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盾を刃に  作者: 暗殺 中毒
哀惜と憤怒に花束を
2/21

哀惜を見つめる苺の花

【騎士】

以前猛威をふるっていた者達。金属の鎧に身を包み、剣と盾を装備した戦士。

世間一般では、主に忠誠を誓い無用な殺生はしない聖人として認知されているが、その実態はただのならず者である。


貴族の次兄などが騎士となる事が多く、その地位も高い。戦場でも家系の格差が存在し、騎士である者達は盾に刻まれた家紋で上下関係を把握した。


盾を黒く塗り潰した者は黒騎士と呼ばれ、有力な家系ではない者達が多い。しかし実力は高く、彼らはアズラエルを追って生計を立てていた。


黒騎士は狂った者が多いと言われるが、人と同じ姿形のアズラエルを狩る為には、そうでなければ務まらないのだ。

「盗賊の撃退……ですか」

「そう、ここ最近私の農園が荒らされて困ってるのよ。もうすぐ寒期が来るし、充分な蓄えを洞窟に保存しなくちゃいけないのに」

「盗賊がどこからやって来るかは分かりになられますか? 拠点に踏み込むのが一番確実なのですが」


木造家屋の客室で話し合うのは白銀の鎧を身に付けた男と全盛期を過ぎたであろう女性。窓から差し込む日差しは暖かい物だが、女性は分厚い毛皮の衣類をまとっておりその寒さに耐えていた。一方防寒具を着用していないにも関わらず平然と紅茶を飲む男。


「西の方角からやって来る事は分かってるんだけど、山の中に入って行くからそれ以上分からないの。ごめんなさいね」

「いえいえ、とんでもない。この村に住まわせていただいているのですから、この程度の恩返しは当然です。準備が出来次第出発する事とします」


女性の家を後にし、雪の降る中を歩く彼が吐く息は白く、膝近くまで降り積もった雪は歩く事すら難しくさせる。風が吹けば肌を刺し、寒さをより過酷な物にしていた。


辺りには彼と同じ様に必死の形相で歩く人が数人おり、中には体を震わせ歯を鳴らしている者まで居る。


静かに降り続ける雪が男の肩に乗り、幾つもの層として重なる事で白い鎧を更に白く染め上げて行く。


彼はとある家の前で立ち止まると、古い扉を開けランタンの灯る屋内に入った。扉の閉まる音と同時に、木製の廊下の奥から少女の頭が覗いた。


「あ! 帰って来ましたね!」


居間から顔を覗かせ元気よく歓迎する少女は、男彼のかたわらに駆け寄り手拭いで肩の雪を払い始める。彼は優しくその動きを制止し、手拭いを受け取り自分で雪を拭う。


「ただいま戻りましたジアルさん、ストレングスさん」


雪を払い終え、廊下を進んだ先の居間で礼儀正しく帰宅を告げる彼。暖炉の前に配置されたテーブル、その周囲に置かれた椅子は相当古く、傷み具合から使い込まれている事が分かる。


椅子に腰掛けていた筋骨隆々の熊の様な男は見かけとは裏腹に、穏やかな笑顔を浮かべ男を迎え入れた。その笑みをしっかりと確認した後、白い鎧に身を包んだ彼はゆっくりと椅子に座った。


暖炉の燃える居間には質素なテーブルと幾つかの椅子、大きなチェストがあり、壁には猟銃や斧、槍などの物騒な物が置いてある。そのどれもが簡素な物だったが、今だに現役である事はよく手入れされている事から分かる。


