表裏相反:悪魔の力
重要なお知らせがある。ここ最近私は調子が悪く思う様に執筆活動が進まない。また平行して書いている作品もあるので頭が爆発寸前だ。
この作品は三ヶ月程執筆を休み、万全の状態で臨みたい。
平行して書いているのは「三十路の特殊部隊隊員が異世界転移」だ。
ここはユース・キングダム中枢部に存在する巨大工場。主な役割は鉄を溶かし型枠に流し込む作業で、出来上がった物は下請け会社へと送られ加工される。
何事にも表と裏があるのが世の常であり、この工場もそれは例外ではない。虐げられる労働者達、両親の稼ぎでは足りず働きに駆り出される幼子。鞭を振るい重労働を続けさせるギャング。
得られる賃金は僅かしかなく、しかし与えられる仕事は何時倒れても可笑しくはない拷問の様な物だ。溶けた鉄から発される熱で浮かぶ汗を拭う事も許されず、人々は働き続ける。
「おい聞いたか? ウィンドーム地区の老店主がエッジ・ブレイドのボスを倒したらしいぞ」
「何? あのジイさんが? 服の下が筋肉質なのは知ってたが、一体あの巨漢をどうやって?」
「毒ガスを使ったらしい。医療用の麻酔を蒸発させて作ったらしいぜ」
「医療用の麻酔!? あれは今も製造法は謎で医者達も知らない筈だろ!? どうやって作ったんだ!?」
「俺が知るかよ!」
山高帽を被ったギャングは驚きを隠さず目の前に立つ仲間を見る。その顔は信じられないと歪んでおり、事実鞭を打つ手が止まってしまっていた。
「レイジに続いてジイさんまで犯罪者狩りを始めるのか!? これじゃ街を歩けやしない」
「襲おうとしたら返り討ちにあったって話だから、それはないだろう」
仲間の否定を聞いても、ギャングの顔色は優れない。自分を病院送りにする可能性がある人物が二人居ると聞いただけで背筋に悪寒が走る。
かつて英雄とーー今では悪魔と呼ばれるレイジを倒したと言う話は一度も聞いた事が無い。それどころか姿を見ないまま病院で目覚めたと言う話まで聞く。そんな化け物が存在するにも関わらず新手の登場。不安に感じない方がどうかしている。
近年この国で犯罪が減少傾向にあるのはレイジが常に監視を行っているからであり、被害者が増える程犯罪が減って行く。しかし水面下では未だに犯罪が蔓延っているのは政府が上澄みしか見ていない為だ。
十三人の守護者も、犯罪者達からすればただの警官と変わらない。力はあれど謎を解き明かす知能もギャングに挑む度胸も無いのだから。
「クソ……マーカスが居るってだけで嫌なのになんでよりによってレイジまで。最悪の組み合わせじゃねえか!」
どれだけ入念に計画を練ろうとも、この国にマーカスが居る以上全ての犯行を見られてしまう。過去を見られてしまう。どれだけ警戒しようと、レイジはその網をすり抜け一人ずつ狩って行く。
今のこの状況は、犯罪者にとって正に地獄だった。レイジとマーカスが揃っている状況で大きな犯罪を犯そうとした者が過去に一人だけ居た。しかしマーカス率いる暴動鎮圧部隊に手下の動きを止められ、レイジに敗北し投獄されている。
敗北してしまったがその人物は強大であり、付いて行きたくなる、こいつとなら何でもやれると思う様な存在だった。事実冷酷に人を殺し素手の戦いでも他者を寄せ付けない圧倒的な強さ。にも関わらず敗れている。
「確かイェーガー、だったか。あいつならこの状況をぶち壊してくれると思ったが、結局大負け。チクショウ! あの時あともう少しでレイジをやれたのに! マーカスのヤツ!」
「もう五年も前の話なのか。あの時程楽しい時間は無かった。何をするにしても全て自由。刑務所と裁判所をダイナマイトで消し飛ばしたのは最高だったな」
ギャングが思い浮かべるのは銀色の機械。体を機械へと変えたその人物は自由を追い求め、犯罪者達に自由を与えた。爬虫類の様な琥珀色の目は恐怖を感じさせ、畏敬を集めた。
