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盾を刃に  作者: 暗殺 中毒
因縁の歯車
14/21

薄命同盟:白と黒

【悪魔】

悪魔とはアズラエルのもう一つの呼び方であり、より蔑称べっしょうとしての意味合いが強い。

人間はかつてアズラエルの力を恐れ、根絶やしを試みた。不意を突いた事によりアズラエルの大半を血祭りに上げ、残った者も処刑した。だが、一人のアズラエルの手によって軍隊は壊滅する。

時は流れ、ロームでの出来事。そこを別のアズラエルが襲撃し太陽の都と呼ばれたロームは地図から消えた。


忌々しい歴史の傷跡をなぞり、人間である彼らは声高に叫ぶ。アズラエルは悪魔だと。

甲高い警鐘の音が鳴り響き、瓦礫の山と化した街に虚しく溶け込んで行く。地面に擦り付けられたまだ暖かい肉細胞達が血をにじませ、至る所に転がる人の一部が残酷さと絶望を体現していた。


継続的に起こる地響きは自然現象などではなく、人間よりも遥かに大きな、優に15メートルを超える巨体の人型の獣が歩く事によって引き起こされている。


戦士達は既に怪物に叩き潰され、最早隠れ神に祈った所で生還は絶望的。悪臭と生々しい肉を磨り潰す音が耳から侵入し聞く者の正気を奪って行く。


小さな少女と少年は、怪物が早くこの場から去ってくれる事を祈った。瓦礫の影に隠れ、震える呼吸を押し殺しながら何時終わるとも分からぬ悪夢が終わってくれる事を。


少女達の願いは、簡単に砕かれる。怪物が振り下ろした剛腕が瓦礫を破壊した事によって。隠れ場所も無く、歴戦の猛者ですら殺された怪物相手に彼女達が何を出来ようか。辿る結末は、最悪の物。


怪物の憎しみに満ちた目が彼女達を正確に捉え、怒りとも歓喜とも取れる雄叫びを上げる。それは天を割るかの様な、耳を塞ごうと意味をなさないあまりにも大きな咆哮ほうこう


「いや、やめて、助けて。お願い、何でもするから殺さないで! いや、いや!」


少女が悲痛な叫びを上げ、少年が彼女を抱き締める力を強くすればする程、怪物は一層高らかに怒号を上げる。許さない、必ず殺すとでも言う様な。


怪物が剛腕を振り上げ彼女達が死を覚悟し目をつむった次の瞬間、激痛でも意識の暗転でもなく、怪物の悲鳴が轟く。予想外の事態に二人が驚き目を開けたそこには、守る様に佇む大男の姿があった。


「デザートの前にメインデッシュを食べるのがマナーだろ、大食漢」


どんな戦士の剣も通さなかった怪物の外殻がいかくは破壊され、左胸に深々と銀色の槍が突き刺さっている。それは間違いなく彼女達の前に居る大男が放った物。


「お前達、離れた場所に居ろ。大丈夫だ、必ず守る。何があろうとお前達は、オレが守り通す!」


誓いの言葉を置き去りにし、大男は怪物に向かって駆け出した。その大きさの差は歴然としており自殺と呼ぶに相応しい行為。だが王家直属の戦士達ですら死んだ今となっては、大男に託すしかない。


彼女達の不安げな視線の中、大男と怪物の影が交差した。




レイジは今、城の前に立っていた。手には王家からの招待状を持ち罠なのではないかと疑っている。しかし何時までも立っていた所で答えが出る訳でも無い為、彼は近衛兵に招待状を押し付け広大な庭へと入って行く。


緑豊かな庭には鳥達のさえずりが響き、暖かい木漏れ日が優しく降り注ぐ。微風そよかぜに吹かれ揺れる花々の甘い香りが漂い心を落ち着かせるが、彼は興味も示さずただ前へと進む。


後ろから慌てて近衛兵が彼に同伴し、警備兵達に招待された人物だと説明をする。しかし彼は近衛兵が何をしていようと無視し前に行き続ける為、常に近衛兵は彼の後ろを歩いていた。


