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盾を刃に  作者: 暗殺 中毒
因縁の歯車
19/21

表裏反対:迷えし者

何とか12月中に投稿。私の手違いが途中で発覚したためここまで遅くなってしまった。深く謝罪したい。

レイジは拳を振り下ろさなかった。振り下ろせなかった。恐怖に(おび)え抵抗すらも出来ない相手を痛め付ける事に戸惑い、有無を言わさず襲う自分に強い嫌悪を感じる。分かっている。見逃したところで改心などしないと。なのに殴れない。


腕を下ろし、痛む頭を押さえギャングを見れば、何時殴られるのかと恐怖し身動きすら出来ない状態。今殴れば、自分はただの犯罪者なのではないか? 正義と言う言葉を盾に、暴力を振るうだけの怪物なのではないか? そんな思考が脳裏を過ぎる。


彼は何人もの犯罪者と戦ってきた。その中にこんなことを言う者がいた。「暴力は極上の力だ、権力も財力も暴力の前では無力。暴力こそが真の自由を保障する」と。


彼はその人物を好きになれない。まるで自分を見ているかの様な錯覚に(おちい)り、自分は犯罪者と何も変わらないと考えてしまう。事実、彼とその人物、イェーガーは暴力の先に求める物が違うだけで過程は同じ。痛め付け支配する。


「ボス、ここで何が……そいつは?」

「シティ・オブ・キングダムの32番道路に面した工場、ヒュー・チャックマンの製鉄工場に居たギャングの一人だ。手出しはするな」


悲鳴を聞いて駆けつけたのは襲撃事件のあった当日、彼の命令を受けて酒場から飛び出して行った男の一人。彼をボスと呼んでいる様子を見るに、男は彼の部下なのだろう。


手出し無用。そう言いつつも彼は動かない。ただ怯えるギャングの目を見続け、何かを探る様に、答えを見つけ出そうとする様に視線を泳がせた。


「ひ、一思いにやってくれ!」


恐怖に耐え兼ねたギャングが目を固く(つぶ)りながら促すが、それでも彼は立ち尽くすのみ。不審に思った男が肩を揺するが、尚も動かない。


「ボス、どうしたんだ? いつもならすぐに殴って終わらせてるってのに……」

「ああ、分かってる、分かってる……!」


彼は渾身の力で拳を振り上げた。決して止めないように。決して手加減などしないように。決して戸惑わないように。そして鋼の如き硬さの拳がギャングの顔面を殴り抜ける。


ギャングを殴った瞬間、彼の中に新たな感情が芽生えた。悲しさと怒りの入り混じった、しかし憎しみとは違う感情。それが何か、彼にはまだ分からない。


気絶させ彼の役目が終わった後も、先程以上に彼の心は揺れ動いていた。知らぬ間に(にじ)んでいた汗を(ぬぐ)うこともせずにただ自分の右手を、何百人と犯罪者を殴ってきた手を見つめる。


どれだけの人数を殴り倒したのか、骨を折ったのか、病院送りにしたかもう覚えていない。覚えていたくなかったのかもしれない。覚えていれば、自分の過ちに気付いた時、きっと自分は(あふ)れ出す自責の念に耐えられない。


「ボス……そんな悲しそうにしてどうしたんだ? あの警官が死んでから、確かにボスは変わった。でもそれは本当のボスじゃないだろ? 感情を押し殺さずに、話してくれよ。どうしたんだ?」

「……お前達には厳しいことをやらせている。犯罪者と戦う手助けをしてくれているだけで充分だ。これは、オレの、オレ自身の問題だ」


彼の背後に立つ男は、諦めた様に肩を(すく)める。男は彼をボスと呼んでいるが、上司と部下よりも対等な関係のだろう。それは男の話し口からも分かる。


「そうか、わかった。ボスは頑固だもんな。この二年間でボスが考えを変えたことって一度でもあったか? あ、いや、ビールは一気飲みか(さかな)と一緒にちょっとずつかの論争だと一気飲み派からどっちも派に変わったっけか?」


