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盾を刃に  作者: 暗殺 中毒
哀惜と憤怒に花束を
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哀惜と憤怒を照らす紫の陽

【沈黙の戦士】

何百年も昔、大陸を破壊して回ったと語り継がれる悪魔。童話どころか文献にすら載っておらず、現在では架空の存在だと考えられている。

その名は、通った後には沈黙しか残らない事に由来する。


伝承では水を操り、怒りと共に全てを粉砕したとされている。しかし、突然その被害は幕を閉じた。彼は、怒りを鎮める何かと出会ったのだろう。それが苦難の道の始まりと知っていながらも。

「暇! お父さん何か話して?」

「暇って言われてもな……そうだ、竜を倒した英雄の話でもするか!」

「それ何回も聞いたから! フェイクさん何か面白い話ないですか?」


突然の無茶振りにストレングスは困惑し、フェイクも黙って何を話すべきか悩んでいる。しかしジアルは期待の眼差しを向ており、そんな中断ると言う選択を一体どれだけの人が出来るのだろうか? 恐らく大抵の人々が断れずに同じ反応をする事だろう。


少女にとって初めての長旅、それも一時間や二時間も馬車の中に押し込められているのだから退屈するのも無理はない事。この展開も当然だと言えるだろう。


「そうですね、ある戦士の話をしましょう。沈黙の戦士と呼ばれた男の話」

「沈黙の戦士? 何ですかそれ、聞いた事もないです、聞かせてください!」


ジアルに促され、話す準備を整える為に短く息を吸い込み、しかし戸惑ったかの様に視線を泳がせる。一秒にも満たない時間の変化に二人が気付く筈もない。違和感こそ感じれど一瞬の出来事だった為に声を掛ける時間も無かっただろう。やがて彼は静かに語り始めた。


ーー


遠い昔、ザカマという名の神を信仰する宗教が蔓延(まんえん)していた時代。世界の中心はロームと言う王国でした。そのロームは広く、活気があり、夢の様な国。人々は皆楽しげで幸せな生活を送っていました。


しかし、ある日一人の兵士が傷だらけでロームに転がり込みます。『悪魔が出た! 皆んな殺された!もうすぐここにもやって来る!』と叫びます。


ですが、ザカマ様が護ってくださるとロームの人々は聞き入れず、その兵士は翌日ザカマの護符を手に祖国へ送られました……ですが翌日、兵士の死体がローム前で発見されます。


槍で頭から貫かれた凄惨(せいさん)な死体は不穏な空気でロームを包み込み、民衆を恐怖に陥し入れました。ザカマ様の加護が破られた、自分達も危ない、と。


遂には、民衆の声を聞き入れた騎士隊が周辺の調査に向かいます。しかし幾日経とうと騎士隊は帰って来ず、知らない場所で一人、また一人と人々が消えて行く。


そんな中、嵐がやって来ます。大きく、激しい嵐が。木々は揺らぎ、様々な物が飛び交い、外に出よう物なら無傷では済まない暴風。その嵐の中で、一人の男が現れました。


人とはかけ離れたその巨体。腕から生えた鉤爪に、頭部から天へと伸びた角。禍々(まがまが)しい瞳。この世の物とは思えないそれは正に、悪魔。


嵐と共に暴れ狂う悪魔は人々を次々に殺し、家屋を破壊しました。教会を崩壊させ、城を燃やし、最後に残ったのは数人の騎士だけ。ザカマの像は跡形も無く壊され、加護すらも期待出来ない状況。


護るべき物を失い、愛する人を殺された騎士達は最早虫の息。対して悪魔は未だに平静を保っている。生還は絶望的。満に一つも勝ち目はありません。


しかし、一人の騎士が立ち上がります。悪魔と騎士は互いに身構え、剣を振りました。


ーー


「この話はここでお終いです。楽しんで頂けましたでしょうか?」

「ええ!? 終わりですか!? 結局悪魔と騎士はどっちが勝ったのか教えてくださいよ!」

「どっちでしょうね?」

「おい、着いたぞ! ここがユース・キングダムだ!」


御者(ぎょしゃ)の声を聞くと結末を催促(さいそく)するジアルを放置し、フェイクは素早く馬車から降り立つ。村とは違い、石で舗装された堅い地面。降り注ぐ暖かな太陽の光。何もかもが村とは違う。