木製の豪華な扉を押し開けた彼はそこで漸く立ち止まった。その理由は、目の前に立つ少女と少年。と言っても、成人一歩手前まで成長している為そう呼べるかは怪しいが。


「ウィンストンさん、下がっていいですよ」


少年の穏やかな声を合図に、ウィンストンと呼ばれた近衛兵は一礼をして去って行った。エントランスホールには笑顔の二人と、片膝を着きひざまずいた彼。


「お久しぶりです、レイジ様」

「ずっと会いたいと思っていましたよ、こうして再び会えたのですから堅苦しい事は抜きで話しましょう」

「申し出は嬉しいのですが、一庶民である私が姫君と王子と対等な立場など言語道断。私はあくまで招かれた身なのですから」


申し出を切って捨てた彼の言葉に、二人は驚き顔を見合わせる。煌びやかな衣装に身を包んだ二人は動きにくそうにしながらも彼に駆け寄った。


「レイジさん、一体どうなされたんですか? 以前は僕達相手にも気楽に冗談を言って笑わせてくれたでは無いですか!」

「そうです、うるさくないレイジ様などレイジ様ではありません!」

「……人の心はある日突然変わる物です」


王子は不安げにしながらも、姫君に目(くば)せをする。それを確認した姫は優しく彼の肩に手を置き立ち上がる様に促した。


「強要は致しません。ですが、レイジ様は私達の命の恩人です。せめて客間へお通しさせてください」

「お気遣い感謝します」


二人に連れられ彼は赤い絨毯の敷かれた長い廊下を歩く。壁には高価な値が付くであろう絵が飾られ、天井からは豪華なシャンデリアが吊り下げられている。こんな状況で緊張しないのは、彼に感情が無いからなのだろう。


「あの時レイジさんが獣から助けてくれなければ、僕達は今頃生きてはいなかったでしょう。願わくば我が城の近衛隊長として迎えたいのですが、どうでしょう? 相応の金額を用意するつもりです」

「今の私に必要な物は武力でも金銭でもありません。お誘いは嬉しいですが、私よりも部下の扱いに長けた者がなるべきです。未だ必要な物は何かと言う答えは出ませんが、おのずと分かるでしょう」


この申し出も断られた王子だったが、口元には笑みが浮かんでいた。数年前に招待した時と全く同じ返答。それは彼と言う人物の本質が変わっていない事を表している。


二人の脳裏に浮かび上がるのは、人間離れした身のこなしで倍以上ある大きさの獣を打ち倒した彼の姿。地獄の様なあの場所に現れた彼は正に英雄だった。


「近衛隊長になるのが嫌なのなら、王家の一員になってくださいませんか? 大丈夫、難しい事はありませんから」


彼の腕に擦り寄る姫君は、瞳を覗き込む。しかし彼は目を見られまいと顔を反らし姫を腕から離した。具体的に言われなくとも彼には分かる、結婚をしろと言われているのだ。


「誠にありがたいですが、私は姫君が思う様な大それた者ではありません。それに私には人々を守る使命があります、いつ死ぬかも分からない。私が死んで誰かが悲しむのは、何よりも辛い」


感情は込められていなかったが、それは過去の自分自身に基づく彼の本心だった。彼とて感情を理解していない訳ではない。ただ感じる事が出来ないだけで、自分の考えが何に該当するのかは判断出来る。


彼は昔、正義感の強い英雄と呼ぶに値する実力者だった。誰よりも速く、誰よりも戦いに秀で、誰よりも賢かった。不殺を貫き気高く戦場を舞う姿は憧れの対象となり、子供からの支持も手中にしていたのだ。だが彼は変わってしまう。ある時を境に。


彼がアリアと言う名の修道女を殺した噂が立った時から、まるで怒りや憎しみをぶつける様に犯罪者狩りは激化し始めた。心を硬く閉ざし誰も信頼せずに。


彼としても自分を信頼し結婚を申し出てくれるのはありがたい話だが、姫君と王子が見ているのはあの日助けた彼。どんな困難にも屈さずに立ち向かう彼なのだ。


助けたあの日も本当は怖かった、不安だった。守れないのではないか、ここで殺されるのではないか。戦っている最中に何度そんな考えが巡ったのだろう。


自分はたった一人の女性すら守れない弱い男だ。傷付く事を恐れて誰も受け入れ様としない、理解し様と近付いて来た人を拒んだ臆病者だ。大切な人をもう失いたくない。なのに理解される事を望んでいる。矛盾する考えに戸惑い、未だ答えは出ない。