彼の耳に男の話は届かず、彼は月に手を伸ばした。雲の合間から覗く雲はこんなにも大きく美しいのに、決して掴むことは出来ない。それはまるで犯罪の無い世界を、失われた故郷を取り戻そうとしている状況に重なった。


「サリバン、ビールでも飲みに行こう。せっかく月が見えてるんだ、楽しまなきゃ損だろう?」

「ああ、もちろんだとも! しかしボスも変わったな。最初に会った時よりも寡黙(かもく)になった」

「そうか? オレは自覚はないんだが」

「最近は騒ぐのも少なくなったし、何より黙ってる時間が増えた。ボスは以前から真剣な時は物静かだったが、今は沈黙のほうが長い」


彼は自分自身では分かっていないが、その心は着々と変化していた。人は誰しも重荷を背負って生きている。その重荷は一人一人異なり、ある人からすればどうということはなく、またある人からすれば押し潰されそうな程重い。彼は重荷を、十字架を背負い過ぎた。


彼の背中には何十何百という不安が、後悔が、怨念がある。彼がその手で殺めた棺の数ですら、最早彼自身覚えていないのだ。しかしその事実は変わらずそこで彼を苦しめ続ける。その苦しみに孤独に耐える彼は、ひどく怖いのだろう。寂しいのだろう。


「オレは毎日考えるんだ。こんな事をして、犯罪が無くなるのかと。オレがしているのは結局力で抑えつけているだけだ、権力や財力でする様に。だがオレにはこれしか出来ない。イェーガーと同じだ……オレは何だ?」


彼は最早男に語っていた事も忘れ、自身の心情を吐き出す。それに答えなどないことを、自分は自分でしかないことを彼はよく知っている。他の何者にもなれない、臆病で怖がりの孤独な悪魔。それでも彼は答えを求める。自分が何者かを。


「オレは知りたいんだ、自分は正しいのかを。怖いんだ、真実を知る事が。認めたくないんだ、認めたくなかったんだ。オレは始めから一人だってことを。知っていた、知っていたんだ。自分が拒んでいたことを」


彼の閉ざされた記憶が呼び起こされる。それは暖かくかけがえのない記憶。見知らぬ他人から預けられた自分を我が子の様に育ててくれた両親、時に笑い時に泣く友達。それらは彼の何よりも大切な物。そしてそれを奪った人間。


何もかも奪われた彼は復讐をした。船で海を渡り、国家を壊滅させ、人里を襲い、また国家を襲う。やがて復讐をやめ不殺を貫こうと、その憎しみが消えることはなかった。


一人だったのではない、彼自身が一人を選んだのだ。人々を拒み、誰も自身の心の中へは招き入れない。それが一番だとどこかで考え、思考の隅に追いやった。


「オレは怖がりだ。一人が好きだった。孤独が楽だった……なんてな。ほんの軽い冗談だって、そんな堅い表情すんなって〜」


今日もまた、嘘を重ねる。自分は強いと、小難しいことは考えていない、似合わないと嘘を吐く。自分に、仲間に。彼は一人だ。一人でいることを選んだ、一人を嫌う怖がりだ。一人を嫌う怖がりは、自分の心を(さら)け出すことを拒んだ。


一人で語り、一人で完結させた彼を見て男は首を(かし)げる。難しい話について返答をしなくていいのは良いことなのだが、それでもやはり釈然(しゃくぜん)としない。


「おいサリバン、ションベンでもしてるのか? 早く飲みに行こうぜ、サリーちゃん。どうしたんだサリーちゃん」


その後、酒場では何時も以上に騒ぐレイジと寡黙な男の対照的なコンビが見られたという。




誰だ、誰だ、あれは誰だ? 自分を殺したアレは誰だ? アレは何者だ? あの時あの瞬間に自分を殴り殺したアレは誰だ?