「おう、聞いたぞ。盗賊の撃退を頼まれたんだってな。お前さんもこの村に馴染んできたな」

「初めは上手くやって行けるか不安でしたが、皆様が私に快く接してくださるおかげでまるでこの村が私の故郷の様です」

「フェイクさんなら大丈夫ですよ! 社交的ですし、頼りになりますし。何よりこの私がついてますからね!」


彼の言葉を聞いた少女はすかさず身を乗り出し口を挟む。そして自慢げに腕を組みいたずらに笑う。


「ジアルに懐かれている様で何よりだ。もし何かあったら気にせず相談しろよ。この筋肉で解決してやる」


腕に力を入れた瞬間、そこに現れた巨大な力瘤ちからこぶ。しかしフェイクと呼ばれた男は、その力瘤をあまり見ずに下半身や胸部に視線を集中させる。


「はあ……」

「ちょっとお父さん、フェイクさんが困ってるから止めてよ!」

「すまん……」


実の娘に叱られ凹む父親を見て同情の眼差しを向ける彼。誰が見ても明らかな程に落ち込んでいるストレングスは最早情けなくも見える。


「それでフェイクさんに話しがあるんですけど、ユース・キングダムに行こうと思うんですよ!」


満面の笑みでそう告げた少女、もといジアル。しかし反対に、彼はうつむきそれが何かを考える。変化に気付き、ジアルが口を開こうとした時、彼が先に喋った。


「ユース・キングダム? それは一体何ですか? 何かの都市の名前と言う事しか」

「よくは分からないが、世界で最も近代的な都市らしい。ここと違って気候が安定していて獣の被害も少ないらしい」

「美味しい食べ物もあるみたいですよ!」


目を輝かせながら少女がよだれを垂らす様は少々汚い。テーブルに滴り落ちた涎を拭きなぎら彼は何度も頷く。


「しかし一体なぜユース・キングダムに行く事になったのですか?」

「近々この村とユース・キングダムを合併する予定らしくてな、ついさっき村長から聞いたんだ。それで最終確認の為に俺達が行くと決まったんだ。確認と言っても、問題が無い事は分かってるけどな」


微笑みジアルを抱き締めるストレングスだが、必死で抵抗するジアルの肘が顎に直撃し堪らず手を離した。何とか解放されたジアルは中指を実の父親に突き立てる。


「なるほど、私はその間どこに居ればよろしいでしようか?」

「ん? 一緒に行くぞ。遠慮するな、その方が安心だ」

「当たり前じゃないですか! もう家族みたいな物ですからね!」


二人の言葉に少しばかり動揺をする彼。一瞬、二つの目が鋭く冷たい光を放ち、すぐにまた先程と同じ優しげな瞳に戻った。ストレングスとジアルはその変化に気付かず、返事を待っている。


「ジアルさん、ストレングスさん、ありがとう御座います。私の様な余所よそ者に優しくしていただけるなんて。ですが、盗賊の撃退が先決ですので」

「ああ、それは別に大丈夫だ。誰かが襲われた訳でもないし、盗まれると言っても農作物が幾つかだけだからな。急ぐ程大事おおごとじゃない」

「しかしーー」


彼が粘りの言葉を紡ごうとした瞬間、ジアルの小さな手がその口を塞いだ。その行動に驚き暫し行動を止めていると、少女は口元に笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ、私達で話しはつけておきますから。フェイクさんは旅行を楽しみにしててください。いいですか?」

「御待ちくださーー」

「待ったなし! いつまでも義理堅い事ばかりしてたら、いつか倒れちゃいますよ?」


何も言えなくなった彼は、少しの間塾考した後に静かに頷く。それを見たジアルはまた先程と同じ様にいたずらに笑った。


「話しはまとまったな。俺は長老の所に用があるから、その間二人は自由にしててくれ。くれぐれも、イタズラはするなよ。特にジアル!」

「はーい」


念を押すが、ジアルは目をそらしながら気の抜けた返事をする。溜息を吐きながら出て行くストレングスだが、その体格とは不釣り合いな小ささの鞄を背負っているせいでさながらリュックを背負った熊。


ストレングスが出て行き、彼は暖炉の側に転がる黒ずんだゴミの山に目を向け、次にジアルに目を向けた。ジアルはその視線に気付きながらも明後日の方向に顔を向け、今日の天気について話している。


