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盾を刃に  作者: 暗殺 中毒
因縁の歯車
12/21

薄命同盟:敵意の締結

【魔導騎士】

十三人の守護者を含むユース・キングダム内において最も強い者のみが就く事を許される最上の職。

魔導騎士には軍隊を指揮する頭脳、圧倒的な白兵戦の強さ、優秀な魔術師としての才、そして王家の信頼を求められる。

最難関の職ではある物のその恩恵は大きく、王家に次ぐ権力と何不自由しない財を手に入れる事が可能。


龍を象徴とする魔導騎士はユース・キングダム建国から絶えず受け継がれて来た。それは民衆が英雄を求めているからであり、危険から守ってくれると言う安心を与える為である。魔導騎士が居なければ、ユース・キングダムは早々と地図から消えていただろう。

雑貨店の緑の扉が乱暴に開かれ、綺麗な鈴の音が反響する。大男、レイジが満身創痍(そうい)のギャングを突き飛ばして床に転がし馬乗りになった。


静かな店内に肉を殴り付ける音が響き、両腕の骨を折られているギャングは何も出来ずにただ呻きながら彼に殴られる。彼は何時に無く興奮しており、ただ事ではないと一目で分かる。


「な、ミスターアンガー! ここで何をしている! 今すぐに止めなさい!」


騒音を聞き付け顔を出した紳士は彼を見るやいなや、初老とは思えない早さで車椅子から立ち上がり彼を蹴り飛ばした。床を転がって行った彼を横目で伺いながら、殴られていたギャングの容態を確かめる。


両腕は関節部から折られており、服を脱がして確認した限りでは鳩尾みぞおちと左の脇下、恥骨ちこつの部分が青痣になっていた。脇下には脾臓ひぞうがありそこを殴られれば鈍器で殴られた様な衝撃と激痛が走る。


何事も無かったかの様に立ち上がった彼はギャングには目もくれずに紳士を見つめる。苦い顔をする紳士の目線に合わせる為に片膝を着き、紳士の顔を見た。


「お前は人の心の声を聞ける。ここに来たのはお前にこの男の声を聞いて貰う為だ。こいつは重要な情報を握っている。この国を動かす情報を」

「重要な情報とは?」

「ホワイト・チアラ地区襲撃事件。あれがあってからこの国は常に怯え、いつ自分が襲われるのかと心配している。これ以上悪質な事件を起こす訳にはいかない。オレは襲撃事件の犯人を知っている。この男は犯人と繋がりがある」


ホワイト・チアラ地区襲撃事件。ほんの数日前に起こった事件は記憶に新しく、ユース・キングダムを混乱の渦へ巻き込んでいる。最も安全な地区だと言われていた場所が大規模な被害に遭えば人々が不安を感じるのは当然。


十三人の守護者の本拠地が攻撃され、四人が殺された。それはつまり何時何処(どこ)にでも攻撃を仕掛けられると言う事。幸い守護者は全滅してはいないが、それでも危険な事に変わりない。


紳士としてもこれ以上厄介な事が起こる事は避けたい。このままでは満足に外すらも出歩けなくなる。


彼に無言で促され、紳士はギャングの瞳を覗き込む。途端に中年の男の声が脳内に響き渡り、心の声を訴え始めた。


(もう殴らないでくれ、痛いのは止めてくれ! 何でも言う通りにするから助けてくれ!)

「何でも言う通りにすると、彼が」

「サラ。この名は聞いた事があるか」

(ある! 常に色気を振りいてる女だ! 上司の一人だが直属じゃない!)

「その女性とは管轄かんかつが違う様です」


紳士の報告を耳にした彼は無意識に舌打ちをする。それはわずかに残っていた彼の感情なのか、激情の波がまたやって来ているのか。


「ならこの名前は。ダヴィッド・ネルソン」

(俺の上司だ! 赤い鎧の!)

「どうやらその方の部下の様ですね。ある程度の情報なら引き出せるでしょう」

「どこに行った。ダヴィッドの部隊は?」

(知らない! 今は何も行動を起こすなと言われてる! 追って連絡するまで解散してろと!)

