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盾を刃に  作者: 暗殺 中毒
因縁の歯車
9/21

電光石火:悪魔の誘い

【フセイン共和国】

ユース・キングダムの近隣に存在する魔術に秀でた王国であり、何人もの魔導師を輩出した。

共和国とは名ばかりで、現在は疫病による大飢饉で野盗や犯罪者が蔓延はびこっており、ユース・キングダムから輸送される食物を食べ国民は生き長らえている。

大書庫には隠された区画が存在し、そこには禁忌の魔導書が鎮座していると噂されるが確認した者は居ない。元々存在しないのか、巧妙に隠されているのか、あるいは……

「さて、なぜ私を見ていたのか答えろ。返答次第では喉を心配した方がいい」


彼はボロ布を繋ぎ合わせた服を着た女性に質問をし、杖を突き付け決して隙を見せずに警戒する。その様子を見て女性はフードの下で薄く笑う。


「いや、ただお前が羨ましかっただけだ。幸せそうにしててな」


深くフードを被っている為その目を伺う事は出来ないが、その声の調子は軽く、嘘を吐いているとも吐いていないとも取れる。だが彼は杖を下ろした。


こうして彼が女性に問い詰めていたのは、ここ最近妙な視線を感じていたからだ。誰かに真意が見抜かれたか? そんな考えを持ち警戒を強めていたからこそ、視線の犯人を見つけ出し杖を突き付けた。


余りにも単純な答えに彼は杖を下ろしはしたが、その鋭い目に浮かんだ敵意は未だに消えず警戒を続けている。


「もし嘘だった時は……まあいい。念の為に聞いておくが、貴様は盗賊だな」

「ああ。その事について話し合う為にここまで降りて来たって言うのもある」


最初から返答など必要ないかの様に言い切った彼に、あえて女性は答える。理由を付け加えたのは、殺意を隠そうともしない彼に殺されない様にする為だろう。


「そろそろこの村の連中にも話す時期だと思ってた。お前に伝言を頼みたいんだが、頼めるか?」

「…………構わん。だが貴様の拠点に連れて行け」

「基地で? 襲われる心配はしないのか?」

「黙って行動しろ」


有無を言わさぬ彼の言葉に押され、女性は案内を請け負う事となった。一体何の目的で言い出したのかは見当も付かないが、女性にとって慣れ親しんだ場所での話し合いは好都合。


西、まだ記憶に新しい惨殺事件とは反対の方向へ歩き出した女性に追従する。彼に背中を向けている女性は知らないが、この時既に彼は戦闘準備を整えていた。


「お前はさっきから自分が偉そうに言ってるが、王様か何かなのか? 俺としては上から物を言われるのは腹が立つ」

「王がこんな辺境に来るなら、その王はさぞ頭が悪いのだろうな。腹が立つ? 知るか。貴様がどう思おうが何を感じ様が私には関係が無い」


傲慢ごうまん。そうとしか表現のしようが無い彼の態度に女性は唇を噛み堪える。どうやら彼はあの悪夢を見て演技をする事を止めたらしく、こうして素の自分を晒していた。


「成る程、怒りに身を任せ無謀な戦いを挑む程愚かではないらしいな」

「当たり前だ。そうでなきゃ盗賊の頭なんて務まらないからな」

「これはこれは、まさか貴様が頭だったとはな。出向く手間が省けた。女だとは知っていたが、悪趣味な頭巾を被っているとは思いもしなかった」


身振り手振りを混ぜ白々しく驚いて見せる彼の言動に、横目で伺っていた女性は更に苛立ちを募らせる。彼が彼女を見下しているのは明白であり、しかし彼女は彼の全身から溢れ出る絶対強者たる風格から手出し出来ないでいた。


大きく溜息を吐き出しながら脚を止め、フードの下から注意深く彼を見る。そんな女性とは反対にまるで警戒していない様に(・・・・・)見える彼は飄々(ひょうひょう)とした態度で杖を支えに立っていた。


「お前、身長は何センチだ?」

「182センチだ。そして体重は87キロ」

「ご丁寧にどうも」


182センチ。それは間違い無く高身長の部類に入り、事実一般男性よりも頭一つ分小さいだけの女性を完全に見下ろしている。この時点でどちらが有利かは既に決まっていたが、彼女が手出し出来ない理由はそれだけではない。


比較的細身ではあるが、甲冑の隙間から覗く黒い無地の服に覆われた体は一目見て分かるまでに鍛え上げられ、金と碧の目は一時も離さず女性を睨み続ける。


最も女性にとって重要なのは、彼の目だった。内に激しい感情を隠した瞳から彼女は敏感に感じ取る。それは盗賊であり場数を踏んだ彼女だからこそ分かる物。人を殺す目。彼はその目をしていた。


