侮辱された台詞によほど頭にきたのだろう。

 眉をつり上げたセルビオば、大きく手を振りかぶった。


(……ああ、これめちゃくちゃ痛いビンタだ)


 自分の顔をめがけめて飛んでくる、男の大きな手のひら。

 エリーゼは反射的に身を硬くし、目をつむった。

 運動神経の方は皆無のエリーゼには、それくらいしか身を守るすべがなかったのだ。


(痛いのが、くる!)



 ――――パンっ!


 乾いた音が、広い食堂に響き渡った。

 誰もが固唾を飲み、一言も話さないまま様子を見ている状況では、その音はとても大きく隅々にまで通った。

 

 しかし。


(あれ? 痛くない?)


 耳に届いた音のわりに、エリーゼの頬に衝撃は訪れなかった。

 おそるおそる目を開いてみると、エリーゼに背を向ける、エリーゼより少しだけ背の高い一人の少女がいた。

 肩のあたりで揺れる茶色の髪と、制服のクリーム色のドレスが、エリーゼの目の前で揺れている。


「アン、ナ……?」

「平気ですか? お姉さま」


 顔だけを振り返ったアンナの頬は、すでに痛々しいほどに真っ赤になっていた。

 それだけで、アンナがエリーゼをかばって、エリーゼの代わりに王子にぶたれたのだと理解する。


(どうして……!)


 エリーゼはかっと頭の中が熱くなった。


「アンナ! 馬鹿! 貴方みたいな子が、勝手に出て来ないでくれるかしら! これは私の問題なのよ!」


 エリーゼは、根っからの悪人だ。

 とっさに滑り出て来た言葉は、彼女を責めるものだった。


「申し訳ありません」


 自分でも最低な反応だ、と思うのに。

 なぜかアンナはとてもとても嬉しそうに笑っている。

 エリーゼの攻め言葉に、王子にぶたれたからではない理由で頬が赤らんでいっていた。


「―――アンナ、この場面で嬉しそうに笑わないで」

「す、すみません。だって、お姉さまが叱る時の顔と声は、本当にこの世の何よりもお美しくて……見惚れてしまうのです。素敵です」


 頭を下げながらも、やはりアンナは嬉しそうに頬を緩ませている。


「つっ、馬鹿な子! でもそこも可愛いわ!」

「ふふっ」


 そうやってアンナとエリーゼが話す向こう側では、王子が唇をわななかせていた。

 女性に手を上げた自分の短気さも悔いているらしく、先ほどぶった手をぎゅっと固く握りしめ、青い顔をしている。


「なぜだ」


 固い声に、エリーゼはアンナをそっと横へとずらさせて、真っ直ぐにセルビオ王子へと視線を移した。

 セルビオはひどく混乱した様子で、そのアンナへと声を荒げて言う。


「報告書では、近頃は特にエリーゼは君に……アンナにつらく当たっていた。それなのに何故、そうやってエリーゼをかばう」

「それをわたくしが望んだからです。王子殿下」

「は? いじめられることを、か?」

「えぇ」


 にこやかに、かつ胸を張って頷くアンナに、セルビオもサクラも目に見えて混乱している。

 どうやら報告書にはエリーゼがした悪行ばかり書かれているらしく、それをされた彼女たちの反応までは調査指示していなかったらしい。

 

「で、殿下!」


 戸惑い、眉を寄せるセルビオの前に、今度は三人の女生徒が出て来た。

 彼女たちもエリーゼが特に気に入りで苛めていた子達だ。

 三人は腰を落として身を低くし、わずかにスカート部分をつまみ上げた姿勢で王子を見上げながら必死に告げる。


「お姉さまはわたくしたちの為を思って厳しいことをおっしゃって下さるのです!」

「お姉様のお叱りは、私たちの生きる糧なのです!」

「どうぞお叱りならば私へ! さぁさぁさぁ! 私を(ののし)ってくださいませ!」  

「な、なんだお前たち……」

「ひっ……」


 エリーゼを叱るくらいなら、むしろ自分を叱ってくれとまで言い出した女子生徒たちに、セルビオは青い顔をし、サクラは涙目だ。

 彼らに追い打ちをかけるかのように、今度は男子生徒が前へ出て来た。


「王子! 王子はこの冷ややかなアイスブルーの瞳ににらまれ、赤い唇から吐き出される氷の様な内容の言葉を浴びる快感をご存じではないのでしょう! それこそが彼女の魅力なのです! 素晴らしいではありませんか! ゾクゾクします! もっと言ってって感じです!」