「何も知らない様です。どうやら仲間の位置も知らされていないらしい」

「予想はしていた。ダヴィッドは昔から頭が回る。しかしこれではどう対応すればいいのか分からないな」


棚の淡い青色をした液体入りの瓶を手に取り、彼は勘定台に腰掛ける。液体の中には下水道に居た虫の死骸しがいが入っており、それから気泡が浮き出て来ていた。


いぶかしげに瓶を眺めていた彼は、一つの結論に至ったらしく顔を上げて瓶を紳士に投げ渡す。そして勘定台から降り、紳士の首をわし掴みにした。


「これは魔力封じの呪いだ。それも高度な科学技術を用いて作られた物。これを使われた相手は数日間魔術を上手く使用出来なくなり、また科学によって作られた解呪かいじゅ剤が無ければ解けない。こんな代物をどこで手に入れた」


鷹の様に鋭い目付きで睨まれた紳士は言葉に詰まる。彼から放たれる威圧感、言葉選びを間違えれば自分があのギャングと同じ目に合わされる緊張。しかし黙っていれば余計に疑念を抱かれるだけ。


「それは先日、魔導騎士様との交流研究で作り上げた品物です。魔術とは人体のどこから作用するのか、精神と深い関わりがあるのはなぜなのかと言う研究です。薬はその副産物」

「嘘に6000dr(ドーラ)賭けよう」


彼は紳士の言葉を否定する。何を根拠にしているのかは分からないが、獲物を見定める目はそれだけで人を殺してしまいそうな程危険に満ち、どれだけ訴えても許してはくれない残酷さを宿していた。


「なぜ嘘だと? 証拠があるのですか?」

「魔導騎士はこの国で最高の権力を持っている。女王は今籠の鳥、実権は魔導騎士の物だ。そんな相手にお前の様な一国民が交流研究など出来る筈が無い。そして魔導騎士は今襲撃事件の対応に追われている。研究をしている暇など無い。以上の情報から、お前の言い分は嘘だ」


紳士は言い返せない。それらは紛れも無い事実であり、また紳士が魔導騎士と交流研究をしていない事も当たっていた。大柄で鍛え上げられた肉体を持っていながら頭が切れるとは誰が思うだろうか?


仕方がないとばかりに頭を振った紳士は彼に目(くば)せをし開放させ、店の奥へと入って行く。扉を開け自室へと入り本棚の一冊を押し込んだ。すると、何かの機械が駆動する地響きに似た音が鳴り本棚が床下へと収納される。


姿を現したのは煙を上げる薬瓶や透明なショーケースの中に閉じ込められた虫、せわしなく動き続ける歯車だった。


「ここで薬を作ったのか。理由は何だ」

「先程言った通り、魔術とは何なのか? どこから発生し源は何か? それを調べる際に使用したのですがかんばしい結果は出ず棚に並べていました。魔導騎士様と交流研究していたのは本当です」

「何を研究しようと自由だが二度と売るな」


彼の言葉に紳士は返事をせず、代わりに小さな頷きをする。それを確認した彼は背を向けギャングを引きずり扉に手を掛けた。


「その研究は危険だ。ヤツらに目を付けられない内に止めておけ」


忠告をし、彼は扉を開け出て行こうとする。しかし何かを感じ取ったのか振り向き紳士を見た。そこには何時になく真剣な目をした紳士が立っていた。


「この研究は、魔導騎士様と密かに進めていた物。誰かに知られる訳にはいかない。例えミスターアンガー、貴方だったとしても」

「だから消えて貰う、か」

「ええ」


紳士が服の下から取り出したのは拳銃。手の平に収まる程小さいが、人の命を奪うには充分過ぎる武器。鎧さえ着ていない彼を殺す事など容易いだろう。


銃口を向けられて尚、彼は恐怖も動揺もしない。ただ真っ直ぐに紳士の目を見詰め、訴えもせず、命乞いもせず、尻込みすらない。その目に浮かぶ感情は無。


「提案があるのですが……手を組むのはどうでしょう? 貴方の力と私の技術が合わされば敵無し。貴方はいつも通りに自警活動をし、私は有利な状況を作り出す道具を作る。どうでしょうか?」