「ここが都会! お父さん、フェイクさん、早く行きましょう! あ、あそこに面白そうなお店がありますよ! 入ってみましょう!」


ストレングスは村との違いに落ち着かない様子だが、ジアルのそれは一際強く、興奮と期待に自然と声が大きくなり、それが道行く人の視線を集める。対してフェイクはどこか慣れた様子で落ち着き払いジアルの後ろをついて行った。


「こらジアル、あまり騒ぎ過ぎるな。興奮するのは分かるが、ここの人達は顔見知りじゃないんだぞ」

「はーい! 早く早く!」


ストレングスの注意を聞き流したジアルはまっすぐにとある店へ飛び込む。そこは様々な日用品が取り揃えられた雑貨店。二人は早速注意を無視したジアルに若干呆れながらも、年頃の少女だから仕方ないと諦め後に続いた。


緑の扉を開ければ、そこには所狭しと並べられた品々。棚に置かれた商品は縄から食器、何の役に立つのか分からない輝く玉やすり潰された薬草入りの瓶。どこを見ても怪しいと言う感想しか抱けないが、ジアルにとってそんな事はどうでもいいらしく商品を食い入る様に見ていた。


「これは奇妙な店ですね……」

「筋力増強剤は無いのか?」

「見てください、この木の人形面白い顔してますよ!」


ジアルが手に取ったのは木製の質素な人形。赤のペンキで雑に塗られ、目を見開き大きく口を開けたその人形はどこか愛嬌(あいきょう)があった。


「ジアルさん、その人形から離れてください。恐らく良い目的で作られた物ではないでしょう」

「その通りです」


不意に店の奥から聞こえて来た乾いた男の声。車椅子を動かし出て来たのはシルクハットを被り紳士服を着た初老の紳士。紳士の年齢が既に六十を超えているのは見ただけ分かるが、その目に宿された光は今日明日に死ぬ老人のそれではなく、力強い光だった。


紳士はフェイクの忠告を聞いて不安そうな表情を浮かべているジアルに優しく笑い掛け、次にフェイクを見やる。人形の本質を見抜いた男に興味を持った故の行動だったが、フェイクと目が合った途端に顔を強張(こわば)らせ視線をそらす。その行動が何を指し示すのかはジアル達には分からないが、すぐに表情を元に戻した紳士を見て年のせいで腰が痛むのだろうと片付けた。


「その人形は無害な顔をしておりますが、その実呪いの依り代として作られた物。所有者へのいかなる害をも跳ね除ける代わりに、常に毒を発し続ける諸刃の剣」


紳士の言葉を聞いた途端、ジアルは静かに人形を元の位置へ戻した。それは彼女が生きて来た中でも最も緊張し、最も不安を抱いた行為だっただろう。手放して尚も不安が消えないのか、確認の為に紳士に視線を投げる。すると紳士は笑顔で頷き返し、この時(ようや)く彼女は胸を撫で下ろした。


「安心しなさい、少し触っただけでは毒に侵されません。(たた)られる事もない」

「良かった〜」


先程までの笑顔を取り戻したジアルを確認し、ストレングスも緊張を解き陳列棚に視線を戻す。目に飛び込んで来たのは縦横に複雑な亀裂の入った絵。


「それはパズルと言い、バラバラにしてもう一度元の姿をに戻す玩具(おもちゃ)です。お客様方はズヤカ村から来れたのでしょう? 私めが案内いたします」


ストレングスが疑問を抱いた直後、心を読んだかの様に紳士が答えを話した。更に、三人は一度もどこから来たか話していないにも関わらず言い当てる。まるで思考を覗き見たかの様に。


「なぜ俺達がズヤカ村から来たと分かったんです?」

「心を読んだ、それだけです」


紳士は理解不能なーーしかし真剣な表情で説明をした。ストレングスにもジアルにもイマイチ伝わっていない様で、顔に疑問符が張り付いている。紳士の説明は余りにも言葉足らずな為、誰であろうと二人の様な反応をした事だろう。


