傘の魔女~10~
全身を痛みが支配する。
右腕、それから左足。左側の腹部と心臓の近く。
ズキズキと痛み。血が流れ出ていくのを感じた。
心臓がバクバクと脈打っている。
ああ、何と久しい感覚だろう。
地面に横たわり、土に顔をつける。
こんなことは、何十年、いえ、何百年ぶりでしょう?
瞼をそっと開けば、視界には氷の槍に腹部を貫かれ地面に突き刺さったまま絶命しているミヒャエルの姿がある。
生きていた頃、優しげな眼差しで、私を見ていた目は濁ってもう何も写してはいない。
私はゆっくりと起き上がった。
長い髪が顔にかかり、少し邪魔だった。
上にかきあげて、払う。
服を上から叩いて汚れをさっと払った。
痛みはもうない。
治癒ではない。
そもそも、私は傷を負ったりしないように出来ているのだ。
普通の人ならば、普通の魔女ならば、傷を負う。
同じ傷を負ったなら、間違いなく死んでいただろう。
だがーー
“私は魔女ではない”
「残念ね。ミヒャエル様。私が貴方がたが求めている傘の魔女だったなら、死んでいたでしょうけれど、私は傘の魔女であって、けれど貴方がたが求めている傘の魔女ではなかった」
骸となった彼は何も言わない。
その目に私を写すことさえない。
そっと、彼の顔の横にしゃがみ、その頬を撫でた。
まだ温かい。
まだ、ここに、温もりが残っている。
悲しいとか、辛いとか、そんな感情はなくて
ただ、虚無感が私を襲っていた。
そっと、頬に口づけして側を離れた。
さようなら。ミヒャエル。
貴方にはどう足掻いたって私を殺せなかった。
なぜならーー。
私は、神ーー。
何ですもの。
死体と血の海に背を向けて、私は屋敷を離れた。
血で赤く染まった傘を差して。