恐れを隠し勇み行く
【フェイク勢力】
フェイク、ダヴィッド、サラ、シャルマンが属する。四人の下にはそれぞれ異なる分野を得意とした部下が集まり、フェイクの指示を中心として行動している。
現時点ではレイジ、王家と対立している。
「まずは王子から手を離せ。話はそれからでも遅くないはずだ」
「仰せのままに」
レイジの言葉通り、彼は王子の首から手を離した。だがそれは優しくではなく、雑に放り投げると言う離し方だったが。しかし手は離れた為レイジは文句を言わず彼を睨み続ける。
「最後の選択だ、私と共に来い。なぜ人間を庇う? 貴様が人間を守る理由は何だ? 人間に生きる価値などない、根絶やしにされて当たり前の種族だ」
「一時の感情で全てを語るなと言ったのはお前だソロウ。オレは人間を気高い存在だとも特別な存在だとも思っていない。だがこの世界に生まれた以上、手を取り共に歩む道もある筈だ。過去に囚われるだけでは前に進めない」
「貴様の言い分も一理ある。だが、私は何があろうと人間を許す気は無い! 大切な者を殺された苦しみ、辛さ! 貴様も分かるだろう!私達が何をした! 差し伸べた手を食いちぎったのは人間だ!」
彼とレイジ。両者は睨み合いながら、彼は感情の昂りと人間への憎しみを乗せて思いを吐き出す。冷静に対応するレイジだが、生物である上では感情を無視する事は出来ない。感情抜きで見ればレイジに分がある論争だが、彼の言い分も間違ってはいない。
誰しも大切な物がある。それは友からの贈り物であったり形見の品であったりと様々で、彼の場合は友その物だった。理不尽に奪われた悲しみを経験すれば皆が彼の様に怒りに囚われる。
彼が思い浮かべるのは列をなして迫り来る人間の軍隊。無抵抗な者達を容赦なく嬲り殺しにし苦しみもがく姿を見ながら殺戮をやめない人間達。恋人の頭部は無惨に切り落とされ、村は焼かれ跡形も無い。
あの時感じたのは怒りと悲しみ、そして自身の無力さ。目の前で守るべき物が壊されて行く光景をただ見ている事しか出来なかったあの日にはもう戻らない、繰り返さない。今度こそは仲間を、笑顔を守りたい。
今でも心の奥底に根付く負の記憶を強く胸に刻み込み、二度と悲劇を起こさないと彼は誓う。迷いもした、戦う事に戸惑った、これで正しいのかと何度も自分に問い掛けた。だがこれでいい。仲間を確実に守るにはこれが最善。ならその選択肢を取るまで。
「姫、王子を連れて避難を」
「レイジ様、あの方はいったい……知り合いなのですか? あの話し方はまるで人間ではない様なーー」
「早く! 逃げろ!」
我に返り疑問をぶつける姫をレイジは急かす。彼は冗談が通じる相手でも獲物を見逃す程優しくも無い。それは今までの経験からレイジが知っている答えだった。
彼がその気になればレイジを含め、この場にいる三人を一瞬で殺す事も出来る。それをしていないのは彼がレイジを仲間にしようと躍起になっているおかげであり、戦えば万に一つも勝ち目は無い。
今この瞬間にも体を射抜く彼の鋭い視線はレイジの心を乱す。だが彼も余裕がある訳ではなかった。彼はレイジを対等の存在と認め、その実力を評価した上で仲間に誘っている。
一歩間違えれば反逆され、レイジを相手に戦えば彼も無傷では済まない。事実彼は何度もレイジと戦った過去があり、その度にレイジは強さを増して行く。手加減を出来る相手でも余裕を持てる相手でもない、負ける可能性も充分にある。
「貴様は数少ない仲間だ。無益な戦いは避けるべきだ。そうだろう? 私は貴様の実力を高く評価している。この私と唯一対等に戦える存在だと。私達の力が合わされば最早この世界に敵など居ない!」
「オレは多くの人を殺して来た。この罪を償い、人々を守る。それがオレの生きる意味であり使命だ」
「…………そうか、残念だ。だが何も殴り合いをしに来た訳ではない。王子と姫君の命を戴きに来たのだが貴様が居たからな、嬉しい誤算と言う物だ。話でもどうだ? 久しぶりだからな。以前会ったのが六十年前だったか?」
遠い昔を思い出し椅子に腰を掛ける彼。座る様に促すがレイジは頑なとして首を縦に振らず、彼を睨み続ける。とうとう根負けした彼は椅子に体を預け脱力した。
「用心深い点は相変わらずだな。そう硬くなるな、私と貴様の仲だろう? 所謂好敵手と言う物か。隙を突いて殺そうとすると考えているのか? 当たりだ」
白々しく拍手を送る彼だが、大抵の人物なら不快感を覚える状況でもレイジは何の反応も示さない。そこで彼の中で一つの疑問が生じた。無口ではあったが、皮肉の一つも言わない男だったかと。
「貴様はレイジか? いや、見れば分かる。だが私の知っているレイジはもっと感情的だった。何があった?」