「お嬢さん、私の頭はイカれてないのでご心配なさらず」

「ええ、なんで今考えてた事が分かったんですか!?」

「言ったでしょう、私は心を読める、と」


考えていた事を的確に言い当てられたジアルは心底驚いたらしく、目を大きく開いたまま戻らない。実際には心を読まれた驚きよりも知られたくない思いを読み取られてしまった衝撃からなのだろうが。次にそれを見たストレングスが進み出る。


「俺の考えている事が分かりますか?」

「ほう、お嬢さんの名前はジアルと言うのですか。貴方が思っている事は……ジアル可愛いなぁ」


すかさずジアルがストレングスの(すね)に蹴りを入れ、続いて出そうになった拳をフェイクが(とが)める。しぶしぶ引き下がるが、怒りは消えないらしく脚を抑えて悶える姿を恨めしそうに見た。


「…………しかし、驚いたな。まさか本当に言い当てるなんて。まさか魔術か?」

「人の心は分かりません。行動に出るとは言え、そこから分析するにはかなりの労力を要する。ですが私めの魔術ならば瞬時に、聞こえて来ます。この猫の声も」


紳士は愛おしげに猫を撫で、恐る恐る棚に向かうフェイクに視線を向けた。次の瞬間に、紳士の顔が苦痛に歪んだ。まるで騒音が聞こえたかの様に耳を抑え、堪らず目を閉じる様から尋常(じんじょう)では無い事はすぐに分かる。


「どうしました? 虫が耳に入りましたか?」

「大丈夫ですか!?」

「具合が悪そうですね」


二人が心配し駆け寄る中、フェイクだけは物静かに近寄るだけだった。その目には普段の様な暖かさなど微塵(みじん)も無く、鋭い目からはそれだけで人を容易(たやす)く殺せてしまいそうな冷たい光を放っている。


「余計な心配を掛けて申し訳ありません。ただ、耳鳴りがしてしまいましてね」


なんとか回復した紳士だが、ジアルとストレングスにもフェイクを視界に入れまいとしている事が分かる程動揺していた。何度か横目で様子を伺い、視線が合うその度に(あわ)ててそらす。しかしそれが三度目になった辺りで、フェイクは周囲を見回す。紳士はフェイクが自分に興味を無くしたと分かると、そこで始めて息を吐いた。


「ストレングスさん、ジアルさん、単独で行動させて頂いてもよろしいでしょうか? 一人でゆっくりと見て回りたいもので」

「おお、いいぞ。夕暮れにこの場所に居てくれ」

「気を付けてくださいね!」


フェイクはすぐには出て行かず、紳士が先程説明をしていた玩具(おもちゃ)、パズルを手に紳士の前に立つ。その目付きや動作は冷たさも鋭さも無く、あの人を殺せてしまえそうな目が嘘の様だ。


「申し訳御座いませんが、これを売って頂けないでしょうか? 御安心ください、金銭ならここに」


ポーチから数枚の札を出した様子を見て、紳士は緊張をして損をしたと呆然とする。そして好青年を装うフェイクと視線を合わせ、すぐにそらした。取り(つくろ)う様に咳払いをし、口を開く。


「180dr(ドーラ)です」


フェイクは素早く三枚の札と三枚の硬貨を取り出し、紳士に手渡す。貨幣(かへい)と引き換えに手に入れたパズルを眺め、満足げに頷くと縁をなぞった。


「ここは興味深い品が沢山御有りです。是非また来店させて頂きましょう」


丁寧な一礼を見せ、フェイクは足早に店を出て行く。鎧に包まれた佇まいは人混みの中でも目立ち、逆に視線の中に入れない様にする方が至難の技だ。しかし、それ程までに目立つにも関わらず三人が(まばた)きをした一瞬の隙に姿を消した。


