表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/90

傘の魔女~13 ~

「お師匠様、やっと見つけましたわ」



今日は、本当に様々な者に会う日だ。




「アルドゥラ、久しぶりね」



振り返れば、瑠璃色のドレスを纏ったブロンドの女性が立っている。




アルドゥラ。



水の女神たるリュコリス自らが、魔法を教えた唯一人の魔女。




水の女神の使い。


傘の魔女の名を、一気に不吉なものへと変えた殺戮と虐殺の魔女。




私に外の世界を教えてくれたその人。






* * * * *





私の女神としての生は、大変つまらないものだった。



神である私は偉大なる父により、作られた。

神である私は偉大なる父から授かった力により、そこにあった。

他の生き物と違い、営みを必要としない我らはただそこにあったのだ。



正直、退屈していた。



人に敬い、畏れられ、讃えられ、力はどれだけ増えても決して満たされぬ乾きに飢えていた。



それでも私自身には変えることも出来ず、その退屈を傍受していた。




だが、彼女が現れたことで、私の世界は変わった。




私が彼女に魔法を教える代わりに、彼女は私に世界を教えた。

華やかの貴族の舞踏会、その裏に蔓延はびこる薄汚い人間の欲望と醜い感情、王宮の優雅な生活と、陰謀、小さな町の細やかな人の営み、そしてそれをぶち壊しにする大きな力。



全てが私には真新しく、新鮮だった。





私の世界は一気に変化したのだ。


だから、たとえ私が教えた魔法を使って、彼女が人を殺したからといって、私は彼女を怒ったりなんかしない。

たとえ、通り名不吉なものに変えられたとして、そんなこと私は気にしない。




彼女は私の退屈な世界を変えてくれたのだ。




そして、私にあの方を紹介してくれた──。





* * * * *




「アルドゥラ、一体何のよう? 随分久しぶりじゃない」



私の問いかけにアルドゥラは、口元に手を当ててクスリと笑った。


アルドゥラが、簡単な魔法を出来なかった時、私がよくした仕草だった。





「お師匠様、お気づきではなくて?」



「一体何のこと?」





クスクスと笑うアルドゥラの本心が読めない。

海風がブロンドの髪を揺らす。



今、私の前にいるのは私の知っているアルドゥラなのだろうか──?




アルドゥラは、私の問いに応えずクスクスと笑っている。

目元は髪に隠れて見えない。





「お師匠様。東の国のこんなことわざをご存知ですこと?」





唐突に笑うのをやめて、顔をあげたアルドゥラ。


その顔を見て、気づかれないようにそっと息を飲んだ。

にたりと不気味に笑った顔は、今まで見たこともない表情だった。



うすら寒いものを感じて、知らず一歩後ずさる。





知らない。私は、こんなアルドゥラを知らない。







「青は藍より出でて藍より青し」









わたくしは貴女を超えましたわ」







一瞬消えたと思った彼女の顔が目の前にあった。

お腹に冷たい感触。



「あ……」



目線を下げると、氷の剣が私のお腹を貫いていた。




「可哀想ね。リュコリス」




遅れて痛みを理解すると、内蔵が切れたらしい。血液が口へと上ってくるのがわかった。




「……がはっ」



咳き込んで血を吐き出した。

吐き出した血が彼女のドレスを汚した。




瑠璃色のドレスについた赤色は、どす黒く気味が悪い。

対照的なその色が目に焼き付いた。




アルドゥラは、ぐっと力を込めて、剣を深く深く刺す。

それを、押し退けようと腕をあげるが、上手く力が入らなかった。


何故?



私は、不死にして不滅の神。

一時的なダメージはあったとしても、相手を退けられないほどの傷を負うはずがない。


なのに──何故!?




「あ、……アル、ドゥラ。……あなた!!」




真っ赤な口紅ルージュが弧を描く。




「可哀想なリュコリス。貴女の信仰はとっくに失われているわ。──私が殺せるほどにね」



憎しみのこもった眼差しと、声色。

どうして?


あなたは、私の可愛い教え子。

私の可愛い使い魔。

そうじゃなかったというの?




アルドゥラは私を殺そうとしている。

逃げなければ。

逃げなければ。




逃げなければいけない──。




分かっているのに、どうして体が動かないの?




体に力が入らない。

ぐっと氷の剣に手をかけ、逃れようとするが、剣はびくともしない。

当然だ。

力が全く入らないのだから。





自分でも、意識が薄れていくのがわかる。

こんなところで、私は死ぬのか。





今まで数多の死を見てきた。


恐怖はない。

偉大なる父の元へ還るだけのこと。





でも、後悔はある。




だって、だって──


こんなところで、終わるなら貴方と一緒に私も──




いいえ、貴方と一緒に生きていくことだって出来たはず──




別の選択だってたくさんあったはず。




それを選ばなかったのは私──。






「……ア、ドゥラ──」






勢いよく剣が引き抜かれた。





綺麗に赤い血飛沫が舞って、アルドゥラが不敵な笑みを浮かべていた。











──それが、私の見た最後の光景となった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