簡単に人を殺し、何も思わず、一時間後には既に忘れ食事を摂り、思い出す事も無く就寝する。そんな目だった。


互いに動かず目だけを見続ける。冷たい光を宿しながら、どこか温かみを感じさせる宝石の様に綺麗な目から目が離せない。


「貴様は、辛い経験をした。私には分かる。私と同じ目をしている。どうだ、その経験を私に話してはくれないか? 私も大切な物を失った身だ。その苦しみは痛い程分かる」


腰を曲げ顔を覗き込みながらフードを取り去った彼は、同じ姿勢のまま動かない。その声には確かに同情の色があり、纏う雰囲気も悲しむ様な物に変わっている。だが何かがおかしい。言葉に言い表せない何かが。


「貴様は美しく、盗賊を束ねる程に強く、気高い。だが苦しみを溜め込んでしまえばいつかは崩壊する。どうだ、私に話してみないか?」


目をつむろうと、その流れる様に紡がれる繊細なヴァイオリンに似た美しい声が嫌でも耳から体全体に侵入する。早く逃げなければと言う焦りと恐怖の中で、バレットは口を開いしまいそうになった。


一瞬、だが確かに話そうとしてしまった。それ程までに他人への理解を求めていた自分と、隙間を縫う様にもろい部分を攻める彼に驚く。


「クソッ!」


蛇の様な素早さで静かに心へと押し入られた驚きと恐怖でバレットは背中を向け走り出す。彼は追い掛けもせずに杖を握り直し、ただ見送るのみだった。


バレットは無我夢中で走った。自身の中に芽生えた話したい衝動と、今尚膨れ続ける理解して欲しいと言う願い。


人の心は複雑難解、そして奥底に辿り着く為には迷路の様な道順をひたすら歩く必要がある。近道をしようとすれば途端に拒絶され弾き出されてしまう。事実彼はこうして彼女に拒絶された。


何故彼女の過去を知る事が出来たのか? 何故誰にも話していないと知っていたのか?これが彼の魔術だとでも言うのか? 否。魔術ではないと、彼女の前に立つ彼が否定した。


「遅かったな。待ちくたびれたぞ」


自分は彼を置いて走り去った。なのに何故この男は目の前に居るのだろうか。周囲に人が走る気配は無く、追って来ていないか何度も気配を確認しながらここまで来たと言うのに。


バレットの全身から冷や汗が滲み出す。彼女は思う。勝てる訳が無いと。今まで戦って来た相手を瞬時に思い出しながらそう思ってしまった。気配を悟らせずに先回りするなど、半端な実力では不可能。


高速移動ならば木の枝が散乱するここで物音を立てずに移動する事は出来ない。彼女が噂に聞いた限りでは瞬間移動を使える者は世界でも高位の魔導師数人しか居ない筈。まさかそれ程までの実力者だと言うのか。


「まあ来い。あれが貴様の拠点なのだろう? 何を躊躇ためらう必要がある。貴様はただ何時もの様に帰るだけだ」


背後の草木で隠された洞窟を指差し、彼は声を押し殺して笑う。バレットにとってそれはありがたい事だった。もしあの声で笑われでもすれば、記憶の深くに植え付けられ一生のトラウマになる。彼女はただ彼に恐怖を感じていた。


「怯えているのか? 安心しろ、危害を加えるつもりは無い。約束しよう。何が起きようと私は貴様に手を出さない」


手を差し伸べながら、彼が彼女に近付いて行く。ささやく様に言葉を口にすればそれだけで彼女の心を徐々に支配する。


滝の様な汗を流しながら、彼女は彼の手を払い除けた。もしその手が彼女に触れていたら、その手を取ってしまっていたら確実に殺されていた。彼女とて殺意を感じる事は出来る。


「汚い手で触るな。俺が怯えてる? 勘違いもいい加減にしろ」


精一杯の虚勢を張るが、声は震え既に彼の目を直視する勇気も残っていない。心臓を掴まれた様な気分とはこう言う事なのかと、彼女は考える。


草木をき分け、倒れそうになりながらも何とか拠点へと帰還したバレット。松明たいまつで照らされている洞窟の中は薄暗く、動物の解体や武器の削り出し作業が盗賊によって行われている。


「おーバレット帰ったか! おい、どうした? 何があった!?」


頼りない足取りのバレットを見て駆け寄る盗賊達だったが、体勢を崩した彼女を抱き留めたのは何時からか入って来ていた純白の騎士。洞窟の中に緊張が走る。


「お前は誰だ!」

「フェイク、とだけ答えておこう。勿論偽名だが今はこの名前で通しているのでな。戦うつもりなら止めておけ。貴様達が私に勝つ事は不可能だ。今日は宣戦布告だけにしておいてやる」