「ん? 確かにフェイクさんがそこを歩いてた筈なんだが……」

「お父さんも? 私もしっかり見てたのに、いつの間にか居なくなってる」


二人が不思議そうに首を傾げている横で、紳士は安堵の息を吐きながら猫を撫でる。ふと猫が目を開け、膝から飛び降りた。続いて紳士が車椅子から立ち上がる。


「お嬢さん、私はまだまだ現役ですよ」

「ご、ごめんない」


紳士は指摘だけをしジアルが何を思ったかは言わなかったが、彼の言動からしてどんな事かは容易に想像出来た。謝罪の言葉を述べる理由、つまりそう言う事だ。


「ジアル、あまり失礼な事を考えるなよ。せっかく案内してくれるんだからな。しょんぼりしても可愛いだけだぞ」

「変態」


ストレングスは抱き付こうとし、それ必死に止めるジアル。紳士は二人の様子を優しい笑みと共に眺め傍観(ぼうかん)している。結局、長く続いた小競り合いは見兼ねた紳士の仲裁(ちゅうさい)によって終わった。


「全く、お父さんは隙あらば抱き付こうとするんだから」

「お前が可愛いのが悪い」

「キモイ」


未だに口喧嘩を続ける二人だが、仲裁しても尚争う二人に呆れた紳士はそれを無視し扉を開ける。置いて行かれそうになった二人は慌ててそれに続き、歩道を進む紳士の後を歩く。


「見えるでしょうか? 今あの橋の上を走っているのが列車です。最新の技術が積み込まれ、高速で人や物を運ぶ事が可能です」


遠くの橋の上を走る黒い機械を指しながら、紳士は歩みを止めた。同時に、甲高い歓声が上がる。それは他でも無いジアルの物。目を輝かせながら列車を見つめるその姿は幼い子供が新しいオモチャを見付けた様と似ている。


「お父さん見て! あれ! あんなに大きいのにスゴイ速い! あー乗りたい! 中はどうなってるんだろう!? 乗れるかな!?」

「ジアル、少し静かにーー」

「お父さん! お父さんもあれ乗ってみたいでしょ!?」

「もちろん」


大きな声ではしゃぐジアルに注意しようと試みたストレングスだったが、娘へ向ける愛情が強く父親としての役割を放棄(ほうき)した。これを見た紳士はどうなのかと思いながらも、少女が喜ぶ顔を見ると雰囲気を壊す気にもなれず苦笑いを(こぼ)す。


「列車に乗るのでしたら、駅に行かなくては。少し歩く事になりますが、宜しいですか?」

「はい!」

「大丈夫です」


二人の承諾(しょうだく)を得、紳士は列車の走っていた橋に沿って歩き始める。(しばら)く紳士も二人も誰も話さずに歩き続けていたが、ゆっくりとした歩調で先導する紳士は、ふと口を開いた。


「お二人は、アズラエルについて知っていますか? 呪われた一族、終わり無き使命を託された血筋」

「アズラエル? 何だか嫌な名前だ」

「あ、知ってますよ! この間フェイクさんが教えてくれました!」


何も知らないストレングスとは違い、ジアルは屈託無き顔で知っている事をアピールする。紳士はその言葉に驚き、同時に笑みが消えた。場を謎の空気が支配する。


「アズラエルとは、人に仇なす者達。力も魔術も人より上でありながら、人の形を真似る悪魔です。一体何人がアズラエルに殺されたか……」

「それは違うんじゃないですか?」


苦々しい顔をするストレングスとは反対に、ジアルは不思議そうな顔で否定する。紳士はまたも驚き、口を開き何か言おうとするが、諦めた。


「それはなぜですか? 良ければ理由をお話しください」

「フェイクさんが言ってたんですけど、昔は人もアズラエルも手を取り合えると信じてたって」


口を開こうとし、紳士はまた口を(つぐ)む。幾ら思想が違うとて、何故大人が少女の純粋さを汚せようか。この世には知らない方が良い事もある。そう紳士は考えた。


「どうやらこの話は少々重過ぎた様ですな。丁度駅に着いた事です、早速列車へ乗るとしましょう」

「おお! ここが駅ですか! 予想よりずっと大きくて人が一杯ですね! 人がゴミの様です!」

「こらジアル、それは違うだろ。間違えるなんて可愛いな」


橋の下に設けられた入り口から、多くの人が流れ込む。新聞を片手に歩く人や日傘を差す女性、談笑をする若者など多種多様。しかし皆が幸せな訳ではない。


「あの子はどうしたんですか? 近くに母親らしき人はいませんけど……」


ジアルが視線を向ける先には、馬車から降りた客の大きな荷物を持ち、周囲に笑顔を振りまく少年。子供の純粋な物ではなく、商人の()(へつら)う笑顔。まだ幼い少年の姿は、ジアルの目には異様な光景だった。


