──傘の魔女 ────??
「恐ろしい限りだね」
そう言って歩み寄ってきたのは、ブロンドの髪を一本の三つ編みにした小柄な少年だった。
頭にはシルクハットを被り、仕立ての良いジャケットを着ていた。
「あら、アルプじゃありませんこと。どこの貴族かと思いましたわ」
自分の目線よりもやや下にある頭。
シルクハットの分、若干大きくは見えるが、こちらもヒールを履いているので、自分の方がやや背は高い。
「人の姿で、私に会いにくるなんてどうしたのかしら?」
彼はいつもシャム猫の姿をしていた。
小首を傾げて見せると、彼はニッコリと笑みを浮かべた。
「これは、貴女への戒めだよ。君は目的の為にどんな犠牲も厭わない」
アルプの言葉には私を責めるような響きがあった。
「目的の為に手段を選んでいては、何も得ることは出来ませんわ。何を犠牲にしても、目的を達成する。それぐらいの覚悟がなくてはいけないと思いますのよ」
目線を下げれば、血で赤く染まったドレスがそこにある。
足元には、まだ温かい彼女の死体が血を流し続けている。
たとえ、自らの師を殺すことになったとしても、私は目的を達成する。
目的の為ならばどんな犠牲も厭わない。
「僕は悪いとは言ってないよぉ」
ニィッと笑うアルプは、甘えるような猫撫で声で話す。
「でも、君は犠牲の上に成り立っているのだということを忘れてはいけない。君がその力を得たのも、君が目的を達成できるのも、全ては数多の犠牲の上に成り立っているのだから」
何の感情も篭っていない目だった。
少したじろぐ程の迫力がそこにはあった。
アルプは、私の手を取り、覗き込むように私の顔を見る。
そこにあった顔は、──!
咄嗟に、手を引いたが驚くほど強い力で離すことが出来ない。
「忘れるな。お前がここにあること。それ自体が全ての犠牲の上に成り立っているということ──」
大きな瞳は充血し、真っ赤な血を流す。
青、黒、茶色、止めどなく色は変化し、大きさ形も変わる。
頭から血を流し続け、喋るたびにその口は血を吐き出した。
必死になって、手を払おうとしても強い力で握られ叶わない。
「お前に踏みにじられ、その力の礎となった命があったことを、決して忘れるな」
今まで聞いたことないような、ドスの効いた声だった。
「離して……、離しなさいっ……!」
凍りそうなほど冷たい手は硬く、まるで死者の手を握っているようだった。
アルプの美しい顔は姿を消し、落ち窪んだ眼窩、血を吐き出し続ける死者の姿があった。
「いずれ、命の代償を払うことになる。決して、忘れるな──。」
──神を殺したところで、お前は神にはなり得ない──。
最後にハッキリと彼はそう言った。
ぞくりと背筋が冷えた。
思わず息を飲んだ、その瞬間、彼は塵になって消えた。
人が生きたままミイラになるように、痩せ細り目玉だけが浮き上がり、そのまま骨となって塵となる。
しばらくは夢に見そうな光景だった。
足元には灰の山と、血痕が残っていた。