「ジアルさん」

「なんでしょうフェイクさん?」

「あのゴミの山は何ですか?」

「さあ?」


彼の問いに曖昧な答えをするジアルだが、額には薄く汗がにじみ出しており聞かれるとマズイと言う事は明白だった。


「ジアルさん」

「なんでしょうフェイクさん?」

「あのゴミの山は何ですか?」

「……失敗作です」

「何の?」

「傷薬の……」

「何故傷薬を?」


彼に何故なぜかと聞かれた途端、ジアルは口を固く閉じ目を泳がせてしまう。しかし簡単には諦めないと言うかの様に、彼は黙ってジアルの目を見つめ続ける。


「フェイクさん、いつも傷だらけで帰って来るので……何か役に立てたらなと、思ったんですよ。恥ずかしいから言わせないでください!」

「すみません、少しイジメたくなりました」


声を上げて笑う彼に、ジアルは中指を突き立てる。だが一向に笑いが止まる気配は無く、中指を向けた意味は感じられなかった彼女は肩を落とした。


「そんなに笑わないでくださいよ、私に似合わないからって」

「いえ、一生懸命調合している姿を想像したら可笑おかしかった物ですから」

「フェイクさんのサディスト!」

「否定はしません」

「え?」


呆気に取られたジアルを他所よそに、彼は壁に立て掛けられた木刀を手に取り、一回、素振りをした。それは何の変哲も無い素振り。けれど、刃先は綺麗な直線を描き、一寸のブレも無い。


「否定してくださいよ! 不安で夜しか眠れなくなっちゃうじゃないですか!」

「夜に寝るのが普通です。さて、夕暮れまで時間がある事ですし、何時いつもの様に特訓と行きましょう」


ジアルの言葉を受け流し、両手にそれぞれ一本の木刀を持って玄関へと向かう。彼女はそれに不満そうな顔を浮かべたが、特に何かを言う訳でも無く着いて行く。


外は先程と変わらずに雪が降り続けており、足下すら安全が確保出来ない有様。風が肌を撫でる度に体温を奪い、体が芯から凍えて行く。


「始めましょうか。何よりもまず自分の身を守る事が最優先。その為には武器を体の一部の様に扱えなければなりません。木刀を腕だと思うのです」

「それ聞くの五回目ですよ」

「基礎無くして上達はあり得ない。当たり前ですが、これが最も難しい事ですからね」


傷だらけの木刀を受け取ったジアルは、やりたくないと言う様に彼を盗み見ながらその歴史ある傷を指でなぞる。彼は特に何をするでもなく地面に突き刺し開始を待ちわびていた。


