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水の巫女~6~

 私はどうすればいいのだろう。


 私はどうしたいのだろう。




 一人、自分の部屋に戻り考える。



 私は外の世界を知りたい。

 ここから自由になりたい。



 でも、そしたら巫女の仕事はどうなるのだろう。

 私が最後の巫女なのに、私が巫女の義務を放棄してしまったら一体どうなってしまうのだろう。



 それを考えると、少し恐ろしかった。

 私の行動一つで何かとてつもなく恐ろしいことが起きるような予感がした。

  私の中に漠然とした不安が巣食う。

 しかし、それ以上に外の世界は魅力的でーー。




 私はどうしたらいいのだろう。





 * * * * *



 水の使徒の戒律。

 一戒、殺生さっしょうを禁ずる。

 二戒、けがれを禁ずる。

 三戒、饒舌じょうぜつを禁ずる。

 四戒、歓喜かんきを禁ずる。

 五戒、悲壮ひそうを禁ずる。

 ……





 すらすらと、使徒の戒律を諳んじてみせる私。

 それを退屈そうに聞いている、グラセル。

 祈祷の間の中央に胡座あぐらをかいて座っている。

 戒律がある、という話をしたら自分から話してみろと言ったのに、ちゃんと聞いているかどうか怪しい。



「ちゃんと聞いてるの?」

 不安になって聞いてみる。

「ああ。聞いてるよ。あれだな。禁ずるばっかだな」

「最初の一戒から十戒までは全て禁ずるよ。十一戒は忘れることなかれ。十二戒は諳じてみせろ」

 使徒は皆、この戒律に縛られている。



 私もその一人。



「何を忘れることなかれ何だよ?」

 そんなことは私に聞かれても分からない。

 戒律の意味を私は知らないのだ。

「私が聞きたいくらいよ」

 そう言うと、彼はため息をついて続けろと言う。




 * * * * *




 あの不思議な声と会話を交わした後、私達は何度もここで密会を重ねていた。

 初めはグラセルが質問して、私がそれに答えるという形だったのだけれど、それだとすぐに聞くことがなくなってしまったようで、私が神殿での出来事や信者から教わったことなどを話すようになった。



 彼との会話はとても楽しくてあっという間に過ぎさっていくようだった。

 初めこそ、声の主に言われた選択を気にしていたものの次第に気にならなくなった。

 だって、当分はこのままでいいと私は思う。



 このままの日々がずっと続けばいい。

 私はそう願っていた。

 きっと、このまま選択をする時なんてこない。

 私はそう思ってさえいた。





「戒律を聞いてて何か役にたつの?」

 全ての戒律を唱え終わり、彼にそう尋ねた。

 けれど、彼は肩をすくめるだけで何も言ってくれない。

 それは何も今日に限ったことじゃないけれど。

「そうそう。使徒の戒律もあるけれど、それとは別に水の巫女の戒律もあるのよ」

 私はそう言った。

「どんなのだ? 言ってみろ」

 すると、グラセルは話題に食いついてきた。

 私は今度は巫女の戒律を唱える。




 水の巫女の戒律。

 一戒、強欲ごうよくを禁ずる。

 二戒、色欲しきよくを禁ずる。

 三戒、怠惰たいだを禁ずる。

 四戒、傲慢ごうまんを禁ずる。

 五戒、嫉妬しっとを禁ずる。

 六戒、憤怒ふんぬをを禁ずる。

 七戒、暴食ぼうしょくを禁ずる。





「以上が巫女の戒律よ」

「随分と短いんだな」

 彼はそう感想を言った。

 確かに私もそれは思う。

 使徒の戒律は百八戒まであるのに対して、巫女の戒律はたったの七戒。

 まぁ、巫女には使徒の戒律も適用されるから長い必要はないということかもしれないけれど。



「内容、禁ずるを除いてもう一回言え。一戒とか二戒もいらないから」

 グラセルが言った。

 私は何故もう一度言うのか、疑問に思いつつも答える。

「えっと、強欲、色欲、怠惰、傲慢、嫉妬、憤怒、暴食」


 これに何の意味があるのだろうか?


「七つの大罪じゃないか?」

「え?」

 ななつのたいざい?

 聞いたことがない。

「なあにそれ?」


「知らないのか?」

 その問いに首を縦に振る。

「人間、七つの大罪って聞いたことないか?」

 知らないな……。

 私は首を横に振る。

 どうやら、彼は説明をしてくれるようだ。



「俺も詳しくは知らないが、まぁ簡単に言えば人間の罪だ。人の欲望で最も罪深い七つが七つの大罪」

 罪ーー。

 それを戒律は禁じている。

「あくまで、俺の解釈だけどな。確か、正確には罪そのものではなくて、人を罪に導く欲望だったか?まぁ、その辺は俺も詳しくは知らない」



 では、戒律の解釈としては罪を犯すな、罪を犯すような欲望を持つな、という感じなのだろうか?

 それを彼に話してみる。

「俺なら、こう解釈するな」

 続く彼の言葉を待つ。

「人間を捨てろ」

 えーー?

「俺の知り合いは七つの大罪を、人を人たらしめている欲望だと言った。その全てを禁じているんだ。人間をやめろと言っているようなものだろ」

 でも、私はそもそも人間かどうかすら分からない。



「そろそろ時間だ。また、明日来る」

 彼はそう言って立ち上がる。

 もうそんなに時が経ったのか。

「明日で最後にする」

「え?」

 どういうこと?

「おかしなことじゃないだろう。俺だって暇じゃないんだ。もう十分お前から聞きたい話を聞けたしな」

 そう言って、彼は部屋を出ていく。




 そうか……。

 そうだ。

 彼は元々ここの住人ではない。

 ここにいるほうが不自然なのだ。

 明日で終わり。

 もう、会えなくなってしまう。

 視界が濁る。

 明日で終わりなんだ。

 唐突に突きつけられた気がした。

 魔女の言った選択。

 誰を選ぶのかーー。

誤字脱字があればお願いいたします。

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