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盾を刃に  作者: 暗殺 中毒
哀惜と憤怒に花束を
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憤怒を彩る杏子

【十三人の守護者】

世界で最も技術の発達したユース・キングダムを守る者達。高い戦闘能力、卓越した頭脳を持ち合わせる。


十三人と銘打たれてはいるが、十三番目の席に座る者は誰もいない。人々は噂する。誰にも気付かれず、誰にも相手にされなかった十三人目の守護者は、闇に染まったのだと。

「わー! 速い速い! 馬車なんかよりもずっと速い!」


流れて行く景色を見て、ジアルは興奮を抑えられずに居た。徒歩や馬車ではかなりの時間が掛かる距離を、列車なら数分で到着してしまう。田舎で育った彼女がはしゃぐのは当然。


「可愛いなぁ」


窓の外を眺め続けるジアルは、自分がストレングスに凝視されている事にも気が付かない。しかし不意に、不満げな表情へと変わる。


「フェイクさんも、来れば良かったのに。今どうしてるんだろう」

「色々と事情があるんだろう。この辺り一帯の貨幣も持っていた様だし、もしかしたら以前来た事があるのかもな」


ストレングスの言葉で、ジアルは何かに気が付いた様に眉間にしわを寄せた。唸り始めた事でストレングスは怪訝けげんな顔をするが、紳士は顔を背けたまま。


「フェイクさんて、どこから来たんだろ? 昔の話しなんてそんなに聞かないし、この辺のお金を持ってるなんて知らなかった。それになんで雪山に居たのかも分からないし」


ジアルが言った事は最もだった。彼女達は何週間と同じ屋根の下で暮らしたが、フェイクの事情や故郷など何も知らない。知っている事と言えば、懐中時計を肌身離さず持っている事、数人の仲間が居る事のみ。


「確かに言われてみれば、あの雪山は普通なら立ち入らない場所だな。採掘するにしても転落する様な高い場所まで登る必要も無い」


ストレングスも同様に考え込み、視線が下に向く。実際あの雪山は昔から獣が出ると有名であり、依頼も出ない為に狩りに出向く者も居ない。


「ご覧ください、あれがこの都市で最も大きな川、ヒヌイ川です」


紳士が窓の外を指差し、二人の視線を促す。そこには馬車よりも遥かに大きな船が無数に行き交う川。数隻の船が一列に並び尚余裕が出る大きさは規格外と言う言葉が相応しい。


「え!? これが川なんですか!? こんな大きな川があって、幾つもの船が同時に行き来してるなんて!」

「こんな物を見るのは初めてだ! いい思い出が出来たな!」


ヒヌイ川を眺め興奮を抑えられずにいる二人を見て、紳士は安堵あんどの溜息を吐く。それはまるでフェイクの話をこれ以上聞かずに済んで安心しているかの様だった。


紳士の脳内で、あの鋭い目が浮かび上がる。ゴミムシでも見ているかの様なあの冷たく温もりを感じさせない目付き。全身から放たれる殺気。流れ込む幾つもの声。あの時聞こえて来た声達が紳士の中でよみがえる。


頭を降り、なんとかフェイクを思考から追い払った紳士はここである事に気付いた。列車の速度が徐々に落ちて来ている。程なくして駅に停車する為、未だにヒヌイ川を眺めている二人の肩を叩いた。


「もう駅に到着する様ですので、準備をお願い出来ますかな?」

「了解です!」

「分かりました」


二人が席に置いていた荷物を回収すると同時に、列車が駅に流れ込む。紳士が先導し、人で溢れ返ったホームの中を進む。不慣れな二人は何度も人にぶつかり、その度に謝罪する為歩く速度は極端に遅い。