「レイジさん、辛い事があるならば僕達に話してください。僕達はこの城に押し込められ、門の外に出る事を許されないのです。だからせめて、ここで貴方の役に立ちたい」


心配そうに顔を覗きんで来る王子を見て、彼は思考を切り替える。ここで葛藤をしていても仕方がない、出来る限り不安にさせない様に配慮はいりょをしなければ。


「王子の手を煩わせる訳にはいきません。ところで、王子は相変わらず修行をしているのですか?」

「ええ、僕もレイジさんの様に強い男になりたいので、一日も怠った事はありません」

「修行の予定表を拝見しても?」


王子が懐から取り出したのは厚い紙束。彼はそれを受け取り一枚一枚に書き込まれた文字を吟味し素早くめくって行く。全て読み終えた時、彼は首を振った。


「これでは駄目です。詰め込め過ぎは体に毒にしかならないのは言うまでもありませんが、効率良く鍛えるならば筋肉の回復が活発化する午後16時から18時までの二時間に行うべきです」

「なるほど、案外博識なのですね」

「案外とは、面白い冗談です」


感情の無い彼が面白いと言ったところで言葉にそれが表れる事もなく、王子は彼の機嫌を損ねたかと怯えながら顔色を伺っている。そこで彼は目を見つめると言う間違いを犯した。


「申し訳ありませんレイジさん、悪気は無かったんです!」

「王子は何の話を?」

「さあ、何でしょうね?」


彼の質問に姫君は答えず、何度も許しを請う王子を笑いながら見ていた。その状況が尚更彼には判断出来なかったが、漸く王子が何に対して謝っているのかを理解する。


「王子、頭を下げないでください。王家の跡継ぎでしょう」

「……怒ってませんか?」

「それとこれは話が別です」

「王子、姫君、お時間を頂きたい」


突然割って入って来たのは赤いマントに龍の刺繍が入った騎士。身なりからして高位の立場に居るらしく、堂々とした立ち振る舞いからもそれは分かる。


「どうしました?」

「大臣の一人が悪魔狩りと称して民間人を公開処刑するつもりです。疑いの掛けられた者を調べてみましたがアズラエルだと言う根拠はどこにも無く、言い掛かりでしょう」

「では給金を絶ち書類を提出して止めに行ってください」

「もう済ませました。後は貴方達の許可を得るだけでしたので、今すぐに」


赤マントの騎士は彼に一瞥いちべつもせず足早に立ち去って行った。背中を眺めていた彼の脳内である出来事と今の騎士が繋がり、一つの答えを導き出す。


「魔導騎士ですか」

「はい、この広い城の中で最も信頼出来る人です。私達はこの城から出る事は出来ませんが、代わりに彼が政治や統治を行ってくれています」

「機会があればレイジさんも話してみてはどうですか? 掴みどころのない性格ですが、いい人なのは確かです」


魔導騎士と王子達の会話を聞いていた彼はすぐに後を追おうと踵を返す。しかし姫君に腕を掴まれ、それは阻止された。感情の無い瞳が姫の顔を見つめ離す様に訴える。


「ダメです。レイジ様は、彼が言っていた処刑されかけている人を助けに行くつもりなのでしょう? 彼を信じください。大丈夫です」

「姫君がそう言うなら、その言葉を信じましょう」


話ながら長い廊下を歩き続け、客間へと続く扉を開けた。そこには、豪華な長椅子に座り優雅に紅茶を飲む長身の男が居た。白い鎧と湯気を立てる紅茶が男の気品を際立たせるが、その体から放たれるのは威圧感。


「君、ここで何をしているんだ!?」

「ああ……失礼、今は紅茶を飲んでいる最中でしてね。飲み終わるまで待って貰っても宜しいですか?」

「無礼な!」


自分よりも紅茶を優先された事に怒りを覚えた王子は男に歩み寄る。しかし詰め寄る前に男が唐突に立ち上がり、王子の首を掴んだ。


「まあそう怒らずに。落ち着いて、深呼吸を」


王子と男の身長はほぼ同じ。だが、鎧を着て動けるまでに鍛え上げられた肉体のせいで男は王子よりも一回り大きく、全身から漂う殺気から動けない。


首を掴む手に徐々に力を込めながら、男はゆっくりと紅茶を飲み干す。満足げに目を細めカップに目を向ける姿からは力を入れている様子など微塵みじんも無いが、王子の気道は確実に閉まってきていた。


「ソロウ。その手を離せ」

「貴様がここに居るのは予想外だが、まあいい相手をしてやる。私の仲間になるか、戦うかだ」

漸く物語が動き始めた……自分でもここまで長引くとは思ってもいなかった。大まかなストーリーの流れは用意しているが、大部分は咄嗟とっさの閃きで書いているので私自身にも予想がつかない。

要望があれば感想欄に書いて貰いたい。出来る限り期待に応えるつもりだ。

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