表裏相反:悪魔の手札
最近は中々調子が出ない
この後レイジの話が二つ続き、その後にフェイクの話しへと移る
ダヴィッドは戦慄した。深手を負いまともに歩く事すらままならないこの状況で、自身よりも大柄な男、レイジを倒す事など不可能だと。
「貴公……何故ここに……」
彼はダヴィッドの問いに答える事は無く大股に距離を詰める。無言で巨体が近付いて来る光景は思わず後ずさりしてしまう恐ろしい物であり、ダヴィッドも例外ではなかった。
「待て、己は負傷者だ、ここで戦ったとしても貴公の正当な勝利にはならない! 己は今深手を負っている、どうしても戦いたいなら後日改めてーー」
必死の説得に一切の興味を持たず、彼は満足に体を動かせないダヴィッドの腹部に拳を叩き込んだ。その一撃はフェイクの時の様に不可視ではなかったが、速さが無い分威力は高い。
力を込めれば込める程パンチの速度は落ち、威力が上がる傾向がある。あの時と比べ遥かに遅い今の攻撃は、比べ物にならない破壊力を持っている事は想像に難くない。
動き易くする為に腹部には最低限の装甲しかしていなかったダヴィッドは彼の一撃を腹にくらい数歩後退する。体は小刻みに痙攣し、傷が悪化し赤黒い液体が流れ出た。
鉄槌で殴られた様な衝撃に息をする事も忘れ全身に響き渡る激痛を堪え何とか平静を保とうとする。だが時が経てば経つ程に体を蝕む鈍痛はやがて限界を超え、ダヴィッドは口から胃液を吐き出してしまう。
ヘルメットを被っていたせいで顔中に消化中だった物や無色の液体が飛び散り呼吸穴からそれらが流れ出る。しかし彼は惨状を気にも留めずダヴィッドの顔を下から殴り上げた。
元々瀕死の状態だったダヴィッドはなす術も無く地面に倒れる。だが彼はこれからが本番だとでも言う様に首を回し、気だるげに息を吐いた。
「何をしていた。 答えないならその度に一本骨を折る」
質問をしたが、始めから答えさせるつもりなどないかの様に、重く非情な威力を宿した蹴りが腹に食い込んだ。その衝撃は肋骨を簡単に粉砕しダヴィッドは短い悲鳴を上げる。
「まだ折れてない肋骨が二十一本ある。時間は充分にあるぞ。何をしていた?」
「貴公を殺す為の、準備だ……」
「オレを殺す?」
興味深そうに頷いた彼は、面白い事を知った子供の様に声を弾ませダヴィッドの腹に脚を振り下ろした。
幸い鎧に阻まれてはいるがそれでも体内に響く衝撃は折れた肋骨と傷口、新たに折れた肋骨の痛みを増長させる。
「オレを殺したいのか? 殺せると思ってるのか? いいぞやってみろ、逃げないで待っててやる。今までオレはそんな馬鹿達を何度も返り討ちにして来た。最初は息巻いているが最後には泣きながら『殺さないで、助けて! 何でもするから痛いのはやめて!』と言うんだ ……お前もそうなるか?」
ここでダヴィッドは悟る。あの日炎の中で戦った時とは違うと。あの時はまるで死人の様な様相だったレイジは今、戯けた調子で演技をし狂気すら感じさせる事を口走っている。
自分が知っているレイジではない、今のレイジに掛かれば自分は赤子の手を捻り潰す様に殺されてしまう。目に浮かぶ色は濁った暗い色ではなく、どこまでも透き通った純粋な狂気。
「準備とは何だ? 具体的に教えろ」
「これ以上話せば陛下の計画に関わる……陛下を裏切るつもりなど微塵も無い」
「微塵もか、面白い」
苦しげに立ち上がろうとしたダヴィッドだったが、彼の無慈悲な蹴りにより再び地面に転がされる。だが今回はそれだけでは終わらなかった。