なんとか混雑地帯を抜け、三人は階段を降りて行く。階段を降りた先にはトンネルがあり、そこでは馬車に乗り降りする人の姿。商売に勤しむ子供の姿もあった。


「初めての人混みでさぞ疲れた事でしょう。休憩でもいかがですか?」

「賛成です!」


紳士の声掛けに真っ先に反応したのはジアル。疲れているとは思えないその元気の良さに紳士は笑い、ストレングスは息を荒くした。


「この時間帯なら、アレが居るかもしれませんな。気分を悪くするかも知れませんが、居ない物と考えてください」

「アレとは?」

「アレとは?」


ストレングスの言葉を真似し、ジアルも紳士に問い掛ける。恐らく心を読んでいたのだろう、紳士は間髪入れずに息を吸い、口を開いた。


「レイジと言う名の男が居るのです。大柄で、騒ぐ事が好きな大酒飲み。それがこの周囲での一般認識です。彼には余り関わらないのが吉でしょう」


紳士の最後の言葉に二人は更に疑問を抱くが、紳士は答える気は無いらしく先へ先へと歩いて行く。二人は顔を見合わせ首をかしげると、紳士を追った。


「おいおい、勘弁してくれよ! これからボスに大事な物を届けないといけないんだ!」

「ならその武器は置いて行け。近隣の住民から苦情が入ってる」


歩道の端では警官が武器の所持者を取り締まり、御者が客を呼び込む。時刻は昼。最も人通りの多くなる時間。道路は馬車で埋め尽くされ、小綺麗な服装の国民も見掛ける。


先程から驚き続けていたジアルは、不意に頭上を見た。五階よりも高い階層であろう建物の屋根。そこには何かが居た。遠くからの為人と言う事しか分からないが、煙突の上で屈み辺りを見回している。


「お父さん、あれ……」


ジアルの呼び掛けでストレングスもその人影に気付く。朱色の鎧に身を包んだその人は、二人の方向を見た。たった数秒間の時間。その間二人は確かに睨まれていた。


興味を無くしたのか定かではないが、人影は二人から目を離し屋根を走って消えて行った。どうやって屋根に登ったのか、多くの人々が行き交う中どうやって二人に見られていると気付いたのか。


「いかがなさいましたか?」


紳士の声で二人は我に帰り、急いで後を追う。紳士は赤く塗装された店の前で待っており、どうやらここが目的地らしい。看板には大きく雑にギングズヘッドと書かれている。


「お好きな場所へどうぞ」


店の中では裕福な服装の夫妻やボロ布を繋ぎ合せた服の貧民まで様々な人が思い思いの事をしていた。チェスをする者、酒を飲む者、口喧嘩を始める者。俗に言うパブだ。


「やあやあ皆さん、こんにちは! 見ない顔だな、新入りかい? オレの名前はレイジ・アンガー。よろしく頼むぜ!」


高いテンションで話し掛けて来たのはレイジと名乗る大男。全身を黒い衣装で包んだその男は、他でもなく駅でジアルを引っ張った男だった。


「あっらー、奇遇だな。まさかまたカワイイ女の子が見られるなんて。名前は? オレと飲まない?」

「ジアルに馴れ馴れしく触るな!」

「キモイ!」


ジアルの肩に腕を回すレイジだったが、簡単に振り払われストレングスに突き飛ばされる。同程度の巨体を持つストレングスに押されながら、レイジは一歩後ずさったのみ。


「冷たいなぁオレちゃん泣いちゃう!」


手の平で顔を覆い泣きマネをするが、指の隙間からジアル達を伺っている事が丸分かりだ。ジアルは親指を下に向け、ストレングスは立ち塞がり、紳士は苦い顔をする。


「お嬢ちゃん隣に座っても?」

「近くに寄らないでください」


ストレングスはレイジを警戒し、今にも殴り掛かりそうな気迫を出していた。紳士はレイジと反対の方向を向き、少しずつ少しずつ酒を飲み進めている。


「お父さんと二人で来たのかい? ここら辺に棲んでる服装じゃないが。素朴な感じで可愛いな」

「ズヤカ村から来たんです。本当ならフェイクさんも一緒だったんですが、残念ながら一人で見て回りたいらしくて別行動をしてます。ここに居れば貴方を追い払ってくれたんですが」

