リコリスの恋人~31~
離れれば、風の刃が襲ってくる。
しかし、近づけば氷の剣で攻撃してくる。
遠距離も近距離も、彼女に穴はない。
どちらかといえば、近距離でしか攻撃ができないこちらが不利だった。
ーーそれでも、俺は彼女に勝たなければならない。
彼女にーー。
ロゼに、これ以上人を殺させたくない。
君をまだ、愛してるからーー。
* * * * *
一気に駆けて、ロゼとの距離を詰める。
その間にも風の刃は、こちらに放たれ俺を襲う。
それを、わずかに体を横に反らす最小限の動作で避ける。
避けきれずにいくつかの刃が、俺の肌を切り裂いていくが、気にせず一直線に向かう。
剣を横に振るうが、彼女は避ける。
逆に氷の剣で、反撃してくる。
右に飛び退くことで、その攻撃をよけ、そのまま足払いする。
が、これもかわされる。
かわしながら、彼女は氷柱のような氷の攻撃を仕掛けてきた。
慌てて、転がり攻撃を避ける。
考える暇もないほどに、高速で繰り出される攻撃にあっという間に息が上がる。
「ほらほら! 私を楽しませてよ……!」
ロゼは笑いながら、氷柱を飛ばす。
飛び起きて、後ろへと下がるが、間に合わず氷柱の一つが腕に突き刺す。
「……ぐぁっ」
痛みに呻くが、立ち止まる暇はない。
急いで抜き取り、剣で飛んできた氷を払う。
利き腕をやられた……。
鼻はとっくに、血の匂いで麻痺して利かない。
状況は、あっという的に不利。
最初から分かっていたことだ。
勝ち目なんてない。
それでも、勝たなければいけない。
「……俺は……! あなたに負けるわけにはいかないんです!」
走った。
ロゼへ向かって。
彼女は、手を抜いている。
本気ではない。
俺を殺そうと思えば、いつでも殺せるのだろう。
それでも、俺は殺されるわけにはいかない。
勝たなければいけない。
死んでいった仲間の為にも。
彼女自身の為にも。
俺は、負けるわけにはいかない。
下から上へと切りつける。
切りつけるというよりは、傷を負った右腕の動作では振り上げるといったほうがいいような、攻撃だった。
振り上げたその腕を、肩の付け根から切断される。
痛みは、感じなかった。
ただ、少し燃えるように冷たかった。
彼女は、一瞬悲しそうな顔をしたように見えた。
体がバランスを崩して、倒れていくのを感じた。
スローモーションのように、酷く時間がゆっくり流れていくように感じた。
ロゼが、剣を振り上げた。
その剣が、氷の槍に変形するのが見えた。
彼女の顔は、氷が光を反射してよく見えなかった。
腹部が何かを貫く。
それと同時に、指に力を込めた。
* * * * *
バァン、と大きな音が耳を貫いた。
彼女の目は、これ以上ないくらいに見開かれていた。
口は、少し開いて、そこから、
つーっと一筋の血が溢れてきた。
それと、同時に自分を貫いた槍が地面に刺さるのを感じた。
「……カハッ」
喉からせり上がってきた血を吐き出す。
自分で思っていたよりも多くの血液が口から溢れ出した。
彼女は、よろよろと後ろへ後ずさった。
俺の左手には、小型の拳銃が握られていた。
「……わざと、私の一撃を?」
その言葉に、俺は頷いた。
攻撃の際には必ず隙が生まれる。
それはどんな手練れだってそうだ。
一か八かの賭けだった。
途中で、彼女が気づく可能性もあった。
それでも、弾が当たる僅かな可能性に賭けた。
それ以外に俺が勝つ可能性がなかったからだ。
弾は見事に当たった。
彼女の心臓を僅かにそれたが、それでも致命傷には違いない。
「……ゲホッ。っ……。ロゼ。……死んでくだ……ぃ。お、のために……」
再び、銃を構えた。
彼女は魔女。人では致命傷でも、彼女なら治癒する可能性もある。
念には念を。
トリガーを弾く。
彼女は、避けなかった。
銃声が三回鳴り響く。
一発目は腕を、二発目は足を、3発目は腹を。
震える手では、上手く標準が定まらなかった。
ロゼはその場へ崩れ倒れる。
銀の髪が血に汚れていた。
いつもしっかりと束ねた髪がほどけ、乱れている。
血がどんどん抜けている。
出血が多いせいだろう。
手の震えが治まらない。
目も霞んできた。
まだだ、まだ持て。
「……ロゼ……ゲホッ。……ぁ……たは、これで……」
これでもう、人殺しじゃありません。
あなたの最後の犠牲者は俺です。
これで、あなたの殺人劇は終幕なんです。
だから、一緒に終わりにしましょう。
言葉はもう口に出来なかった。
「グハッ。……ゲホゲホッ」
血が溢れて、手がもう上がらない。
もう少し、もう少しだけ待ってくれ。
あと、一発。彼女の心臓を貫くまで……。
痛みが今ごろになって、やってきた。
息が上手く吸えない。
ああ、俺は死ぬのか。
覚悟してた。
それなのに、得体の知れない恐怖が体を支配する。
痛い。痛い。痛い……怖い。
ああ、本当は君と一緒に、いきたかったーー。
銃が俺の手から離れて、痛みが全身を支配する。
そうして、まるで眠りに落ちるみたいにゆっくりと、意識は落ちていったーー。
* * * * *
愛してます。ロゼ。
誰よりも、君のことを。