金属を潰す握力で首を掴まれ、呼吸が出来ずもがく内に引きずられる。ダヴィッドが彼の進行方向を見る事は叶わず、これから何をされるのか、どこに連れて行かれるか分からない恐怖が心を覗き込んだ。
ダヴィッドが懸命に抗う内に彼は、屋根の修理に必要な大きな資材を持ち上げるリフトの前に辿り着く。重りに繋がれた縄を籠手の鉤爪で切断し、持ち上げられていた資材が落下した。
縄に掴まっていた彼は資材が落下する勢いで屋根の上へと一瞬で移動し、着地と同時にダヴィッドを放り投げる。
屋根を転がったダヴィッドは、何が起こったのか上手く把握出来ないままの状態で力無く立ち上がった。唐突の高速移動で霧が掛かった様に視界が朦朧とする。
「話せ。命が惜しくないと言うならオレは別に構わない。痛みを感じるのはオレじゃない」
「貴公は人を殺さない。そして、この高さから落ちたとしても命を失う事は無い。改めて聞こう。何があった? 何が貴公をそこまで変えた?」
「聞いてるのはオレだ。お前じゃない、このオレだ」
親指で自分を指しながら質問をしているのは自分と言う事を主張する彼だが、ダヴィッドは彼の心を探る様に赤い目を見続けるだけ。その態度が気に触ったのか、彼から黒い残像が出る。
ダヴィッドが残像を視界に捉えたのと視界が黒く染まり衝撃を受けたのはほぼ同時。放たれたのは右手の付け根部分、底掌と呼ばれる箇所を利用した掌底打ち。
掌底打ちは拳と違い鋭い痛みこそ無いものの衝撃の浸透性が高く、より内臓や筋肉に対し効果的な技だ。更にその性質上顎先を狙う事で拳以上に容易に脳震盪を起こせる。
彼が攻撃したのは顎先であり、予想こそすれど反応も防御も出来なかったダヴィッドは大きく脳を揺すられ膝を着く。視界が上下左右めぐるましく回転し、立とうとしても糸を切られた人形の様に力が入らない。
怒りが収まらない彼はダヴィッドを無理矢理立ち上がらせ屋根の縁に移動させる。このまま背中を軽く押せば地上へ真っ逆さまに落ち重症を負う事になるだろう。
「この高さから落ちても死なないと言ったな? そんな事は知っている。拷問は痛めつける事が基本だ、知っているだろう? ここは3階、落ちれば着地しても脚の骨が折れ逃げられない」
ダヴィッドは答えられない。もし間違った発言をしてしまったら、彼を怒らせてしまったら。その後に待ち構えているのは考えたくもない結末。
どうやら答えないと言う判断は正しかったらしく、彼の手がダヴィッドの体から離れた。密かに安堵の息を吐くと、視界が一瞬暗転する程の衝撃が加えられ鎧を着込んだ屈強な体が宙へと投げだされる。
迫り来る地面に覚えたのは体を内側から焼く様な強い恐れ、抑える事の出来ない死への拒絶。今更自覚しようと既に遅い。後は重力に引かれただ落ちるのみ。
体を反転させ着地を試みるもそれも失敗し、脚の骨が衝撃に耐えられず高い音を立てて折れた。肋骨が折れた時とは比較にもならない程の激痛が走り、ダヴィッドは声にならない悲鳴を上げる。
壁を滑る様に伝い降りて来た彼は同情など見せず、骨折した脚を庇いもがき続けるダヴィッドに近付き折れた脚を踏みにじった。
「話せ」
「陛下の計画を、円滑に進める為に……ジャック・リッパーと言う名の人物を勧誘に来た。しかし返り討ちに遭い、この様な様に……」
「ジャック・リッパーについて話せ」
再度力を込めて彼がダヴィッドの脚を踏む。未だに骨が折れた痛みすら治っていない状況で、彼が与えた痛みは激し過ぎた。鉄の精神を持っていたとしてもこの拷問には耐えられないだろう。