腕の中のバレットを無造作に突き飛ばし、一歩踏み出す。盗賊達が一斉に武器を構えるが既に彼は背後に回り込み、悠々と周囲を見回していた。


「どこに行った!?」

「確かに目の前に居たぞ!?」

「後ろだ、後ろに居る!」


盗賊全員が振り返り、息も絶え絶えにバレットが立ち上がった瞬間、洞窟内を白い光が包み込んだ。一秒にも満たない時間の閃光ではあったがその場にいた者達の目をくらますには充分。


「目が、目があぁぁ!」


直視してしまった者が両目を抑え倒れ込み激痛に身悶え、鼓膜が破れてしまうのではないかと思ってしまう程の絶叫をする。視界を奪われたまま叫びを聞いた盗賊が取り乱し手当たり次第に攻撃を繰り出す。


仲間に攻撃され血を流す者や閃光で目を焼かれ痛みを訴え続ける者、必死に混乱を落ち着かせ様とする者と状況は既に壊滅的。ここで彼が動き出せばまたたく間に全滅させられてしまうだろう。


彼らを静かにしたのは仲間の声でもバレットの声でもなく、ただ静かに一定の短い間隔で響き渡る拍手だった。丁寧に打たれる拍手は自然と耳に入り込み、息を飲ませる。


「面白い踊りだ。だが残念ながら私はもう帰らなくては。また後日会おう。楽しみにしているぞ?」

「俺達に手を出した事、後悔させてやる」


バレットの発言を鼻で笑い、彼は洞窟から姿を消す。そして現れたのはズヤカ村近くの森。何事も無かったかの様に村へと足を踏み入れた彼は汗まみれのジアルとストレングスに歩み寄る。


「フェイクさんか……見てくれこの畑に空いた穴を! 大切な作物をモグラに台無しにされた!」

「このままでは今夜の夕食分が無くなっちゃいます! フェイクさん、このシャベルを!」


馬鹿にした様に地面から顔を出すモグラと真剣な表情の相変わらずの二人。ジアルから押し付けられたシャベルの柄をしっかりと握り締め、穴を埋め始めた。


一匹だけではなく複数居るらしく、穴を埋めても埋めても別の場所に穴を開ける。しかし二人から三人へと人数が増えたおかげで一人一人の負担が減り、最後にはモグラは諦め穴を掘る事を止めた。


「ありがとう、フェイクさん。これで今日はもう大丈夫だな。あと三日位したらまた頼むかもしれない」

「いつでも大歓迎です。それにしてもこの地方のモグラは随分と体力がある様ですね」

「ああ、この地域に居るのはサマ・モグラっていう種類でな。普通のモグラとは違って群れで行動して動く上に掘るのが早いんだ。常に色んな場所へ移動してるから災害みたいなものだ」


モグラと格闘をしている内に、気が付けば夕暮れ時になってしまっている。ジアルとストレングスが夕飯は何にしようかと話し合っていたその時、彼は背後の気配に気付いた。


「先に行っていてください、私はまだすべき事がありますので」


先へ行く二人へと告げ、気配の方向へと顔を向ける。その手にはしっかりと鉄製の杖を持ち何時襲い掛かられてもいい様に準備がされていた。


村の人々に向ける顔から即座に切り替え、その冷たい感情をあらわにして待ち構える。一点だけを睨み、数秒、数分と過ぎて行く。不意に、観念した様子の盗賊が現れた。


「お前宛におれからだ」


彼に紙を渡すだけで何もせず、盗賊は森の中へと踵を返し草木に溶け込んで行った。隙など見せないと言わんばかりに盗賊が消えた方を凝視した続けていた彼だったが、やがて紙に目を落とす。


果たし状。簡素にそれだけ書かれ、内側には翌日の午前十時に盗賊の拠点前で待つと記されている。バレットの許可を得ていない自身の感情のみの勝手な行動だと彼は考え、破り捨てた。


「くだらん」


雑に破られた紙が、そよ風に吹かれ飛んで行った。

【パティマ大陸】

海を渡った先にある未開の地であり、過去に数十隻もの軍艦が制圧に行ったまま二度と戻らなかった曰く付きの大陸。

何とか生き延びた者も存在しない何かに怯え、常に暗闇を恐れ精神に重大な疾患を残しており、皆一様に悪魔を見たと語る。

そして、その大陸に関わる情報は何者かの手により闇に葬られた。

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