「私も本当なら危ない事はさせなくないのですが、ストレングスさんに頼まれましたので」

「お父さんは後で殴ってやる!」

「誰かを鍛えるのは今回が初めてでは御座いません。ですので安心して大丈夫です」

「以前も誰かに教えた事があるんですか!? 凄いですね! そんなにしたわれるなんて!」


ジアルが賞賛の言葉を口にし、木刀を握り締めた刹那せつな、彼の木刀がか細い首に当てられた。


「これが真剣で、私が止めなければ、死んでいましたよ」

「嘘……見えませんでした……」

「見えなかったと、脳が認識しているだけです。実際は見え難い方向からの不意打ちに対応出来なかっただけ。慣れるか、技術を磨けば簡単に捉えられます」


不可視の領域に達しているとジアルに言わしめさせた攻撃の解説をする彼。背中を向け、片手は腰に当てている為に完全な無防備。そこを彼女は狙い、腰目掛け木刀を振った。


「おっと危ない」


しかし、ジアルの持つ木刀は彼に触れる事すら叶わず雪の上に落下した。白く小さな手が赤くなり、激痛に身悶える。それを左右で色の違う瞳が眺める。


「酷いですよ! いくら不意打ちされそうになったからって蹴るなんて!」

「今のは自己防衛の一例です。いつかこの手段が役に立つ日が来るかもしれませんね」


鋭く冷たい眼差しでジアルを眺める彼。何を考えているかは分からないが、ただ、どことなく昔を思い出している様な雰囲気を漂わせていた。


「隙あり!」


ジアルの声がした瞬間、彼の視界は白く染め上げられた。無言でそれを払いけ、視野を確保した次にまた何かが顔に当たり白だけが目の前を埋め尽くしている。


「剣術だか護身術だか良く分かりませんが、雪投げなら負けませんよ! 掛かって来なさい! 相手になってあげます!」

「一ついいですか? 雪玉に石を入れるのは止めて頂きたいのですが」

「え? 入れないんですか? お父さんは詰めて投げるって言ってたんですけど」


彼の発言に驚いたのか、今正に石を雪玉に詰め込んでいたジアルの手が止まる。その顔は不思議そうな笑顔を浮かべており、それが普通だと思っている様だった。


「入れません。怪我をした時に困るでしょう? そもそもストレングスさんが話したのは狩りの時の話です」

「そうなんですか、知りませんでした。じゃあ何を詰めるんですか?」

「詰めません」


前提から食い違いが存在する事を知り溜息を吐いた彼の顔面に、またも雪玉が直撃する。その柔らかな物体は硬いヘルムに当たり、四散した。


「ここが戦場なら既に死んでいますよ!」

「成る程。よろしい、受けて立ちましょう!」


ジアルの手元から放たれた雪の弾丸が彼に迫るが、上体を反らす最小限の動作のみでかわす。続け様に地面に積もった雪をすくい取り投擲とうてき


豪速で接近する雪玉をサイドステップで避けたジアルは両手にたずさえた雪玉で反撃。二つの雪玉が別々の方向から彼に襲い掛かる。


ジアルの攻撃をかがんで回避し、立ち上がると同時に雪を跳ね上げ視界をさえぎる。一面が雪のみとなり、彼の姿が完全に消えた。直後に、背後から純白の騎士が現れる。


気付いた時には既に遅い。ジアルが避ける事も叶わず、彼の手に握られた雪が顔に吸い込まれた。


「はい、私の勝ちです」

「いつの間に回り込んだんですか!? 全くが付きませんでした! 足音も立てないなんて! どうやったのか教えてください!」

「ハハハ、もっと腕を上げれば出来る様になるかもしれませんね」

「曖昧にして誤魔化さないでくださいよ!」


質問を受け流し、彼は雪の隆起りゅうきならす。ジアルは相手にされない事に不満を覚え腰を殴るが、鎧の為に自滅する結果となった。


「どうなさいました?」

「いっ〜〜たい! こうなったら勝つまで諦めませんからね! 私を本気にさせた事を後悔してください!」

「……出来ますかね? 貴女に。私を倒す事が」


そして二人の雪合戦たたかいは日が暮れるまで続き、止める頃には互いに全身が雪にまみれた状態になっていた。


「ハァ……ハァ……ハァ……疲れました……」

「最近体がなまってきていたので、いい運動になりました」


汗を滝の様に流し息を整えているジアルとは対照的に、彼は若干の肩の上下こそあれど息を乱す程疲れてはいない。


「現在の時刻は五時近くですね。もうすぐ日が落ちます。今日の所はここまでにしておきましょう」

「はい。ところで、フェイクさんはいつもその時計を持ってますけど何かの記念品なんですか?」


ジアルが指差したのは、彼が持つ銀の懐中時計。蓋には六芒星ろくぼうせいに囚われた悪魔が描かれており、怪しい雰囲気をかもし出している。


「これは私の大切な人からの贈り物です。今はもう既に亡くなってしまわれましたが、それでもこうして肌身離さず持っています。私の宝物ですから」

「へぇー。あ、すみません興味本意でこんな事聞いて」

「御気になさらないでください」


彼は銀の懐中時計を腰のポーチに大事にしまい込んだ。そして空を見上げ、地平線に沈もうとしている太陽を眺める。


「さあ、戻りましょうか。ジアルさんの御宅に」


ジアルに呼び掛けるその声は、どこか棘を含んでいた。

【アズラエル】

堕天し翼をもがれた天使をかくまう愚かな一族。

超常の力を手にした彼らは強く、しかし無知だった。姿形は人そのもの、だが生まれた時から醜い赤子を守る使命に追われる。


人にもなれず、獣にもなれない呪われた力。誰が望んだ訳でもなく生まれたその血筋。恐らく、全ては神だけが知っているのだろう。

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