「十三人の守護者の一人……元魔導騎士候補である実力者だ、それしか知らない」
「ソロウの計画は?」
ダヴィッドは答えない。何度脚を踏まれようと、どれ程の痛みを与えられようと計画について口を割る事は無かった。それが気に触ったのか、彼は馬乗りになり拳を振り上げる。
金槌で殴られる様な衝撃が間断無くダヴィッドを襲い、その余りの威力に意識が薄れて行く。抵抗する事も出来ず、惨めに殺される恐怖と痛みから苦悶の声が悲痛で痛々しい物へと変わる。しかし不意に、拳が止まった。
「オレは……オレは……?」
ダヴィッドが吐き出した血液で黒い手袋の嵌められた両手は濡れ、怯え力無く横たわる姿がたった今起こっていた惨劇を強調する。
違う。こんな事をしたかった訳じゃない。ここまでするつもりはなかった。殺すつもりではなかった。どれだけ否定をしても、目の前の現実が自分の行動を見せ付け責め立てる。
彼の脳内に二つの光景が過る。暗闇の中で手中に収められた、たった一枚のトランプ。それは楽園の果実の様に彼には魅力的に思えた。しかし一度手にすれば恐ろしい事が起こる、後戻りが出来なくなる。それが何かは分からないが、決して手に取ってはならないと彼は直感で判断した。
次に浮かんだのは、遠い故郷の地で殺される母の姿。自分を庇い死んで行った母の優しげな顔、それとは裏腹に草原を染め尚溢れ出る夥しい赤黒い液体。
自分は何をしようとしていた? 殺そうとしていたのか? 分からない、自分が分からない。殺したかったのか? 憎かったのか? 誰か答えを教えてくれ、お前は正しいと言ってくれ。じゃないと自分はまるで殺人鬼だ……殺人鬼、殺人鬼……オレは殺人鬼……
彼ーーーー殺人を犯し掛けたレイジがダヴィッドを見れば、そこにあったのは化け物を見る、恐怖に歪んだ瞳。
「そんな目で見るな……昔みたいにお前は強いと言ってくれ、変わらずに冷静でいてくれ……オレを怖がらないでくれ……一人にしないでくれ……ダヴィッド……」
今の彼にとってダヴィッドは唯一とも言える近しい存在だった。本人がどう思っていたかは分からない、しかし敵意も嫌悪も見せずにいてくれるだけで充分に彼の孤独は薄れた。同じ種族、同じ様な強さ。
例え命令を出され敵対するとしても、何時かは手を取り共に生きられると彼は信じていたと言うのに、しかし今は彼を恐れ、必死に逃げ様と地面を這いずっている。
彼は体に訪れる昂りから力が戻った事を実感していた。しかし心には大切な物が抜け落ちたままで、その穴はより大きく広がる。
確かに新しい人生を歩むのもいいと思っていた、だが傷付けるつもりは、ましてや殺すつもりなど毛頭無かった。まるで自分ではない誰かに体を支配されていた様な感覚に、彼は吐き気を覚える。
ここで彼は気付いてしまった。人を傷付ける罪深さに。今まで彼が倒して来た犯罪者も、牢には入れられど恐怖を植え付けられる言われは無かっただろうと。
犯罪者は幾ら殴ろうと罪悪感など無いのに、自分に近い者に対してはこれ程までに後悔している。その事実に自分自身の独りよがりを嫌でも見せ付けられ、頭を抱えた。
犯罪者なら殴ってもいいのか? 罪を犯しているなら傷付けても許されるのか? 一生消えない恐怖を植え付け、それが許されると思っているのか? 彼が孤独の中出した答えはこうだった。許される筈が無い。
彼は立ち上がる。決着を付ける為に。自分自身の葛藤と、その独善に。
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