「これは手厳しい!」

「あ、あそこのおじいちゃんに案内して貰いました」


紳士を指差すと、珍しい物を見たかの様に注視する。それに疑問を抱いたジアルはなぜそんなに不思議なのかと思いレイジを見つめ首をかしげた。


「珍商店の老店主……道案内なんて思ったよりお人好しなんだな。オレの時は追い返したのに。ああ、悪い。そのフェイクさんって言うのはどんな人なんだ? オレよりカッコいいのか?教えてくれよ。オレとお前の仲だろ」

「フェイクさんは雪山から転落して来た旅の人です。今は私の家で暮らしてて、毎日農作業を手伝ってくれるんですよ。強くて、優しくて、いつも白い鎧を着てる不思議な人です。当然貴方よりもカッコいいので心配無く」


ジアルが白い鎧と言った途端、木の板が割れる音が鳴り響いた。辺りが静まり返り、視線がレイジに集中する。手に握られた鉄の容器は原型を留めない程握り潰され、木製のカウンターは容器の底で叩き割られていた。


レイジは何も言わずにジアルの肩を掴む。眼前には鋭く吊り上がった目尻と赤い瞳があり意識せずとも恐怖で息が詰まる。肩を掴む力は強く、身じろぎすら出来ない。


「詳しく聞かせろ」

「は、はい……」

「俺のジアルに手を出すな!」

「やめなさい!」


紳士の制止を聞かずに動き出したストレングス。彼が背後から近付いた瞬間、レイジは裏拳でそれを迎撃した。鈍い音が響き、一回転して倒れ込んだ彼は動かない。呼吸音も聞こえず、気絶している様子だった。


「話せ」

「さっきも言った通り、フェイクさんは旅の人で、今は私達と一緒にこの街に来てます。別行動はしてますが、多分近くに居ると……」


レイジに促され、ジアルは恐る恐る話す。自分が話し進める度に、拳がより強く握られて行く所を見ていたからだ。不意打ちとは言え同体格のストレングスを一撃で気絶させた力で殴られれば、同じ末路を辿るかそれ以上。


「ソロウ……!」


何者かの名前を忌々しげに呟き、レイジは振り返る。そして店内に居る誰かに向け、声を掛けた。


「今すぐ白い鎧の男を探し出せ! 交戦は絶対に避けろ! 万が一発見された場合は発煙弾を打ち上げろ! 行け!」


レイジの言葉を聞き、大半の者が外に駆け出す。彼もその後を追い、走り出す。しかし、何かを思い出したのか途中で引き返しジアルの目の前で止まった。


「ホワイト・チアラ地区へ向かえ。案内は老人に任せろ」

「ボス! ミスター・アンガー! ホワイト・チアラ地区で事件が! 鎧の男です! 赤い鎧の! 十三人の守護者の本拠地が襲撃されました!」

「クソ! 今すぐこの街から離れろ! お前達、馬車を走らせろ! オレは上から行く!」


悪態を吐きながら遠ざかって行くレイジを眺め、ジアルはただ呆然とするしかなかった。今起きた事が理解出来ず、どんな状況なのかも分かっていない。


「お嬢さん、急ぎましょう。直に嵐が来る」


ストレングスを引きずりながら、紳士はジアルに声を掛ける。彼女はその声で我に返ると、気絶しているストレングスを運ぶのを手伝い馬車に乗り込んだ。




街が燃えている。翡翠ひすい色の瞳には渦巻く炎と、身を焼かれ逃げ惑う人々が映る。その目に同情の念は無く、ただ傍観ぼうかんしているだけ。


朱色の鎧男は男を刺し貫いた剣を引き抜き、血糊ちのりを払う。辺りには斬り殺された死体が三人分転がり、まだ生きている者も戦意は無い。


「た、助けてくれ……命だけは、命だけは!」

「無様な」


助けを請う男を眺め、鎧の男は小さく呟いた。剣は叩き折られ、高価な装飾の施された甲冑は泥で汚れ隙間からは血が流れ出ている。腕には小さな穴が開き、そこからおびただしい量の血液が溢れていた。それは銃撃の痕。


