間章~13~
その日の仕事を終えて、自室に戻るとそこには呆れる人物の姿があった。
「帝様。何故こちらに?」
部屋の中央に胡座をかいて座っていた、その人物は帝だった。
先日、朱鳥様に叱られ連れ戻されたことを懲りていないのか、また来たようだ。
思わず溜め息をつくと、
「申し訳ありません……。お止めしたのですが……」
帝の後ろに恐縮した様子で座った千鶴が言った。
「千鶴が気にすることはありんせん」
千鶴には、帝は止められまい。
「千鶴、二人きりにしてくりゃれ」
そう頼むと、千鶴は深々と頭をさげ、部屋を退出する。
「……古世未。そなたが憂いることではない」
何をーー、とは帝は言わなかった。
何を、と言われなくても何のことか分かっていた。
「お仕事で……来られたのでありんすね」
帝は、神妙な面持ちで、頷いた。
だから、朱鳥が許したのか。
「古世未。朕は今、帝としてではなく、厩戸皇子としてでもなく、命を司る巫女としてこの場に来ておる」
真っ直ぐにこちらを見据えてそうはっきりと告げる。
命を司る巫女。
この世には、神より力を与えられし巫女が、十三人いる。
炎を司る、火の巫女。
水を司る、水の巫女。
風を司る、風の巫女。
植物を司る、木の巫女。
大地を司る、地の巫女。
雷を司る、雷の巫女。
石を司る、石の巫女。
氷雪を司る、氷の巫女。
光を司る、光の巫女。
闇を司る、闇の巫女。
時間と時空を司る時の巫女。
命を司る生命の巫女。
運命に愛された運命の巫女。
それぞれ、神の恩恵に与っていると同時に、神より与えられし使命がある。
それを放棄した時、巫女は神により厳しく罰せられる。
巫女、と呼ばれてはいるものの、あくまで形式上の呼び名であり、必ずしも女ではない。
帝は男だ。
他にも男の巫女は何人かいる。
生命の巫女の使命はーー。
「古世未。そなたは優しい……」
帝はわっちの思考を遮るように、そう言った。
その表情はどこか悲しげで苦しそうだった。
「……だが、時の巫女はそれでは務まらぬ」
断固としたはっきりとした口調で、言う。
真っ直ぐにわっちを、見つめる瞳。
「……帝様、お言葉ではございますが、失われると分かっていて、みすみす失わせる者がおりましょうか?」
わっちは、見ていられなくて、頭を深々と下げることで、目を逸らした。
言った言葉は本心だ。
「妾は妾の流儀を貫かせて頂きます」
わっちがそうキッパリと告げると、重苦しい沈黙が部屋の中を包む。
しんと、静まり返る室内。
普段は侍女達の足音や話し声が遠く聞こえてくるというのに、今はそれもなかった。
先に沈黙を破ったのは、帝のほうだった。
「……定められた運命は変えられぬ。そなたが、それを変えようというのであれば、朕はそなたを……」
帝は最後まで言わなかった。
言わなくても言いたいことは分かる。
「忘れるな。そなたは、時の巫女。時の流れを見定める者であって、決して時を意のままに出来る者ではないのだ」
「……承知しております」
下げた頭をさらに深く下げた。
帝が、何か言いたげな様子が顔を見なくても分かったが、わっちは気づかないふりをした。
そのままにしていると、帝は何も言わずに部屋を出ていく。
出ていってからやっと頭を上げた。
彼の人が去っていった障子の向こうを見つめた。
ぐるぐると、頭の中と心の中で感情が渦巻いて上手くまとまらない。
ーーふと、帝が言った言葉がぽつんと頭に残る。
「時を意のままに……」
呟いてから、苦笑した。
それが出来たなら今ごろはわっちはーー。
失われた物が戻ることは決してない。
だから、大切で。
だから、いとおしいーー。
けれど、
だからこそ、
失われぬよう、手を尽くすというもの。
帝様、あなた様もそれは同じ気持ちのはずでございますよーー。