「後にも先にもあんな大物は出て来ないんだろうな。スコープも無しに数百メートル先から頭を撃ち抜くなんて芸当不可能だろ」
「レイジと渡り合ったのもイェーガーだけだった」
「いや、確か押してた」
「本当か?」
その時、工場の中に重々しい銃声が響き渡った。突然の出来事に辺りは静まり帰り、労働者は条件反射で地面に伏せ、ギャングは身を竦める。
聞き間違えようもない、先程聞こえた音は拳銃の発砲音。しかし今は幾ら聞き耳を立てても声や物音など聞こえない。ただ機械が一定間隔で動作する音だけ。
「何が起こった? おい、見に行くぞ」
「ああ」
冷静を装うギャングの頭の中に不吉な考えが渦巻く。レイジ……居場所がバレた……一人ずつ消される……自分も危ない……勝てない……勝てない……
「ひ、ひでえ、首の骨が折られてる」
何をされたのかは遠目からでも分かった。まるで支えが無い様に首が不自然に曲がり、大きく見開かれた目とは反対に身動き一つしていない。
仲間がレイジに襲われた者の具合を見ている間、彼は山高帽を被り直し懸命に周囲を見ているだけだった。単独で行動した者は前触れ無く消える。それを知っていながら、一人で探しに行く勇気など無かった。
「おい、何があった!」
「見りゃ分かるだろ! レイジにやられたんだよ! 見つけないと俺達もやられる!」
「焦るな! 銃声がしたって事は一発は当たってる!」
「当たってなかったらどうする!」
「知るか! とにかく暗闇には近寄るな!」
先程までとは打って変わり、落ち着いていた相棒は荒い口調で警戒を促す。彼にはその気持ちが嫌と言う程伝わって来た。姿の見えない敵が、どこからか監視している圧力。それに押し潰されない様に保っているだけで精一杯なのだ。
不意に、彼の目の前に何かが落ちた。それはどこかで見た事がある、忘れ様としても忘れられない物。粘りのある赤黒い液体、鼻を刺激する鉄錆の臭い……血。
液体が血だと認識した瞬間、彼は弾かれた様に上を見上げる。仲間が血を発見し見上げたのもほぼ同時。そしてその場に居たギャング達は氷付いた。梁の上、その闇に浮かび上がる黒い体、喉を掴まれた気を失っているであろう男。
「し、死ね! この化け物!」
彼が拳銃を取り出し、発砲の為にレイジに照準を合わせたその時、レイジは男を彼と仲間に投げ付ける。一メートルを超える物体が飛来し、彼らは反射的に衝撃に備え防御姿勢を取った。何人かに投げられた男が直撃し、視線がそちらへ集中する。
「消えた!?」
一瞬だけ視線を逸らしただけにも関わらず、レイジが居るべき場所にはただ暗闇が広がっているだけ。音も立てず短時間でどこへ姿を消したと言うのか。答えは出ない。
「焦るな! こっちは十人以上居るんだ! 数ではこっちが有利だ! 団結すれば勝てる!」
「そう言ってやられた奴が何人居ると思ってやがる!」
「ならお前は尻尾巻いて逃げな! 俺は勝って生き残る方に賭けるぜ!」
ギャング達の総数は16人。しかしレイジから逃げる事を目標とする者達と勝利する事を目標とする者達に別れ、愚かにも言い争いを繰り広げている。
言い合っている間にもレイジは策を練り罠を仕掛け待ち構えている。そう考えた途端に彼の心はざわめき背中に刺さる様な視線を感じた。そこには何も居ない、居る訳がない。そう自分に言い聞かせても不安は拭えない。
ゆっくりと、少しづつ侵食される感覚。忍び足で近寄る様に、泥の中へ引きずり込もうするかの様にレイジは心を蝕んで行く。触れられてしまったが最後、泥の中へと連れ去られもう二度と這い上がる事は出来ない。
「いいさ! そんなに死にたいならテメエらだけで戦え! おれらは骨を折られるなんてゴメンだ!」
「行くなら行け! 臆病者がうつる!」