「お前はオレを見張る事が出来、その気になればいつでも殺せる。だがオレの利益は何だ? 交渉こうしょうには対価が必要だぞ。その研究の本当の目的を話すか?」


彼は馬鹿ではない。もっとも誰であろうとこの状況で手を組もうなどとは思わないであろうが、彼がここまで強気になれるのは感情が無い故なのだろう。


「貴方が私の秘密を話さない限り、力を貸すと約束しましょう。既に老人ではありますがそこらのチンピラよりは役に立つでしょう。腕には自信があります」

「選択肢は?」

「ありません」

「好きにしろ。死なない程度にな」


ギャングを連れ店から出て行った彼を見て、紳士は安堵あんどの溜息を吐いた。倒れていた車椅子に深々と座り、目を閉じて物思いにふける。


もしあの研究の意味を知られていたら、自分は彼に半殺しにされていた。今まで見破られなかった嘘を見抜いた男だ、油断は出来ない。いずれ真の目的に気が付く。噂によれば影に紛れ音も無く忍び寄り、そして標的を仕留め風の様に走り去る。


今まで彼に襲われた者は皆一様に恐ろしい物を見たと言い、それが何かは語ろうとせず口をつぐんでしまう。存在しない何かに怯え発狂し、最後には精神病院へと隔離かくりされる。今だに意識不明の者も居る。


これは賭けだ。研究の目的を知られ彼を殺すか、それとも彼に抜けにされるかの。紳士が勝つのか彼が勝つのかを賭けた、危険な同盟。


紳士が勝てば彼は死に、彼が勝てば紳士は二度と日の目を浴びる事は出来ない。それでもこの薄命はくめいの同盟を結ばなければならなかった。絶対に計画の邪魔をさせる訳にはいかない。


今夜は新月。月の無い空を見上げ、紳士は立ち上がった。




暗く、月明かりの無い夜道を歩くのは一人の男。シルクハットを目深に被り、黒いコートで体を包み込む。夜の闇に溶け込む様な姿は貴族のそれだが、襲う者はいない。


切り裂きジャック。数年前に現れ、この国を恐怖へと陥れた連続殺人鬼。未だに正体を掴めず犠牲者は増えて行くばかりで、犯行が止んだ今も人々はジャックを恐れ夜道を歩かない。


今宵こよいは最高の舞台。静かな夜には女性の透き通る様な美しい悲鳴が、全てを飲み込む様な夜道には鮮血が良く似合う。


不安そうに道を歩く女性を見つけ、男の歩調は早くなる。ゆっくりとした歩みから早歩きへ、早歩きから駆け足へ。地面を蹴りながら女性の背後へ立つと同時に女性が振り返り、男を見た。


大きく開かれた目に映るのは錆びた短剣、響き渡る悲鳴。細い首に渇いた血で染められた刃が押し当てられ、柔肌を簡単に切り裂く。引き裂き、突き刺し、切り刻む。執拗しつように行われる残虐な行為は収まらず、鼻を刺激する生臭さが立ち込める。


人であった事しか分からない亡骸から凶器を引き抜き、男は大事そうに懐に収める。そして誰も居なくなった暗闇で一人拍手をして、闇の中へと消えて行った。


「今宵は良い舞台でした。それでは皆様、またお会いしましょう。素晴らしき劇と、美しい死に拍手を」


しわがれた声が暗闇から聞こえ、拍手が鳴る。たった一つのそれは何時までも止む事無く夜の街に響き続けた。

【鎧】

斬撃武器に対して有効な防具。魔術と製鉄技術の発達により、近年では銃弾を弾き返す鎧や衝撃を吸収する鎧が開発され、今尚使われ続けている。


最高峰の鍛冶屋は考えうる全ての攻撃に耐える鎧を創り出したが、それが戦場で使われる事は無かった。

強力な鎧は使用者に対価を要求する。力、魔術、生命力。未だに資格者の現れぬ鎧は、宝物庫の奥深くで待っている。使い手が自身を手に取るその時を。

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