「お、おれもそう思います!」

「え、お前たちも!?」


 王子がもうあからさまに引いている。というか(おび)えている。

 出来る事ならこの場から逃げたそうだ。

 さすがのエリーゼも困惑した。

 自分はどうせ国外追放だからもういいやと、この一ヶ月間、外聞もなくドS発言を連発していたが、彼らは駄目だろう。将来に響く。いや、もう注意しても遅いのだろうが。


 次々に前へと出て来るドMな彼ら。

 もうこのさい綺麗なセルビオ王子からのお叱りも受けてみたいとばかりに、そうとう不敬な態度だ。

 ぐいぐい変態な台詞を吐き出している。 

 王子は狼狽し、なんだか半泣き状態でエリーゼを見た。


「……エエエエエリーゼ。その……お前だけが悪いのではないとは…何となく理解した」

「いえ。この方々はまだしも、サクラ様に関しては嫌がっているのを知ってやっていましたし」

「そう、か……。被害者の人数が人数だから、国外追放の可能性も考えていたが、これではな……」


 食堂内を見渡した王子が、遠い目をしている。

 しかし、ぎゅっと後ろから腕を掴まれ、彼は顔を上げた。

 

「王子……」

「サクラ………」


 セルビオとサクラが視線を交わし合っている。

 彼らは顔を見合わせて頷き合ったあと、真剣な顔をしてエリーゼに向かいあった。


「エリーゼ。……もう分かってはいるだろうが、私はサクラに惹かれている。出来るのならば、彼女と添い遂げたい」

「申し訳ありません。エリーゼ様。セルビオ王子とは何もないなんて言っておきながら、私……私は、彼を愛してしまいました。すでに決定されている婚姻なのに間に入り掻きまわすようなことをするのは、絶対に許されないことだと知っています。叱責されるべきは貴方だけではない。私も、処罰を受けるべきです……」

「まぁ………」


 どんなバグか知らないが、おかしな性癖ばかりの学園の中、二人だけは本当にまっとうらしい。


 ……婚約は家同士のもの。しかも自分達には国という大きなものまでもが背後にある。

 エリーゼとセルビオの意見だけで婚約の破棄を決められるわけではない。

 本来ならばまずは両親へと進言するべきことだ。

 なのに、彼はサクラを好きだと堂々と言う。

 あまりいい行動ではないと理解しながらも、それでも。好きだと。真剣な顔をして言葉に乗せる。

 きっとそれに対する咎や冷たい目をも受け止めるつもりでいるのだろうと、彼らの目を見れば察することが出来た。


「ふふっ」

 

 エリーゼはアイスブルーの瞳を細め、口元を上げた。


「構いませんわ。私もお父さまに婚約破棄を願い出させていただきます」

「え、ずいぶんとあっさりしているな。いいのか?」

「エリーゼ様……! 有り難うございます!!」


 目を丸くする二人に視線を送りつつ。

 エリーゼは背筋をただし、ツンと顎を上げながら、氷の女王と呼ばれるにふさわしい冷たく美しい笑みで言う。


「だってセルビオ王子殿下は、ここにいる子羊たちのように可愛く泣いてくださいませんもの」


 それはエリーゼの心からの言葉だった。


(でも……)

 


 喜ぶ彼らから視線をそらし、僅かに瞼を伏せてエリーゼはこっそりと息を吐く。


 

 おそらくこの流れではエリーゼの(おこな)った嫌がらせと、サクラの(おこな)った婚約者を奪う行為、そして突き飛ばして頭を打ち付ける事態になった事故もふくめ、最終的には両成敗ということで締められるだろう。

 外での騒動だったならばまだしも、ここは学園内で、学生同士のいざこざとして纏めることが出来るから。


 しかし本人たちの気持ちがどうであれ、どんな理由があれ、法が許容したとすれ、公爵令嬢エリーゼとセルビオ王子殿下の婚約者としての立場は国中に知れ渡っている。

 破棄されれば、注目の的になる。

 この国ではもうどこへ行っても、きっと一生、国の王子に婚約を破棄された女として見られてしまうはずだ。


(そんなの無理! 私は、他人を(さげす)む側なのよ! 同情されるのも叱責されるのも馬鹿にされるのも耐えられないわ!) 


 だから、たとえ今日の処罰による国外追放を免れたとしても。

 エリーゼはすでに、この国を出ることを心に決めていた。




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