両勢力の代表者が決別の意思を示し、いざ解散と言う、その時。光を受け輝く物体がギャングの一人のこめかみに激突し、声を上げる事も無くギャングは気を失った。
地面に転がっているのは湾曲した鉄製の武器で、刃は潰され打撃のみを与える様に加工されている。それは紛れもなくブーメランであり、レイジの所有物なのは明らか。
「ち、チクショウ! どこにいやがる! ビビってんのか!?」
仲間を失った事に激情した者が飛んで来た方向へと罵声を飛ばし、梁の上の暗闇に目を凝らす。暫く血眼で探していたギャングだったが、その表情が氷付いた。
理由を聞く者は居なかった。いや、聞けなかった。声を出すよりも早く、薄闇に目が慣れるよりも先に黒い巨体が現れギャングを連れ去り消えて行く。一秒にも満たない時間だった。
反応こそ出来なかったが、何をしていたのかは分かる。工場に備え付けられた鎖を梁に括り付け、それに掴まり振り子の原理で奇襲を仕掛けたのだ。
「これは夢だ、これは夢だ! あのデカイ体であんな早く動ける筈無い! 絶対に! 絶対に! これは悪い夢だ! 夢だ! 夢だ!」
恐怖が限界に達し、彼はとうとう背を向け逃げ出す。そして数人が続いた。これが敗北宣言だろうと構わない。臆病者と言われても構わない。彼はただ怖かった。この恐怖から解放されたかった。
レイジは姿を見せないまま、確かに背後まで迫って来ている。今正に肩を掴もうと手を伸ばしている。それは彼の作り出した幻想だが、錯乱した彼には分からない。
後ろから聞こえるのは仲間達の悲鳴。逃げなかった者達の助けを求める声。彼は助かりたい一心で、何が起こっているのか考える余裕さえも無い。
仲間を見捨てた後悔も、自分を育てた両親への感謝も、迷惑を掛けて来た兄弟への謝罪も忘れただ逃げ続ける。走馬灯の様に駆け巡るのは自分が犯した罪、過ち、悪行。
この時彼は初めて神に縋った。神に祈りを捧げず、勉強をせず、苦労をせずに手に入れた金。それを両親に働いて稼いだと偽って贈り、信頼を踏みにじった。全ては自分の責任。
自分を飲み込もうとする幻想に抗い振り向けば、そこには息を切らしながらも付いて来ていた相棒が居た。逃げ出した時他にも付いて来ていた者達が居た筈だが、その姿は見当たらない。
「……逃げ切ったのか?」
「足音は聞こえない、だが、油断は禁物だ」
街は既に暗く日は落ちている。ここはレイジの独擅場だ。しかしもう恐怖は無い。なぜかは分からない。だが確かに飲み込まれそうな感覚は無くなっている。
あの幻想は自分への自己嫌悪だったのか、それとも自覚しなければならないと言う本能の警告だったのか。何はともあれ、レイジの気配はもう感じない。
「まさかレイジに追い掛けられるのがこんなに怖いなんて、思いもしなかったぜ。こんな経験もうまっぴらだ。おれは犯罪から手を引く。お前もどうだ? 一緒に働いて汗流そうぜ」
「いいな。真面目に働いて飯食って、それから結婚して家庭持って……楽しそうだ」
彼は相棒の言葉を聞き笑みを作る。常に一緒に居た相棒となら何でも乗り越えられる気がした。退屈でたまらなかった勉強も、馬鹿馬鹿しく感じていた仕事も。
彼の目には全てが生まれ変わった様に見え、雲の合間から顔を出した月が古びた街並みを照らす。
「ごめんな、でも、無理なんだ……」
その言葉に反応し彼はなぜか問い正そうと振り向く。後ろを見た瞬間、彼の中で変わりつつあった世界が色褪せ消えて行った。
相棒の後ろに立つ黒い巨体。その手は相棒の頭に添えられ、首を捻り骨を折る。地面に崩れ落ち身動き一つしない相棒。
黒がゆっくりと近寄って来る。闇が眼前に広がって行く。抵抗など出来ない。何もかも手遅れだと気付いてしまった今、彼が出来る事は一つ。
「た、助け……」
悪魔が左腕を振り上げ、静かな街に悲鳴が響き渡った。