「ああ……貧民層の子供です。彼らは毎日こうして朝早くから(はし)(がね)を稼いで暮らしている。両親だけの稼ぎでは足りない。それは別段珍しい事ではありません。さ、行きましょう」


人の波に乗り進んで行く紳士の歩調は早く、まるで汚い物を見せたくないかの様だった。事実、二人は少年から目を離し急がなくては追い付けない速度だった。


階段を登り切った先には、広々とした空間を埋め尽くす人の海。線路で幾つかのエリアに分けられたそこは生物を腐らせた様な臭いが立ち込めており、ストレングスは思わず鼻を抑える。


「列車が出入りするので、ここはどうしても臭うんです。少し待って貰っても宜しいですか? チケットを購入して来るので」

「はい、ここで待ってますよ」


人混みの中へ消えて行った紳士を確認し、二人は悪臭を我慢しながら辺りを見回す。都会から離れた地域で暮らしていた二人にとって、駅と言う物は初めて見る物で満たされていた。新聞、電灯、売店に看板を胴体に括り付けた呼び込みまで。そのどれもがズヤカ村には無かった物だ。


「やっぱり、ズヤカ村とこの国は合併するべきだな。いつまでも獣の脅威に怯えている訳にもいかない」

「この技術があれば、毎日モグラと格闘しなくても済む! 絶対合併するべき!」


農耕栽培が生活の(かなめ)だったズヤカ村は、その土地の良さからモグラに悩まされていた。朝早くに地上へ這い出し、作物を食い荒らすモグラは追い払っても数日すればすぐに戻って来る。その苦労が無くなるだけでかなりの負担が減るのだ。


()かれるぞ。もっと下がれ」


背後から低音が聞こえたと同時に、何者かがジアルの(えり)を引っ張り強引に下がらせる。その力は獣の様に強く、唐突(とうとつ)な事も相まってジアルは何歩かフラついてしまう。


「ちょっと、転んだらどうするんですか! 首も締まりましたし、レディには優しくするものですよ!」

「おい、ジアル、やめておけ」


襟を掴んだ張本人、異様な身長の大男にジアルは不満を言う。全身を黒の衣装で覆っているその姿からは微塵(みじん)も友好的な印象は受けられず、コートの上からでも分かる程の筋肉が威圧感を倍増させている。事実、威勢(いせい)よく文句を言ったジアルも大男を見た途端言葉に詰まってしまう。


黒い金属製の仮面、その下から(のぞ)く紅の瞳がジアルを捉える。ジアルは怯えながらも、反抗心から大男を睨み付けた。短い沈黙の末、先に動いたのは大男。


「悪いな、少し乱暴だった。飴をあげよう。これで許してくれ」


震えるジアルの頭に手を乗せ、握り締められた手をこじ開け強引に飴を握らせる。娘に気安く触れられた事から怒りを渦巻かせているストレングスを無視し、手入れの行き届いていない彼女の頭を撫で大男は去って行った。


「何なんだあの男は! 俺の可愛い可愛いジアルに馴れ馴れしく触るなんて許せん! 重罪だ!」

「お父さんうるさい!」

「お待たせしました……どうされたので? そんなに(いきどお)られて」


憤慨するストレングス、その言動に辟易(へきえき)するジアル、何が起きたのか知らず不思議そうにする紳士。三者三様の状況の中、電車が駅の中へ滑り込んだ。

【原始の魔導士イルマ】

魔術の基礎を築き上げた偉大なる魔の母。彼女は当時呪いとされていた魔術を一つの技術体系に進化させ、一人の忌み子を一人前の魔術士に育て上げる。

しかし彼女は晩年魔術の道を否定し、魔術具を全て燃やした。そして硬く閉ざされた洞窟へと引きこもり、世界の終わりを待った。


彼女を狂わせた物は何か、それは魔術。彼女自身の卓越した頭脳と魔術への才がその結果を生んだのだ。彼女は知ってしまった。魔術の始まり、螺旋の底を。

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