「お前に話す必要は無い」
「好きにしろ」
両手を上げ、彼は呆れと承諾の二つを表現する。そして新たな紅茶をカップに注ぐ為に壺型容器に手を伸ばした瞬間、眼前を鉄製のブーメランが目にも止まらぬ早さで通過した。
後少しでも顔が前に進んでいれば、確実に側頭部に直撃していた。金属のメットを被っているとは言え鉄の塊が当たれば衝撃が生まれ無傷では済まない。
レイジから離れる様に跳躍し体の向きを変えると、レイジは丁度戻って来たブーメランを掴んだ所だった。そして振り被る事もせずに先程よりも勝る速度で投擲、放物線を描き瞬く間に彼に接近する。
予想よりも遥かに速いブーメランに驚愕しながらも危機一髪で屈み何とか避ける事に成功。だが既にレイジは目の前に到達しており、一般男性の倍の太さはある腕を突き出した。
小刻みに後退しながら、予備動作無しで放たれるレイジの拳の軌道を反らし受け流す。一見すれば彼は残像すら見せるレイジの攻撃を見切っている様に感じられるが、実際は何も見えていない、見えない。これまでに培って来た経験から直感で判断をしているに過ぎない。
ボクシングにはジャブと呼ばれる打撃がある。これは拳を縦に構える事によって、攻撃の瞬間に肘が上がる事を無くし何時打つか分からなくさせることが狙いだ。そして威力よりも速さを重視し相手の体力を削った所で、渾身の一撃を見舞う。
ただレイジの場合はジャブだけでは片付けられない。蹴り、肘打ちまでもがジャブと同等の速さを持ち尚且つ予備動作が見えない。これが彼が苦戦している要因だった。
何度も攻撃を受け流す内に、彼は攻撃と攻撃の合間を掴み始めていた。レイジと言えども受け流されれば少なからず隙は出来る。彼は一秒にも満たない時間にだけ訪れるその瞬間を待ち、とうとうレイジの腕を掴んだ。
そこからの行動は迅速。体を懐に潜り込ませながら腕を引き、巨体が前のめりになった時を見計らい脚を払う。すると190cmを超える体が完全に床から離れ宙に浮き、重力と体重の合わさった勢いで背中から堅い床に叩き付けられた。
脊椎に走る鈍く身体中を駆け巡る痛み。背中から与えられた衝撃は心臓や肺にまで伝わり、あまりの刺激に内臓の動きが一瞬停止し息が詰まる。だがこのまま倒れていれば殺されると判断したレイジは痛みを堪えすぐさま起き上がった。
彼らがこうして激突したのは初めてではない。何十年、何百年も前から繰り返し戦いその度に互いに満身創痍となりながらまた戦う。一挙一動の速さ、一撃の威力に優れるレイジと相手の攻撃を自分の力へと変える技術、多彩な戦法を持つ彼。
最初は自分に触れる事すら至難の技だったレイジが戦えば戦う程に強さを増して行く姿は将来の天敵になる可能性が濃かったが、それ以上に見ていて楽しかった。まるで息子に修行をさせている様な感覚で、微笑ましさすら感じた。だが今のレイジは変わってしまった。
「レイジ……貴様に何があった? 私は貴様を殺したくはない。貴様が望むなら女も金も用意する、欲しい物は何でも与えよう。私は貴様を嫌っている訳ではない、正直に言えば好感を持っているのだ。私の仲間になってくれ」
レイジは答えない。彼の切実な願いは、心の底からの望みは届く前に叩き落とされる。返答すらされない事に彼は胸を締め付けられる様な思いをし、溢れ出そうとする説得の言葉を飲み込む。
「貴様と私は決して交わる事は無いのか。歩む道は違えど目指す物は大切な者を守ると同一なのにも関わらず。私は貴様の意志を尊重しよう。だが、今度会った時、その時は……殺す」
悲しみを押し殺し、殺意を込め脅しの言葉を掛けて彼はレイジの前から姿を消す。近くの倒木に腰を掛けながら彼は考える。どうしてもレイジと戦わなければいけないのかと。
彼はアズラエルだ。人間から忌み嫌われ迫害される悪魔。サラもダヴィッドも何処かに居るシャルマンも、レイジも同じアズラエル。同じ種族であるなら彼は何度でも手を差し伸べる。数少ない仲間を守る為に。
優れた身体能力と治癒力を持つアズラエルだが、最早生き残りは彼とレイジを含め五人のみ。他の者達は皆人間に殺された。裏切りと言う最悪な行為によって。
人は理解出来ない事を、自分達を超える者を恐れ支配下に置こうとする。例えどんな手を使ってでも、一時の感情だけで行動し抑え込もうとする。それが不利な状況を作り出すとも考えずに。
彼に残された信じられる仲間はたったの三人。その仲間が死んでしまえば彼は一体何を心の拠り所として生きていけばいいのか。だから彼は人間を根絶やしにすると決めた。これ以上仲間を死なせない為に。