「国を護る為に、民を護る為に命を捧げる十三人の守護者。それがこれだ。己一人相手に四人で挑み、既に三人は死に残る貴公も虫の息」


緩やかに距離を詰める鎧男と、仰向けになりながら必死に逃げ様とする男。鎧男の宝石に似た美しい目は、獲物を前にした蛇の様に男を睨み続ける。


「やめてくれ、許して……お願いだ、死にたくない、死にたくない!」


悲痛な叫びを上げ、男は固く目をつむる。激痛を覚悟し、身を強張らせたその時。重々しい音を立て何かが落下した。地面に衝撃が走り、振動させる。


そこに立っていたのはレイジ。燃え盛る炎の光を受け、尚も威圧を感じさせる黒革のコート。鍛え上げられた肉体が透ける白いシャツ。手首に装着された、鉤爪の付いた籠手。それはまるでフェイクの話した悪魔。


「久しいな、レイジ」


面識がある様子の鎧男は、レイジに声を掛ける。しかし彼は反応をせず、男に逃げろと目で合図した。男は頷き、背を向け慌てて走り出す。直後に一発の銃声。


背中から血を噴き出し、男は前のめりに倒れる。鎧男が手に持つ剣は男に向けられ、剣先からは白い煙が上がっていた。鎧男は剣を地面に突き立て、溜息を吐く。瀕死となった男に駆け寄るレイジを見ながら。


心臓を正確に撃ち抜かれ、死ぬのも時間の問題。最早成す術は無く、ただ死んで行く姿を見る事しか出来ない。驚愕で見開かれた目を見つめながら、レイジは地面を殴りつけた。


「レイジ、己と共に来い。そして陛下の下で人間の居ない世界を築き上げる。迫害されず、貴公と陛下も争わずに済む。考えずとも理解出来るだろう。人間と陛下、どちらについた方が得か」

「オレにもう一度、手を汚せと言うのか。ダヴィッド」

「因縁とは断ち切る物だ。人を殺した罪悪感に駆られ、貴公は立ち止まったまま。動かなければ、いずれ闇に呑まれ消えて行く。さあ、答えを聞こう」


鎧男、もといダヴィッドは剣を構える。最初から返答など決まっているかの様に。そしてレイジも、左手にナックルダスターを着けた。


ダヴィッドが駆け出し、斬り掛かる。しかしレイジは籠手で防ぎ、繰り出される攻撃全てを受け止めた。疲労から生まれた隙を狙い、腹部に左の拳をめり込ませる。


防御の薄い場所へ攻撃を加えられ後ずさるダヴィッドだったが、悶えたのはレイジ。一キロの鉄塊を何度も受け止めれば、激痛が走るのは当然。罪悪骨折の恐れもある。


「自身への嫌悪感と罪悪感を抱きながら、人々を守る為に戦うとは。だが同時にそれは、不安定でもある。貴公は人間の味方ではない。悪魔だ。貴公が堕ちぬ事を切に願おう」


まるでレイジの心を見透かした様に言い放ち、ダヴィッドは炎の中へ消えた。残されたのは手首を押さえ膝を着いたレイジと、三つの斬殺死体。そして数え切れぬ程の焼死体。


周囲を取り囲む炎。身を焦がす熱。それがレイジのある記憶を呼び覚ます。燃える教会で一人泣いていたあの女性を。殺してくれと頼んで来たあの女性を。


「……アリア」

【切り裂きジャック】

闇に潜み、恐怖を糧とし生きる影。人々は彼をそう呼んだ。今となっては実在したのか作り話なのかさえも分からない。だが細く小さな糸を辿れば、その真実を見つけられるだろう。


それは嘘と孤独で塗り固められた、愛の物語。

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