ダヴィッドはユース・キングダムから少し離れた森の中で、折れた脚の痛みを幻覚剤で誤魔化しながら這っていた。視界が大きく傾き平衡(へいこう)感覚すら失われている。何者かの(ささや)きが耳元で聞こえ、すぐにでも意識を手放してしまいそうになってしまう。しかし彼はそれでも生にしがみつく。


彼は森に入る前から、たった一つのことだけを考えている。自分を殺したのは誰だ? 実際には彼はこうして生きており、殺されてなどいない。だが彼の中で彼自身は既に死んだ者となっていた。


肋骨を折られ、脚の骨を粉砕され馬乗りで殴られる。この時から彼は死人だった。もしレイジが武器を持っていたなら、鈍器や刃物を持っていたならば、彼はもっと早く追い詰められていただろう。最悪の場合本当に殺されていた可能性すらある。レイジが手加減していたからこそ彼は生きている。だからこそ彼は自分は死んだ者と認識しているのだ。


全てはジャックを甘く見た、事細かに情報収集していなかった、実力が不足していた自分が原因。自分の力を過信していたからこそ自分はジャックに返り討ちに合い、レイジに殺されたのだ。これは自分への(とが)め、自分への罰。


銃弾の撃ち込まれた脇腹に剣を突き刺し(えぐ)る。駆け巡る痛みこそが自分の不用意さへの自省の証、噛み締めた歯の隙間から漏れる絶叫は己を追い込む呪詛であり闘志を燃やす雄叫びでもある。


肉体から摘出した弾を投げ捨て、彼は咆哮(ほうこう)を森に響き渡らせた。そしてメットの下で浮かべたのは笑み。憎しみや嫉妬ではない、純粋な歓喜から訪れる笑みを浮かべた。


どれだけこの時を待ち望んだことか。最後に満足のいく戦いが出来たのは今から六十年前のこと。あの日から待ち続け、(ようや)くこうして願いを叶えられるのだ。笑わないほうがおかしいだろう。


彼は戦いを愛する。戦いに誇りを持つ。強さに威厳を持つ。強者こそが絶対であり心を許せる友、絆や思いやりなど弱者の理論であり強さだけが正義。


強者と戦う為ならば彼はどんな悪事にでも手を染める。それこそが生きる意味なのだから。その為に泥水を(すす)り虫を食べ獣の危険に(さら)されながらも生き延びるのだ。


彼がフェイク……ソロウに忠誠を誓ったのもその強さに敬意を表したからだ。自身を遥かに超えた強さを(とおと)く感じ、己の全てを捧げようと考えたからだ。助けられた恩義も含まれているが、強者でなければ全てを捧げようとは思わなかっただろう。


自分を単独で軽々と返り討ちにしたジャック、そして凶暴さを増したレイジ。二人と戦う光景を思い描くだけで彼の心は弾み踊る。


彼はあのレイジを、暴力を楽しむレイジを知らない。何十年と犯罪を撲滅させる為の手段としてだけ暴力を用いていたレイジが楽しむなど考えられない。しかしだからこそ彼は期待する。普段のレイジには考えられない行動や策を。


木を支えに立ち上がり、彼はソロウの下へと帰ろうと歩み始める。体内の弾を取り出したはいいものの、剣を刺した激痛と上下に揺れる視界が合わさりまとも歩く事すらままならない。


幻覚剤の効果で目の前では彼自身と過去のレイジの虚像が作り出され、速く技巧的な戦闘が繰り広げられる。それを見た彼は笑い、戦う度に成長し自身を追い詰めてきたレイジを思い出した。


何度も剣と拳を交わし、互いに思想でさえも決して退(しりぞ)かない。常に予想を超えた戦いと発想を見せるレイジは純粋な戦士として強く、それがまた彼の血を沸き立たせる。共に成長してきたと言っても過言ではない。


彼はあのレイジを見て恐怖した。命の危機を感じた。だがその恐怖とは自らに対抗出来る実力が無いと判断した時に発生する物。故に彼は恐怖を感じると共に勝ちたいと思う。


彼は生き、戦う。己の誇りの為に。忠誠を誓ったソロウの為に。何よりも、戦いを欲する己の為に。

今後は一定の周期で投稿することになると思うが、一ヶ月間隔なのかそれより長いのか、短いのかは現段階では不明。次話を書き終わるまでの時間で判断しようと思う。

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