帰るべき場所も、家族も、恋人すらも失った彼に残されたのは仲間だけ。だからこそ自分から大切な物を奪った人間と言う種族を滅ぼすと決めたのだ。最後に残った仲間だけは、命と引き換えにしても守り抜くと誓った。
戦いたくはなかったが、こうなってしまった以上は仕方がない。脅威は潰さなければならない。どれだけ訴えても応じないなら殺すしかない。レイジを殺す。彼の心は、固まった。
レイジの脳内に蘇るのは、目の前から消えた彼と背後で崩れ落ちる仲間。胸を剣で刺し貫かれて全身を斬り刻まれ、裂けた肉の間から溢れ出す赤黒い血と黒く染められた骨。
彼がどれだけ拳を振ろうとフェイクを捉える事はなく虚しく何も無い空間を通り過ぎるだけ。初めて出会った時に感じた、あの感覚。絶望。幾ら死力を尽くそうと子供の様にあしらわれ手も脚も出ない、勝てないと理解した瞬間の恐怖。
以前は確かに体を支配していた恐怖は、今は微塵も感じられない。奥底から湧き上がるのはただ使命を果たすと言う考えで、それ以外の感情は全てが枯渇してしまった。
ふと握り拳を作り、考えてみる。何故使命を果たさなければいけないのか? こうして立ち止まって考えて見れば、人間を守ると言う事は自分に利益など無い。
人間は一体自分にどんな事をして来たか? 思い出せば思い出す程に黒く塗り潰された負の記憶が蘇り、友好的な態度を取られたのはここ十数年のみ。人間とは守ると誓うにはあまりにも信用ならない相手だったが、彼にとってそれももうどうでもいい。
人間と戦い目の前で力尽きて行く仲間、フェイクに命乞いをしながら死んだ戦友。以前はそれらの出来事が寝ても覚めても頭にこびり付いて離れなかったが、今は何も感じない。
本当に自分は変わってしまったのだと自覚をし、新しい人生を生きてみるのも楽しいかもしれないと思考がよぎる。実際感情が無くなった今となっては人間に対する怒りも情も浮かばない。
何やら外で走る者は居るらしく、足音が反響して彼の居る部屋に近付いて来るのが手に取る様に分かる。
扉を蹴破り中に飛び込んで来たのは悪魔狩りを止めに行った魔導騎士。龍の刺繍が施された赤いマントを靡かせながら周囲を念入りに観察し、無傷の彼の姿を見て剣を収めた。
「レイジ様! お怪我は!?」
「見ての通り、何も」
姫君は彼に急いで駆け寄り、心配そうに全身を見た後に大きく溜息を吐く。彼の身を案じて焦りながら走って来たのだろう、ブロンドの髪は汗の滲む額に張り付き息が荒くなっている。
「侵入者はどこにも居ません。床の溝一つ一つまで探しますか?」
「いえ、そこまでしなくても……」
「物の例えです姫」
魔導騎士と姫君のやり取りを静かに眺めていた彼だったが、投げられ強打した背中が痛み早く帰るべきだと決断を下す。
「姫君、ソロウはこの場からは居なくなりましたが油断はしない方がいいでしょう」
「この男に同感です。道中でも見張りが数人気絶していたので、暫くは籠の鳥になって貰います」
「今も籠の鳥状態ですよ、マーカス様」
彼の発言に魔導騎士が同調し、姫君が苦笑いで返す。マーカスと呼ばれた魔導騎士は肩を竦めそれもそうだと身振りだけで返事をし、彼に向き直った。
「確かレイジ、と言いましたか。どうやら侵入者と面識があるようで。よければ三日後の会議に参加して欲しいのですが、勿論強制ではなく任意と言う形の強制で」
表向きは任意参加と言う形にしておかなければ後々面倒事が起こった際に不利になる。つまり敵対している政治家などに餌を撒く事は避ける為だ。
彼もそう言われると予想していたのか一回頷くと部屋から立ち去った。マーカスは姫君を部屋に戻るよう促し、テーブルに置かれたカップとポットの破片を観察する。
「これは……人間業とは思えない速さだな。俺はサーカスでも見てるのか?」
今マーカスが見ているのは過去の出来事。周辺の物体が記憶した過去を辿り今正に起きているかの様に観察する事が出来る魔術を使っている。そこではマーカスの予想を超える戦いが展開されていた。
残像すら見える彼の攻撃、正確に受け流し捌き続けるフェイク。魔導騎士として長い間勤めて来たマーカスからしてもその戦闘は呆気に取られる程の物であり、二人の強さを肌で感じる。
「アイツも呼んだ方が良さそうだ……クソったれジャックめどこにいる?」
マーカスは確かにジャックと、そう言った。
【王党勢力】
魔導騎士であるマーカスをリーダーとし、十三人の守護者を幹部とする勢力。
強力な切り札であるマーカス、エリートである守護者が属しているが一つの国である為に混乱に弱く、更には法に縛られ自由に行動出来ない為にフェイク勢力との相性は悪い。
現時点ではレイジと手を組んでいる。




